第7話

 クヤカン国の港はにぎやかだった。人が多く、通りに沿って伸びる市場にも活気があった。


「おもしろい街だなぁ」


 スサノオが声をあげたのは、決して豊かとは思えない装いの人々が、聞き慣れない言語で話すからだ。それが倭人の言葉なのだろう、と思いながら耳を澄ました。


「やっぱりわからん」


 スサノオが頭を掻くとエビスとツクヨミが笑った。


 ナギは、倭へ向かう船を探すために役人のところに行った。


「市場を見に行こう」


 父親を待つことに飽きたスサノオは、2人の姉を誘った。


「迷子になったら大変よ。ここでおとうさまを待ちましょう」


「それなら、俺1人で探検して来る」


 スサノオがさっさと歩き始めるので、姉たちが仕方なく後を追ってきた。


 露店には、海産物や穀物、糸や布などが並んでいた。中には、ヒスイやメノウ、鉄や銅の地金じがねといった高価なものも並んでいる。


 スサノオは、店を一つ一つ覗きながら、どんどん進む。


「おもしろいなぁ。そう思うだろ?」


 振り返った時、後ろを歩いているはずの姉たちの姿がなかった。


「えっ?」


 姉たちの姿を眼で探した。すると、禿げ頭の男に引きずられるようにして、遠ざかる姉たちを見つけた。通りを外れて河原を川に向かっている。


「待てー!」


 スサノオは、慌てて走り出した。姉の手を引く男が子供をさらって売り飛ばす〝人さらい〟という悪党だとわかるからだ。


「助けてー」


 近づくと、エビスとツクヨミの声が聞こえた。


 禿げ頭の男は、泊めてあった小舟にエビスとツクヨミを放り込んだ。舟には別の男が待っていて、少女たちの身体を要領よく縛った。


 禿げ頭の男がかいを握る。舟は岸を離れた。


 スサノオは泳げない。泳いだところで舟には追い付けない。大人を呼ばないと……。考えたが、近くに大人はおらず、舟を見つめる身体は動かなかった。そこを離れたら、姉たちは一瞬にして消えてしまいそうな気がした。


 河上から1そうの舟が下ってきて、人さらいの舟に勢いよくぶつかった。舟は大きく左右に揺れて櫂を握っていた男は川に落ちた。もう1人の男は、船縁ふなべりにつかまって耐えている。


 ぶつけた舟から、ひらりと飛び移る黒い影があった。すると水しぶきがあって、船縁につかまっていた男が沈んだ。


 2艘の舟が岸に戻ってくる。エビスとツクヨミが泣いているのがわかった。


 舟をおりた男たちは、真っ黒に日焼けしていた。1人は身体が大きく、裸の上半身の筋肉が山のように盛り上がっていた。人さらいの舟に飛び移った男は麻布の着物姿で、身体がやせていた。声は女のように細い。


「親はいないのか?」


 やせた男がきいた。


「向こうで……」


 ツクヨミは荷物を置いた港を指したが、それ以上は涙で言葉が出なかった。


「倭に渡る大きな船を探しているんだ」


 姉に代わってスサノオが答えた。


「ほう。難民か……。最近、増えたな」


「しかし、この時期だ。風向きが悪い。船が見つかるかのう?」


 男たちが話した。


「それに、女連れとあってはなぁ。海は女を嫌うのだ。名はなんという?」


「スサノオ」


「ツクヨミ」


「ヒ……、いえ。エビスです」


 子供たちは自分の名を言った。


「ふむ、エビスか……。それなら何とかなるかもしれないな」


 やせた男が、大きな男を見上げた。


「とはいえ、共に旅をすることになるかどうかは、お前たちの父親次第だ。ワシの名は、ツノマウラ、こっちの小さいのはツクリだ。縁があったら、また会おう」


「さっさと親のもとに帰れ」


 男たちは、大きな影と小さな影を作って市場に向かって行った。


 マウラは、後の書物では天津真浦あまつまうら、ツクリは天造日女あめのつくりみやっこひめと書かれることになる。それがスサノオと物部もののべの一族との出会いだった。

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スサノオ立志伝 ――少年期1・脱出―― 明日乃たまご @tamago-asuno

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