エピローグ 思い出のメッセンジャー

「イエイヌさん、こんにちはー」

 ドアを軽く叩く音とキュルルの声に、イエイヌの耳がピンと反応する。

「はーい!」

 尻尾を振りながら、イエイヌはおうちのドアに駆け寄る。

 今回は前のように警戒をする必要はない。キュルルたちが来てくれたのは、きっとあの絵を取り返してくれたからだ。

 期待に胸を躍らせてドアを開き、イエイヌは満面の笑顔を見せる。

「お待ちしていました! キュルルさん!」

「うわっ!? びっくりした」

 いきなり飛びつかれたキュルルは、よろめきつつもイエイヌを受け止める。キュルルの隣に立つサーバルは微笑ましく、カラカルは少々呆れた様子でその様子を見守っていた。

 激しく尻尾を振るイエイヌに若干苦笑しつつ、キュルルはここに来た理由を告げる。

「イエイヌさんの絵を返しに来たんだ」

「はい! ありがとうございます!」

 やっぱりあの絵を取り返してくれたのだと、イエイヌは弾んだ気持ちでキュルルから離れる。同時にキュルルの胸元にぶら下がっている小さな丸い物体に気付いた。

 キュルルたちを中へ招くのを忘れ、イエイヌはその丸い物体を見つめる。それはつい先日会った、別のフレンズが持っていたもののはずだ。

 それについて訊こうとした時、キュルルがバッグから何かを取り出した。

「イエイヌさんの絵、これだよね?」

 確認するように訊ねられて、イエイヌはキュルルの手元に視線を落とす。

 紙の下部分に文字が書かれたその絵には、キュルルとよく似た子どもがサーバルとカラカルと手を繋いでいる。その左隣ではヒトに甘えるイエイヌがいて、右隣にはかばんと同じ帽子を被ったヒトが描かれている。

 文字こそ読めないが、間違えようがない。泣き出しそうになりながら、イエイヌは絵を受け取った。

「はい、この絵です。取り戻して下さってありがとうございます」

 深々と頭を下げてから、じっくりと絵を眺める。絵は奪われた時と全く変わらない状態で、破れたり汚れたりはしていなかった。

「良かった……」

 イエイヌは絵が無事に戻ってきた事に心底安堵する。待っている間、キュルルたちもこの絵も心配で仕方なかった。

「本当に、ありがとうございます」

 再び礼を言って、イエイヌはキュルルたちを招き入れる。そして受け取った絵を一度金庫にしまってから、お茶の準備を始める。

 その間に椅子に座ったキュルルたちは、神妙な顔でイエイヌを待っていた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 イエイヌが全員分のお茶をテーブルに並べ、キュルルたちと向かい合うように椅子に腰かける。

 そして、イエイヌは胸元に手を当てながら訊ねた。

「キュルルさん、ここにあるのって……」

 胸元に提げた丸いものを軽く持ち上げてキュルルが答える。

「うん。もう一人のカラカルが……カラカルさんが持ってた物だよ」

 やっぱり、とイエイヌは呟く。気のせいや見間違えではなかったのだ。しかしそれならば新たな疑問が湧く。

「どうしてキュルルさんがそれを持ってるんですか?」

 もう一人のカラカルに奪われた絵が戻って来て、彼女が持っていたものをキュルルが持っている。先日このおうちに来た後に何があったのか。

 もう一人のカラカルについて何も知らないイエイヌに、キュルルたちは顔を見合わせる。

「ちょっと長くなりそうだけど聞いてくれるかな? ……あのカラカルさんの事を、イエイヌさんにも知って欲しいんだ」

 真剣な眼差しで見つめるキュルルに、イエイヌもまた真面目な表情で頷いた。


「そうですか……」

 あの絵ともう一人のカラカルにまつわる話を聞き終えて、イエイヌは湯気が消えたお茶に目を落とす。

 全てを話し終えたキュルルたちは、休憩するようにお茶に口をつけた。

 静寂がしばしおうちの中を支配した後、イエイヌがぽつりと呟く。

「あのカラカルさんも、私と同じだったんですね」

 思いがけない言葉に、キュルルは咄嗟に返事が出来なかった。

 イエイヌはこのおうちにいたというヒトたちを待ち続け、もう一人のカラカルはあの絵に描かれている親友とガイド……サーバルとミライを再現してまで会いたがっていた。そういう点では、二人は似たもの同士だったのかもしれない。

「あのカラカルさんとお話をしてみたかったです。もしかしたら、このおうちにいたヒトたちの事も知っていたかもしれないんですよね」

「……そうだね」

 もう一人のカラカルともっと話をしたかったのは、キュルルも同じだった。

 自分の元とも言える彼女の友だちの事。昔のパークの事。パークにいたヒトたちの事。自分たちが知らない事を知っていた。

 だけど、あのカラカルはもういない。セルリアンを倒した後に残ったのは、彼女が身につけていたお守りと出会った思い出だけだ。

「ぼくたちは、あのカラカルさんの事やみんなの思い出を伝えていきたいんだ」

 それがみんなの役に立てるかどうかは分からない。だけど、あのカラカルと出会って、リョコウバトと話して分かったのは、色んな事は伝えていかないと忘れられてしまうという事だ。

「イエイヌさんが良ければ、カラカルさんの事や守護けものの事、ここにいたヒトがいた事を他のフレンズに話してくれるかな? そうやってみんなに伝え合っていけば、いつかあのカラカルさんに会えると思うから」

 会いたいという気持ちや願いが集まればまた会えるかもしれない。守護けものになったもう一人のカラカルはそう言っていた。

 会いたいという気持ちや願いとは、きっと輝きの事だ。だからきっと、輝きを増やせば守護けものがパークに現れるはず。

「お任せください。キュルルさんのお手伝いが出来るのなら、私も嬉しいです」

「ありがとう」

 礼を言ったキュルルがお茶を飲むのに合わせて、イエイヌもお茶を口にする。空になったカップをテーブルに置くと、ちょうどキュルルたちもお茶を飲み終えていた。

「キュルルさんたちにお見せしたいものがあるんです」

「なになに?」

 好奇心旺盛なサーバルが真っ先に反応して、イエイヌは微笑んで立ち上がった。全員のカップを片付けて、部屋の奥に置いてある金庫の前へ移動する。

 イエイヌは金庫を開き、中にしまっていたたくさんの紙を取り出した。それを大切に抱えてキュルルたちの傍に戻って来る。

「うわあ……いっぱいあるね」

「なんなのこれ?」

 テーブルの上に広げられた、文字や絵が書いてある紙を目に入れて、サーバルとカラカルが不思議そうな顔になる。

「これ、手紙じゃないかな」

「てがみ?」

 サーバルに聞き返されたキュルルが説明する。

「伝えたい事を書いて、友だちとかに送るもの……かな」

「それって、キュルルの絵と同じじゃない」

「え?」

 目を瞬かせ、キュルルはカラカルを見やる。

「あんただって、お礼だって言って絵を描いて渡してたじゃない。それっててがみ? じゃないの?」

 自分の絵が手紙と言う事など考えもしなかったキュルルは、しばしカラカルを見つめて呆然としていた。

「ちょっと違う……けど、似たようなものかな」

 何が違うのかは思いつかない。しかし何ら変わりはないだろうと考えたキュルルは、曖昧に答えてからイエイヌへ顔を向ける。

「この手紙って、このおうちにあったものなの?」

 少し前に聞いた話を思い出して訊ねると、イエイヌは尻尾を振って頷いた。

「そうです。この絵と一緒にあったんです。私、文字は読めないんですけど、見ていると嬉しい気持ちになるんです」

 取り戻した絵を示しながら答えたイエイヌに、サーバルが同意する。

「その気持ち分かるなあ……。なんだか、キュルルちゃんの絵を見てる時とおんなじ気持ちだよ」

 手紙に書いてある文字は分からない。だけど紙に書かれた文字や絵からは、誰かの嬉しい気持ちが伝わって来る気がするのだ。

「キュルルさんは、文字は読めますか?」

「難しい字じゃなければ読めるよ」

「じゃあ、これを読んでもらえますか?」

 イエイヌが差し出した一通の手紙を見て、キュルルはそこに描かれた文章を読んでいく。

「『イエイヌさんへ。イエイヌさんだいすき。あそんでくれてありがとう。アイより』……アイっていう名前のヒトがイエイヌさんに送った手紙だね」

「これ、私にくれたものだったんですね」

 キュルルは感慨深く手紙を見つめるイエイヌから、テーブルに広がる手紙に目を落とす。

 テーブルの上いっぱいに広がる手紙には、パークにいたヒトやフレンズに対する感謝の言葉が書いてある。多分、この手紙を送ったのは、パークに遊びに来ていた『来園者』だったのだと思う。

「あの、キュルルさん。お願いがあるんです」

「どうしたの?」

 どこか遠慮がちなイエイヌの口調を怪訝に思いつつ、キュルルはテーブルからイエイヌへと視線を移す。

 イエイヌは差し出していた手紙をテーブルに置いて、頼みごとを口にする。

「ここにある手紙、読んでもらえませんか?」

 ささやかな『お願い』をされたキュルルは、にこりと微笑んで答える。

「いいよ。どれから読んでいこうか」


 翌日。

 イエイヌに見送られて、トラクターがゆっくりと走っていく。

 運転席に座るキュルル、荷台に乗るサーバルとカラカルは、門の前で手を振るイエイヌへ手を振っていた。

「今度はどこに行くつもりなの?」

 イエイヌの姿が見えなくなった頃、カラカルが運転席側に身を乗り出す。

 カラカルと顔を見合わせて、キュルルは行く先を告げた。

「もう一回サバンナエリアの方に行ってみようと思う。リョコウバトさんに会いたいんだ」

 リョコウバトがまだサバンナにいるかは分からない。パーク中を旅している彼女の事だから、もうとっくに他のエリアに移動しているかもしれない。

「リョコウバトさんに会って、絵を渡したい。それから、カラカルさんの事も話したいんだ」

 当面の目的はリョコウバトを捜しながら、色んなフレンズにもう一人のカラカルの事やパークで起こった出来事を伝えていく事だ。

 言葉だけではいつか忘れられてしまう。だけど言葉以外で伝える方法がある。

「ね、キュルルちゃん。絵を見せてよ」

「うん、良いよ」

 キュルルはバッグから一枚の紙とスケッチブックを取り出すと、サーバルに向かって差し出す。

「どっち?」

「こっち!」

 サーバルが選んだのは紙の方。キュルルがリョコウバトに渡すために描いた、おうち探しの旅で出会ったみんなの絵。ホテルの騒動後からずっとかばんの家の引き出しにしまいこんでいたが、もう一度リョコウバトに渡すために持ち出したのだ。

 紙をサーバルに渡したキュルルは、手元に残ったスケッチブックに目を落とす。

 スケッチブックを持って旅をするのは久しぶりだ。ホテルでの騒動後はこちらもかばんの家に置きっぱなしで、その間は絵を描いていなかった。

 渡した絵を楽しそうに眺めるサーバルとカラカルに微笑んで、キュルルはスケッチブックをめくる。

 新しいページに現れたのは、先日までは無かった新しい絵だった。カラカルと二又尻尾のカラカル、二人のサーバル、かばんとミライ、キュルルが描かれている。

 あの戦いが終わった後、キュルルは久しぶりに絵を描いた。もう一人のカラカルの事を忘れないために、伝えていくために。

 始めはそれだけのつもりだったけど、描いているうちに別の考えも浮かんできた。

 思い出を絵に描いて残せるのなら、それを誰かに届けて繋いでいきたい。

 イエイヌの家にあった絵がもう一人のカラカルと自分たちを繋いでくれたように、自分の絵で色んな出会いと想いを繋いでいけたら。

 みんながいるこのパークで、思い出を届けてフレンズとフレンズを結んでいく。

 そのために、サーバルとカラカルと一緒に旅を続けていく。


 旅を続けよう。


  了

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メモリーズ・メッセンジャー ふかでら @matatab1

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