ナニかとは


ローズの指示通り息を止め、どうにかやり過ごした二人。少しだけ距離があったため、相手がこちらに見向きもしなかったのが幸いだったのだろう。


「なに、さっきの…」


ブルーは極度の緊張状態と呼吸を止めていたため荒れた息を整えながら、震えた声でローズに問いかけた。ローズは少し眉を寄せただけで特に変化はない。その反応が、あの悍ましいナニかが彷徨っているのはここでよくあることなのだと気づかされた。


「大丈夫、じゃないよな…。ちょっと休憩しようか。」


青ざめているブルーの手を引いて、ローズは木の根に凭れ掛かるようにブルーを座らせた。


「……あれ、人…だよね。」


(とても、見れたものじゃなかったけど…)


疑問符をつけずに問いかけるブルーに、小さく頷き返す。そして、ローズは重たげに口を開いた。


「ー-正確には、人”だったモノ”だ。」


過去形を強調するローズに、ブルーは説明を求めた。確かに人の要素は微かにしか残されてないほど凄惨な姿だったが、人であったのが過去形なら、あれは今何に分類されるのか疑問だったのだ。


「わかりやすく例えるなら、この世をさまよう幽霊ー-”亡者”だ。」


「もじゃ?」


「亡者、な。性質のわるい幽霊みたいなヤツだよ。自分が死んだことを自覚せずに彷徨ったり、生者に執着するんだ。…さっきのはその中でも特に危ない亡者で、都市伝説とか、人を襲う怖い奴らとおんなじ。」


「さっきの、もし見つかってたらどうなったの?」


「ー-追われるよ、殺されるまで。」


サァァー-、風が二人の間を通る。ローズの口から低く落とされたその言葉に、ブルーは身震いをした。”死ぬまで”、じゃなく、”殺されるまで”という言葉はあの悍ましいナニか、亡者に殺されることを意味しているのだ。

幻想的な夜の森が、木々の隙間から照らす穏やかな月光が、ブルーは恐ろしくなった。こんな美しい花園の広がる場所で、亡者がうごめいているなど数分前までは思いもしなかった。


(でも、なんでローズは亡者に見つかったらどうなるのか知ってたの…?)


まるで、見つかった人間がどうなったのか見てきたような反応だ。


「ブルー!?は、吐きそうなのか!?」


口からでそうになった疑問を手でふさぐことで堪えたブルー。その仕草にローズがオロオロする。どうやら、吐き気を催したのだと勘違いしているらしい。そんなローズの姿に、ブルーは先ほどまでの考えを打ち消す。


(…きっと、私が今ローズに聞いたように、誰かに聞いたに決まってる。)


ブルーは震える身体を抱きしめながら、そう思い直したのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たそがれの花 四季ノ 東 @nonbiri94n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ