生涯現役冒険者 カバチョッチョの冒険

東束 末木

第1話 カバチョッチョの旅立ち

「カバチョッチョさん!旅に出るって、本気ですか!?」

「ああ、すまねえな嬢ちゃん。昨夜ゆうべふと思っちまったんだよ。旅に出よう、ってな」


ここはホンバーシの街、その冒険者ギルドの受付カウンター。

いつものように依頼を受けに来たんだろうと思っていた受付嬢は、カバチョッチョの言葉に一瞬耳を疑い、次の瞬間にはギルド中に響き渡る声を張り上げた。


そしてギルドの奥から響き渡る大声と足音。

「なぁぁぁんっだぁぁぁとぉぉぉおおぅ!!」


そしてカンターを飛び越えカバチョッチョの前に降り立つ筋骨隆々の大男。

「どういうことだカバッチョ!旅だと?まさかお前、この街を出てくつもりなんじゃあないだろうな!?」

「おいおい、落ち着けよボイル。お前さん、また今日も顔が茹で上がってるぜ?このギルドのマスターなんだから、もっと大きく構えとけよ」


「ばかやろう!これが落ち着いていられるか!お前のおかげでやっと若手が育ってギルドが回り始めたんだ!その矢先に出てくたぁどういうことだ!!」

「何言ってやがる、だからじゃねえか。いつまでもこんなロートルにおんぶに抱っこじゃあ、連中もこのギルドもこれ以上は伸びねえよ。俺のここでの役割はもう終わってるんだ。だったらよ、もういいだろう?」




1年前、このホンバーシギルドは寂れていた。

依頼が少ないわけではない。少なかったのは依頼をこなす冒険者だ。

その理由は明確、半年前にこの街を襲った大災害、スタンピードによるものだ。


スタンピードでは多くの冒険者が犠牲となり、生き残った者たちも体や心に大きな傷を負ってしまった。

そして復興を担う領主も、あまりの被害の大きさに、どこから手を付けていいのか頭を悩ませるばかり。

ホンバーシの街は、すべてが停止してしまったのだ。


この状況は、噂として瞬く間に周辺に広がった。

そうなれば当然、うまみのないこの地に訪れるものなどいる筈がない。

この地は冒険者からも商人からも避けられるようになり、街全体の気力が失われていった、そんな終わりかけた街ホンバーシ。


そんな街にこの男が現れた。

そう、我らがカバチョッチョが!


「いよおボイル、久しぶりじゃあねえか。どうだ、相変わらず茹で上がったみてえな顔してるか?・・・って何だよボイル!どうした、随分しけた面しやがって」

「お前・・・カバッチョか!何だよ、随分久しぶりだな!いつ帰ってきたんだ?」

「何言ってやがる。この俺が街に帰ってきて最初に顔出すって言ったら、ボイル、お前さんのところに決まってるじゃあねえか!」


「ちっ、嬉しい事言ってくれるじゃないか。ええい、どうせ冒険者も寄り付かねえし職員だって誰ひとりいないんだ。依頼者だってもう今日は来ないだろうよ。今日はもうおしまいだ。再会を祝して酒でも酌み交わそうぜ」


ボイルの言葉にカバチョッチョはやれやれと軽く肩をすくめた。

しょうがねえなあ、といったその仕草。懐かしいその仕草にボイルは半年ぶりの笑顔を浮かべた。

「何だよ。酒の話した途端に茹で上がった顔しやがって。おいボイル!途中の街で噂は聞いてきたけどよ、何がどうなってこうなったのか、てめえの口からきっちりと説明しやがれ!」


ボイルはカバチョッチョに語り聞かせた。

半年前の悲劇を。

そこから立ち直れないこの現状を。

そして先の見えない苦しさを。


そして最後には嗚咽交じりとなり、ボイルの一人語りは終わった。

黙って話を聞いていたカバチョッチョだったが、もう酒に手を伸ばさずただ嗚咽だけを繰り返すだけのボイルの前に立ち上がり、ある言葉を発する。

そう、この街を覆う重い空気を吹き飛ばす言葉を。


「ボイル、お前さん今までよく頑張ったなあ。ならばこれからは俺の番だ。いいか、1年だ。今日この日から1年ですべてをひっくり返してやろうじゃねえか!」


カバチョッチョのその力強い言葉に、ボイルは顔を上げた。

「だけどな、俺の力だけじゃあ駄目だ。ボイル、今日はとことん飲め。その代わり、明日からは休めるなんて思うなよ?泣く暇もないくらい忙しくなるからな!!」

「カバッチョ、お前・・・」


それからカバチョッチョとボイルはとことん飲んだ。飲み明かした。

暗い話はたくさんだとばかりに昔話に花を咲かせ、ギルドは夜更けまで笑い声が絶えなかった。

ギルドから重い空気はもう既に吹き飛んだのだ。



ボイルへの宣言どおり、次の日からカバチョッチョは動き出した。

まず最初に、受ける者なく壁の装飾となっていた依頼をすべて確認した。

次に、ボイルとふたりで、動ける冒険者たちのもとに顔を出して回った。

そして、若い冒険者から順に連れ出して、依頼をひとつずつこなしていった。


依頼が達成されるようになれば、依頼者は次の依頼を出すようになる。

もともと冒険者に依頼したい事は山のようにあったのだから。

そう、街の住人達も待っていたのだ。冒険者を。彼らが立ち上がるのを。

こうしてギルドは、少しずつ、だが確かに回り始めてゆく。


1か月が経つ頃、カバチョッチョに連れられることなく自分からギルドに来る冒険者が出始めた。

それは、小さな依頼を繰り返し達成することで、彼らの中の自信と情熱、そして冒険者魂に火がともったから。

彼らは自然とカバチョッチョの背中を見つめ、追い、やがて立ち上がる。


2か月が経つ頃、冒険者たちは徐々に大きな依頼を受けるようになってきた。

それぞれ周りの冒険者に声をかけ、パーティを組み、依頼を求める。

そう、彼らはやはり冒険者。冒険をする者たちなのだから。


半年が経つ頃、冒険者ギルドは以前の活気を取り戻しつつあった。

ボイルだけではギルドの手は足りなくなり、ギルドでは怪我で冒険に出るのが難しい冒険者たちを職員として雇い入れた。

冒険者としてこれまで多くの経験を積んだ彼らは、若い冒険者たちに適切なアドバイスを送ることができた。

そして若者たちもまた、その身を張ってスタンピードに立ち向かった彼らを尊敬し、得られたアドバイスを素直に取り入れた。

ギルドと冒険者を結ぶ代え難い信頼関係。そこには冒険者ギルドの理想的な姿があった。




その間、カバチョッチョは何をしていたか。

ある時は近隣の街の冒険者たちを勧誘し、またある時は街の商人を連れて別の街で交易の再開に向けた話し合いを行い、そしてまたある時は領主とともに街の今後について議論を交わした。


そう、今だけは冒険者であり商人であり為政者でもある、そんなカバチョッチョ。

そんな忙しい毎日を送るカバチョッチョに、ある日若い冒険者がこんな事を訊いた。

「カバチョッチョさん、最近は冒険者の仕事はあまりしてないみたいですけど、もう冒険者の仕事はしないんですか?」


カバチョッチョは若者に答える。

自信に満ち溢れ、欠片の揺らぎもない顔で。


「何だ坊主、俺が冒険してないように見えるのかい?そいつは大きな間違いってやつだ。いいかい、商人っていうのは体を張って街から街に荷物を持って渡り歩くだろう?これは冒険じゃあないのかい?領主や役人だって他の街や貴族たちと渡り合って戦って交渉するだろう?これは冒険じゃあないのかい?みんな誰だって体を張ってるんだ。冒険してるんだよ。だからな、俺だって連中と一緒にずっと冒険やってるんだよ。なんたって俺は、生涯現役冒険者ってやつを目指してるんだからな」




こうして冒険者ギルドは、そしてホンバーシの街は、徐々に以前の活気を取り戻していった。

そしてカバチョッチョが宣言した1年を迎えるころには、以前を超える程にまで復興を遂げたのである。




ボイルは1年前のカバチョッチョの言葉を、そしてこれまでの事を思い返し、そして。

「ああ、そうだなカバッチョ。お前のおかげで、この街は1年で復興を遂げた。この先はもう、俺たちだけで頑張るべきだろう。これまで本当に世話になったな」


ボイルの言葉にカバチョッチョは軽く肩をすくめた。

1年前と同じように。

そして、ちょっとした頼まれごとを終えただけ、のように。


「なあカバッチョ、お前の出発だがよ、明日に延ばせないか?冒険者の連中やら商人、あと領主様にも声をかけるからよ。みんなで盛大に飲み明かしてっから、見送りさせてくれないか?」


「悪りいなボイル。俺はもう決めちまったんだよ。旅立ちは今日ってな。これまでと同じさ。俺は俺のやりたいようにやる。この街だって何とかしたいって思ったから何とかしただけさ。そして今日旅に出たくなったから旅に出る。俺はいつだって自分のやりたいように生きていくだけさ」


「・・・分かったよ、そう言われちゃあもう止める言葉はないな。この1年、本当に世話になった。本当にありがとう!・・・くっ・・・それじゃあもうこのまま街を出るのか?」

「ああ。もう飯も食ったし荷物も持った。必要なものは全部揃ってる。後は出発するだけってやつだ」


カバチョッチョのその言葉に、今度はボイルが苦笑して軽く肩をすくめた。

「そうか。ならこれでお別れか。なあカバッチョ、旅が終わったらまた戻ってくるんだろうな?」

「さあなあ。それを決めるのは旅を終えたときの俺だ。今の俺じゃあない。まあお前さんの顔が見たくなった時に戻ってくるさ。その時はまた笑って酒でも飲もうぜ」


カバチョッチョがギルドを出ると、そこには話を聞いた町中の人が集まってきていた。

口々にカバチョッチョへの礼を述べながら。

そしてカバチョッチョが門に向かうと、その後を着いて歩きだした。

徐々にその数を増やしながら。



カバチョッチョが門を出るころには、領主を含む町の全員が集まっていた。

そしてその全員がそのまま門を出た。当然カバチョッチョを見送るために。


「じゃあな」

カバチョッチョが短く集まった人々に別れを告げると、人々はカバチョッチョに手を振り、思い思いの別れの言葉と礼の言葉を繰り返した。


「ありがとう、カバチョッチョ!」

「街を救ってくれた英雄!」

「いつかきっと帰ってきてくれよ!」

「ずっと待ってるからな!!」




徐々に小さくなるカバチョッチョの姿。

カバチョッチョは途中一度だけ振り返り、軽く手を振った。

そして前を向くと、もう振り返ることはなかった。



こうして、カバチョッチョの旅は始まったのだ。

「さぁてと、次はどんな冒険ってやつが待ってるんだろうなあ」

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