第12話 きみは帰る場所

 全身から虹色の輝きを放つもう一人のサーバルと、かばんとよく似た帽子を被ったヒトを、キュルルたちは呆然と見つめていた。

「何が起きたの……?」

 困惑した表情でキュルルが呟く。

 ホテルで自分の絵からビーストのセルリアンが現れたように、割れたセルリアンの断面から現れた二人。彼女たちは何者なのか。

「なんで……」

 困惑しているのはもう一人のカラカルも同様だった。目の前にいるのはもう二度と会えなくて、それでも会いたいと思っていた二人だ。

「本当に、サーバルとミライさんなの?」

 泣きたいほど嬉しいはずなのに、最初に出たのは目の前の二人に対する疑問だった。

 もう一人のサーバルが胸を張る。

「そうだよ。カラカルの親友で、カッコよくて賢くて可愛い、サーバルキャットのサーバル!」

 自分の事を得意げに話す様子は親友のサーバルそのもの。声も言動も、記憶の中にあるそのままだ。

 だけどセルリアンから現れたサーバルとミライは、限りなく本物に近いだけのセルリアンではないのか。

「本物の、と断言はできないかもしれません」

 心を読んだかのようなミライの返答に、もう一人のカラカルは思わず身を固くする。

「再現されたんです。私たちは」

「再現?」

 ミライが続けた言葉は全く予想外で、もう一人のカラカルは肩の力が抜けてしまう。

「嘘でしょ。だってそれは失敗したのよ」

 絵とセルリウム、セルリアンを利用して再現しようとした。しかしそれは元女王だった結晶体に力を与え、セルリアンを生みだしてしまっただけのはず。

 あり得ない。と言わんばかりの表情と視線を向けられたミライは真摯な表情で答える。

「信じられないのも無理はありません。……カラカルさんの輝きが奪われた事で、あの結晶体はセルリアンになってしまいました。ですが、同時に私たちが再現されるだけの状況も出来上がっていたんです」

「どういう事?」

 自分と似た声のヒトに話しかける不思議な感覚を覚えながら、かばんが訊ねる。

「カラカルさんの輝きの一部と、お守りに宿っていた守護けものさんたちの力は、セルリアンの中で一つになっていました。……その輝きとセルリアンが取り込んだ絵を元に再現されたのが、私たちです」

 サーバルとミライが現れた理由が語られて、もう一人のカラカルはようやく悟る。

 自分が生み出してしまったセルリアンは、守護けもの力を利用しようとした。だけどパークの守護者であり、他のけものとは一線を画す力を扱える訳がなかったのだ。

 それでもコピーしようとした結果、親友のサーバルとミライが再現されるという奇跡が起きた。

 今ここにいる二人は、キュルルと似たような存在なのだ。

「会いたかった……」

 気付いた時には、声が震えていた。

「会いたかったよ……」

 涙をぼろぼろと流すもう一人のカラカルに、再現されたサーバルとミライが話しかける。

「ひとりぼっちにしちゃってごめんね。カラカル」

「よく頑張りましたね、カラカルさん」

 もう一人のカラカルは、泣きながら何度も頷く。

 友だちや仲間がいなくなって、誰からも忘れられて、それでも生き続けてきたのがやっと報われた。こうしてまた話が出来るのが堪らなく嬉しい。

 再会を果たした三人を見守っていたかばんは、視界の端でセルリアンの異変を捉える。

「残念だけど、喜んでいる時間はなさそうだよ」

 もう一人のカラカルによって半壊し、再現されたサーバルによって割られて小さくなっていたセルリアンが、膨らんで丸みを取り戻しつつあった。

「元に戻ろうとしてる……」

 驚異的な再生力にキュルルが戦慄する。あれだけやってもまだ倒れないのか。

「大丈夫だよ」

 自信に満ちた声に振り向くと、再現されたサーバルがこちらを振り向いていて、キュルルは彼女を見つめる。

 一緒に旅をしてきたサーバルと同じ姿だけど、声と雰囲気が違う。会うのは初めてのはずなのに、もう一人のカラカルと会った時のような懐かしさを感じた。

 もう一人のカラカルが話していた、セルリアンに食べられた子どもを救った親友。自分とそっくりだったというその子どもを救ったのは、きっと。

「元のぼくを助けてくれたのは君なんだね」

 キュルルの奇妙な発言に一瞬驚いてから、再現されたサーバルは笑顔を見せる。

「また会えて嬉しいよ」

「サーバル。キュルルは私たちが知ってるあの子じゃ……」

 あの時一緒に過ごした友だちとは別のヒト。もう一人のカラカルはそう言おうとしたが、再現されたサーバルに遮られた。

「うん。分かってるよ。でも嬉しい。カラカルだってそうでしょ?」

「……そうね」

 親友の答えをもう一人のカラカルは否定しなかった。

 かばんの家でキュルルと会った時と同じだ。あの子と違うのは頭では分かっていても、やっぱりキュルルと会えて嬉しいのだ。

 涙を乱暴に拭いて、もう一人のカラカルはセルリアンに向き直る。

 目玉と体の一部を残していただけのセルリアンは短時間で巨大な姿に戻り、再生された腕と触手をうねらせている。

「元に戻っちゃったね」

「あんな状態からも元通りになるなんて……」

 サーバルが若干落胆した様子を見せて、カラカルが額に汗を浮かべて呟く。

 普通のセルリアンなら確実に倒せていたはずなのに、あのセルリアンは破片のような状態からも再生した。

「でも、再生するのにかなりの力を使ったはずだよ。……今なら倒せるかもしれない」

 かばんが推測を口にした直後、セルリアンの単眼がぎょろりと獲物を睨んだ。

 けものたちが三人のヒトを庇うように前へ出る。セルリアンと対峙するけものたちの背中を見つめ、キュルルが叫ぶ。

「みんな!」

 二人のサーバルと二人のカラカルの耳が反応する。

「……勝って!」

 勝利を信じる短い言葉に、前を向いたままカラカルが笑う。

「当たり前じゃない! あたしたちが負けるはずないわ!」

 次の瞬間、その体から眩い光が放たれる。カラカルだけでなく、二人のサーバルともう一人のカラカル、そしてかばんの体からも光が発せられた。

「何よこれ!?」

「凄い! みんな光ってるよ!」

 カラカルとサーバルが驚きの声を上げる。かばんもまた、自身の異変に気付いていた。

「これは……」

 咄嗟にキュルルを見やるが、キュルルの身に変化はない。光を放っているのはけものたちと自分だけ。つまり、フレンズだけだ。

「力が湧いてくる……この光って」

「もしかして、けもハーモニー?」

 再現されたサーバルと顔を合わせ、そうか、ともう一人のカラカルは納得する

 けもハーモニーに必要なのはヒトの指揮と五人のフレンズ。再現されたサーバルが加わったことで条件が満たされ、ハーモニーが発動したのだ。

 これならいけると確信した時、ミライの声が飛んでくる。

「みなさん、急いでください! けもハーモニーが起きている内にセルリアンを!」

「ミライさん?」

 何を焦っているのか。思わず振り返ったもう一人のカラカルに、ミライは言葉を続けた。

「残念ですが、サーバルさんと私がここにいられる時間は長くありません。おそらく、すぐに消えてしまうでしょう」

「っ!」

 親友のサーバルとミライと一緒にいられるのはあとわずかだと聞かされ、もう一人のカラカルは唇を噛み締める。

 セルリアンによって再現されたサーバルとミライの体からは、絶え間なく虹色の輝きが放たれている。必死に体を維持しているように。

 セルリアンにコピーされたという点は同じでも、二人はキュルルと違うのだ。

 もう一人のカラカルは静かにそれを受け入れ、拳を握りしめる。今やるべきは、別れを惜しんで話をする事じゃない。

「行くわよサーバル!」

「うん!」

 ミライの言う通り、けもハーモニーが発動している内にセルリアンを倒す事だ。

 もう一人のカラカルが再現されたサーバルと共に飛び出し、サーバルとカラカルが一瞬遅れてセルリアンへと向かって行く。

「はあああああ!」

 もう一人のカラカルと再現されたサーバルが一気に迫り、同時に振るった爪がセルリアンの体の一部を砕く。

「うみゃあああ!」

 それに続いてサーバルとカラカルが反対側から攻めかかる。二人が叩きつけた爪がセルリアンに食い込んで、体の一部を抉り取った。

「さっきと全然違う!」

 驚きと高揚を露わにカラカルが叫ぶ。全力で叩いても浅い傷しか与えられなかった今までとは打って変わり、確かな手ごたえを感じた。

 しかしセルリアンの体は再生していく。セルリアンは失った部分を元に戻しながら腕と触手を振り回し、けものたちを払いのけようとする。

 攻撃をかいくぐり、けものたちは本体への攻撃を繰り返す。その度にセルリアンの体が砕かれ、元に戻ろうとするが、再生は追い付かなくなっていく。

 セルリアンは欠けた部分が目立ち始め、丸い体が歪になっていた。

「がんばれ……がんばれ!」

 けものたちの猛攻に圧倒されながら、キュルルは声を張り上げる。

 自分は何も出来ない。こうして応援するのが精一杯の弱いヒトだ。

 それでも、戦っているみんなが勝つのを信じる事は出来る。みんなはあのセルリアンに負けはしない。

 キュルルの声援を受けたけものたちは、セルリアンの体を砕いてそれに応える。なおも再生しようとするセルリアンのしぶとさは厄介だが、負ける気はしなかった。

 サーバルとカラカルが触手を断ち切り、もう一人のカラカルと再現されたサーバルがセルリアンの両腕を砕く。

 満身創痍となったセルリアンへ、けものたちは一斉に飛びかかる。四人の爪がセルリアンに繰り出され、その体に深く大きな傷を刻まれた瞬間、もう一人のカラカルは親友と目配せを交わした。

 もう一人のカラカルと再現されたサーバルは、セルリアンの傷を目掛けて全く同時に爪を叩き込む。

 傷が更に広がり、セルリアンの動きが止まる。限界を迎えたのか、その傷は元に戻ろうとはしなかった。

 ぴしりと音が鳴り、セルリアンの体にひび割れが走っていく。それが全体に回ったかと思うと、内側から弾けるようにセルリアンが砕け散った。

「やった……!」

 巨大セルリアンの撃破を目の当たりにして、かばんが感嘆の声を漏らす。

 砕けたセルリアンはサンドスターに変化し、鮮やかな虹色の輝きを放って舞い上がっていた。

 目を奪われるような美しい光景には見向きもせず、もう一人のカラカルは親友を見つめる。

「サーバル……」

 再現されたサーバルの姿は、全身から放たれていた輝きと共に既に消えつつあった。

 消えゆく彼女が笑顔を見せる。笑ってお別れしようとする親友に、もう一人のカラカルは涙をこらえて笑ってみせた。

「バイバイ。カラカル」

「バイバイ。サーバル」

 短い言葉を残し、再現されたサーバルは輝きとなって跡形もなく消失する。

「消えちゃった……」

 もう一人の自分がいた場所を見つめて、サーバルがぽつりと呟いた。

 ほんの一瞬前までいたはずなのに、その痕跡を見つける事すらできない。本当にここにいたのかと思ってしまうような、不思議な気分だった。

「あれ……?」

 サーバルたちの様子を見守っていたキュルルは、ふと違和感に気付いて辺りを見回す。

 隣にはかばんがいる。だが、さっきまで傍にいたはずのヒト……もう一人のカラカルがミライと呼んでいたヒトが、いない。

「……あのヒトは?」

「……消えちゃったんじゃないかな。もう一人のサーバルみたいに」

 キュルルの呟きに、かばんが冷静に答える。

 消える瞬間を見てはいない。しかし再現されたサーバルが消えたのを踏まえると、ミライも同じく消えてしまったのだろう。

 彼女は言っていた。ここにいられる時間は長くないと。再現されたという二人は、きっとこうなる事を最初から分かっていたのだ。

 かばんがサーバルたちの元へ歩き出して、キュルルも同様に足を進める。その先では、カラカルがもう一人の自分に詰め寄っていた。

「ねえ、なんでさっきの二人はいなくなっちゃったのよ?」

 彼女は勝利の喜びよりも、再現されたサーバルとミライが消えた事が納得いかないようだった。

「さっきミライさんが……かばんに似たヒトが言ってたでしょ。自分たちがここにいられるのは長くないって。……あの二人は、色んな要素が混ざって一時的に再現されただけだったのよ」

 消えてしまった二人に思いを馳せて、もう一人のカラカルは言う。

「長い時間をかけてコピーされたキュルルと違って、短時間で再現されたあの二人は、凄く不安定な状態だったんだと思う」

 親友のサーバルとミライが現れたのは、自分の輝きとお守りに宿っていた守護けものの力。あの絵とセルリアンのコピー能力。それらが奇跡的に合わさった結果だ。

 どれがひとつでも欠けていたら、あの二人が再現される事はなかっただろう。

 キュルルが不安げな表情を見せる。

「いつか、ぼくも消えちゃうのかな」

 再現されたサーバルとミライと同じく、自分はあのセルリアンから生まれた。だとしたら、あの二人のように消えてしまうのかもしれない。

「キュルルは長い時間をかけて生まれたから、あの二人よりも安定してる。消えるとしたら、多分ヒトの寿命を迎えた時じゃないかしら」

 ずっと先の話だからだから心配しなくていい。そう言い切ったもう一人のカラカルに、かばんが問いかける。

「あなたは、あれで良かったの? ほとんど話も出来なかったじゃない」

 イエイヌから絵を奪い、セルリウムを強奪し、キュルルを連れ去り、一時は自分たちと敵対してまで、もう一人のカラカルはあの二人と会いたがっていた。

 そんな二人がここにいたほんの僅かな間、彼女は二人との会話よりもセルリアンを倒す事を優先した。

 分かっている。フレンズが五人揃ったあの瞬間を逃せば、けもハーモニーを起こす事も、セルリアンを倒す事も出来なかった。もう一人のカラカルの判断は合理的で、正しかった。

 だが、かばんは訊かずにはいられない。ずっと会いたかった親友とヒトとせっかく会えたのに、あんなあっさり別れてしまって良かったのかと。

 かばんの思いとは裏腹に、もう一人のカラカルの表情は穏やかだった。

「いいの。もう会えないはずの二人に会えた。ほんのちょっとでも昔みたいに一緒にいられた。それだけで充分よ。ミライさんにお別れを言えなかったのは残念だったけどね」

 セルリアンが変化し、舞い上がっていたサンドスターが薄まっていき、とうとう全てが空気に溶けて見えなくなる。

 同時に、もう一人のカラカルの体が光を放つ。けもハーモニーが起きた時とよく似た現象に驚くキュルルたちの前で、それは一瞬で収まった。

「今の、何?」

「あのセルリアンに奪われた輝きが戻ったんじゃないかしら」

 しかし失くしたものを取り戻したような感覚はなく、もう一人のカラカルは釈然としない。

 もしかしたら、と彼女は思い当たる。キュルルが言っていた強すぎる輝きというのが本当だったのかもしれない。輝きが強すぎるからその一部を奪われても記憶を失わず、取り戻しても何ら変化がないのかもしれない。

「あんた、それ……」

 呆けたような声に、もう一人のカラカルは振り返る。同じ姿の相手がこちらを指差していて、キュルルたちが呆然と目を見開いていた。

「どうしたのよ。そんな顔して」

 輝きが戻っただけなのに何を驚いているのか。怪訝に思いながら見つめ返すと、サーバルがゆっくりと口を開いた。

「その尻尾……」

「尻尾?」

 もう一人のカラカルは体をよじり、指摘された自分の尻尾を目に入れる。

 そして、息を呑んだ。

「なに、これ」

 元々生えていた尻尾の根元から、もう一本尻尾が伸びて二又になっている。守護けもので九つの尾を持つフレンズはいるが、こんなのは見た事がない。

 その尻尾の先から輝きが散り、虹色の粒子となって少しずつ失われていく。

「ああ。そっか」

 もう一人のカラカルは、自身に起きた変化と守護けものが現れなかった理由を理解する。

 守護けものは普通のフレンズとは別格の力を持つがゆえに、姿を維持するためには相応のサンドスターやフレンズたちの願いによる輝きが必要になる。

 今のパークにはどちらも不足している。だから姿を現わすことが出来ないのだろう。

「カラカルさん、体が……」

 異変を目にしたキュルルが息を呑む。再現されたサーバルとミライのように、もう一人のカラカルの体から虹色の輝きが溢れ、足先から徐々に消えつつあった。

「ここでお別れね」

 戸惑うキュルルたちに、もう一人のカラカルは落ち着いた口調で話しかける。

「私はもう、普通のフレンズじゃなくなっちゃったみたい」

「どうして?」

 もう一人のカラカルが何を言っているのか、そして何故消えていくのかかが分からず、サーバルが問いかける。

「あのセルリアンの中で、私の輝きは守護けものの力とひとつになってた。それを取り戻したから……」

「まさか、守護けものに?」

 半信半疑だったが、かばんは他に理由が思いつかなかった。

 お守りに宿っていたという守護けものの力。それはもう一人のカラカルの輝きと一緒に彼女の中に入ってしまった。

 おそらく、もう一人のカラカルはフレンズの一線を越え、新たな守護けものと化したのだ。

「そうね。今のパークに守護けものはいられない。だから、私もここにはいられない」

 その言葉を証明するように、もう一人のカラカルの体は虹色の粒子となって消えていく。二又になっていた尻尾は既に消失し、足も膝から下が消えていた。

 消えゆくもう一人のカラカルの姿を見ながら、サーバルが涙を零す。

「せっかく友だちになれたのに」

 え、ともう一人のカラカルは驚いたように声を漏らす。

「私は、あんたたちの友だちでいいの?」

「当たり前でしょ! 勝手にいなくなるなんて許さないから!」

 間の抜けた返答にカラカルが叫び、もう一人の自分の腕を掴むも、指の隙間から輝きがすり抜けて、やがてカラカルの手の中が空っぽになる。

「ぼくたちはもう会えないの? カラカルさんは、パークに戻って来ないの?」

 涙を流して訴えるキュルルに、もう一人のカラカルの胸が痛む。

 出会ってから一日しか経っていないのに、自分の身勝手な行動に巻き込んだのに、キュルルはこんなにも別れを悲しんでくれている。

 キュルルだけじゃない。他のみんなもそうだ。散々な事をした自分を友だちだと言って、涙を流してくれている。

「パークにもっと輝きやサンドスターが増えて、守護けものを信じる気持ちやお願いががたくさん集まれば、また会えるかもしれないわね」

 本当はキュルルたちに再会の可能性を言うつもりはなかった。現在のパークでは限りなく不可能に近くて、奇跡でも起きない限り無理な事だから。

 半端な期待を持たせるくらいなら、可能性なんて知らない方が良い。それが無理だと分かって諦めた時の失望感は、最初から不可能だと分かっていた時よりも深いものだから。

 それでも、もう一人のカラカルは願い、キュルルたちに希望を残す事にした。いつかまた会えるかもしれないという可能性を。

「伝えるから……」

 キュルルは目元を腕で乱暴に拭うと、体のほとんどが消えたもう一人のカラカルを見つめる。

「カラカルさんの事も、守護けものの事も、ぼくがみんなに伝えるから!」

 それが自分の使命だと言わんばかりの口調で叫ぶと、再び泣き出す。

「だから、帰って来てよ。ぼくたちは待ってるから」

 いつかの再会を信じるキュルルの言葉に、もう一人のカラカルは目が熱くなる。

「ありがとう。キュルル」

 うっすらと涙を浮かべて礼を言うと、彼女はキュルルたちを見回した。

 そして

「バイバイ。みんな」

 笑顔で別れの言葉を述べて、もう一人のカラカルはパークから完全に姿を消した。

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