逃亡錬金術師~出来上がった賢者の石が腹の中に入ったので取りだしたい。騎士団も裏組織も今はそれどころじゃないから追ってくるな!?~

海星めりい

第1話

「はっはっはっは! 出来た! ついに出来たぞ!!」


 薄暗い地下の一室で天才錬金術師であるこの俺――エンデュ・A・パラケルススは赤黒い小石をつまみながら高笑いをしていた。

 普段の俺ならばこんなバカみたいなことはしないのだが、今日だけは別だ。


 なぜなら! 俺は過去の錬金術師達がなし得なかった賢者の石を生み出したのだからな!

 流石、俺。流石、天才。

 ここまでくるのには天才の俺でも随分な時間を費やした。

 最初はもう少し楽に出来ると思ったのだがな。


 賢者の石を生み出すための研究所を用意しろと言えば、何故か国から騎士団が派遣され追われるはめになってしまった。賢者の石の生成に人の命など使わんと言っているのに人の話を聞かん奴らめ……愚昧な連中は物事を理解することから怠っているから参る。


 さらに、それをどこから知ったのか知らんが、わけわからん組織――UAアルティメット・アルケミスト教団だったか? に勧誘されてしまった。


 この俺が徒党を組まねば満足に研究も出来ない凡愚ども組むわけ無いだろうが。

 そう答えると、顔を真っ赤にして襲いかかってきたから返り討ちにしたら、この教団からも追われることになってしまった。

 研究時間が削られるから勘弁してほしかったのだがな。


 おかげで今残っている俺の研究所はここ一つだった。

 だが、その苦労も今日で終わ――


『マスター。終わりましたー?』


『む、その声はサポートか。なんだせっかく良い気分だったというのに』


 脳内に念話で語りかけてきたのは俺が作り出したホムンクルスであるサポートだった。普段はメイド代わりだが、有事の際には戦えるように調整してある。


『いえね。この人は今が襲撃の真っ最中だってことを理解しているのかなー、って思いまして』


『? 何を言っている? 無論知っている。だから、お前を迎撃に出したのだろうが。トラップや戦闘用のゴーレム等も使用許可は出しているだろう? そろそろ終わったか?』


『むしろ突破されそうだから、連絡入れてるんですよねー』


『何?』


 サポートは見た目こそ華奢だが、一流の戦闘技能をインストールしてある。さらに、それが十全に使えるよう身体のほうも魔法金属でフレームを造ってある。

 そんじょそこらのドラゴンであってもサポート一人で倒せるように作ったのだ。

 そんなサポートが押されているだと……。


『いやー、だって騎士団も本気ですよ? 名高い第一隊が出張ってきてます。何ですかあれ? ゴーレム達が次々スクラップになっちゃってー。私もこの人数相手だとどこまで持つか……あ、剣に罅が』


『なんだと!? ここも放棄せねばならぬか……まだ、やらねばならぬことがあるというのに』


『賢者の石を作ったらそれで終わりなんじゃないんですかー?』


『お前は俺の話を聞いていたのか? 賢者の石は無尽蔵の魔力を生み出す機構に過ぎん。その溢れ出る魔力を有効活用する必要が――……』


『あー、そうなんですねー。じゃあ、無理そうなんで自爆しまーす!』


 サポートの唐突な自爆宣言から間髪入れずに、


 ズドガァァァァァァァァァァン!!!


 と、轟音と衝撃が俺の身体を襲う。


 サポートには万が一やられそうな時には自爆しろとは言ってあった。サポートにとって重要なのは胸に埋め込まれたコアの方だ。コアが本体なため身体は幾らでも替えが効く。生成するのにそれなりのコストと設備がいるがな。


 だが、重要なのはそこではない。大事なのは俺のいる地下室にまで、サポートの自爆の影響がきているということだ。


 せめて、サポートの発言と自爆の間にもう一拍でも時間があれば――

 せめて、俺が頭上よりも高い位置に賢者の石を掲げていなければ――

 せめて、俺が自爆の衝撃でふらつかなければ――


 どれか一つでも状況が違っていれば回避できた悲劇だろう。

 だが、現実には起きてしまった。


 俺の手を離れた賢者の石はクルクルと回転しながら、軌跡を描いて落ちていく。下にある俺の元――厳密には口の中へ。

 バランスを崩す俺はそれを認識しても避けることは出来ずにそのまま――ゴクリ、と賢者の石をのみ込んでしまう。


 は? 今、俺は何をした?

 頭では理解しているのに信じられずに呆然と突っ立っていると、


「なんで本体の私は脱出してるのに、毎回自爆の感覚があるんですかねー。このシステムどうにかなりません?」


「こ、このバカホムンクルス!? なんてことをしてくれたんだ!?」


「は? なんですか? ホムンクルス差別ですか? マスターのために文字通り身体をなげうって、帰還してきたっていうのに。この扱いは流石にヒドくありませんかー?」


 ふよふよと握り拳大のコアの状態で浮きつつ、不満をたらすサポート。よく戦ったのは褒めてやる。だが、それどころじゃないんだよ!?


「まー、マスターが理不尽なのは今に始まったことじゃないですし―。出来るホムンクルスの私としてはさっさと逃げた方が良いんじゃないかなーなんて――」


「ようやく作った賢者の石を飲んでしまったんだよ!」


 俺が肩をふるわせながら叫ぶとサポートは動きを止める。


「え、はい……え? ホントに? なんで?」


「お前の自爆のせいだよ!? あれの衝撃で持っていた賢者の石を落として、俺の口の中に……」


「あー残念でしたねー。また作れば良いじゃないですかー」


「お前なあ……」


 このホムンクルスをどうしてやろうかと考える俺の耳に無機質な声が聞こえてくる。


〝おはようございます。起動シーケンスの確認に入ります。一――……〟


「……サポート、お前なにか言ったか?」


「……いいえ、なにも? マスターこそ変な声出さないでくださいよ」


 二人揃ってそんなことを言ったため先ほどの声が気のせいではないことが確定してしまった。


 声が聞こえてきたのは俺の身体――胃のあたりだろうか。

 さらに声が続く。


〝起動シーケンス問題なし。稼働に入ります――エラー、エラー、エラー。限界点まで五分です〟


「な、なんかマズいこと言ってません?」


「正直、マズい。このままでは賢者の石にため込まれた魔力がオーバーロードを起こしてしまう」


 俺の真剣な物言いに感じるのものがあったのだろう。おずおずとサポートが問いかけてきた。


「聞きたくないですけど、そうなったらどうなります?」


「最低でも街一つ規模の爆発。最高で小国レベルの爆発だな」


「大ピンチじゃないですか!? さっさと取りだしてくださいよ!?」


「もうやっている! 取り出せないかと先ほどから転送魔法を放っているのだが、レジストされているのか、まったく通じん」


「だったら、掻っ捌いてでも取りだしてくださいよ!?」


「今できるか!? 入念な準備があれば別だが五分ではどうにもならん!」


 賢者の石を取り出すことは可能だ。だが、それをするにはオーバーロードを防がなければどうにもならん。


 俺が焦る様子を見たのかサポートはふよふよと上下すると俺からゆっくりと離れ始めた。


 こいつ、まさか……?


「おい、どこにいく気だ」


「いえ、なにか使えるものがないか探してこようかとですね……えへへ?」


「ほう、絶対命令オーダー! 俺から一M以上離れるのを禁ずる」


 サポートに対する強制権限まで使って逃げることを禁止した。

 こいつ……俺を見捨てて逃げる気だったな?


「ぎゃー!? なんて指示出すんですか!?」


「うるさい! お前だけ逃がすわけ無いだろうが! どうにかするのを手伝え」


「マスターが即答できないのに私がなにか出来るわけ無いでしょうが!? 大体、身体もないしどうしろと!?」


 オーバーロードを防ぐには賢者の石を消耗させれば良いんだが、普通に魔力を使うだけではだめだろう。そもそも、消費する量よりも供給される量のほうが膨大なはずだ。


「くっ、どうすれば賢者の石のオーバーロードを防げる!?」


〝当機のオーバーロードを防ぐ、を実行しますか?〟


「は? 今のは賢者の石お前か?」


〝当機のオーバーロードを防ぐ、を実行しますか?〟


「ちっ!? こちらの質問には答えないか!?」


「マスター! 何でも良いから実行してみましょうよ! このままじゃ、爆発されるだけですよ!」


「迷っている暇は無いか……実行しろ!」


〝実行します……実行します……実行完了。錬成材料を取り込んでください〟


「錬成材料を取り込めといってもどうすればいいんだ?」


〝錬成材料を取り込んでください〟


 相変わらずこちらの質問には答えない仕様のようだ。こうして悩んでいる間にもオーバーロードまでの時間は減っていく。


「と、とりあえずマスターが近寄ってみればいいのでは?」


「出たとこ勝負は好みではないが、そうするしかなさそうだな」


 サポートの言う通りやってみるしかないだろう。さっきもそれでどうにかなったわけだしな。

 サポートの身体を錬金術で作成した余り物の魔法金属――アダマンタイトのインゴットへと近づいてみる。


 すると――


「こんな感じで――ゴクン……なっ!?」


「マスターが、アダマンタイトを吸い込んだ……?」


〝素材、アダマンタイトを認識しました。ストックします〟


 アダマンタイトのインゴットが俺の口の中へ入っていってしまった。明らかに俺の口より大きかったにもかかわらず、だ。

 おまけに賢者の石からはアダマンタイトを取り込んだというような言葉まで聞こえてくる。


「い、一体何がどうなっているんですか?」


 狼狽えるサポートだが俺にはなんとなく予想がついていた。

 予想が正しいか試すべく残りのサポートの身体の素材へと近づいていく。

 ヒュポ、ヒュポと取り込んでいくと賢者の石から問いかけられた。


〝ホムンクルス(小)が作成可能です。作りますか?〟


「なんか作成とか言い出しましたよ……」


「おそらく賢者の石が魔力を用いて俺の体内に空間倉庫のような異空を構築。さらに、そこに錬成陣を構築し素材を取り込んで合成できるということだろう。仮説でしかないが……」


「ようはマスターお腹で錬金術ってことですか?」


「端的にいえばそういうことだな。素材をストック出来るような異空の構築もだが、錬成陣には膨大な魔力を使用する。賢者の石のオーバーロードを防ぐにはこうして錬成し続けろ、ということだろう」


 俺はサポートの言葉に頷くと、身体の中の賢者の石に向かって指示をする。


「ホムンクルスの生成を実行しろ――うぉえ!? 取り込むときとは逆で口から出るのか……これを俺が毎回やれと?」


「うわ! ちっこいけど本当に私の身体が服付きで出てきました。これマスターの唾液とか胃液濡れだったりしませんよね?」


「濡れとらんわ!! 大体直接口や喉に触れているわけではない! さっさと入って同期しろ!」


「はいはーい! まったくホムンクルス使いが荒いんですから……よっと、小さいのに違和感がありますが、なんとかなりそうですね」


 サポートが身体を動かして起動するのと同時に先ほどの絶対命令オーダーを上書きする。


絶対命令オーダー訂正! 俺から一〇〇M以上離れるのを禁ずる。お前はその身体を使って、使えそうなものを俺に教えろ。近づいて、ストックして賢者の石を取り出せそうなものや役立つものを錬成する」


「わかりましたよーって!? マスターそれどころじゃないです!? 感ありです!? 騎士団が――」


「見つけたぞ! 一級指名手配犯エンデュ・A・パラケルスス!」


 そんな声と共に乱雑にドアが壊され、無骨な鎧に包まれた集団が俺の研究室へと現れる。

 今、手元には普段錬金術で生み出した道具はない。このままではマズい。


『サポート! そこにある植物と液体を俺に向かって投げろ!』


『こ、これですか!?』


 念話でサポートに錬金術の材料を俺に放り投げるように指示する。サポートは若干戸惑ったものの、すぐに放り投げた。


「ゴキュ――ンバッ、相変わらずこの感覚には慣れんが、生成の即時性だけは評価に値するか、それ!」


 植物と薬品を吸い込んだ俺を見た騎士団が一瞬固まっている隙に煙玉を生成した俺はすぐさまそれを叩きつける。


「いくぞ、サポート! ついでに、あれも作動させろ!」


「わかりました……こ、この身体だとちょっと、届かない――届いた!」


 ポチッと押されたスイッチと共に俺が先ほどまで立っていた床が小規模な爆発を起こす。地下の保管庫が爆発しているのだ。


 そして、それに連鎖するように次々と爆発が起こる。


「っく、またこれか……総員、退避ぃー!」


 騎士団も研究室が爆発するのは何回かくらっているせいか。逃げるのが早い。


 

 脱出した俺達は崩壊した研究所を眺めていた。


「くそっ、あそこにはまだ貴重な材料もあったというのに……」


「助かっただけよかったと思うしかないですねー」


 苦労して集めた素材の大半を失ってしまった。いかに俺が天才錬金術師といえども無から有は生み出せない。錬金術にも出来ることに限りは有るのだ。


「業腹だが、一から始めるしかないか」


「マスター、頑張ってくださいねー」


「お前も頑張るんだよ!」


〝限界点まであと二〇分です〟


「サポート! 急いで、何か材料を探せ!」


「何かってなんですか!?」



――――――――――――――――――――――――――――――



 こうして、俺とサポートは賢者の石のオーバーロードを防ぎつつ、取り出す方法を求めて活動していくことになる。


 その道中、


「ウォエ! まったく、あいつらしつこすぎるぞ」

「ほら、マスター頑張ってください! 道具が足りませんよ!」

「待て、急かすな。走りながら錬成して吐き出すのは流石に……つらい」


〝限界点まであと三分です〟


「マスター! 頑張って!! 爆発しちゃいますー!?」

「この俺が……なぜこんな目に……」



 騎士団やUA教団の追撃をかわしながら――


                                    Fin.


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