ハッピーでフレンズ

王生らてぃ

本文

 まだ十四年しか生きていないけど、とにかくこの世界をハッピーに生きたい。

 亡くなったおばあちゃんがつけてくれた「美幸」という名前。ビューティフルにハッピーに、そんな女の子として生きていく。とにかくハッピーに、とにかく幸福に生きていく。そんなわたしのハッピーライフ計画に必要不可欠なものがいくつかある。

 かわいい洋服と替えの下着、お気にのメモ帳、おばあちゃんの形見の万年筆、セピアのインク。そして一番大切なもの、それは人生を共に生きていくためのパートナー。わたしの最良の友人、最高のフレンズはいったいどこにいるのだろうか。でも、これまでの人生の経験で気付いていることだが、こういうのは案外手の届くような近いところにある。






「ねえ、藤川さん、」



 クラスメイトの藤川さん。読書家で頭がよくて、まっすぐな黒髪のきれいな女の子。わたしはちょっと癖毛だから、この黒髪がうらやましくて、すごく好きだった。

 一目惚れだった。

 同じクラスになった瞬間に、この人が運命のフレンズだと感じた。



「今日、一緒に帰らない?」

「ごめんなさい。今日は、図書委員の仕事があって……」

「じゃあ待つよ。なんなら手伝うよ」

「いいよ、そんなの悪いし。それじゃあね、また明日」



 藤川さんは横顔だけで笑って教室をあとにする。

 時々見せる、あの寂しそうな笑顔も好き。黒髪が揺れるたびに薫るにおいに、胸がどきどきする。ほんとうはずっとずっと一緒にいたい、いつも隣で藤川さんの横顔を見つめていたい。でも、待たせるのは悪い、また明日と、そう言われてしまったら、待つわけにも帰らない訳にもいかない。だって藤川さん、わたしのフレンズは、そうして欲しいと言ったのだ。

 ならわたしもそうする。

 これでわたしも彼女もハッピー。またひとつ人生が幸せになった。






「おはよう、藤川さん」

「おはよう」



 次の日、藤川さんは髪の毛を短く切っていた。



「髪の毛、切ったんだね」



 無言で微笑む藤川さん。かわいい。



「わたしは、長い方が好きだったな。でも、短い方の藤川さんも好きになりたい」

「うん」



 それきり藤川さんは黙ってしまった。

 黙って微笑むだけ。かわいい。



 放課後、図書室に行った。

 いつもきれいにされている図書室の隅の方に、髪の毛が落ちているのを見つけた。藤川さんの髪の毛だ。ここで髪を切った? 昨日? どうして? そんなことするはずがない。誰よりも図書室のことに気を遣っているはずなのに。






「藤川さん、何かあったの?」



 さらに次の日、わたしは藤川さんに思い切って聞いてみた。



「おととい、図書室で――」

「なんでもないよ」

「うそ。じゃあどうして図書室に藤川さんの髪の毛が落ちているの? まさか、図書室で髪の毛を切ったの? そんなはずないよね」



 藤川さんの黒い目が、大きく見開かれる。



「なんで……」

「わたしたち、親友でしょ? 何かあったら、相談に乗るよ?」

「なんでもないから。もう、私に話しかけないで」



 その日はあんまりハッピーじゃなかった。むしろアンハッピーだった。

 なんで? どうして? 藤川さんに何があったんだろう。

 確かめたい。

 フレンズのために、悩みやトラブルがあるなら解決したい。






「ほんと、藤川のやつ、キモいよね」

「根暗で本ばっかり読んでるし、だらだら伸びた髪も陰キャっぽくて目障りだし」

「髪の毛、切ってやったときさ、あいつ『図書室ではやめて』って泣いててさぁ。そこかよ! みたいな?」



 わたしは偶然、図書室――のすぐ近くで、そんな声を聞いてしまった。クラスの中でもそんなに素行がよくない感じのグループの女子たち。藤川さんの悪口を言っては、下品な声で笑っている。

 あいつらだ。

 藤川さんはいじめられているんだ。許せない、わたしのハッピーのためにも、フレンズを守らなくちゃいけない。あの子たちはいつも夜遅くまで遊んでいて、それから散り散りに家に帰るはず。住所はバラバラだ。ひとりずつなら、別にどうってことない。

 大事なものが一つ増えちゃった。それはお気に入りの文房具店で買ったカッターナイフだ。カッターを買った。それってダジャレ? ちょっと面白いから、今日はちょっとだけハッピーだ。






     ○






「おはよう。藤川さん」



 クラスがどよめきと、ちょっとの暗い雰囲気に包まれる中でも、藤川さんのかわいさは変わらない。相変わらずきれいな横顔、でも、わたしを見る目は少しだけうるんでいて、顔が引きつっている。



「よかったね。いじめっ子が通り魔に襲われて」

「えっ……」

「もう、心配いらないよ。今日も一緒に帰ろう、最近物騒だし、ひとりで帰ったら危ないよ?」



 藤川さんは目を伏せてうなずいた。短くなった髪の毛は、その横顔を覆い隠すことなくわたしに見せてくれた。唇が震えている。そんなに嬉しい?



「そうだ、買い物に行こうよ。藤川さん、短い髪も似合うけど、そうそう、あそこの駅ビルにいい雑貨屋さんができたの、ハンドメイドでヘアピンとか作っててね、きっと似合うと思うなあ、それから本屋にも行こうよ、藤川さんがよく読んでるシリーズの新刊出てたよね? まだ買ってないでしょ? 決まりね!」



 藤川さんの震える手をわたしはしっかりと抱きしめるように握ってあげる。



「わたしたち、ずっとずっとずっと親友よ」



 さあ、今日からまたハッピーな日々が始まる。

 おばあちゃんの万年筆で、手帳に日記を残しておかなくちゃ。藤川さん、わたしのフレンズ、あなたと一緒にこれからもずっと。

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ハッピーでフレンズ 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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