第2話 シーナガの捕り物

ホンバーシの街に別れを告げたカバチョッチョは西を目指した。

そして到着したのはホンバーシの隣の街、シーナガである。


「あれ、カバチョッチョさんお久しぶり。最近はホンバーシも景気を取り戻したみたいで、カバチョッチョさんもひと安心じゃないの?」


一軒の茶店の前で、そこの店員にそう声を掛けられたカバチョッチョ。

この街には冒険者や商人達との折衝に何度も訪れていたため、顔馴染みも多い。


「シイナちゃんか。ホンバーシはもう俺がいなくても回るようになったからな。俺はまた旅に出たんだよ。ホンバーシとはしばらくお別れだ」

「あらそう、旅にねえ。確かにカバチョッチョさんはひとところに腰を落ち着けるタイプには見えないねえ」

「ああ、ホンバーシは古い友人との約束で手を貸してたってだけさ。そいつが終わればまた旅烏ってやつに逆戻りさ」


「そんなものなのかねえ。まあ、だったら一休みして茶でも飲んでっておくれよ」

シイナの勧めで店先のベンチに腰を下ろすカバチョッチョ。


「ああ、ありがとうよ。ところでこのあたりじゃあ最近何か変わった事とかないのかい?」

「変わった事ねえ・・・困った事ならあるけどさ、そんな楽しい話じゃないよ?」

「何だ、気になる言い振りじゃないか。良かったら教えてくれるかい?」

「ああ、だったら・・・実はね・・・」


そうシイナが切り出した話、それは最近この街に届いた様々な物資や商品が盗賊の被害に遇い、品不足気味のため物価が上がりつつあるというものだった。


「噂じゃあ何でも『鏃火団やじりびだん』の仕業らしいよ?」

「鏃火団の? あれって確か、『たちの悪い金持ちからしか盗まない、庶民の味方』なんて触れ込みじゃなかったかい?」

「ああ、そうなんだけどさ・・・趣旨換えでもしちまったのかねえ」


「ほおう・・・で、代官には相談したのかい? ここの代官は結構しっかりした男だったろう?」

カバチョッチョはホンバーシの代表代理としてこの街に訪れていたため、当然代官とも面識がある。

「ああ、『調べておく』って言って貰えたらしいんだけど、どうにも腰が重いみたいでさ」

「ふーむ、だったら俺からも聞いてみるか」


シイナに別れを告げたカバチョッチョは、代官屋敷に向かった。

「よお、代官さんはいるかい? ちょっと面会したいんだが?」

「これはカバチョッチョさん、確認してまいりますから暫くお待ちください」

そういって中に入っていった門番を見送り、しばし入り口で待っていると、

「お待たせしました。お会いになるそうですので、こちらへどうぞ」

門番と一緒にやってきた代官の秘書にそう告げられ、一緒に執務室に向かった。


「やあカバチョッチョさん、久しぶりだな。ホンバーシを出て旅の途中だって聞いたが?」

そう声を掛けてきたのはこの街の代官ナガワである。

「耳が速いな。どこからの情報だい?」

「ははっ、それは言えないよ。分かってるだろう?」

軽い笑いと共にそう返すナガワ。

「まあな。それで今日来たのは、ちょっとよくない話を耳にしたからなんだが」

「ああ、だろうと思ったよ。『謎の窃盗団』についてだな」


そして本題に入るカバチョッチョ。

「どうだい、調査は進んでるのかい?」

「それが中々難しくってな。被害にあってる商会でいろいろ聞き込みをしてるんだが、どうにもやつらの足取りが掴めなくってな」

「ふーむ、街じゃあ『鏃火団』の仕業なんて噂が出回ってるようじゃないか。そっちの線は?」


「それは根も葉もない噂だ。むしろたちの悪いデマだと言っていい」

「ほほう、そいつはまた随分自信満々で言うじゃないか。何か根拠でもあるのかい?」

「ああ・・・」


ナガワはそこで声を切り、執事に

「遮音結界だ」

「はい」

流れるような動作で執事が結界を張り、それを見届けてナガワは続けた。


「カバチョッチョさん、あんただから言うが、鏃火団は実は盗賊団じゃない。王宮直属の組織で、自由裁量によって国に害をなす連中を処分する専門チームなんだ。『悪徳商人を懲らしめる』なんてのは庶民に対するダミーの説明さ。斯く言うこの私も鏃火団の一員なんだ」

「おいおい、そいつはいきなりのカミングアウトってやつだな。信じてくれたのは嬉しいが、そんな事俺に言っちまってよかったのかい?」


カバチョッチョの言葉に軽く笑みを浮かべたナガワは、

「言っただろう?『あんただから言うが』って。これはホンバーシを立て直したカバチョッチョさんへの信用の証だと思ってくれ。それに、私から・・・いや鏃火団から頼みたい事もあってな。まあ協力要請ってやつだ」

「そう言う事か。ああいいぜ。街のみんなが困ってるんだ、このまま素通りって訳にはいかないと思ってたところだ。それで俺は一体何をすればいいんだ?」


「シルヴィアをこれに」

ナガワの指示を受け、執事が一人の女性を部屋に招き入れた。

非常に清楚で美しい顔立ち、なのに全く印象に残らない、そんな不思議な雰囲気の女性。

「もしかしてようやく私の出番かしら?」


「紹介しよう。こちらは鏃火団の情報収集のスペシャリスト、『シルヴィア』だ」

「シルヴィアよ。よろしくカバチョッチョさん」

「このシルヴィアと共に潜入操作をお願いしたい。その先は、盗難被害に会っている商会「オーミ屋」だ」


容疑者は被害者。その事に一瞬面食らったカバチョッチョだったが、それよりも更に気になる点があった。


「おいおい、潜入ったって俺はこの街じゃあ結構顔が知られちまってるぜ? ちょいと厳しいんじゃないかい?」

「ああ、そいつは折り込み済みだ。あんたは街の連中から頼まれたと言って、正面から商会長に面談を申し込んでくれればいい。あんたのところに関係者が集まってる間に、シルヴィアが潜入して調べあげる」


ナガワの言葉に納得といった表情のカバチョッチョ。


「なるほど。だったら確かに俺にはおあつらえ向きの役割だな。よし分かった。じゃあ早速作戦開始といこうじゃないか」



そして作戦開始。

オーミ屋の前で、カバチョッチョは店員に向かって大声を上げた。

「よお、聞いたんだがここで今大変な事が起きてるって話じゃないか。何でも質の悪い盗賊団に目を付けられちまったんだって? ちょっと商会長さんと話せるかい? おれはホンバーシを出て今日この街に来たカバチョッチョってもんだ」


するとその声を聞き付けた街の人たちが一斉に声を上げる。

「おい! あれ見ろよ、カバチョッチョさんだ!」

「あのカバチョッチョさんが今度はうちの街を救ってくれるらしいぞ」

「よかったなあオーミ屋さん! これでもう安心だ!」


これに驚いたのはオーミ屋の番頭である。

オーミ屋にとっては有り難迷惑、しかしこれだけ街の人達に知られた以上、街中に知れ渡るのは時間の問題だろう。これはすぐに対処せねば。

「ようこそいらっしゃいましたカバチョッチョさん。すぐに商会長を連れて参りますので、奥の部屋にどうぞ」


こうして集まってきた商会長と商会の重鎮達。

カバチョッチョが彼らからこれまでの状況を根掘り葉掘り聞いている間、その裏側では商会内を自由に動き回るシルヴィアの姿があった。

「ふふっ、こんなにやり易い仕事は初めて。カバチョッチョ、聞きしに勝る凄い男ね」

そして数々の証拠を手に入れ、

「ふーん、次回の入荷は明日、そして『謎の窃盗団』の登場も明日か」



シルヴィアからの合図に、カバチョッチョは話を切り上げる。

「邪魔したな。じゃあ何かあったらすぐに声を掛けてくれ」

「はいありがとうございます。次に荷が届くのはの予定となっております」

「明後日だな。分かった、では明後日の夜は体を空けておこう」

「それは頼もしい。ぜひお願い致します」


オーミ屋を出たカバチョッチョとシルヴィアは、それぞれ尾行が無い事を確認し、人目につかないよう気を配りながら代官屋敷に戻った。


「今回の一件、オーミ屋の自作自演で間違いないわね。次に荷が入るのは明日の夕方、そして『謎の窃盗団』が現れるのは明日の夜よ」

「ほほう、じゃあ明後日ってのはフェイクか。『予定より早く荷が着いた』とでも言うつもりだったんだろうなあ。ははは、じゃあ明日の夜は大捕物だな!」

「ああ、現場にはカバチョッチョさん、そして我々は外側からそっと包囲網を敷き奴等を一網打尽にする。それをオーミ屋に突き付けて一件落着といった流れだな。カバチョッチョさん、すまんがあんたは明日の夜までこの屋敷に籠っていてくれ。奴等を油断させるためにな」



そして翌日の夜、ここはオーミ屋の倉庫。

「ふっふっふ、まさか今日荷が届いているなどと思うまい。夕方に突然届いた様子は街の連中に目撃させておるから、不自然にも思わんだろう。よし、では荷を運び出せ!」

「「「「「はっ!」」」」」

そして闇に紛れて悪人どもがコソコソと荷物を運び出す中、ついにあの男が現れる!


「いよお! ずいぶんと捗ってるみてえじゃないか! もし手が足りないようだったら俺が手伝おうか?」

「なっ!? 貴様カバチョッチョ!?」

「はっはあ! 一日早い登場に驚いたかい? 残念だったなあ、お前らの悪事はどうやらここまでって事らしいぜえ!」


「くそっ! お前達、相手は一人だ! 取り囲んで一斉にやっちまえ!」

「「「「「おぅっ!!!」」」」」


飛びかかってくる悪党ども。だがしかしカバチョッチョには通用しない!


「おいおい何だよ、これじゃあゴブリンの方がまだ強いんじゃないか? いやそうでもないか? ・・だがまあ、もし仮にお前らが全員オーガだとしても・・・この俺の敵じゃないがなあっ!!!!」


そして全員を叩きのめし、指示を出していた男も難なく捕らえた我らがカバチョッチョ。

バッとその男のマスクを剥ぎ取ると、そこから出てきた顔は、

「いよお番頭さん、昨日会って以来だなあ。予定通りに『予定より一日早く』荷物が届いたみてえじゃねえか。予定通りで計画通りだったって訳だなあ」

「くっ・・・」


そこに、見張りなど数名を捕らえた代官一行が現れた。

「おお、助かったよカバチョッチョさん」

「そっちも手筈通りだったみてえだな。じゃあ小物どもは衛士達に任せて、俺達はその間にオーミ屋に乗り込むとするか」

「ああ、よろしく頼む。ここからはスピード勝負だ」



「ぐふふふふ、そろそろ運び出した荷を隠し倉庫に移し終えた頃だろう。それを売り払った金、品薄で値上げした金、そして盗難の補償金、こんな簡単な金儲けも出来ないなど、世の中頭の悪い連中ばかりだのう」

趣味の悪い屋敷の趣味の悪い一室で、趣味の悪い服装をしたオーミ屋主人。

その悪い笑みは、だが次の瞬間凍りつく事となる。


「おいおい、頭が悪いのはお前さんの方じゃないかい?」


ギョッとするオーミ屋。

「だっ、誰だ!?」

「おいおい、昨日会ったばかりだろう? もう忘れちまうなんて、ちょっとばっかし薄情ってもんじゃないのかい?」

そう言って目の前に現れたその男に対し、

「きっ貴様はカバチョッチョ!? なぜここに!? いやそんな事より、夜中に人の屋敷に忍び込むなどどういうつもりだ! これはれっきとした犯罪行為だぞ!」


「ふむ、犯罪行為という事なら私の出番だろう。私に任せたまえ」

「おっ、お代官様ぁ!? 何故ここに!?」

「オーミ屋よ、貴様の犯罪行為はすべて露見した。窃盗現場で捕らえたこの番頭の口からの証言も得ておる」

「なっ!? ・・・なんと・・・」


「ったく、影でコソコソと悪巧みなんざするからこうなるんだよ。普通の事を堂々とやれ! そしたらみんな普通に集まってくるからよ」

「ふんっ、そんな事、貴様に言われんでも・・・」

「良い事をやる時は目立たないようにやれ! それでもみんな分かってくれるからよ」

「そうとは・・・限らんだろう」

「そして悪い事をやる時は、まずやるぞって世間に宣言しろ! 本当にダメならみんな止めてくれるし、そうでなければ話してるうちに悪い事から良い事に変わっちまってるからよ」

「そっ、そんな訳無いだろう!!」

「ふふん、いつか分かるさ」


「引っ立てろ!!」

「「「はっ!!」」」



こうしてシーナガの街は平和を取り戻した。

いつの間にか街を出ていたカバチョッチョだったが、人々は自分達がカバチョッチョに助けられた事にちゃんと気付いていた。

そしてこの男も。

「ふふふ、『悪い事は宣言すれば良い事に』か・・・。それは我々『鏃火団』への応援、と捉えていいのかな」



「さてと、じゃあ私は暫くカバチョッチョを影から見守ってますから」

「何っ!? シルヴィアそれは・・・」

「ふふっ、自由裁量ですよ、自・由・裁・量。上には上手く言っといて下さいね」

「ったく・・・」



カバチョッチョの旅はまだ始まったばかりだ。

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生涯現役冒険者 カバチョッチョの冒険 東束 末木 @toutsuka

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