第11話 再戦と再会

 溝が走る草原に腰を下ろし、キュルルたちは輪になって座っていた。

 バスの座席は正面を向いて話し合いがしにくいため、外へと場所を移したのだ。

「私を取り込んでたセルリアンって、どんな感じだった?」

 もう一人のカラカルが開口一番に問いかける。結晶体が変化する過程で取り込まれたため、あの施設にいるセルリアンをちゃんと見てはいなかった。

「丸くて大きくて、腕みたいのを振り回してた。」

「あと凄く硬くて、削ったり砕いたりしても元に戻るのよ。あんたを引っ張り出すのに穴を開けたんだけど、それがすぐに元通りになっちゃって」

 実際に戦ったサーバルとカラカルの答えは貴重な情報で、もう一人のカラカルはなるほど、と呟く。

「それは女王と同じ強さと考えてよさそうね。しかも修復能力があるってなると相当厄介だわ」

「でも、どうして元に戻るの?」

 キュルルが不思議そうな顔になる。砕けたセルリアンが元に戻るところなど見た事がない。それだけあのセルリアンが異常だと言うのが分かる。

 もう一人のカラカルは腕を組み、苦い口調で答える。

「削っても元に戻るのは、私の輝きが影響してるのかもね。私は絵に描かれているものを再現したいって思ってたから」

「その輝きを奪ったセルリアンは、元の姿を再現しようとする……?」

 かばんが仮説を口にすると、流石ね、ともう一人のカラカルは頷く。

「そういう事。……もしかしたら、お守りの力を利用してるのかもしれない」

 それはあまり考えたくない可能性だった。しかし復活した女王と同格と言っていいセルリアンの強さと厄介さを踏まえると、むしろそちらの方があり得るだろう。

「カラカルさんのお守りって一体何なの? 絶対にセルリアンに渡しちゃいけないって言ってたけど……」

 再びキュルルが訊ねる。お守りは彼女にとって大切なものだと思っていたが、それとは別の理由なのか。

「あのお守りには、守護けものの力が宿ってるのよ」

「守護けもの? 何それ?」

 眉を寄せたカラカルが同じ姿の相手に聞き返す。まるで初めて聞いたような反応に一瞬驚いて、もう一人のカラカルは説明する。

「普通のフレンズよりも遥かに強い力を持った、パークを守る特別なフレンズよ。もう長い間姿を見ていないけどね」

「もしかして、四神の事?」

 ふと思い当たったようにかばんが声を上げると、もう一人のカラカルは彼女へ目を向ける。

「知ってるの?」

「会った事や見た事はないけど、話を聞いたり資料で名前を見た事がある。セイリュウ、ビャッコ、スザク、ゲンブの四人がいるって」

 四神の名前を正確に答えたかばんに、もう一人のカラカルは内心舌を巻く。守護けものはもう存在すら忘れられていると思っていたが、こうしてちゃんと知っている者もいるようだ。

「あのお守りにはかばんが言った四神や、他の守護けものの印が刻まれているのよ。つまり、その人数分の力が宿ってる。……すぐ取り込まれる事はないって思いたいけど、力をコピーされる前に取り返さないと」

 もしコピーされたら、守護けものの力を持ったセルリアンが生まれてしまう。それだけは防がなくてはならない。

 だが、それが困難である事は誰もが理解していた。

「さっきも言ったけど、あんなのどうやって倒すのよ? 何かいい方法があるの?」

 あのセルリアンには中々攻撃が通じない上、表面を砕いてもすぐに元に戻ってしまう。全力で叩いても修復されればそれまでだ。 

 身をもってそれを知るカラカルは、有効な手立てを知りたかった。

「再現をする力があるとはいっても、セルリアンの体力には限りがある。だからセルリアンが力尽きるまで叩けば倒せるとは思うけど」

「……気が遠くなるわね」

 かばんがセルリアンを倒す方法を口にして、その終わりの見えない作業にカラカルはぼやく。

 確かにひたすら叩き続ければいつかは倒せるだろう。しかしあのセルリアンにいつ限界が来るのか。

「後は再生を上回る力で思いっきり叩くか、ね。私が野生解放すれば、何とかなるかもしれないけど」

「ダメだよ!」

 もう一人のカラカルが出した案を即座に否定したのは、キュルルだった。

「野生解放を使いすぎると動物に戻ったり、ビーストになっちゃうんでしょ?」

「私は大丈夫よ。昔から使ってたし。それに、野生解放そのものは危険じゃないのよ。使いすぎると危ないってだけ」

 だから問題ないと言われても、最初に危険性を教えられ、実際にビースト化した話を聞いた側としては素直に受け入れられない。

「でも……心配だよ。サーバルとカラカルを助けてくれた時も使ってたんでしょ?」

 実際の所は分からないが、もう一人のカラカルは無理や無茶をしているように感じられて、キュルルは彼女が野生解放するのを止めたかった。

「さっき力を貸して欲しいって言ったよね? ……ぼくたちにできる事は本当に無いの?」

 自分の発言を持ち出されたもう一人のカラカルは、気まずそうに耳を伏せる。

 しばしの沈黙の後、彼女は静かに言い放った。

「……方法は無い訳じゃないわ。だけど確実性が限りなく低くて、運任せに近いやり方よ。……何より、キュルルとかばんが私たちと一緒にいる必要がある」

 野生解放以外の方法がある事を、もう一人のカラカルは知っていた。

 それでも今まで黙っていたのは、戦う力のないヒト二人を連れて行かなくはならなかったからだ。

「ぼくたちにできる事があるなら、手伝わせて欲しい」

「セルリアンに食べられるかもしれないわよ?」

「え?」

 すかさず返って来た言葉は穏やかなものではなく、キュルルは一瞬呆然としてしまう。

「あそこにいるセルリアンは、多分キュルルたちが出会ったどのセルリアンよりも強いわ。キュルルとかばんを守り切れるとは約束できない。ここにいる全員がセルリアンに食べられたっておかしくない」

 もう一人のカラカルが告げているのは脅しではなく、起こりうる最悪の事態だった。

「力を貸して欲しいって言っておいてなんだけど、かばんと一緒に逃げたっていい。どうする?」

 事の重大さと深刻さを教えられ、キュルルは自分の考えの甘さを思い知る。

 みんながいれば大丈夫だと思っていた。役に立ちたい、手伝いたいと思っていただけだった。もしかしたら、と言うのを考えていなかった。

 正直、怖い。あのセルリアンの所へ行くのも、自分やみんなが食べられてしまうかもしれないのも。

 黙りこんだキュルルに、サーバルとカラカルが声をかける。

「キュルルちゃん、無理はしなくていいよ?」

「そうよ。あたしたちだけでも大丈夫だから」

 何とかするとは言ったものの、本当にあのセルリアンを倒せるかは分からない。しかしキュルルを連れていくのは気が進まなかった。

「キュルルさん、あなたは避難した方が良い」

 かばんも逃げる事を勧める。キュルルがいればあのセルリアンを倒せる見込みはあるのかもしれないが、同行を容認できなかった。

 セルリアンを倒す方法を提示し、キュルルに問いかけたもう一人のカラカルは、キュルルを見つめて返答を待っていた。

 不安と選択の重さに押し潰されそうになり、唇を引き結んでいたキュルルは、迷いながらも選んだ答えを告げる。

「ぼくは……一緒に行きたい」

 声は若干気弱ではあったものの、色の違う光が灯る両目には強い意志が宿っていた。

「でも」

 やっぱり危険だから避難した方が良い。カラカルはそう言おうとしたが、キュルルと目が合って口をつぐむ。

「ずっと助けられてばかりで、何も出来なくて、戦う力なんかないけど……もしほんのちょっとでも出来る事があるなら、一緒に行きたい」

 協力したいという決意は変わらない。怯えを滲ませながらも、キュルルは共に戦う事を告げた。

「分かった。でも、危なくなったら必ず逃げて」

 すんなりと受け入れたもう一人の自分に、カラカルは驚きの表情を見せる。

「……意外ね。あんなたら止めると思ってた」

「この子も悩んで迷って、それでも一緒に行くと決めたのよ。だからもう止められない」

 もう一人のカラカルは苦笑して答えた後、かばんへ顔を向ける。

「かばん。あんたはどうする?」

「もちろん一緒に行くよ。パークガイドとして、この事態を放っておくわけにいかない」

「言うと思った。……でも」

 かばんの返答を予想していたような反応を見せた後、もう一人のカラカルは厳しい顔になる。

「いざとなったら、キュルルと一緒に逃げて」

 戦う力のないヒト二人を守り切れるとは保証できない。再度告げられた警告に、かばんは真摯な顔で頷いた。

「分かった。……それで、あのセルリアンを倒す方法って?」

 もう一人のカラカルに視線が集まる。期待の眼差しを向けられた彼女は、野生解放に頼らない手段を口にする。

「『けもハーモニー』……それさえ起こせれば勝ち目はあるわ」

 キュルル、サーバル、カラカルは怪訝な顔になり、続けてかばんを見やる。何か知っているかもしれないと思ったが、かばんは首を横に振った。

 何も知らない一同へ、もう一人のカラカルは語る。

 誰もが持っている心の『何か』が響き合い、時に奇跡とも起きる現象が起きる。それがけもハーモニー。

 過去には怪我をしたけものたちが回復するという奇跡が起きており、実際にその奇跡を経験したフレンズから話を聞いた事もある。

 そして、五人一組のフレンズがヒトの指揮によって最大限の力を発揮する事。それもまたけもハーモニーとも呼べるのだと。

「それって、ヒトが動物を操ってたって事?」

「何それ?」

 説明を聞いたキュルルがいきなり妙な事を言い出して、もう一人のカラカルは呆れた口調で返してしまう。

「前にゴリラさんから聞いたんだ。昔、ヒトは動物を思いのままに操ろうとした。全ての動物を手下にすることが出来たって」

「何その話。ヒトとフレンズが協力してパークの危機に立ち向かった事はあるけど、操るだの手下だのって事は無いわよ」

 どうしてこんな風に伝わっているのかと、もう一人のカラカルは肩を落とす。かつてヒトと共に女王や強力なセルリアンと戦った身としては心外だった。

 もしかしたらビーストの事を言っているかもしれない。確かにビーストに鎖を付けた事があったのは事実だが、それは自分でも制御できない力に振り回され、セルリアンを見かけるや襲い掛かるビーストの保護や治療をするためにやむなくしていた処置だ。

「とにかく、けもハーモニーにはけものでもない、かばんのようなフレンズでもない、純粋なヒトの協力が必要なのよ。……今のパークにいる純粋なヒトは、多分キュルルだけよ」

「ぼくだけ……」

 みんなの役に立てて誇らしい気持ちと、ヒトは自分だけしかいないという不安を覚えて、キュルルはぽつりと呟く。

 同時に、オオセンザンコウとオオアルマジロに連れていかれた時の事が頭をよぎった。

『ヒトが珍しいからじゃないですか?』

『パーク中探したけど、君しかいなかったもんね』

 あの時、かばんと自分は違うとも言っていた。二人に依頼したイエイヌは純粋なヒトを捜していて、だから自分と会えた時にあんなに喜んでいたんだろうか。

「はっきり言って、ハーモニーを起こせるかはかなり厳しいわ。本来なら五人必要なのを四人でやろうとしてるから」

「キュルルさんがいても不可能に近いんだね……」

 かばんが気難しい顔で言うと、もう一人のカラカルが溜息交じりに返す。

「キュルルとかばんがセルリアンと戦う必要はないわ。でもやっぱり人数が足りない。仮にハーモニーを起こせたとしても不完全なものになる」

 起こせるかも分からない、起こせても完全ではないハーモニーに頼る時点で無謀な賭けだ。

「ハーモニーが起きない可能性の方が高いのは、覚悟しておいて」


 施設から離れた時とは比べ物にならない速度で、バスが草原の道を駆け抜けていく。

 窓の外の景色は凄まじい勢いで流れていき、時折車体が大きく揺れる。しかしかばんは速度を緩める事はなく、自分とラッキービーストが制御できる最高速度でバスを走らせていた。

「すっごく速いね!」

 後部座席の前列に座るサーバルが、少々興奮した様子で声を上げる。このバスの速さはチーターやプロングホーンよりも速いかもしれない。

「危ないからちゃんと掴まってなさいよ」

 隣に座るもう一人のカラカルが冷静な声をかける。彼女は椅子にしっかり掴まりつつも、平然とした顔をしていた。

「これ大丈夫なの!?」

「スピード出しすぎじゃ……」

 一方、後ろの席ではカラカルとキュルルが悲鳴に似た声を上げていて、椅子の背もたれにしがみつくように座っていた。

 常に安全運転を心がけるかばんがこんなにも速度を出しているのは、状況が差し迫っているからに他ならない。

 守護けものの力をコピーされる事を危惧するもう一人のカラカルが、かばんに急いで戻るよう頼んだからだ

「あんたたちもちゃんと掴まってなさいよ? 窓から顔とか手とか出さないようにね」

「落ち着きすぎでしょ!?」

 後列を振り返ったもう一人の自分はこんな状況でも冷静で、カラカルは思わず叫んでしまう。直後にまたバスが揺れた。

「バスで海の中潜ったり空を飛んだりした時に比べたら、地面の上を走ってるだけ安心よ」

「どんな状況よそれ」 

 カラカルが呆れた口調で突っ込む。バスが潜ったり飛んだりするのなんて信じられない。

 そうやって話している間もバスは猛スピードで走り続け、外の景色がすさまじい勢いで流れていく。

 やがてバスの正面に目的地が見えて、かばんがバスの速度を落とす。もう一人のカラカルを捜しにやって時のように、フェンスの手前でバスを停めた。

 全員がバスから降りて、もう一人のカラカルが話しかける。

「キュルル、心の準備はいい?」

 今回の戦いで重要となるのはキュルルだ。純粋なヒトであるキュルルがいなければ、ハーモニーは起こせない。

 ハーモニーを起こすにはヒトの指揮が必要と言ったが、キュルルにやってもらうのは、指揮と言うよりも応援だ。難しい事を考えず、サーバルとカラカルたちが勝つのを信じ、同じ場所にいてくれるだけでいい。

「大丈夫だよ。行こう」

 緊張の面持ちでキュルルが告げると全員が頷いて、もう一人のカラカルを先頭に、開きっぱなしになっていたドアから施設の中へと入っていく。

 足早に迷いなく、結晶体だったセルリアンの元へと進み、間もなくして明るい一角に到着する。

「あいつか……」

 立ち止まったもう一人のカラカルは、光を浴びて佇むセルリアンを睨みつける。

 自身を取り込んだセルリアンをちゃんと見るのは初めてだが、丸く黒い体に角のような突起が生えた姿と圧倒的な威圧感は、かつての女王を思い出させた。

 こちらに気が付いたセルリアンが腕を広げ、触手をうねらせる。

 サーバルとカラカルが身構えて、もう一人のカラカルは前を見据えたまま叫ぶ。

「キュルル、かばん! それ以上前に出ないで!」

「う、うん……頑張って!」

 ヒト二人をその場に残し、けものたちが飛び出す。それに反応して、セルリアンから触手が繰り出された。

 自分たちを目がけて飛んでくる攻撃を避けつつ、もう一人のカラカルがキュルルたちを狙って伸びた触手に爪を振り下ろす。

 鋭い爪が触手を断ち切る。切られた先は地面に落下して、サンドスターに変化し消失した。もう一本の触手はサーバルが切断する。

 短くなった触手が不気味にのたうつ。しばしうねっていたかと思うと、失った部分がみるみる伸びて、あっという間に元の状態に戻っていく。

「やっぱりだめか」

 触手が元通りになる様を目にして、もう一人のカラカルがぼやく。話は聞いていたが、予想以上の再生力だ。

 直後に再び触手が飛んでくる。それをまた断ち切り、彼女はサーバルとカラカルに向かって叫ぶ。

「こっちは私が引き付けるから、あんたたちは本体を狙って!」

「分かった!」

「任せたわよ!」

 もう一人のカラカルの強さを知る二人は、迷うことなく駆け出す。

 サーバルとカラカルを殴りつけるように、セルリアンが腕を突き出す。唸りを上げて迫る腕を、二人は左右に跳んで避けた。

 腕の下に潜り込むようにして本体に肉薄したサーバルとカラカルが、同時に一撃を繰り出す。

 セルリアンの体に傷が走る。しかし相変わらず硬い。もう一度爪を叩きつけるが、もう一人のカラカルを助けた時と手ごたえがまるで変わらなかった。

「これは……」

 ハーモニーが起きたらどんな状態になるのかは分からない。しかし最大限の力を発揮するという割には変化がなさすぎる。

「ちょっと、もしかして……」

 カラカルがもう一人の自分に疑問をぶつけようとした瞬間、周囲が急に暗くなる。

「え?」

 思わず頭上を見上げると、信じられない光景が広がっていた。

 腕や触手を振り回すだけでその場から一歩も動かなかったセルリアン。その巨体が浮き上がり、天井の穴から差しこむ光を遮っている。

 腕を床に押し付けて体を持ち上げたセルリアンは、自身の重さに耐えきれなくなったように、サーバルとカラカルを押し潰そうとする。

「うわわ!?」

 二人が慌てて離れた瞬間、セルリアンの巨体が床に落下した。鈍く重い轟音と共に施設が揺れ、もうもうと埃が立ち込める。

 セルリアンと戦っていたフレンズたちの姿が見えなくなり、キュルルが声を上げる。

「みんな!?」

 埃が消えた向こうでは、もう一人のカラカルが触手を掴んで動きを止めていて、サーバルとカラカルがセルリアンに攻撃している。

 その様子は、さっきまでと状況が変わっているようには見えなかった。

「ひょっとして、ハーモニーが起きてない……?」

 隣から聞こえた呟きに、キュルルがかばんに顔を向ける。

 ハーモニーが起きない可能性があるともう一人のカラカルは言っていた。しかしそうなった場合、あの三人に勝ち目はあるのか。

 不安に駆られた時、張り詰めていたセルリアンの触手が根元から千切れた。

 もう一人のカラカルは強引に引きちぎった触手を放り捨てると、再生される僅かな隙を狙い、セルリアンに接近して爪を振るった。

 サーバル、カラカルが付けた傷よりも長く深い傷がセルリアンの体に刻まれる。

 もう一人のカラカルは流れるような動きで再度爪を叩きつけ、セルリアンの表面を抉った。

 それが合図だったように、セルリアンの傷が塞がり始める。ちらりと上を見ると、触手が伸びていくのが見えた。

「これでも駄目か……」

 生半可な攻撃ではすぐに再生されるだけだと、もう一人のカラカルは判断する。

 後退した直後、元通りに再生した触手がこちらに迫る。それを避けて掴み、彼女は声を上げた。

「二人とも、いったん戻って!」

 セルリアンの傍にいるサーバルとカラカルは一瞬怪訝な表情を浮かべつつも、振り下ろされる腕をかいくぐってもう一人のカラカルの元へ駆けて来る。

「どうしたの!?」

 サーバルが問いかけると、もう一人のカラカルが触手の動きを封じたまま告げた。

「聞いて。ハーモニーは発動してない」

「やっぱり……」

 おかしいと思ったと、カラカルが納得したように呟く。

 今の自分たちでは、再生力を上回るほどの威力の攻撃は出せない。力不足に歯嚙みした時、もう一人のカラカルがひどく穏やかな口調で言葉を続ける。

「少しの間、攻撃を引き付けて欲しい。私が、何とかするから」

「え?」

 サーバルとカラカルが怪訝な表情を見せるが、もう一人のカラカルは薄く微笑んだだけだった。

「……お願いね」

 二人に囮役を頼んだ彼女は触手を断ち切ると、大きく息を吸い込んだ。

 そして

 「フゥゥウウウウウウ……!」

 その全身から虹色の輝きが溢れ出す。突如発生した奔流にサーバルとカラカルは度肝を抜かれ、キュルルとかばんも目を見張った。

「なんですか、あれ!?」

「分からない! ……まさか、野生解放!?」

 かばんの知識ではそう推測するのが限界だった。もしあれが本当に野生解放の現象だとしたら、もう一人のカラカルはとんでもない力を隠していたのではないか。

「ダメだよ、カラカルさん!」

 野生解放を望まないキュルルの声は、もう一人のカラカルの耳に届いていた。

「ごめんね。キュルル」

 両目を爛々と輝かせる彼女はぽつりと謝罪する。

 みんなで戦うと言ったのに、危険を承知で来てくれたのに、結局自分たちではハーモニーを起こす事は出来なかった。

 あのセルリアンは絶対に倒さなくてはいけない。ハーモニーが起きないのなら、奥の手であるこの力を使う。

 野生大解放。通常開放を上回る力を引き出す、最高段階の野生解放だ。

 その分サンドスターの消耗も激しくなるが、手段を選んでなんかいられない。

 目に野生の輝きを湛え、爪を虹色の光に煌めかせ、もう一人のカラカルは飛び出した。

 無防備に突っ込んでくる彼女を仕留めようと、セルリアンが両腕を繰り出す。

 セルリアンの腕が両脇から体を潰そうとする寸前、もう一人のカラカルは高く跳躍した。

 セルリアンの腕は手を合わせるようにぶつかり合い、肉薄する相手を一瞬追えなくなる。

 もう一人のカラカルは爪を振り上げ、落下の勢いを乗せてセルリアンに叩きつけた。

 虹色の輝きを放つ爪がセルリアンを切り裂いていく。もう一人のカラカルが着地した時には、セルリアンの体に大きな亀裂が走っていた。

 触手と腕を付けたまま、セルリアンの体の半分近くが割れ落ちる。

 床に転がったその断面からは、白い紙の一部がはみ出していた。

 目玉のある体から伸びていた触手は力を失ったように動かなくなり、腕もだらりと垂れ下がる。

「やった……」

 分断されたセルリアンを前に、サーバルは肩の力を抜いた。

「意外とあっけなかったわね」

 カラカルもまた緊張を解く。セルリアンはサンドスターに変化していないが、まるで力尽きたようにピクリとも動かない。

「勝ったの……?」

 急に訪れた静けさの中、高揚を滲ませてキュルルが呟く。

 次の瞬間、セルリアンの目玉がぎょろりと動いた。

「な!?」

 もう一人のカラカルがそれに気づくのと、床に伸びていた触手がうねるのは同時だった。

 一瞬で伸びた触手が無防備なヒト二人へと迫り、キュルルとかばんをひとくくりに縛り上げる。

「二人とも! うみゃ!?」

 サーバルが伸びきった触手を爪で切り裂こうとするが、その前にセルリアンの腕が彼女を床に押さえつけた。

「サーバル!」

 二人のカラカルが叫んだ直後、キュルルとかばんを捕らえているセルリアンの断面から触手と腕が生えた。それらは瞬く間に彼女たちに絡みつき、あっさりと動きを封じてしまう。

「どうしよう、このままじゃ!」

 セルリアンに引き寄せられながら、キュルルが半泣きで悲鳴を上げる。

「くっ!」

 身動きもままならない中、かばんは体をよじって拘束から逃れようとする。しかし触手は全く緩まず、二人を逃すまいと更に締め付ける。

 駄目だ。とキュルルは涙を浮かべる。きっとこのままセルリアンに食べられるのだ。自分たちの後にはサーバルとカラカルたちも。

「助けて……誰か……!」

 絶望的な状況でキュルルが救いを求めた直後。

 分断されて転がっていたセルリアンの断面が、ぼこぼこと泡立った。

 奇妙な音に気付いたカラカルたちが顔を振り向けると、白い紙がはみ出ている部分が膨れ上がり、虹色に輝きながら湧き上がっていくのが目に入る。

 これと似た光景をカラカルは見た事がある。色こそ違うが、ホテルでキュルルの絵を回収しようとした時、ビーストのセルリアンが出てきた時とそっくりだ。

「嘘でしょ!? こんな時に!」

 カラカルがセルリアンの腕から抜け出そうともがく。しかし体はがっちりと掴まれていて、足をばたつかせるのが精いっぱいだった。

 湧き上がった部分は瞬く間に二つのヒトの姿を形作って、セルリアンの断面から離れて自立する。

「え……?」

 上半身を触手で縛られているもう一人のカラカルは、新たに現れた二つの人影を食い入るように見つめている。


 黄色い毛皮を纏い、大きな三角の耳が生えたフレンズと、かばんとよく似た帽子を被ったヒトの姿が、そこにあった。


「私がみんなを……守るんだ!」

 目を光り輝かせ、虹色の軌跡を描いて、黄色のフレンズが駆け出す。

 間近にあった触手を切り裂き、セルリアンの腕を砕いて二人のカラカルを助け出すと、彼女たちに背を向けて走る。

 爪を振るって同じようにキュルルとかばんを解放してから、サーバルを捕らえている腕に飛びかかった。

 一閃と共にセルリアンの腕が床に落ちて、押さえつけられていたサーバルが自由の身になる。

「うみゃみゃみゃみゃ!」

 瞬く間に全員を救出したフレンズは腕と触手が短くなったセルリアンに突撃し、目にも留まらぬ速さで爪を繰り出す。

 猛攻に耐え切れず、半壊していたセルリアンが更に割れて小さくなった。

「うみゃあ!」

 黄色のフレンズが裂帛の気合と共に爪を叩きつけると、衝撃で弾き飛ばされたセルリアンが壁に激突し、目玉を回して動かなくなる。

 絶体絶命の窮地を救われたキュルルたちは、一瞬で起きた出来事に頭が追い付かず、ただ呆然としていた。

「えへへ……カッコよかったでしょ?」

 黄色のフレンズはキュルルたちの方を振り返って笑顔を見せる。得意げに言うその声を、もう一人のカラカルはよく知っていた。

「みなさん、怪我はありませんか?」

 黄色のフレンズ同じく、セルリアンの断面から現れたヒトが話しかける。

「あれ、この声……」

 かばんとそっくりな、しかし少し違う声に、サーバルが反応する。

 全身から虹色の輝きを放つフレンズとヒトは、もう一人のカラカルが会いたいと願った二人。


 サーバルとミライだった。

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