第十一話 コーヒーブレイク


「粗茶ですが、どうぞ」


「あああああああッッッ!」


椅子に縛られ、身動きの取れなくなった俺に注がれる熱々の珈琲。

鎖骨の辺りからゆっくりと垂らされ、もはや痛みも感じず、言語化出来ない苦痛が脳に伝達されるのみである。


「そんなにはしゃがなくてもさ、時間はあるから…ゆっくり話そう?何処の所属だ?」


目の前に屈んだブロンド髪の男は、俺の髪を乱暴に掴み引き寄せる。


「所属!?」


「言葉がわからないか?」


「い…いや」


「なら質問にこ・た・え・て・く・れ・よ」


太腿の辺りに熱湯を注がれる。

もう叫び声を出しているのか出していないのか自分でもわからない。


「…ただの一般人では?」


拷問を後ろから眺めていた眼鏡の男が呟く。


「いーや、こんな身なりの男が泊まれる宿ではないね〜」


その通り。俺は金のないただの一般人だ。それでいいだろう。


「いっ、一般人で…」


勢いよく俺の口内に突っ込まれたヤカンの中の熱湯が躍る。


「今"N"と話してる最中だろ〜?順番は守ろうな!」


「どちらにせよ、目撃されたからには生かして返す事はできない。満足したらとっとと切り上げて殺すぞ」


Nと呼ばれた男は冷たく言い放ち、バスルームに入っていった。


「クールぶっちゃって…でだ、お前が所属の無い一般人だとして、なんでここに来た」


男は途端に淡々と問いかける。


「ちょっとしたお使いだよ…あんたらには関係ないさ。たまたま居合わせただけだ。だから見逃してくれよ」


腹に奴の拳が突き刺さる。

胃液が喉元までせり上がり、勝手に涙まで出る。畜生。


「…本当にそうなの?」


「だから、そうだって」


「じゃあ…あー」


男は髪をかき上げて空を見つめている。

もしかしたら生きられるのかもしれない。


「死んでもらおうか」


俺の淡い期待を簡単に打ち砕いたクソッタレのブロンド野郎は、腰に提げていた拳銃を抜いて額に押し付けた。


ノック音がして、聞き覚えのある声が玄関から聞こえたのはその時だった。

カレンが外にいる。


「ちょっと、物音がするのだけれど。リラックス出来ないから静かにして欲しいわ。一体何をしているのかしら」


この口ぶりから察するに、彼女は中で起こっている事態に気付いているようだ。


ブロンド男は少し苛つき、それなら声を張り上げてこう言った。


「ああ、スミマセン。うちのハニーが癇癪起こしちゃって。でも、もう大丈夫。だよなハニー?」


そう言って俺の額にある拳銃を更に擦り付ける。


「あ、ああ!問題なし、何も問題なんてないわ。ハナから存在しない!」


こんな上ずった声を出したのは初めてだ。まるでヘンタイ・バーにいる竿付娼婦だ。

あそこの子猫ちゃん達は実に最高で、毎週の様に快楽を歓楽街のネオンと共にお届けしてくれていた。

場所はどこだったかな?いやそんな事はどうでもいい。


「へえ、お兄さん。そんなヘンタイ・バーにいる偽物女よりも私を見たらいいわ。純正品って、どんな場所でもいい意味で浮くものよ」


彼はしばらく考えた後、玄関へ向かった。

浴室にいた眼鏡男に静止されるも、振りほどいて向かう。


「お前正気か?明らかに怪しいだろ」


「"だから"だよ。どんな女か一目見てみたい」


「バカが」


「ああ、今開けるよ。お前で楽しみたい」


扉を開ける為、ノブに男が手をかけた時の事だった。

ノブ付近が円形に、男の手首ごと切断されくり抜かれた。

噴き出す血潮。自身に何が起こったのか理解出来ない時間が、手練の強者であろうBにもあった。


「ああ…?」


次の瞬間にはカレンがドアを蹴破り、室内に躍り出た。


「うおおあ!」


ドアの下敷きになったBはしばらく藻掻いた後、動かなくなった。


Nが浴室から身体を出さず、銃口だけカレンに向けようとしているのが俺の位置から見える。


「カレン!銃だ!避けろ」


「ッ!」


俺の叫びに呼応し、カレンが反応する。

紙一重で発射された弾丸を躱しきった。


「まだ生きてたみたいね。変態のお嬢さん?」


「癪だが、ありがとよ…」


リロードの合間に俺の拘束を解き、二人で近くの遮蔽に隠れた。


「さて、どうするよ…」


「実を言うと、ここまでしかイメージしてなかったの。戦闘タイプのプログラムは入れてないから…」


「そうかい。そりゃ想定外だ」


相手は一人、しかし手練だ。

こいつは"ハイド・アウト"の出番じゃないのか?


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DOUMIN FUNK! 山猫芸妓 @AshinaGenichiro

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