本文

〇プロローグ


 東京第一大法廷は、巨大怪獣や巨大宇宙人の裁判を目的として十五年前に建造された。

 法廷の中心にあるのは、怪獣が立つことを想定したビルのように巨大な証言台である。

 証言台には、怪獣が立っていた。身長は五十メートル近くある。姿形も大きさも肉食恐竜のようなたたずまいのいわゆる怪獣らしい怪獣だ。

 その巨大証言台を囲むように、同様のサイズの弁護人席・検察官席・裁判官席・裁判員席・傍聴席などが設置されている。各席には人間用の小さい座席も併設されていた。

 裁判官席と裁判員席、検察官席に座っているのは全員地球人だ。

 傍聴席は地球人の割合が多いが、人間サイズから巨大サイズの宇宙人に怪獣まで座っており満席である。

 一方弁護人席だけは人間用も怪獣用も空席であった。

 この席の主である二人は今、怪獣が見下ろす証言台の上に立っている。

 一人は、日本人の男だ。

 くたびれた黒いスーツの襟に、弁護士バッジをつけている。

 もう一人は、白い髪と赤い目が印象的な美しい少女である。尖った耳の形状から彼女は地球人でないのが一目で分かる。

 着物に袴という出で立ちは大正浪漫を彷彿とさせるが、不思議と時代錯誤には見えない。彼女の雰囲気に合っているからだろう。


「が、がおー」


 突然、和装の少女が赤面しながら吠えた。


「声が小さぁい!」


 黒いスーツの男は、少女に向かって声を荒げる。


「ソフィー! もっと声を出せ! これが最終弁論なんだ! 依頼人が日本侵略を企てた内乱罪と傷害罪と器物損壊罪で有罪になるかどうかの瀬戸際なんだぞ!」


 被告の宇宙怪獣ドブラゴンは、日本を侵略しようとした内乱罪と渋谷のビルを十七棟倒壊させ、四十七名の負傷者を出した器物損壊罪・傷害罪で起訴されている。

 今日は裁判の最終日。弁護側の最終弁論だ。


「これで依頼人の運命が決まるんだぞソフィー!」

「分かっていますわ!」

「分かってるなら声を出せ! ぐがおおおおおおおお!」

「赤木さん、ものすごく恥ずかしいですわ!」


 赤木とソフィーの目の前にあるのは、証言台の上に作られた段ボールの街だ。

 ペンキを塗った段ボールをビルに見立てた簡素な街は、五歳児でももう少し器用に作れそうな出来栄えだ。


「腹の底から! ぐがああああああああおおおお!」


 赤木は、真剣な面差しで怪獣の真似をしてみせる。地球人の裁判長や裁判員たち、なんなら依頼人の怪獣ですら奇異の視線をぶつけてくるが、赤木は気にしていない。


「ソフィー! やってみろ! 恥ずかしがらない!」

「そ、そう言われましても……が、がおー」

「馬鹿野郎! 腑抜けた演技をするんじゃねぇ! なり切るんだ!」

「やってますわ! 羞恥心をかなぐり捨ててますわ!」


 ソフィーの雪で染めたように白く透き通った肌が茹でダコのように赤くなっている。

 その様子を見かねたかのように、裁判長が嘆息交じりに口を開いた。


「弁護人。もうよろしいのでは?」

「異議あり! よろしくありません! いいのかソフィー! お前の恥じらいで依頼人が内乱罪で有罪になっても! お前が愛する大正時代の乙女たちならどうする!? 自分の恥じらいのために人を犠牲にするのか!? それが大正浪漫なのか!?」

「分かってますわ! こうなればやけですわ! がおおおおおおおおお!」


 羞恥心をかなぐり捨てたのか。ソフィーはようやく怪獣らしい振る舞いで段ボールの街を歩き出した。

 赤木は、ノシノシと段ボールの街を闊歩するソフィーの背中を追いかけた。


「二週間前の午後三時四十一分。被告ドブラゴンは、東京都渋谷区を観光中に地球防衛隊日本支部の保有する戦車から発射されたスーパーAPFSDSで背中を撃たれました。こんな風に! はいドーン!」


 赤木の渾身の右前蹴りがソフィーの背中に突き刺さった。


「きゃああああ!?」


 突然の衝撃にソフィーは悲鳴を上げ、段ボールで作ったビルに突っ込んだ。段ボールのビルはソフィーを支えきれず、数棟がぐしゃぐしゃに押し潰される。

 ビシッ! と擬音が鳴りそうな勢いで赤木は、ソフィーを指差した。


「ご覧ください! こうなるでしょう!?」

「背中が! 背中が痛いですわ!」

「被告人もそう思ったことでしょう! スーパーAPFSDSは音速の三千倍の速度でスペースタングステン製の弾頭重量十七キロの砲弾を撃ち出すのです!」


 赤木は、悶絶するソフィーを尻目に、証言台の上からこちらを見下ろす怪獣ドブラゴンを指差した。


「被告は防衛隊の戦車で百七十発も撃たれたんですよ! 痛かったでしょう!」

「わたくしも痛いですわ!」

「そりゃパニックを起こしてビルにも突っ込みます!」

「とりあえずわたくしへの謝罪を要求しますわ! こんなの打ち合わせの段階で聞いてなかったですわ!」


 ソフィーは、赤木を睨みながらよろよろと立ち上がった。

 ソフィーの不満に無視を決め込み、赤木は被告の怪獣を指差しながら裁判長と裁判員を見つめる。


「彼は太平洋から上陸して日本列島を観光しながら横断して日本海へ行きたかっただけなのです。佐渡島の観光旅行をするために!」


 赤木は、段ボールの街を歩きながら溢れる感情を込めて喉を震わせる。


「それを侵略だと勘違いした地球防衛軍がバカスカバカスカ撃つからこうなったんですよ! はいドーン!」

「きゃああああああああああああ!?」


 今度はソフィーの真正面から飛び蹴りを食わらせる。左肩に被弾したソフィーは悲鳴上げながら段ボールのビルに倒れ込んだ。

 赤木は、ソフィーに目もくれずスマホを操作する。すると裁判所の中空に巨大なホログラムスクリーンが表示された。


「今からお見せする映像は、被告が防衛隊から攻撃される五分前のものです。渋谷駅前に設置されたライブスクリーンの映像です」


 赤木がスマホ画面に表示された再生ボタンをタップすると、裁判所のホログラムスクリ―ンで映像が再生される。

 渋谷駅前のスクランブル交差点をビルの屋上から見下ろす撮影した映像だ。

 下を向いたドブラゴンがゆっくりとした足取りで渋谷の交差点前を歩いている。

 その姿を通行人の人々が逃げ惑いながら、スマホ片手に撮影している姿が映っていた。


「被告の歩き方にご注目ください。逃げる通行人を踏まないように注意して歩いています」


 ドブラゴンが足元を気にして歩いているのは誰の目にも明らかだ。

 映像を見る裁判長と裁判員の目は真剣そのものである。

 検察官席の検察官も表情には出さないが、苦々しく思っているはずだ。

 この映像の与えるインパクトは大きい。

 ドブラゴンが侵略を意図していなかった証拠だ。


「日本を侵略しようしたものが通行人を気にするでしょうか? 気にするはずがない!」


 赤木がスマホをタップして映像を早送りする。十台の戦車がスクランブル交差点にやってきてドブラゴンを包囲した。

 慌てふためくドブラゴンの背中に容赦のない砲撃の雨が浴びせられる。砲撃から逃れようと走り出したドブラゴンがライブカメラに向かって走ってきた。

 砲撃を浴びるドブラゴンがライブカメラに迫った次の瞬間、コンクリートの破片と土埃が舞い上がり、そこで映像は途切れた。


「ご覧のように被告は、地球防衛隊の攻撃から逃れるために走った。結果的にビル十七棟を破壊してしまいましたが、これは緊急避難に相当します」


 刑法第三十七条一項にこうある。

〝自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる〟


「命とビル十七棟。どちらの価値が重いかは比べるまでもないでしょう。そもそも何故地球防衛隊によって今回の攻撃が行われたのか。それこそが本件の問題です」


 赤木がスマホの画面をフリックすると、裁判所中空のホログラムにパスポートの画像が表示された。ドブラゴンの顔写真付きパスポートである。


「被告はマーゴール星に暮らす怪獣です。地球には観光目的で訪れました。巨大怪獣用の都市歩行許可証の発行も国土交通省からされています」


 道路交通法第十条第四項にこう規定されている。

〝体高五メートル以上の歩行者は、国土交通省の許可なく道路を歩行してはならない〟


「これを見てください。被告の日記帳です」


 スマホの画面をフリックすると、ホログラムにピンク色の日記帳が表示される。

 赤木がスマホの画面をタップする度、ページがめくられていく。


「ここには、マーゴール星の言葉でこう書いてあります。佐渡島の金山行くの楽しみだなー。今日は東京観光わくわくしちゃう♪ 渋谷のハチ公めっちゃちっちゃい。日記の他にも被告の持ち物に佐渡島のパンフレット。佐渡島の怪獣専用ホテルの予約票もあります」


 赤木はパンフレットとホテルの予約票のホログラムを指差しながら裁判長と裁判員を見やった。


「これらが侵略目的ではなく観光目的で被告人が地球に来たという物的証拠です! しかし地球防衛軍は怪獣が渋谷にいるという通報を受けて即座に出動。現着した隊員が対怪獣用スキャナーで体組織をスキャニングした結果、宇宙怪獣であることが判明した途端、入国管理局に問い合わせもせず戦車の出動要請! さらには被告を攻撃したのです!」


 赤木は再度、ドブラゴンが戦車に攻撃される映像を流した。


「宇宙怪獣への差別的な偏見による攻撃であることは明白です!」


 確かに宇宙怪獣や宇宙人による地球への侵略行為は後を絶たない。これは事実だ。

 しかし全ての宇宙怪獣や宇宙人が悪ではない。その多くが地球に対して友好的である。


「地球防衛隊は自らの失態を隠ぺいするため、被告を侵略者だと決めつけた! 挙句の果てに検察までもがその暴挙に加わり、被告を起訴した! 内乱罪? 傷害罪? 器物損壊? どうやら地球防衛隊と検察は寝言が好きなようだ! 以上です」


 こうして赤木の最終弁論が終わった。

 裁判の行方は裁判長と裁判員に託された。




 崩壊した渋谷駅前を赤木とソフィーが並んで歩いている。二人とも顔色は優れない。

 赤木は、苛立ち任せに頭をガシガシとかきむしった。


「内乱罪は無罪でも傷害罪と器物損壊罪は有罪だと!?」


 ドブラゴンの裁判の評決は、内乱罪は無罪。傷害罪と器物損壊罪は有罪となった。

 侵略の意図はなかったと裁判長と裁判官は認定した。

 しかし器物損壊と傷害に関しても情状酌量の余地はあれど、負傷者数と破壊された建造物の数の多さから緊急避難は認められないというのが結論である。


「裁判長も裁判員も何考えてやがる! 検察の言い分うのみにしやがって!」


 日本の司法は、有罪率九十九・九%を誇っていた頃に比べればましになっている。

 地球が知的生命体の住む惑星で作られる宇宙連邦に加盟した三十年前、地球の各国は宇宙連邦基準の公平な裁判ができるように司法制度の改革を迫られた。

 勿論日本でも司法制度改革は行われたが、それでも日本の刑事裁判で無罪を勝ち取るのは、一%のわずかな者だけである。

 赤木は、今回一%を勝ち取ることができなかった。絶対に勝ちとらなければならない裁判だったのに。


「不当判決だ! 納得がいかねぇ!」

「納得いかないのはわたくしですわ!」


 ソフィーは頬を風船のように膨らませて右手で背中を撫でている。


「赤木さん! これではわたくし蹴られ損ですわ! ですが……執行猶予がついて地球からの強制退去で済んだだけましだと思うしかありませんわ」

「執行猶予がつこうと有罪は有罪だ! 無罪になるべき案件だ! 冤罪なんだぞ!?」


 赤木が声を荒げると、ソフィーはすっかり黙り込んでしまった。

 これでは単なる八つ当たりだ。


「すまん。今のは百%俺が悪い。すまなかった……背中大丈夫か?」

「……肩も蹴ったのをお忘れですわね?」


 そういえばそうだった。ミサイル並みのキックを左肩に浴びせてしまった。

 依頼人を無罪にしたい一心から、つい熱が走ってしまった。


「すまん……つい熱くなっちまって」

「気にしておりませんわ。わたくしこそ依頼人の立場に立って言葉を選ぶべきでしたわ。ごめんなさい」

「君が謝ることじゃない……有罪の評決を出したのは裁判長と裁判員だ。特に裁判員の連中はあの報道に影響されたのかもな」

「ガジラの事件ですわね」


 ガジラは、二年前に突如日本に出現した怪獣だ。

 体高五十メートルを誇る巨大怪獣であり、日本へ攻め込んだ侵略者と戦う正義の怪獣として愛されてきた。

 しかし半年前、突然新宿の駅前に出現。駅前周辺を焦土と化し、五千人が亡くなる大惨事となった。

 それからガジラは、侵略者や地球人に危害を加える怪獣への攻撃と日本の各主要都市への攻撃を交互に繰り返すようになる。

 そして一週間、ガジラは地球侵略に来たビビルド星人と戦っている現場で、地球防衛隊によって逮捕された。

 侵略者から日本を守っていた怪獣が突然人類に牙を剥いた大事件。

 今や各メディアの報道は、ガジラが凶暴化した理由と偏見的な怪獣脅威論一色である。


「怪獣を危険視するコメンテーターが毎日テレビに出てやがる。依頼人の判決に影響を及ぼしたのは間違いねぇ」

「報道の自由と称して無責任の極みですわね」

「垂れ流される情報をうのみにする民衆にも問題はあるさ。そうだ。民衆なんてもんは物事の本質を何も見ようともしねぇ。そういう連中が作り出す世論が裁判を左右しちまう。くそ……依頼人は観光旅行に来ただけなのに……なんでこんな目に」


 守ってやれなかったのが悔しい。

 依頼人の経歴につくべきではない傷をつけてしまった。

 後悔してもしきれない。

 雪のように自責の念を心に募らせる赤木の耳へ、一番聞きたくない人物の声が刺し込まれた。


『国政政党ですか? どうでしょうね』


 ドブラゴンが防衛隊の攻撃から逃げたことが原因でひびわれた渋谷駅前ビジョン。そこに青い髪と尖った耳が印象的な青年が女性アナウンサーにインタビューされる映像が映し出されている。


『ですが噂では……』

『噂はあくまで噂です。僕は国政を務める器ではありません。まぁ、地球のみなさんがそれを望むならパドラス星人の僕にできることは、なんでもするつもりですが』


 町ゆく人々は足を止めて、ビジョンに釘付けだ。特に女性たちは恍惚とした吐息を漏らしている。

 たった一人、ソフィーを除いては――。


「お兄様……」


 彼の名前はコールソン。ソフィーの兄であり、彼女と同じパドラス星人だ。

 宇宙連邦に加盟している惑星の中でもトップレベルの科学技術を持つ惑星であり、地球への移民も多く訪れている。

 善良な宇宙人の代表格であり、地球人にも非常に好かれている。少なくともそれが彼らの表の顔だ。


「あの野郎も民衆の愚かさの象徴みてぇなもんだな」

「ええ。同感ですわ」


 赤木の内でコールソンへの敵対心が燃え上がる。あの男のせいで相棒が――。

 その瞬間、スマホの着信音が鳴り響く。赤木のものではない。ソフィーのスマホの着信音だ。

 ソフィーは帯からスマホを取り出して耳に当てた。


「はい。赤木弁護士事務所ですわ。ええ……ええ……分かりましたわ」


 ソフィーは、通話を終えると帯にしまってから赤木に向き直った。


「赤木さん、新しい依頼ですわ。依頼人の名前は……ガジラです!」

「ガジラ!? あの正義の怪獣か!」


 予想外の依頼人の名前に、赤木は驚愕した。まさかたった今話題を出した怪獣から依頼が来るとは想定外だった。

 赤木は、決意を燃やした。今度こそ依頼人を救ってみせる。一%を勝ち取ってみせると。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

④リーガル・オブ・モンスターズ 〜元ヒーロー、怪獣と宇宙人を冤罪から救う弁護士になる〜 澤松那函(なはこ) @nahakotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ