隣の女子大生がシャワーを貸してくれた

烏川 ハル

隣の女子大生がシャワーを貸してくれた

   

 アパートのシャワーが壊れた。

 最初は断水かと思ったが、台所をチェックすると、そちらは問題なく水が出てくる。

 続いて頭をよぎったのは「ならば水道ではなく、シャワー器具そのものが故障したのではないか」という可能性。しかし、シャワーヘッドの部分を外して中を覗き込んだり、棒を突っ込んだりしてみたが、何も詰まっている様子はなかった。

 こうなると、もう素人の手には負えない。水道屋を呼ぶしかないだろう。


 そうした次第で、風呂場で困っていると……。

 ピンポーンとドアのチャイムが鳴る。

 一瞬「早くも水道屋が来てくれた!」と思ってしまうのは、俺が動揺して混乱しているあかしだろう。まだ電話もしていないのだから、水道屋が来るはずもなかった。正義のヒーローでもエスパーでもないので、向こうから水のトラブルを嗅ぎつけて助けに来てくれる……なんて事態は起こらないのだ。

 ならば誰が来たのだろうか?

 とりあえず風呂場をあとにして、部屋の扉を開けて応対。

 来客は、隣の部屋に住む女子大生だった。


「こんにちは! これ、お裾分けに来ました!」

 大きなキャベツをひと玉、両手で大事そうに抱えていた。

 ふんわり気味のボブカットやパッチリした瞳がよく似合う、少し童顔の女の子だ。いつも清楚なブラウスとカジュアルなロングスカートという格好で、メイクも薄化粧。高校までは田舎で暮らしていたそうだが、一年以上が経過しても都会に染まっていない、という点も魅力的だった。

「あっ。いつもいつも、ありがとうございます」

 俺は軽く頭を下げる。

 彼女の実家は農家なので、しばしば大量の野菜が送られてくるという。そのたびに、俺のところにお裾分けに来てくれるのだ。

 最初は「もしかして俺に気がある?」と期待してしまったが、それは大きな間違いだった。お裾分けも俺だけでなく「隣近所だから」という理由で、アパートの同じ階全てに対しておこなっているらしい。

 田舎ならば普通かもしれないが、ここは都会。しかも、長く定住するような住宅街の一軒家ではなく、出入りの激しい一人暮らしのアパートだ。そんな環境でお裾分けを続けるのは、少し天然が入っているような気もするが……。

 それはそれで可愛らしい、と俺は感じていた。


「いえいえ、どういたしまして。うちの母、いつもたくさん送ってきちゃいますから……。冷蔵庫に入れておけば腐らないけど、せっかくだから新鮮なうちに食べた方が、野菜の方でも喜びますよね!」

 ドアの前で立ち話が始まる。

 素敵な女性との会話は俺も嬉しいが、今日の場合は「風呂場のシャワーどうしよう?」というのが気がかりで、あまり長話ながばなしはしたくなかった。

 そのせいか、表情が少し曇っていたようだ。

「あら? もしかして、キャベツ苦手でしたか?」

 俺の顔色の変化に気づいて、彼女が小首を傾げる。「前にキャベツあげた時は大丈夫だったのに」とか「言い出せなかっただけであの時も我慢してたのかな?」とか考えているのだろうか。

「いやいや、違います! 大丈夫です、キャベツは大好物です!」

 バタバタと手を振りながら、俺は慌てて否定する。

 それでも彼女は微妙に表情を暗くするので、俺の言葉を信じておらず、社交辞令のたぐいとして受け取ったのかもしれない。

 ならば、きちんと説明しておこう。

「実は、風呂場のシャワーが壊れまして……」

 ちょうど風呂場で立ちすくんでいたところだ、と話すと……。


「あら、大変! じゃあ、うちのシャワー貸しましょうか?」

 やはり彼女は天然が入っている!

 俺たちは単なる隣人であり、交際しているわけでも何でもない。それどころか、友人というより顔見知りといった方が相応しい間柄だ。

 その程度の男を若い女性の部屋に上げるだけでも危機感が薄すぎるのに、ましてやシャワーを使わせるなんて!

 ……と、頭では彼女のことを心配して、断ろうとしたはずなのに、俺の口から飛び出したのは違う言葉だった。

「えっ、いいんですか?」

「だって、お隣さん同士じゃないですか。こういうのは、助け合わないと……。困った時はお互い様ですからね!」

 にっこりと微笑む彼女は、まるで女神のようだった。

 この状況でこんな対応をされたら、それこそ惚れてしまう!

「ちょっとだけ、待っててくださいね」

 ドキドキする俺一人をその場に残して、そう言って彼女は去っていった。


 なんだかんだ言って、彼女は女性だ。

 普段から部屋は綺麗に掃除しているとしても、異性には見せられないものが置かれていたりして、男を部屋に上げる際には色々と準備があるのだろう。

 つまり、俺を異性として扱っている証拠。男として意識した上で部屋に招き入れるつもりならば……。

「いくら天然気味の彼女とはいえ……。この状況なら、俺も少しは期待していいのかな?」

 鼻の下を伸ばしながら、ついつい独り言を口にしてしまう。

 そんな俺の耳に、隣からバタバタと物音が聞こえてきた。俺のために準備してくれている音だ。

 続いて、軽やかな足音と共に、彼女が戻ってくる。


「はい、どうぞ!」

 笑顔の彼女が手にしていたのは、細長い蛇のような物体だった。

 一瞬ギョッとするが、よく見れば、シャワーのヘッドとホース部分。風呂場から外してきた器具だった。

「このアパートのシャワーって、ホースの根元ねもとから取り外せたのか……」

 ツッコミを入れるべき点はそこではない、と頭では理解しながら、俺の口は勝手に、そんな言葉を呟いていた。




(「隣の女子大生がシャワーを貸してくれた」完)

   

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隣の女子大生がシャワーを貸してくれた 烏川 ハル @haru_karasugawa

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