第10話 完璧美少女じゃなくても俺は由比さんが〇〇な件


   ※


「由比さん。何から、話したらいいかな」


 彼女の案内で、歩いてすぐだった円山公園に着き。

 緑が溢れる、綺麗に整備された広い園内の隅。


 小さな小川の前の、ベンチに並んで座り。俺は、彼女を見つめながら聞いた。


 彼女は口を開かず、不思議そうな、ぼんやりとした表情を浮かべている。


 改めて、今日の彼女の着物姿は、とても綺麗だなと思い。


「俺は、小学校低学年のときに、凛が持ってた少年漫画の二次BLを読んで、トラウマになって。それから、BLが苦手になって。凛の描く小説は、勝手にモデルにされてたから、監視目的で読んでた」


 俺は、ずっと言い出せなかったことを言い。「ごめん」と謝った。


「言い出せなかったのは、由比さんと、仲良くなりたかったから。嘘が、嫌いで、許せないって言ってたから。言い出せなかった」


 「ごめん」と、もう一度謝ると。少ししてから、彼女が小さく口を開いた。


「……私こそ、勝手に、思い込んで。合わせてもらって…」


「仕方ないよ。普通の男子は、BLの知識はないし、凛の作品に詳しくないから」


 彼女の謝罪をさえぎったあと、俺は頬が緩むのを感じた。


「凜は、勝手に、俺をモデルにしていたから。変なことを描かないてないか、俺が確認してから、本になるようにしてた。凛に、意味を聞きながら読んでるうちに、BLの知識が勝手に身についてたよ」


 俺は、小さく笑い声を上げ。彼女が、少し表情を緩ませてくれた。


「BLはトラウマで、苦手だけど。監視目的で読んでたけど。凛の描く話は、いい話だと思う」


 「言わないでね」と言うと、彼女は両目を細めた。


「凜は、俺に対して、母さんよりも過保護で。それは、負い目からかと思ってたんだけど。由比さんのことがあって、違うのが分かったんだ」


「凛さんは、米原君のことが、すごく好きなだけだと思う」


 俺が言いにくかったことを、彼女がはっきりと言い。ふふっと笑った。


「凜は、ただの、執着系だよ」


「私は、執着系、好き。ずっと、自分だけを見てくれて、愛してくれるから」


 俺は、彼女の言葉で、胸がどきんと鳴り。


「今日、お母さんが決めたひとと会って、私をものとして見てると思った」


 続いた言葉で、かあっと熱くなり。口を開く前。


「私は、ものとして見られること、何も思わなかった。米原君と関わるまでは」


 彼女は、真剣な表情を浮かべて言い。俺が謝る前に続けた。


「米原君。図書準備室で、私が言った。腹が立つは、自分に向けてだから」


 俺は、とても驚き。彼女は、俺をまっすぐに見つめて続けた。


「私は、お母さんの言うこときいて、ものとして居られたのに。米原君と関わらないよう言われて、凛さんの作品を捨てられて。抵抗出来ない自分に、すごく腹が立った」


 彼女は、口を閉じて、迷っているような考えている表情になり。


 俺は、凛が言う通り、彼女はちゃんと気づいていたんだと思った。


「ふたりが呼び出してくれたのに、お母さんの言う通りにした。自分に、すごく腹が立って。決まっていたこと、何も思わなかったこと、やろうとしてる自分にすごく腹が立って。自分が、すごく嫌いだと思って、時間が戻ればいいのにと思った。米原君と関わる前に、戻れたらいいのと思った」


 俺は、「ダメだよ」と、つい言ってしまい。彼女が瞳を大きくした。


「京都に戻って、一週間。戻ろうって、したの。でも、ダメだよって、聞こえてくるの。ずっと、米原君、凛さん、幸田さん、みんなで居たことを思い出してた」


 俺は、彼女の言葉で喉が狭くなって、


「みんな、私をちゃんと見てくれて。たくさん話が出来て、おいしい温かいごはんを食べられて。すごく、楽しかった。両親がいなくなってから、初めて、楽しかったの」


 彼女が、ふわりと笑んで。我慢出来なくて、涙がこぼれてしまった。


「ごめんなさい。私、何か、ダメなこと言ったかな」


 俺は、涙を腕でぬぐい。心配そうな顔をした彼女に、顔を歪めて返した。


「言ってないよ。由比さんが、楽しかったの。良かった」


 彼女は、表情を緩めてくれ。俺は、どれだけ、彼女が大変だったんだろうと思い。


「俺は、由比さんが楽しいのがいい」


 口から、願いがもれたあと。

 彼女の瞳が揺れて、やっぱり、とても綺麗だと思った。


「どうして。米原君は、そんなことを言ってくれるの」


 問われたことを、俺は、彼女の綺麗な瞳を見つめて考えた。


 壁ドンからはじまった、彼女との関り。

 BLと凛の描く小説が好きで、暴力的な面があり、感情表現が激しいことを知り。

 

 完璧だと思っていた彼女の、完璧じゃない面。

 俺は、驚いたけれど、少しも嫌だと思わなかった。


 関わっていくうち、盗み見をしていたときには見られなかった、彼女のかわいさや綺麗さを見られた。


 弱さにもろさ、抱えている重たいものを知り。自分が何も出来ないこと、拒否をされたことに悩んだ。


 完璧じゃない彼女へ。俺は緩んだ頬で、想っているままを言った。


「俺は、由比さんと居るの楽しいよ。由比さんが、楽しくいられる為に、何でもしてあげたくなる」


 由比さんは、少しして、綺麗な瞳から透明な水をこぼした。


 その様子は、本当に綺麗で、俺は見とれてしまい。我に返り、二枚あって良かったと思い、ハンカチを伸ばした。


「私、どうして、米原君でBL妄想が出来なかったか」


 「分かった」と、彼女はハンカチをとらずに続けた。


「私以外と、カップリングを考えたくなかったんだ。米原君には、私だけ、見て欲しかった」


 彼女は、じっと、俺を見つめて言い。

 俺は、目をそらせず、胸が高鳴っていくのを感じた。


「米原君が、友達と仲良くしてるのを見ていて。あんな風に、私のことも見て欲しいなって思ってた。私だけを、見て欲しかったんだって。今、分かった」


 俺は、盗み見をしていたのは、自分だけではなかったのが分かり。

 とても驚いて、質問をする前。


「どうして、そんな風に思うんだろう。米原君、分かる」


 彼女が、俺が聞きたかったことを言い。うるんだ瞳で、じっと見つめてきた。


 俺は、どきどきと、胸が高鳴っていくのを感じ。


「こんなの、初めてで。でも、読んだことはある。私、米原君のこと…」


 ぽつぽつと、地面に染み込むような。

 彼女の小さな言葉は、突然の、爆音のメタル音楽で聞こえなくなった。


 俺は、慌てて、ポケットから凛のスマホをとりだし。『雫』さんからの着信をとった。


『優~、今、どこ~、丸山公園に居たりする~』


 凛の声に、「何で、分かるの」と驚きながら返した。


『店の場所から~、ふたりでゆっくり出来るとこで~、一番近いところだから~』


 俺は、「なるほど」と言い。凛が、ふふっと笑ってから言った。


『ふたりで電車に乗って~、うちにおいでね~、車定員オーバーだからさ~、ゆっくり来てね~』


 俺は、「何で」と言い。あれと思った。


『美月ちゃんは~、とりあえず~、高校卒業までこっちに居られることになったから~、しばらく~、あれとは~、関わらなくてすむからね~、じゃあ~、あとは~、お若いおふたりで~』


 返す間もなく、凛は通話を切ってしまい。


「……由比さん。凛が、兵庫に戻っていいって。部屋で待ってるって言ってるけど」


 スマホから、彼女に顔を向けて言い。俺は、初めて見る顔に驚き。


「大丈夫。顔、真っ赤だけど、体調が悪くなったの」


 そう言ったあと、彼女は立ち上がり。すたすたと歩きはじめ、慌てて後を追った。


「凜さんの部屋、早く、行こう。私、ふたりだと、心臓が持たない」


 少し後ろに追いつくと、彼女が振り返らずに言い。

 俺は、意味が分からなかったけれど、彼女のピンクの耳たぶに頬が緩み。


 彼女の楽しいが、これからもあるのが嬉しいと思った。


    ※


「お! 米ちゃん、卵焼きいっこちょうだい!」


「おい。米から返事をもらう前に、口に入れるんじゃない」


 昼休み、教室はザワザワとさわがしく。俺は、机を合わせた向かいのふたりに言った。


「品川、唐揚げも食べていいよ。辻堂も食べていいよ」


 品川は明るい笑みを浮かべて、「やったあ」と箸をのばし。辻堂は縁なし眼鏡を直したあと、「ありがとう」と箸をのばしてきた。


 俺の作った弁当のおかずは少なくなったが、頬が緩んだ。


「米ちゃん、お礼にカレーパン半分やるな」


「おい。食べかけのほうをやるんじゃない。米、唐揚げを頂く代わりに、自分の梅干しおにぎりを食べるといい。夏バテ防止になる」


「今年は、雨が少なくて助かる。室内トレばっかりだと、つまんねえからよ」


「自分は、雨が降ったほうが助かるがな。また、一緒に帰れるかもしれないから」


「おっ、なんだよそれ。まさか、辻堂なんかに、色っぽい話が。聞かせろ…」


 辻堂は、品川の口をおにぎりでふさぎ。俺は、平和で平穏な日常だなと、頬が緩み。


 一週間前、京都に向かい。彼女の母親と対峙したことは夢のようだなと思った。


「なーんか、辻堂もだけど、米ちゃんも。俺に何も言ってくれずに、ソワソワしちゃってさ。俺は、部活がんばるからいいもん」


「何だ。品川、憧れのお姉さんをホームで助けてから、何もないのか」


「おい。米ちゃんが、焼きもちやくから」


「米は、焼きもちなど焼かない。そして、言わないのは、理由があるからだと思え。自分たちに、お姉さんとうまくいかない八つ当たりをするんじゃない」


「八つ当たりじゃねえ。連絡先交換出来たのに、既読無視で落ちこんでて。構ってほしいだけだ!」


 俺は、自分のお弁当箱を、品川の前に置き。「ありがとう」と、品川ががっつきはじめたのを見届け。


 窓に顔を向けて、中庭の隅に座る姿を見つけた。


 来週からは七月。梅雨は明けはまだだけど、今日は雲はあるが青空が見える。

 夏を感じる白い光を浴び、彼女は、花柄のカバーがかかった文庫を読んでいた。


 長そでのカッターシャツとベスト。白がまぶしく見えて、姿が輝いて見える。

 夏の暑さを感じる温度だけれど。白い頬は薄っすらピンクかかり、伏せられた瞳はきらきらと輝き。


 彼女は、気温など気にしてない様子で、凛の新刊に夢中になっているのが分かった。


「米ちゃん。由比が学校来るようになって、良かったな」


 事情を知らない品川の声に、俺はひゅっと背中が冷たくなり。


「米、すまなかったな。由比さんのことを、悪く言ってしまって」


 詳しくは話してないけれど、事情を察しているだろう辻堂が言い。

 俺は、ゆっくり、ふたりに顔を向けた。


「米ちゃん。俺は恋の辛さを知ったから、由比にフラれたら傷をなめ合おうぜ」


 俺は、品川が向けてくる、生温かい視線に口を開けず。


「また、何かあれば、協力の出来ることがあれば言ってくれ。彼女が、楽しそうなのが。俺の望むことだ」


 辻堂が真剣な顔で言ったことに、とても驚いた。


「おい、辻堂。彼女って、何だよ。お前、俺は話してんだから、話せよ!」


 品川がつめよって、辻堂は涼しい顔でおにぎりを食べ。

 俺は、辻堂と同じ想いをしているのを、嬉しく思った。

 

 二カ月ほど前、俺は、彼女に対して今とは違う感情を抱いていた。

 

 『憧れ』ているのを自覚しているけれど、彼女を見ているだけで満足だ。

  そう思い、彼女と関わることになるなんてないと思っていた。


 それなのに、


『私、米原君で、BL妄想が出来ないの。責任をとって欲しいんだけど』


 放課後の教室でふたりきり、壁ドンをされて言われた。


『ありがとう。やっぱり、私の好きは、ダメなものなんだね』


 壁ドンをしたことを謝り。彼女は、胸がぎゅっとする笑みで言った。


『米原君。これから、私と、友達になって。思う存分、好きな、BLについて語ろう』


 初めてふたりで出かけたとき。誤解をした彼女が、きらきらした瞳で言った。


『私に、何かされるからじゃなくて。米原君に、何かされると思ったら。抑えることが出来なかったの』


 怒りをあらわにしたあと。彼女は、顔を下に向けて言った。


『米原君には、触れられても大丈夫なの。どうしてかな』


 ふたりで花火を見たとき。彼女は、胸がキュッとなる、とてもかわいい笑みを見せてくれた。


『米原君と、関わらなければよかった。こんなにも、腹が立ってる』


 抱えている事情から、彼女が言い。俺は、とてもショックを受けた。


 関わるはずのなかった、完璧な彼女。関われば関わるほど、完璧ではないと思った。


 俺は、全然嫌ではなくて、知らなかった面を知れるたびに嬉しく思った。


『私以外と、カップリングを考えたくなかったんだ。米原君には、私だけ、見て欲しかった』


 彼女が、俺で、BL妄想が出来なかった理由。

 思い出すたびに、胸が高鳴り。


『どうして、こんな風に思うんだろう。米原君、分かる』


 彼女に聞かれたことを考え。俺は、凛の作品にあったセリフが答えではないかと思い。


 とても、うぬぼれている答えを。彼女に聞くことは出来なかった。


   ※


「……話は、分かったわ。幸田さん、あなたは、『ドキメキ☆学園寮新シリーズ』大学生編を、物足りなく思ったということね。確かに、高校編と比べて、寮生活が終わったこともあって、ふたりの接点がなくなり、ふたりのイチャラブの描写は他の刊よりも減ってしまった。でもね、同時に発売してくれた、高校卒業に卒業旅行を描いた一冊で、その部分は補えると思う。大学生編は、はじまったばかりで。これからのふたりの方向性を知れる、親切設計になっているのだから。物足りないと思うのは、性急すぎるわ」


 放課後、委員会の集まりのあと。ひとり遅れて、凛の部屋に着き。

 リビングに入ると、学校以外で会うのが一週間ぶり、彼女が早口で語っていた。


「……そういう風にも、思うけど。……私は、ふたりの、イチャラブが見たいんだもん」


 ぴしりと背筋を伸ばして、彼女は座布団の上に座り。

 その向かいには、ちょこんと座布団の上に座る幸田さん。


「そうね、その気持ちは、よく分かるけれど。これからも、『ドキメキ☆学園寮シリーズ』が続いて、ふたりの環境が変わるのだから。大学生編の一巻は、我慢をしなければいけないと思う」


「……由比さんも、我慢してるんでしょ。……ふたりの、当て馬完全否定派なぐらいだもん」


「そうね、完全否定派よ。私は、ふたりが、仲良くしてるだけでいい。でも、そうはいかないのが、当たり前だとも思う。色々なことがあって、それでも、ふたりがお互いだけを見ているのがいいと思う」


「……前から、思ってたけど。……由比さんて、共依存好きなの」


「そうね、大好きよ。私が、『ドキメキ☆学園寮シリーズ』が好きなのは、主役のふたりに登場人物たち全員、粘着系だからかもしれない。お互い、粘着系だからこその、共依存は素晴らしい関係だと思うわ」


 ふたりは、静かに、熱い議論を交わしたあと。幸田さんから手を伸ばし、固い握手を交わした。


 その光景に、あっけにとられ立ち尽くしていると。

 後ろから、「おかえり~」と、気の抜けた声が聞こえてきた。


「いや~、発売日は明日なのに~、献本あげるって言ったのに~、自分たちでフラゲしてくれて~、一日で二冊読破してくれて~、感想合戦一時間もしてくれて~、作者冥利につきるわ~」


 振り返ると、京都に行ったときは正反対、だらしない姿があった。


 小柄な身体を男物のティシャツ一枚で包み。ふわふわぼさぼさの頭で、にひゃりと笑う。

 今、隣に立つ。完璧じゃない凛に、俺は頬が緩むのが分かった。


「優~、お姉ちゃん大好きって~、言っていいんだよ~」


「……言わないから。凛、昨日、風呂入ったの。そのティシャツ、何日着てるの」


「え~、子供のときは~、大好きって~、ちゅうしてくれたのに~」


「……嘘をつかないで。シャワー浴びて、着替えて。夕飯、作らないよ」


 凛が「え~」と言い、大きく息を吐いたあと。ふたりが、こちらを見ているの気づいた。


「……凛さん、買い物。……私が、米原君と行ってきます」


 幸田さんが言ったことに、彼女が瞳を大きくし。俺は、とても驚いた。


「じゃあ~、瑠奈ちゃんお願い~、美月ちゃん~、私とシャワー浴びようか」


 彼女が、「えっ」と言い。俺は、凛の鼻をつまんだあと、幸田さんと部屋をふたりで出た。


「……あ、あの。……き、聞きたいことがあるんだけど」


 マンションの敷地を出て、真っ赤な空の下。

 少し距離と取った隣の幸田さんが、顔を下に向けたまま言った。


「……わ、私のこと。……な、何か、聞いてないかな」


 緊張しているのか、どもりながら。幸田さんは、白い横顔で聞いてきた。


「……歩きながらでも、いいかな。誰からか、聞いていい」


 幸田さんは、ゆっくり歩きはじめ。合わせて歩きはじめると、とても小さく言った。


「……一昨日、私、傘を忘れて。……昇降口で声をかけられて、傘を、貸すって言われたけど。……悪いから、一緒に駅まで行ったこと。……聞いて、ないの」


 俺は、「聞いてないよ」と返して、なんとなく相手が分かった。


「……すごく、仲がいいから。……米原君と、あの怖いひとには言ってるかと」


「ごめんね。教室まで来てもらって。品川は、怖くないけど、怖かったよね」


 一週間前、教室に入れないひとなのに迎えに来てくれた。

 幸田さんは、歩みを止め。


「……怖かったけど。……辻堂君が、居たから」


 俺は、合わせて止まり。幸田さんが言ったことに、とても驚いた。


「……由比さんと、連絡とれなくなって。……どうしたらいいか、分からなくて。……米原君には、連絡出来なくて。……悪いと思ったんだけど、他に、話せるひといなかったから」


 幸田さんは、地面を見つめて言い。俺は、思ったままを言った。


「辻堂、頼られて、嬉しかったと思うよ。幸田さん、遠慮せずに、これからも頼ればいいと思う」


 幸田さんは、ゆっくり顔を上げ。俺に両目を大きくした顔を向け、小さく口を開いた。


「……何で、私なんかに。……優しいの」


 幸田さんに、彼女と同じようなことを言われ。俺は、緩んだ頬で返した。


「それ、聞いてみればいいと思うよ。辻堂は、幸田さんのこと、誰にも言わないし。何でもしてくれるから」


 幸田さんは、元から大きな両目を更に大きくし。

 俺は、疑問に思ったことを聞いた。


「どうして。俺には、連絡とれなかったの」


 幸田さんは、また下を向き。少ししてから、言いづらそうに言った。


「……由比さん、私が、米原君と連絡とるの嫌かなって。……由比さんに言われた訳じゃないけど、嫌だろうなって」


 俺は、先ほどよりも、とても驚き。幸田さんは、顔を上げて言った。


「……私が、言うことじゃないだろうけど。……米原君は、もっと、自覚したほうがいいと思う。今日は、私のことは送らないで、由比さんを送ってあげて」


 俺をまっすぐに見上げ、幸田さんは必死な感じで言い。

 俺は、訳が分からないまま、「分かった」と返した。


「私、役に立たなかったけど。由比さんが、戻ってきてくれて嬉しい。米原君も、嬉しいでしょう」


 幸田さんが近い正面に立って、ガッツポーズで力強く言い。

 俺は、いつもとは違う様子に驚き、こくりと頷いた。


「嬉しいの、言ってあげて。由比さん、迷惑をかけたって、悩んでるから」


 俺は、「えっ」と、思いもつかなったことにもらし。

 幸田さんは、俺に近づいて言った。


「私は、絶対、そんなことないって言った。米原君は、スパダリ要素があるから、大丈夫だって。凛さん、よねはら☆太郎先生から、英才教育を受けてるからって」


 俺は、とても驚きながら、


「……幸田さん。……俺は、スパダリ要素ないし、英才教育もされないから」


 否定の言葉を返すと。

 はっと音がしそうな表情を浮かべ、幸田さんは後ずさりをし。電柱に後頭部をぶつけた。

 

 「大丈夫」と、頭を抑える幸田さんのそばに立ったとき。


「やっぱり。私じゃなくて、瑠奈のほうが似合ってる」


 ぼそりと聞こえ、顔を向けると同時。

 「頭に、お腹痛い!」と、幸田さんが、聞いたことのない大きい声を上げ。


「美月! 私の代わりに、買い物いって!」


 幸田さんは、色々痛いだろうに。顔を下に向けて、早足で去っていった。


 俺は、瞳を大きくしている彼女に向き。「行こうか」と言うと、顔を下に向けられてしまった。


 「由比さん」と名前を呼ぶと、身体を固くしたのが分かり。


「俺、迷惑をかけられたなんて、思ってないから。戻ってきてくれて、嬉しいよ」


 幸田さんに言われた通り、思うままを言った。


「三日前から、学校来るようになって。嬉しかったよ」


 ふたりで、京都から戻ったあと。

 彼女は、凛の家に居ることになり。凛とともに、彼女の母親と話し合いを通話でしたと聞いた。

 

 こちらで高校卒業まで過ごせることになり、婚約の話はなくなり。彼女がひとり住むマンションに戻ることになったこと。

 四日前、凛が通話で教えてくれた。


 部屋には来ないよう言われ、連絡を待っていたので。俺は安心して、凛は多くは語らなかったけど、大変だったのは伝わってきた。


「何も出来なくて、ごめん。由比さん、俺なんかのことで悩まないで」


 少しして、「何で」と、彼女は顔を上げないまま言い。


「幸田さんから聞いた。俺が、悪いから」


 彼女が「何で」と、もう一度言い。

 ゆっくり顔を上げて、心臓が止まるかと思った。


「米原君。ありがとう。私も、嬉しい」


 泣きそうな、子供みたいな笑みを浮かべ。彼女は、とても嬉しいことを言ってくれた。


 俺は、目の前の彼女を見ていると、胸がとくとくと高鳴っていき。


「私、こっちに戻ってきてから。ちゃんとした答えが分かったの。どうして、私が、米原君でBL妄想が出来ないか」


 彼女が言った言葉に、また、心臓が止まりそうになった。


「米原君。私、スパダリ属性には、あまり興味がないの」


 彼女が、真面目な顔で言い。

 俺は「えっ」ともらした。


「興味がないから、妄想が出来なかったの。分かって、すごく、すっきりした」


 俺は、別の答えだと思っていたけれど。

 答えが分かった、彼女はすっきりとした顔で片手を伸ばしてきた。


「だから、友達から、お願いします。米原君が、BLが苦手でも。私は、仲良くしたい」


 彼女は、はっきりと言い。俺は、少しして、頬が緩むのが分かった。


「……こちらこそ、お願いします。苦手だけど、嫌いじゃないから」


 そう言ったあと、俺は柔らかい手を握った。


「嫌いじゃないなら、好きになってもらえるかもしれないから。私、米原君に好きになってもらえるよう、がんばるね」


 彼女が、両目を細めて、繋ぐ手に力を入れ。

 俺の胸が高鳴らない言葉を、楽しそうに言い。

 

 俺は、隣の席の彼女は、完璧じゃなかったと思い。

 『憧れ』でない、彼女への気持ちをはっきり感じながら。

 

 完璧でない彼女の、楽しいがいつまでも続けばいいと思った。


 

『隣の席の完璧美少女が俺で〇〇妄想出来ないと壁ドンしてきた件』 END

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隣の席の完璧美少女が俺で〇〇妄想出来ないと壁ドンしてきた件 アハハのおばけちゃん @obakechan2525

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