第6話
ナギはヒルコを抱いて船に乗りこみ、戻ってきた船頭に頼んだ。
「もがり船を出してくれ」
もがり船は、死者を水葬にするための船だ。船の
ナギは舳先に向かってすすみ、優しくヒルコの身体を横たえると布を広げて遺体を隠した。それから、枕元に座り込んで頭をなでながら、ぶつぶつと何かを語り続けた。スサノオは、父の後ろで泣いていた。悲しくて仕方がなかった。同じように、ナミとツクヨミ、使用人たちも声を上げて泣いた。
しばらくすると、ナギは使用人の半数を降ろし、後日、船頭が手配してくれた船で、残った荷物を積んでクヤカン国まで運ぶように命じた。
「早く船を出してくれ。陽のあるうちに、娘の魂をおくりたい」
ナギの落ち着いた態度に、船頭はすべてを了解しているようだった。それがスサノオには不思議だった。
「帆を上げろ」
三角の帆を上げた船が、舳先に白い旗をはためかせて夕闇の迫る海へ乗り出した。
船は外洋に出ると、そのまま南下した。
陽が水平線に沈むと船乗りたちがざわつきはじめる。当時の外洋航海は、陸地の地形を読みながら走る。日が沈み、陸地が見えなければ走らない。
船は船頭の指示で小さな入り江に入って錨を落とした。
その時、船のへさきの方で水夫の悲鳴が上がった。
「大変だ。死体が
「生き返ったとは、目出度いではないか。騒ぐな」
船頭は怖気づく水夫を叱った。
「ヒルコ!」
スサノオは舳先に向かって走った。
ヒルコは上半身を起こしていて、ずっと付き添っていたナミが抱きしめていた。
「ヒルコ、生き返ったのか。妖怪ではないのだな?」
スサノオは不思議なのできいた。
「私は……」
「ヒルコは死んだのだ。今のお前は、ヒルコではない。名は……」
「名は、エビスがいい」
突然、スサノオの背後で船頭が言った。
「エビスはこの海にすむ神の名だ。船の上で生き返ったのだ。俺に名前を付けさせろ」
船頭は当然のような顔をしていた。
「ああ、そうしましょう。お前はエビスだ」
ナギはエビスとなった娘の頭を撫でた。
「私たちをだましたのですね?」
ナミが、ナギに冷たい視線を向けた。
「敵をだますには、まず味方からというだろう。こうでもしなかったら、仁川を出られなかった」
「私にくらい、本当のことを教えてくれたらよかったではないですか。泣きすぎて、寿命が縮んでしまいました」
「あの兵隊をだましたとばれたら、ナミも罪に問われた。罰を受けるのは、私だけでいい」
「あなたったら、いつもそうやって自分ばかりが罪を背負うのですね。でも、ヒルメの名前まで変える必要はないではありませんか?」
「もし、ヒルメが生きていると分かったら、帰った船頭が官吏に責任を追及される」
ナギはそう言うとヒルコの両肩を握った。
「今から、お前はエビスだ。分かるな」
ヒルコから変わったエビスが、コクンとうなずいた。
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