短編74話  数ある姉御な同級生にぐぬぬ

帝王Tsuyamasama

短編74話  数ある姉御な同級生にぐぬぬ

「おじゃましまーす」

「いらっしゃい、衣紗いさちゃん」

「こんにちはー」

 襟付き茶色長そでシャツに朱色エプロン装備だった母さんが出迎え、我が道富みちとみのリビングルームに登場したのは神平かんだいら 衣紗いさ……と、我が道富みちとみ 塚雪つかゆきの妹、道富みちとみ 悠香ゆうか

 インターホンが鳴って、まっ先に玄関へ向かったのが悠香だったので、ぱっと見衣紗の妹かのような登場シーンとなった。衣紗の身長が大きめなので余計に。

 悠香は俺や衣紗よりななつ下の小学二年生。割とおとなしめ甘えんぼさんに属しているだろうか? 今日は左右それぞれにくくられ下ろされている、肩より長い髪。ピンクの長そでシャツにひざくらいまでの紺色うさちゃんワンポイントスカート。

 悠香の髪は人気なのかなんなのか、悠香の友達の手によって、勝手に三つ編みとかへ髪型変更されて、再登場することもある。今日は衣紗がやってきたので、急な髪型変更処置はなさげ?

 衣紗は白と紺色の長そでボーダーシャツの上に、青色の半そでシャツみたいな装備。下はデニムな感じの長いスカート。白いポシェット装備。

 部活を引退してから、最近髪を伸ばし始めたらしいが、まだ肩には届いていない。確かに衣紗といえば髪短いイメージではある。

 俺? ただの白長そでシャツにジーパンっスよ? 衣紗と違って髪伸ばす予定もなし。

「やっ」

「よ」

 衣紗が左手を挙げてやっをしてきたので、俺は右手を挙げてよをした。ちなみに衣紗は普通の右利き。右手でやっをしなかったのは、悠香がゲットしていたから。

 悠香は俺らよりななつも下ってことで、悠香のちっちゃいときから見守ってきた人物のうちの一人が、こちらの衣紗。俺らの同級生の中で、最も悠香と遊んでいるのがこの衣紗なのは、間違いないだろう。

 俺? いやちゃんと遊んであげてますしっ。

「手を洗ってきまーす」

「どうぞー」

 母さんのどうぞ許可が下り、やんわり笑顔な衣紗が洗面所へ向かっていった。悠香付きで。

 てか悠香と最も遊んでる同級生が衣紗なのもそうだが、よく考えれば俺とこの家で最も遊んでる同級生ってのも、衣紗なんじゃね?

 幼稚園から衣紗の存在は知ってたけど、しゃべるようになったのは小学校に入ってから。

 まだ入学したてくらいのときは、学校でたまにしゃべる程度だったが、悠香が生まれた時期、授業の生活の時間で家族うんぬんの話になって、『最近子供生まれた家庭の人~』みたいなので手を挙げて、授業終わってからも衣紗が興味ありげだったのでうち来る? って誘ったのが最初のきっかけ。

 それからは、うちによく来るようになるとともに、学校でもよくしゃべるようになった。

 順調に悠香も衣紗に懐いて、もはや磐石のお姉ちゃんポジポジション


「手を合わせましょう」

 ぺったん

「いーたーだーきーまーす」

 なぜか俺が号令係となって、白いテーブルクロスが敷かれた木製ダイニングテーブルにて、四人そろってのいただきます。

 俺の左に母さん・左前に悠香・目の前に衣紗。本日のおやつは、なんとチョコレートケーキ。地元のケーキ屋さんので、創業祭でお安かったそうな。

 全体がチョコ色なのはもちろん、上にも……鉛筆の削りカスみたいな形の~って例え悪いなごめちょ。薄くてくるんとなったチョコレートがまぶされている。

「おいしー!」

 悠香甘い物好きだもんなー。

「おいしーっ。いいのおばさん、こんなごちそうっ」

 なお衣紗もそうだった模様。二人のその目の開き具合よ。

「悠香は、衣紗ちゃんと一緒に食べたいよねー?」

 うなずく悠香。ほほえむ衣紗。実に本日も平和ですなぁ。

「らしいわよっ?」

「ありがとうございますっ」

 でもほんとうまいっスよ、このチョコケーキ。


 チョコケーキをおいしく食べた俺ら四人。母さんは衣紗が来るまで俺が座ってたソファーにて、チラシチェックモードに入った。

 目の前の衣紗と悠香は、お絵かきモードに入った。悠香がチョコケーキる前まで描いていたのを再開させた形だ。

 俺? 俺も再開させようかな。詰め将棋。なんか戸重としげ 隆太りゅうたから本渡されてさぁ……。うちにもまあまあ大きい木の将棋盤と、プラスチックの駒があるから、今それを広げている。

 これまでは親戚集まったときとかに、たまにやるくらいだったけど、なんか最近中学校では、じわじわボードゲームブームがやってきてて、将棋はなんだかんだで動かし方を知っている人が多いということで、休み時間にたまに教室で将棋をやってるやつも見かける。

 まぁ二十分じゃ終わらないことも多いので、メモっては別の休み時間に再開、終わらなければまたメモるとか、地味に根気のいる作業な気がしないでもない。だが逆にそのメモノートを見せ合うってのもまた楽しいんだとか。

 俺は誘われたときに戦うっていうくらいのスタイルなので、メモはしてもらう側の人間だ。

 ちなみにバックギャモンやチェスやオセロもたまに見かけるが、囲碁やモノポリーは見かけないなぁ。

 って。衣紗や悠香や母さんとも、特にそこまでバトる関係でもないのに、なに俺は教室の将棋ブームっぷりを思い返しているんだろう。

 衣紗も悠香も、落書き帳の紙を使って、鉛筆&消しゴムで……マンガのキャラクター? を描いている。なかなかお上手。すいません全然絵心ない俺からしたらとってもお上手です。

「衣紗って、結構絵描いてるよな」

「悠香ちゃんが描くから、私もね」

 お絵かきしながら答えてくれた衣紗。

「普段女子の友達とかとは、描いてないのか?」

「昔は描いたこともあったけどね。今はないかな」

「ふーん」

 このタイミングで、ふーん以外の返答方法があれば教えていただきたい。

「悠香は、周りの友達と一緒によく描いてるのか?」

「うん。でも衣紗お姉ちゃんの方が上手」

「お。さすが衣紗お姉ちゃん」

「ふふん」

 ちょっと得意気な衣紗お姉ちゃん。

「衣紗お姉ちゃんが描いたのを見せたら、みんなすごいって言う」

「さすが衣紗お姉ちゃん」

 これだけ持ち上げられたら、そら絵を描く気にもなるってものなんだろうか。

「悠香ちゃんのおかげで、絵を練習するきっかけになって、親戚の子供たちと遊ぶときも、結構ほめてもらえるようになってきたよ」

「さすが衣紗お姉ちゃん」

「雪は同級生でしょっ」

「さーせん」

 三度目だとさすがにツッコミを入れられてしまった。上目遣いで。やや笑顔で。

「雪は描かないの?」

「絵は衣紗と悠香に任せておこう」

 またやんわり笑う衣紗。お馴染みの表情である。

「何手詰?」

「五手詰」

 衣紗と将棋をしたことがないわけではない。ただこの家に衣紗が来るときっていうのは、悠香と遊んでいるor悠香と三人で遊ぶ率がかなり高いので、将棋に限らず俺とタイマン勝負というのは、そんなにしていない方ではある。まぁそれでもある程度はあるわけだけども。

「いきなり持ち駒の角行を使うのは?」

「もったいねっ」

「詰め将棋って、そういうとこあるでしょ」

「ぐぬぬ」

 絵も描けて将棋も強いんスか衣紗お姉ちゃん。ぇ、衣紗との将棋対戦成績はって? 俺の全敗ですわよ?


 お絵かきモードが終了。衣紗お姉ちゃん上手~が室内に響き渡ったところで、本日は悠香の塾の日だ。早速今日描いた絵を塾の仲間に見せるらしい。

 俺は塾って行ったことないんだよなー。まぁ悠香は自分から行きたい(友達が行ってるからっていうきっかけらしいが)と言い出したことだし、親も別に俺に塾行けという命令もないし。

 そんな俺でも実は一年間、手話教室なら行ったことならあった。いつの日か点字教室に行く日も来るのだろうか。

「雪、塾まで一緒に行かない?」

「ああ。じゃかばん取ってくる」

 これもまあまあある光景。悠香が塾に行き出してから、悠香塾の日と俺たち学校が部活含めて休みの日が重なったとき、一緒に悠香を塾まで送り届けるという手厚いサービス。部活がない今の時期、さらに頻度が増した気がする。

 これまでに何回もあるわけなので、絵を悠香の手によって披露されていることもあって、塾の面々にも割と衣紗の存在は知られている模様。もうほんと悠香の姉ちゃんじゃね?


 おじゃましましたーいってらっしゃいまたきてねいってきまーすなどが飛び交い、道富家を出た俺たち三人。外じゃ衣紗お姉ちゃんの右手はゲットしない悠香。幼稚園時代なんか、脚にしがみついていたレベルであった。右肩から左へ下げている塾用薄ピンクかばん。

 フォーメーションは、左前悠香・右前衣紗、後ろに俺のオープンデルタ陣形。こらそこ、女子二人を盾にしているとか言わない。

「お兄ちゃーん」

「ん? なんだ?」

 悠香が衣紗を見ながらも、ちょこっとこちらをちらっしつつ俺に声をかけてきた。

「お兄ちゃんは、衣紗お姉ちゃん、親友?」

「し、しんゆー?」

 そんなご質問が飛んできた。おい衣紗俺を見てないで前見ろ。

「ど、どうだろうなー。衣紗お姉ちゃんに聞いてみたらどうだー?」

「お兄ちゃんはー?」

「ぐっ」

 おい衣紗ぷってなんだこんにゃろっ。

(ま、まぁ? その? なんだ? 最もうちに来てくれてるのが衣紗で? 俺も衣紗とは何の気兼ねもなくしゃべれる仲だしさ? まぁ? 友達なのは間違いないけどさ? 本人目の前で親友ですなんて申し上げるようなことなんですかね?)

 ……ま、まぁ? 親友じゃねぇと頭ごなしに否定するような間柄でもないしー……

「…………こっ、こうして妹預けてっしっ。し、信頼してるんスから、し、親友……かもしれませんね」

 ああ今日も空は青いなあ。

「衣紗お姉ちゃんは、お兄ちゃん、親友?」

「ちょ!! なんかコメントよこせよ!!」

 衣紗めっちゃ笑ってるし。悠香からコメントねぇし。なんだこの姉妹。いや同級生と俺の妹なはずだが。

「あはっ。そうだね。私も雪のことを信頼しているよ。今まであんまり親友っていう言葉を、深く考えてこなかったけど、雪のことを指すのかもしれないね」

 なんと道富塚雪は、神平衣紗の親友かもしれない称号を手に入れた!

「じゃあ二人は、お付き合い、するの?」

「ちょいちょいちょおーーーい!!」

 だからなんで衣紗笑って悠香ガン無視やねん!!

「どうなのかなー。雪から告白されたら、その時考えるよ」

「さらっとんなこと言うなよぉー!」

 やっぱ女子って生物は、恋バナ恋愛話に生きる生物なのだろうか?

「じゃあお兄ちゃん、告白しちゃうの?」

「うぉーーーーーい!!」

 あんた今までお兄ちゃんの目の前で恋バナの恋の一画目の前の半紙に文鎮ぶんちん乗せる瞬間すらもあらへんだやろ!!

「雪お兄ちゃん、告白しちゃうの?」

「本人がゆなーーー!!」

 あんた本人なくせになんじゃいその余裕たっぷりの反撃と笑みは!!


 塾に行くであろう小学生たちも見え始めてくると、俺は前向けを連呼しまくり、自然と恋バナを遠ざけることに成功。

 白い壁の塾も見えてきたところで、ばいばいしてから走り出した悠香。ああ今日も実に空が青いですねっ。

 塾に入っていくところまで見届けた俺たち。衣紗がこっち見てきた。

 女子の中で身長高めな衣紗は、実は昔から俺よりも身長が高かったんだが、気づいたら最近追いついてきた気がする。

「雪はこの後、用事ある?」

「ねぇよっ」

 ふんだっ。

「じゃあ私の買い物に付き合ってよ。おつかい頼まれてるんだ」

「……ふんだっ」

 そっちの意味での付き合うなら、ついていってやらねぇでもねぇぜっ。


 やってきたのは商店街。野菜中心のおつかいなため、ベストチョイスと言えるだろう。

 主婦の皆様方を中心に、本日も賑わいを見せている商店街。アーケードがあって雨宿りにもGood。割と道幅は広いと思う。

(……しかし。衣紗と付き合う、かぁ……)

 さっきから述べているように、衣紗と仲いいのはもちろん間違いないんだろうけど、一方でそれは悠香のついでなんじゃ? っていう気がしないでもないというかなんというか。

 ま、まぁ衣紗はそんなついで~とかで人を判断するようなやつじゃないとは思うがっ。ああ俺なにさっきから頭ぐるんぐるんしてんだろう。

(付き合う、ねぇ……)

 付き合うっていうことをまだ道富塚雪人生において、一度も取り交わしたことがないから、実際それが始まるとどうなるのかは、よくわかってないところではあるが。

 そもそも俺って、衣紗のことを、あーまぁそのー、すきぃっていうやつなんだろうか?

 一緒にいてて居心地がいいとか、気が合うとか、もちろん気兼ねない~だとか、そういうのはもろもろあるんだが、それはすきぃに入るんだろうか? その辺りもよくわかってない。

 しかしさっきの衣紗の様子からして、特に焦ることもなく淡々と悠香に答えていたところを見るに、どうやら衣紗はお付き合いぃとかすきぃとかについて、少なくとも俺よりかはわかっているのかもしれない?

(はっ。まさかだれかと付き合ったことがあるとか?!)

 女子同士は知らんが、少なくとも俺の周りでは、男子同士や男女混合で恋バナなんて展開されていないくらいには、だれだれとだれだれが付き合ってる情報とかは未知数すぎるぞ?

(い、衣紗なら、答えてくれそうな気もするが……)

 でもこれわざわざ聞くことかぁ? てかふつーに考えて、道富塚雪がそんなこと聞いてきたら、怪しさ満点っしょ?

(だがその道富塚雪の妹が、ガンガン突っ込んだ質問してたしなぁ……)

「なに? 黙ってずーっと見てきて」

「ああいや、本日もいいお天気ですね?」

「屋根あるよ?」

「さっ、さっきまで外歩いてたろっ」

「今も外だよ?」

「ぐぬぬ」

 いつもはやんわり笑顔の衣紗だが、こうして俺をマウントってくるときは、とびきり笑顔の衣紗も登場する。なんたる屈辱くつじょく

「いらっしゃい衣紗ちゃん! 今日は彼氏連れかい?」

「おいこらーーー!!」

「こんにちはおっちゃんっ。まだ告白されてないから、彼氏じゃないよ」

「衣紗ぁーーーーー!!」

 俺。なんでこの街に生まれたんだろう?!


「まいどあり! 次はいい報告待ってるよ!」

「それは雪次第だよー。また来まーすっ」

「ぐぬぬぅ!!」

 ……視点を変えて、衣紗がマウント取って楽しんでもらえるようにするための存在としてとか? せぬ、俺の人生。


 紫色と黄緑色のエコバッグふたつのうち、黄緑を俺がぐぬぬな表情のまま奪い、衣紗の左隣を歩いている。

 商店街を抜けて団地に入っても、ずーっと衣紗の左隣。

「浮かない顔ですねぇ」

「うっせっ」

 一応あんたも当事者なんやぞ?! なんでそんな余裕なんだ衣紗お姉さんよぉっ。

「衣紗はああいう話、慣れてんのかっ」

 ふんだっ。

「得意なわけじゃないけど、これだけ雪と一緒にいたら、あちこちで言われ慣れちゃっているかもね」

「……は? 待て。言われ慣れている……?」

 なんーにも表情変わってない自然な衣紗。

「二人で外にいることもあるし、家に遊びに行くこともあるでしょ? 教室で休みの日に雪と遊んだ~って話題になったら、普通その流れで聞かれるでしょ?」

「ふ……ふつー…………?」

 女子同士はそれが普通なのか!? その普通は本当にこの現世界での普通なのか?!

「雪は男の子としゃべるときに、私と遊んでること、隠しているの?」

「い、いや、別に?」

「じゃあ聞かれない? その話した後に、付き合ってるのーって」

「聞かれねぇっ」

「へー、そうなんだー」

 あ、うん。特に聞かれませんけど……? ぇ、普通ですよね? こっちが普通ですよねぇ?!

「衣紗はそんなこと言われて、なんて答えてんだ?」

「付き合ってませんー、って」

「直球な答えであった」

「それだけだとなんでって言われるから、その時は、告白されていないからーを付け加えるけどね」

「ほ、ほぅ」

 衣紗は同級生で、今年は同じクラスでもあるよな? 女子同士って、同じ地球上でそんな話してんのか……?

「男の子同士って、全然そんな話しないの? 雪のことに限らなくても」

「全っ然。ゲームの話か、アナログゲームの話か、マンガ映画アニメの話か、テレビテレビジョンの話くらい?」

「そんなに全然?」

「全っっ然」

 同じ世界に住んでるはずなのに、不思議ですね。

「衣紗は、だれかと付き合いたいとか、あるのか?」

 ……なんか流れでそのまま聞いてしまったぞ俺。

「どうだろうー。あんまり考えたことないかもね」

「そっか」

 うん。俺の話術では、ここまでしか広げられないぞ。

「でもみんなからこんなに言われちゃったら、ちょっとは考えちゃうかもねっ」

 だからなぜ俺を見ながらその余裕の表情なんだっ。

「……ありがと、雪っ」

 このタイミングで、突然の衣紗からの感謝のお言葉。

(こんな話をしているときに、その明るい笑顔と言葉に、一体どんな意味が……)

「ん? 中まで運んでくれるの?」

「あ」

 単に神平家へ着いただけでした。見覚えありまくりの紺色の塀。


 おじゃましまーすの儀が執り行われたが、今は家の中にだれもいないらしい。おばさんはそのうち戻ってくるらしいとのこと。

 ちなみに衣紗には摩菜まなっていうお姉ちゃんがいる。高校三年生。運動部で夏に引退した衣紗と違い、お姉ちゃんは文化部のためか、今日も部活らしい。

 二人でおつかいの品々を冷蔵庫や棚などへ直していく作業を行った。


 ぶどうジュースがはちさん柄のガラスコップに注がれ、俺にくれた。うま。あま。ビンのやつということもあってか、普通のぶどうジュースよりもぶどうぶどうしていた気がする。たぶん。

 さっきの悠香がいたときと違い、左に衣紗・右に俺のフォーメーション。静かで平和ですなぁ。

 特に話しかけられていなかったが、衣紗を見てみよう。お、衣紗もこっち向いた。さすがの反応速度である。

 悠香が今までおっきくなってくるまでの間、ずーっとこの衣紗とも仲良ししてきたんだよなぁー。いろんな同級生を見渡しても、そんな同級生衣紗だけである。ああまぁ遊んできたーっていうんなら、そりゃいろいろ同級生いるけどさっ。

 じゃあ衣紗から見ても、同級生見回して俺だけのことって、何かあるんだろうか?

 あ、衣紗がひまわり柄コップをテーブルの上に置いて、身体ごとこっち向けてきた。

「な、なんだよっ」

 なんか、いつになくこっちを見てきたので、つい反応。

「別に?」

 特になにも起こらなかった。

 ……んまぁ。先に見始めたのは俺だし? 俺の顔はすでに御開帳済みなので、見たいならどうぞ見てくださいだが……。正面向いてぶどうジュース飲も。うま。

「うま」

「よかったー。それ私も好きなんだよ」

 す、すきぃ、ですか。

「これもさっきの商店街の?」

「そうだよ」

 神平家御用達の商店街。

「そこでも言われたなぁ。今日は彼氏一緒じゃないのーって」

「ぶはっ!」

 あっぶね、飲んでる最中じゃなくて。

「そんなに私たちって、付き合ってるように見えるの?」

「知るかっ。単にちゃかしてっだけかもなっ」

 うま。

「さっき私に、付き合うの興味あるかって聞いてきたけど、雪はある?」

「ぉ俺っ?!」

 しまった。カウンターがあったか……。身体はこっち向けつつ、背もたれへ横にもたれる衣紗。

「あるの?」

(きょ、興味って……なぁ…………?)

「……別に?」

「ないの?」

「………………別に?」

「ぷっ、どっち?」

「どっちと言われましても……」

 これどっちなんだ? でもよくわかってないんだから、興味ない方に入るんじゃ? のくせになんで興味ねぇって即答しなかったんだ俺の脳さん。

「ないって言わないんなら、あるってこと?」

「あ、あるって言ってないんなら、ないことにならないか?」

「ならないよっ」

「ならねぇのかよっ」

 こんなの中間考査中間テストで教科:恋バナなんて出されたら、一桁台の点数の自信あるぞ俺。

「そうなんだー。雪は付き合うことに興味ありっと……」

「勝手にアンケート用紙捏造ねつぞうすんなよぉ!」

 選挙管理委員会に神平衣紗の名前があったら疑っちゃるぞ?!

「あはっ。でもそっかそっかぁ。雪が興味あって……なんかちょっと、よかったかなっ」

「だっ! まだ興味あるとは一言もゴニョゴニョ」

 衣紗絶対政権の管理下に置かれている俺。まさしくぐぬぬ。

「でもよかったって、何がだよっ」

 一応聞いてやるっ。まっすぐ腕を伸ばしてふともも辺りに当てている衣紗に。

「……私。もしかしたら雪のこと、好きかもしれないから。雪がまったく興味ないのなら、振り向いてくれないでしょ?」

 ………………ん? ぇ、ん?

「…………衣紗?」

「なに?」

 そこにさっきからまったく表情崩すことのない衣紗さんがいます。

「今、なんて?」

「……ちゃんと聞こえてたでしょ?」

「ああいやまぁその。か、確認と言いますかなんと言いますか」

「聞こえてたのなら、確認しなくてもいいでしょ?」

「ああ……はい、そのとおりですね」

 いや、まったく表情崩してないこともない衣紗さんが、そこにいるような気がします。

(てっ。てことは。やっぱりさっき聞こえたことってのはぁ……)

 いいいやいやいやいやいや!! 衣紗だって『かも』っつってたから! ひょ、ひょっとしたら勘違いなんて可能性も無きにしもあらず?!

(だがしかしあの衣紗だぞぉ? そんな勘違いなんかで言葉を発するようなやつでもないようなぁ……)

 あの悠香への立派なお姉ちゃんっぷりを見ろよ。どんだけしっかり者かっ。

(てことは……てことはてことは…………)

 ここでぶどうジュースだな。うま。あ、なくなった。

「まだ飲む?」

「あ、ああ」

 ビンはいったん冷蔵庫に収められていたので、それを取りに立ち上がった衣紗。

(お、落ち着け俺。なんだ急に。どうしたんだ俺ぇ)

 めっちゃボディに殴られまくっているかのような、通称:ドキドキと言われるやつが、突然襲いかかってきている!

(か、かもだし! かもだしね!)

 ぶどうジュースビンを持ってきた衣紗は、俺のはちさんコップに注いでくれた。半分ちょい上くらいまで注いでくれたところで、ビンは透明のふたをされ、あ、今回はテーブルの上に常備?

「ってうおあ?!」

 そこに注意力を引きつけておいての突如背後からの衣紗によるだだだ抱きつき急襲がっ!! 顔がすぐ左横にあるぅ!! 腕回されて両肩に手置かれてるぅ!!

「い、いい衣紗あぁ?!」

 なんっだよ姉妹そろってのガン無視体勢かよ! いやもう一人は俺の妹だけど!!

「やっぱりー……私のことなんて、好きなわけないかな?」

 い、いきなりそんなセリフを、こんな近接戦闘の距離で放たれましても……。

「…………べ、別、にぃ~?」

 いきなりすぎる展開で、なんて答えたらいいのやら。

「なにそれっ」

「あいや、別に……?」

「だからなにそれってばっ」

「ああいやだからその、まぁ、べ…………つに?」

 ここで俺の両肩辺りに回されている衣紗の手が、もうちょこっと力を込められたのがわかった。さすがに悠香相手でも、こんな抱きしめまくってるシーンとかなかったような。って顔横にくっつけてきたぁ?! これ衣紗のほっぺた? ぜひマシュマロメーカーさんに見せてあげてください。

「……だめだなぁ私」

 その記述式問題は超難問ですね。

「雪のこと、好きすぎたやっ」

(え、ちょっ)

 ほっぺた同士のくっつきが離れたと思ったら、別の……温かい感触が、俺のほっぺたにやってきた。

(え、えちょちょっ)

 しばらくしてからそんな感触が離れたと思ったら、すんげーやさしくサイド頭突き。お絵かきと将棋だけじゃなく、プロレスプロレスリングまでできるのか?

「……引いてる?」

「ふぁ?! あいや、別に……ああいやいや、それはない、かな」

 衣紗からしたら、俺ただ固まってる存在として映ってたんでしょうから。

「さすがに雪に嫌われたら、落ち込むなぁ」

「き、嫌われたらって。俺だってさすがに衣紗を嫌うとかは……ないさ?」

「ほんと?」

「ほんと」

 ずっと頭突きされっぱ。

「よかった」

 俺、人生で始めて、女子に頭突きされたかも。

(ま、まぁほっぺたの、あれもゴニョゴニョ)

「…………ほんとに引いてない?」

「ないないっ。いきなりだったからびびってっだけ」

「ごめんごめんっ」

「ごめんは一回っ」

「それははいのことじゃない?」

「……はい」

「ふふっ。きっとごめんも一回だねっ」

「…………ぐぬぬはい」

 結局どんな体勢でも、衣紗管理下から抜け出せない俺なのであった。To be Continued.

(いやいや思いっきり俺の肩ゲッチュされてるの続行されてますからぁ!)

「雪は……どうなの?」

「な、なんでしょ」

 銀でも金でもないと思いますけど。

「私のこと…………好き?」

「うぇっ」

 こ、これはっ。これは重要な問いだぞ?! この返答如何いかんによっては、今後の人生が大きく動く場面だぞ! た、たぶん! わからんけど!!

(考えろ俺! そして答えろ俺ぇー!!)

「……し、信頼はしてるし、今こうして……そうされてんのも、嫌じゃねぇし……もともと気が合うとは思ってたし…………」

 えーとうーんと、えーとだなぁ…………

「……し?」

「……し」

「ありがとっ」

 うん、はい、続き待ちですよねこれ。

「衣紗は悠香からあれだけ頼りにされてるっていうことは、いい人なんです度はすごいだろうし、悠香のためにいろいろとしてやってくれているのは、兄としてもありがたいと思ってるし」

「……実は、雪と会うための口実、だったとしたら……?」

「…………なんですと?」

 俺のまじめモードは一瞬で崩壊。

「もちろん悠香ちゃんは、妹みたいでかわいいけどね。私妹いないし」

「ふむ」

 姉ちゃん一人いるだけだもんな。

「でも悠香ちゃんと仲良くしてることで、雪への照れ隠しだったとしたら?」

「…………あんだって?」

 衣紗。あなたいつの間に暗器使いになったのだ?

「おばさんとおしゃべりするのもいいけど、二人で一緒にいる時間を作るために、悠香ちゃんを送るのにも誘っているとしたら?」

「そこもかよ?!」

 あ、めちゃ笑ってくれたのがわかった。

「もちろん。部活誘ったのだって……」

「いつからだよっ?!」

 まためちゃ笑ってくれた。

「ほんとにね。最初は一緒にいて楽しいなぁっていう感じだったんだ。でもよく考えたら、男の子でこんなに仲がいいのは雪だけだし、気づいたら、いろんな時間を雪と一緒に過ごしたいって思うようになって」

 ぉぅぉぅおうおう!? 俺の知らぬところで、秘密裏ひみつりに一体何の作戦が遂行されとったんだぁ?!

「悠香ちゃんが素直なのだって、きっと雪が、いいお兄ちゃんしてくれているからだと思うよ」

「ほんまかいな」

「ほんまほんま」

 その順応力の高さは一体何なんだっ。

「……私からは、以上です」

 衣紗さんによる演説が終了?

(ということは~……俺のターン?)

 な、何を言おう。てかあれだよな。途中いろいろ挟まれたけど、聞かれてたのって……あ、あれだよな…………

「……しょ、しょーじきっ。俺、すきぃとか、付き合う、とか、そういうの詳しくなくて、まだよくわからないけどさ……」

 衣紗その体勢きつくないの? あぁきつくないからずっとその体勢なんでしょうね。

「……俺は衣紗とこれからも一緒にいたいから、す、すなわち、すきぃ、かもしれないし……」

 もうそれ以上寄れませんって!

「衣紗さえよかったら。つ、付き合うっていうの。しようか」

 割と自然と出てきた言葉ではあったけど、これでいいとも充分思えた。ってさらに強まる肩への力ぁ!

「……ほんとに私なんかでいいの? 背が大きくて、あんまりかわいくないよ?」

「し、知るかっ。さっき言ったみたいに、男子同士じゃそんな話出てねぇんだから、みんなも衣紗のことかわいいとか思ってんじゃねーのっ」

 途端に俺のお口はぺらぺらおしゃべりになっちゃってますね。

「そのみんなの中に、雪も入ってるの?」

「入ってるんじゃないんスかっ。女子に変身した覚えはねぇしっ」

 ああさっきから俺一体何を声に出してんだろうかっ。でもなぜか声が次々に出てくるんだよぉ。

「……不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、よろし」

 くって返事しようと思ったら、俺の左横ポジションから移動がなされ、それとともに右肩にも少し力が込められ、衣紗のかわいいお顔が真正面に見えるポジションへと誘導された。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 なぜか二度目。ん? まさかこれが噂に聞くタイムリープっていうやつ?

「……ふふっ。もう、そういうところも、好きなんだよ……」

「な、なにがだょっ」

 衣紗が目をつぶったと思ったら、さすがの運動神経なのか、次の瞬間には、もう唇が重なり合っていた。



「そっかぁ。雪も私のことを、かわいいと思ってくれていたなんてー」

「ちょっ! またアンケート用紙捏造!?」

「だって。私のことをかわいいって思ってくれている男の子の中に、雪も含まれているんでしょ?」

「ぐぬぬぅ!!」

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