第4話「そして“彼ら”は解き放たれた(2)」


「……俺って、アンタと初対面だよな?」


 只者ならぬばあさんを前に、生まれて初めて覚えた“恐怖”。

 心臓が押しつぶされそうになりつつも、俺は必死に時間稼ぎの言葉を絞り出す。


「あぁ、そうさ」

「なのに殺すとかおかしいだろ、意味わかんねぇから!」

「理由ならあるさね……お前らが人にあだなす存在、つまり【】だからだ」

「――はぁ? 俺はどう見たって【人間】だろッ? 【悪魔】は異形の存在だって書物で読んだことが――」

「いつの時代の情報だい? 昔はそう言われたこともあったが、今じゃ人に近い姿の悪魔も数多く確認されてるだろ。素人は騙せても、このあたしは誤魔化せないよ」

「でも俺、そんなの知らないし――」

「ふン、きっちり裏は取れてんだ。この施設では20年ほど前から極秘裏に非道で違法な研究を繰り返し、悪魔の因子と能力を持つ生物を人工的に造り出した。それがお前ら、13】ってわけさ」



 冗談だろ?――と言いかけた言葉を、俺はグッと飲み込んだ。


 微動だにせず俺をにらむ婆さんは真剣そのもの。

 全身から鋭く尖った殺気があふれ出し、隠す気すら無いらしい。

 コイツは事実を話しているし、俺を本気で殺すつもりだ。



 ……思い当たる節はある。


 生まれながらに俺が幽閉されていたこと。

 研究員たちが強化スーツで武装していたこと。

 建物の探索時に大掛かりな研究設備をいくつも見かけたこと。


 そもそも普通の【人間】が、“虚構分身ホログラム”を使えるわけもなく――俺が【悪魔】だから宿った特殊能力だった、ってわけか……。




 ん?

 特殊能力……?


 ……そうだ!

 虚構分身ホログラムを使えば逃げられるんじゃね?

 気づかれないように分身して、“不透明な俺”を残して時間を稼ぎ、その間に“透明な俺”が思いっきり遠くまで逃げてしまえば――





 ――カタリ。


 俺の思考を止めたのは、婆さんが棒状武器を構え直す音。


「さて、そろそろお喋りは仕舞いだ。この施設はいつ壊れてもおかしくないし、あたしもとっととずらからにゃならんからな……2片してやろうじゃ――」

「ままままッ待てッ! 俺だけじゃなく、その子も殺す気なのかッ⁈⁈」

「当たり前だろ。忌むべき悪魔の1匹だからねぇ……例え今は幼く無害であったとして、近い未来もそうとは限らん。一刻も早く息を止めるのがあたしの使命さ!」





 いや、だめだ。

 俺は虚構分身ホログラムで逃げれても、残されたあの子が殺されちまう。

 それじゃだめなんだ。

 もう2度とあの子に会えないとか、俺、どう考えても耐えらんねぇよ……。


 実力差は歴然。

 俺じゃコイツに勝てねぇ。

 だけど勝機はあるはずなんだ。

 例え無くても作ってやる――作り出さなきゃなきゃダメなんだッッ!!


 ――考えろ。

 ――あの子も俺も両方助かる、起死回生の一手。


 達成すべき条件は最低2つ。

 ベッドで寝ているあの子を連れ出すこと。

 その後、一緒に安全地帯まで逃げ切ること。


 俺に何ができる?

 何だったらコイツに通じる?

 書物で蓄えまくった知識を片っ端から思い出せ。

 今まであんなにたくさん読んだだろ?

 きっとヒントがあるはずだ。

 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろッ――





「せめてもの慈悲だ。この小さいのもお前も、苦しむことなく一撃であの世へ送ってやるよ。何たってお前ら2匹は、まだ誰も殺していないようだしな――」

! !!」


 突然の俺の叫びに、婆さんはいぶかしげな顔をした。


「……何だい、急に?」

「覚悟を決めたんだよ。そのかわりがある」

「条件だと? このあたしに『悪魔と取引しろ』とでもいうのかい?」

「まぁ聞くだけ聞いてくれ……」


 と言いつつ、俺は目を閉じる。

 心のが整ったところで再び目を開け、ゆっくりと口を開いた。


。だが――それが俺の条件だ」

「なっ……!」


 思わず目を見開く婆さん。

 




 ――もちろん俺、

 本気で殺されるつもりはねぇよ?


 あくまで、コイツを油断させるためのだからなッ!


・・・・・・

STEP① 虚構分身ホログラムで分身。 

※今ここ。さっき目を閉じたときに分身完了!


STEP② “不透明な俺”が婆さんと話し、“あの子”から注意をそらす。

その隙に“透明な俺”がベッド横に陣取りスタンバイ。


STEP③ “不透明な俺”がられれば、“透明な俺”が実体化。

あの子を抱き上げた瞬間、再び虚構分身ホログラムで分身。

※今まで実験した結果、「虚構分身ホログラムは、発動時に手で触れていたものと着ていたものが一緒に透明化する」と判明済み。これなら“あの子”も一緒に透明になるはず。


STEP④ “不透明な俺”は、とにかく攻撃を避けまくって時間を稼ぐ。

“透明な俺”は、最速で壁に飛び込んで向こう側に移動。


STEP⑤ 後は必死にどうにかするッ!!!

・・・・・・


 ってのが俺の考えた作戦だ。

 穴だらけの大博打だけど、このまま殺されるより遥かにマシだろ?





「……どういうつもりだ? 先までと真逆だぞ」

「そりゃ俺だって、死にたくない、けど…………でもッ! “その子を守れるなら”って思ったんだよッ!!」


 真剣な目で訴えかける“不透明な俺”。

 戦闘態勢を崩さぬまま、複雑な表情で戸惑う婆さん。



 よ~し、いい感じに誘導できてるぞっ!


 かつて書物で得た知識によれば「人間は自己犠牲に弱い」らしい。『自らの命』と引き換えに『大切な者』を救う……世界各国さまざまな物語や実話に登場する自己犠牲の精神は、時として大衆の感動を呼ぶという。

 何たって俺は、か弱い子供。いわゆる庇護対象ってやつだし、一般的な良心を持つ人間なら多少は動揺するはず――というのが俺の思惑だ!


 少なくとも、“死にたくない”、“その子を守りたい”って俺の気持ちだけは本心だ。

 書物には「相手を騙すときは大量の真実をベースに、ほんの少しだけ嘘を混ぜろ」とも記されていた。初めて実践してみたけど、割とうまくいったんじゃないか?


 そんなことを考えているうちに、“透明な俺”がスタンバイ完了。

 ベッド横に陣取って“あの子”へと手を伸ばし、すぐに抱き上げられる状態だ。



 “不透明な俺”は全身全霊の眼力で無言の訴え継続中。

 婆さんは何やら考え込んでいる。

 ――さぁ来いッ!!

 いつでも“不透明な俺”を殺してくれてOKだぞッ……!





 永遠にも思える沈黙の後。

 ハァと溜息をついた婆さんが武器を下ろした。


「仕方ないねぇ……お前ら2人、今日から



 ――……は?


 揃ってポカンとしたのは“透明な俺”と“不透明な俺”。



「言っとくが選択肢は無いよ? もし断りでもしたら、その瞬間、お前ら2人の心臓はこのあたしが突き刺してやる――それが悪魔ハンターとしてのあたしの責任さ」


 俺の返答を待つことなく、婆さんは勝手に話を進めていく。



 ――なるほど。

 “面倒を見る”、つまりていのいい監視ってわけか。


 たぶんコイツにとって、俺たちには“何らかの価値”がある。

 詳細は不明だが「殺すより生かして手元に置いたほうが得する何か」ってとこか。

 まぁこれまでも研究員たちに閉じ込められ監視されてたしな……相手がこの婆さんになろうが、俺にとっちゃ大した違いはない。


 しかもコイツは強い。

 現状、俺が勝てるわけもない。

 今の俺は弱い。自分どころかこの子も守れるかも分からない。

 だったら先に考えたイチかバチかの作戦を強行するより、例えどんな裏があってもコイツの提案を受け入れるほうが大幅に生存率が高いに決まってる。




 覚悟を決めた“透明な俺”は、“不透明な俺”と静かに融合。

 深呼吸してから俺は大きくうなずいた。


「……わかった」

「賢明な選択だね! んで、お前らの名前は?」

「俺はSampleサンプル D-IXディーナイン、この子はD-XIIIディーサーティーンと呼ばれてる」

「そりゃ識別番号だろ?」

「でもそれ以外に名前なんて……」

「ちッ……いい年した子供に名前すら付けてやらないなんて、この施設の責任者どもはロクな大人じゃないねぇ……」


 婆さんは頭を抱え、それから俺に告げた。


「お前の名前は今日からトウイ――“透きとおる”に“生きる”と書いて『透生トウイ』だ」

トウ……」


 俺は言われるがまま繰り返す。

 初めて口に出すその響きは、なぜか不思議としっくりきた。


「この娘は……そうだな、『由真ユマ』にしよう。まだ何も知らないこの子が、持って生まれたかせに縛られることなく、これから“自由”に“真新しい”時代へと正しく羽ばたけるよう、お前なら――透生トウイなら導いてやれるはずさ」


 ニヤッと笑う婆さん。

 何を伝えたいのか正直よく分からないが、俺は首を縦に振っておくことにした。





 ***





 西暦2106年6月6日。

 百戦錬磨の最強ハンターチームが、ひとつの研究施設を壊滅させた。


 これにて事態は収束したのだろうか……。



 ……否。断じてそうではない。


 実はこそ、だったのだ。


 研究施設の壊滅により、鎖に繋がれし13が解き放たれた。

 各地に散らばり、深い深い闇へと溶け込んだ彼らは、気づかれぬままに光を蝕み、その類稀たぐいまれなる欲望のままに世界を変えていくのである。

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