第5話「平穏な日々は、脆く儚くひび割れた(1)」


 研究施設で育った俺が、初めて出会った “外” の人間。

 それが “婆ちゃん” ――式峰熊子シキミネ クマコだった。


 彼女は悪魔の討伐を生業なりわいにする【悪魔ハンター】であり、特別班のメンバーとして施設に突入したという。

 その目的は、俺たちを含む13名の人造悪魔を殺し、違法な研究を進める研究員たちを捕まえること。


 結果として作戦は大失敗だった。


 ハンター協会の記録だと、研究員は全員自害、人造悪魔は全員逃走。

 特別班に参加したハンターは欠けることなく生還したが、指揮を執った婆ちゃんは失敗の責任を取って悪魔ハンターを引退。

 事情を知る関係者からは「輝かしき功績を誇る伝説のハンター式峯熊子シキミネ クマコ唯一の汚点」ともささやかれる事件である。



 しかし実態は少々違う。


 彼女は人造悪魔13名のうち2名――つまり俺たちを捕捉していた。

 だが、殺さなかった。

 それどころか『透生トウイ』と『由真ユマ』と名付け、他のハンターたちに見つからないよう匿ったうえで、義理の孫として一緒に暮らせるよう手配してくれたのだ。



 諸々の手続きは、結構大変だったと思う。


 戸籍も無く、人間ですらない子供2人を引き取るんだぞ?

 うち1人は歩き始めたばかりの幼児。いくらでも手がかかる年頃だ。

 しかも婆ちゃんには実の子供が何人も居るし、周りの目もあるし、行政上やら何やらの手続きもあるわけだし――


 ――だが、彼女にはあったのだ。


 “金”と、“人脈”と、“行動力”が。


 ハンターとして稼ぎに稼ぎまくった貯金で大半の障害をブチ壊し、数十年の人生で築き上げた豊富な人脈で手続きを進め、本人いわく“面倒な親戚”だらけの地元・京都から知り合いがいない東京へと居を移し――新たな自宅へ俺と由真ユマとを迎え入れた。



 正直、俺は最初、婆ちゃんを警戒していた。


 1度は殺されかけたわけだし、「たぶん何らかの意図があり、俺と由真ユマを監視し利用するつもりだろう」と考えたのだ。


 だが彼女は、俺たちを、実の家族として扱った。

 衣食住の面倒を見るのはもちろん、施設暮らしで書物の知識しかなかった俺に一般社会常識を教えたうえで、その翌春からは学校に通えるよう手配してくれた。




 俺は【人造悪魔】に分類されるが、見た目だけなら【人間】そのもの。

 しかしその実態は、人間とは言い難い。


 例えば、普通の人間は、学ばなければ文字を読めない。

 俺みたいに「初めて本を開いた時から内容を理解できる」なんてありえない。

 だから同年代の子と俺で、何かにつけて物事の理解プロセスが異なるのも道理。

 そもそも普通の人間は特殊能力――俺でいう“虚構分身ホログラム”――を使えないしなぁ……。


 婆ちゃんとも相談した結果、俺は決意した。

 ――俺は、目立つことなく“”で居続ける、と。

 由真ユマが人間社会で笑って過ごすには、それが必要不可欠と判断したのだ。



 努力の甲斐あってか、俺は周囲から【人間】として扱われている。

 目立たず静かに普通の学校生活を送り、ご近所付き合いも無難にこなし……俺が【人造悪魔】だと知る者は、婆ちゃんを除いて誰もいないはず。


 由真ユマだってそうだ。

 俺と婆ちゃんは、この子を普通の【人間】として育てた。

 脱出時2歳だった由真ユマには施設での記憶はなさそうだし、自分の正体にも気づいていないだろう。

 もちろん俺を“実の兄”だと信じているし、関係性を疑ったこともないはずだ。



 何気なく過ぎる、平穏で健やかな毎日。

 永遠にそんな日々が続いていくと俺は信じ切っていた――



 ――が、起きるまでは。

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秘密悪魔結社マクスウェル 鳴海なのか @nano73

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