第9話 俺の姉が〇〇〇で完璧美少女を奪還しに行った件
※
「米ちゃん! 購買部のカツサンド、ゲットしてきたから! 食べてくれ!!」
「米。今日は、自分が、米のぶんの鮭おにぎりを握ってきた。自分でも言うのもなんだが、なかなかいい出来だ。油ものよりも、おにぎりのほうがいいだろう」
「おい! 辻堂! 俺が、ダッシュで買ってきた、カツサンドに文句言ってんのか!!」
「品川。体調が悪いときに、油ものを食べさせようとするのは。ただの嫌がらせ行為だ」
昼休み、教室はザワザワとさわがしく。俺は、机を合わせた向かいのふたりに言った。
「……ふたりとも、ありがとう。気を遣わせて、ごめ…」
「米ちゃん。嫌がらせじゃないからな。俺は、米ちゃんの弁当が早く食べたいだけだから」
「品川は、私利私欲の為だが。俺は、米に、少しでも元気を取りもどして欲しいと思っている」
ふたりに、真面目な顔で言葉をさえぎられ。
俺は、小さく吹き出して、思ったままを言った。
「……品川と辻堂は、そういうこと、ちゃんと言ってくれるよね」
品川が、「そういうこと」と首を傾げ。辻堂が、縁なし眼鏡を直して言った。
「品川と一緒にされるのは、気分は良くないが。言葉にしなければ他人には伝わらないと、父と兄から言われているからな。命を預かる現場では、報告連絡相談、コミュニケーションが何よりも大切だと」
「おお! 野球チームはコミュニケーションが大切だって、監督が言ってた!」
品川が、明るい笑みと声で言い。辻堂が、呆れような顔で大きく息を吐き。
俺は、ふたりが、心配をしてくれること。事情を聞いてこないのをありがたいなと思い。
ふたりのように、気遣いが出来ていたら。彼女は、この一週間学校を休まずにすんだのかもしれない。
そう、後悔を吐き出しそうになったとき。
「……よ、よ、米原君」と、とても小さな声が後ろから聞こえた。
「あん? 何で、中学生が紛れ込んで…」
俺が振り向く前に、品川は顔を片手に包まれ。
辻堂は、品川の顔から手を離さないまま、「米、頼む」と真剣な顔で言った。
俺は、立ち上がり、後ろに立っていた姿に驚き。
「行こう」と、顔を下に向けている、幸田さんと教室を出た。
昼休みで、廊下はひとが多く。並んで進む、幸田さんは真っ白な顔をしている。
「……米原君。……スマホ、電源入ってないから。……迎えに、きた」
下を向いたまま。周りの音に消えそうな、とても小さな声で言い。
幸田さんは、俺の腕をがしりと持ち、早足で歩きはじめた。
俺は、とても驚き、連れられるまま昇降口に着き。
「……行こう。……準備、出来たって」
そう言われ、靴を履き替えるよううながされ。
訳が分からないままスニーカーを履き。腕を持たれて、運動場を進み校門の外に出た。
「優~、スマホの充電してなかったんでしょ~、瑠奈ちゃん~、よくがんばったね~」
いつもの、気の抜けた明るい声を上げる。凛が居て、俺は驚き。
俺から腕を離した幸田さんが、よろけたのを受け止めた。
「準備が整ったから~、行こうか~、事情は~、行きの車の中で~」
俺は、とても驚きながら。運転席に雫さんが座る、軽自動車の後部座席に凛と座った。
「瑠奈ちゃん~、着くまで寝てて~、気分悪くなったら言うんだよ~」
「瑠奈ちゃん。遠慮は、絶対にしないで。この車、レンタルだから。車内で吐かれたら、凛の財布が軽くなるから」
助手席に座る幸田さんが、凛と雫さんに言われ。「はい」とか細い声で返し、「出発~」と凛が言うと車が動きはじめ。
「目的地は~、京都~、目的は~、美月ちゃんのお見合いをぶっ壊すこと~」
凛が言ったことに、ものすごく驚いた。
「優~、これ~、肌身離さずに持ってて~、トイレにも持っていって~、絶対になくさないでよ~」
俺は、質問をする前に、厚みのあるA4の封筒を渡され。
「優~、一週間~、待たせてごめんね~、準備万端になったよ~」
いつも通りの、気の抜けた声を上げ。
凛は、にやりと、悪だくみをしているときの笑みを浮かべた。
一週間前、彼女と図書準備室で話したあと。凛は、自分が何とかするので、少し待って欲しいと言った。
俺は、彼女と連絡をとることは出来ず。凛に部屋へは来ないでいいと言われ、待つしかなかった。
「美月ちゃんは~、一週間前から~、京都の家に連れ戻されてる~、私に~、あれは~、嘘を吐いていたんだよ~、美月ちゃんを~、一旦京都に戻す為~、こっちに来てた~、今日~、見合いさせる~、相手の都合に合わせる為にね~」
突然に思える、今の状況を質問する前に。
凛は、いつも通りの声で、眉間にシワを寄せて説明してくれ。
「クソが」と、吐き捨てるように言った。
俺は、驚きながら、言われたことを何度も頭の中でくり返し。
理解してから、口を開いた。
「……それで。凛。なんで、そんな恰好してんの」
「あれを倒す為に~、戦闘服を着てきたの~、優に渡したのは特効武器~」
きちんとした化粧を施し、髪の毛をカッチリひとつにまとめ。紺色のパンツスーツを着て、黒いパンプスを履いた姿。
黙っておけば、綺麗なアラサーの女の人に見える。
凛は、いつもと変わらない、にひゃりとした笑みを浮かべて言った。
「お姉ちゃん~、綺麗な恰好してるけど~、いつものお姉ちゃんだからね~」
俺は、何か、言われたことに恥ずかしくなり。
顔を下に向けて、両手にある封筒を見た。
「……これ、危ないものじゃないよね」
「人によっては~、危なくて~、人生狂わせたりするものだけど~、美月ちゃんを救う為に必要なものだよ~」
顔を上げると、凛はにやりと笑んでいて。
俺は、両手の中が、ずしりと重くなった気がした。
「三十代後半一部上場IT会社の社長~、京都のお茶屋で遊ぶのが好きで~、女は若ければ若いほどいいと公言してる~、クソでゲスでクズが~、美月ちゃんのお見合い相手~」
俺は、凛の言葉で、封筒から顔を上げた。
「そんな相手に、高校一年生の、まだ子供の女子をお見合いさせる。あれは、クソだ」
凛は、怒りに満ちた顔と声で言い。
俺は、無意識に、凛の鼻をつねっていた。
「……凛。口、悪すぎるから」
「凛。優君が言うとおりよ。子供たちの前で、口が悪すぎる。そのままのノリで話す気なら、次の休憩所で瑠奈ちゃんと優君に席を変わってもらって。私から話す」
俺のあと、雫さんがぴしゃりと言い。鼻から手を離すと、「ごめんご~」と、凛が顔と声色をやわらげて言った。
「話に戻るね~、あれが経営する旅館は~、深刻な経営難に陥ってるの~」
凛は、「ざまあ」と吐き捨てるように言い。「凛」と、雫さんが低い声を上げた。
「経営難を解消する為に~、美月ちゃんを差し出して~、融資を受けようとしてる~、まじド畜生~」
雫さんが、「凛」と、更に低い声で言い。
「……由比さん、自分で言ってた。自分の、……自由じゃない、未来のこと」
俺は、彼女が言ったことは、本当だったんだと思いながら言い。
「そうか、あれは、そんなことまで。美月ちゃんの、未来まで、奪おうとしてたのか。本当に、あり得ないな」
凛が、いつもとは正反対、とても低い声で言い。雫さんは、凛の名前を呼ばなかった。
「いつの時代だって話~、育ててやったんだから~、家の為に嫁げなんて~」
凛は、声色は戻したが。「クソが」と、吐き出すように言ってから続けた。
「美月ちゃんの両親~、美月ちゃんが五歳のときに蒸発して~、あれが引き取って~、想像したくないぐらい~、呪いをかけ続けてたんだと思う~」
俺は、彼女が母親に殴られたときを思い出し。何も出来なかったことに、両手を強く握り。
『米原君と、関わらなければよかった。こんなにも、腹が立ってる』
そう、図書準備室で言われたことを思い返した。
「京都に着いたら~、見合いをぶっこわして~、あれから美月ちゃんを奪うから~、優~、あれはお姉ちゃんに任せて~、美月ちゃんは任せたよ~」
俺は、いつの間にか顔が下がっていて、上げられないまま答えた。
「……いいのかな。……関わらなければよかったって、言われたのに」
とても、情けないと思う声を上げたあと。
「いいんだよ。スパダリは、スパダリ過ぎるぐらいのほうがいいんだから」
俺の心境とは正反対、明るい声が聞こえ。ゆっくり顔を上げると、額をぴんと弾かれた。
「美月ちゃんは~、私の~、よねはら☆太郎のファンなんだから~、何の心配もせずに~、スパダリ過ぎるスパダリやっちゃいな~」
そう言ったあと、凛は、にっと、完璧だった頃の笑みを浮かべ。
「……何だよ、それ。俺は、スパダリじゃないから。……出来ることを、がんばるよ」
俺が、緩んだ頬で返すと。凛は、「やっぱ~、スパダリ~」と、にひゃりと笑い。
「瑠奈ちゃん。もう少し、我慢してくれる。次の休憩所まで急ぐから」
前から、雫さんの切迫した声が聞こえ。車が急にスピードを上げた。
※
「優~、帰りに~、志津屋のパン買いたい~、カルネ久しぶりに食べたい~」
そう言った、前を歩く凛。パンプスを履いているのに、石畳の坂を元気に上がっていく。
「思ってたより~、早く着いたから~、寄り道して行きたいけど~、雫に怒られそうだからやめとこうかね~、しかし~、平日なのに人結構居るね~、さすが京都~」
今、俺は凛と、観光地が集まる京都の市街地にいる。
幅の狭い坂道の左右は、低い木の古い家が並び。お土産屋や飲食店が軒を構え。
見える景色と楽しそうな観光客の姿、どこからか香るお香の匂いで、京都に居るのだと実感する。
俺は、明らかに浮かれている声色の凛へ、車酔いを引きずったままで言った。
「……本当に、大丈夫なの。……由比さんを…」
「大丈夫~、大丈夫~、お姉ちゃんと~、特効兵器を信じなさい~」
凛は、俺の隣に並んで、にっと笑って言い。
いつの間にか、鮮やかなサーモンピンクの唇になっているのに気付いた。
「私が~、渡してって言ったら~、渡してね~、中身は~、見てないみたいだね~」
胸に抱えている封筒。高速の休憩所のトイレで、中身を見るか迷った。
「優は~、好奇心に負けないいい子だね~、いい子~」
俺は、頭をなでようとした手をさけ、地面に顔を向けて言った。
「……由比さんの本を、勝手に読んだこと。反省してるから」
「瑠奈ちゃんが~、美月ちゃんの机に置いておいた~、私の本を弟の優が読んだこと~、なんか~、偶然にしても出来過ぎてるよね~」
「……まさか、ネタにする気じゃないよね」
「しないよ~、優のこと~、今まではリンのモデルとしてたけど~、もう出来なくて~、寂しいでしょ~」
「……寂しくないけど。何で、もう出来ないの」
凛が、「こっち~」と、道を左に曲がり。ふたりで坂を降りながら続けた。
「優が~、スパダリになっちゃったからね~、翔太朗のモデルは~、いるからさ~」
「……だから、スパダリじゃないから」
隣に並ぶ凛が、「優」と足を止め。俺も足を止めると、
「美月ちゃんを、おこがましい言い方をするけど、救おう」
凛は、強い表情と声で言い。俺は、こくりと頷いた。
「作戦は~、さっき言った通り~、優のスマホは電源切れてるから~、私の持っていって~」
俺は、凛のスマホを受け取り。「もう、着くからね」と言われ、ごくりと喉を鳴らしてから、凛とともに歩き始めた。
着いたのは、緑が溢れ、立派で歴史を感じる施設。
「入ろう」と、凛にうながされ、俺はごくりと喉を鳴らしてから入った。
「日本画の巨匠の家を~、そのまま店舗にしたんだって~、1700坪あるらしいよ~」
凛が、石畳の坂を上がりながら説明をしてくれ。大きな日本家屋に着き、ぴしりとした従業員のひとに、「予約していた、清水です」とよそいきの声で言った。
「雫の名前で予約したのは~、万が一~、あれにバレない為~」
耳元でぼそりと言い、にやりと笑った。
凛と、俺は店の中に入り、靴のまま二階に案内された。
床張りの和室で、インテリアは和洋折衷。華美ではないが、高級なのが分かる一室。
白いテーブルクロスがかかった四人掛けのテーブルは、開け放された大きな窓の前に置かれ。
椅子を引いてもらい座ると、薄曇りの空の下、手入れが行き届いている日本庭園と青々とした山が見渡せた。
「注文は、人数が揃ってからにします。お伝えしていた通り、時間がかかるかもしれません」
凛が、よそいきの声で言い。
従業員のひとは部屋を出て行き、俺が口を開く前。
「あ~、まともな大人のふりするの~、つかれる~」
隣に座る凛が、いつもの気の抜けた声で言い。
テーブルに上半身を伸ばした姿に、俺は、ほっと息を吐き。
「あと~、十分くらいで~、一階の部屋ではじまるよ~、私たちがぶっ壊すお見合い~」
凛の言葉に、テーブルの上に置いていた手を握った。
「大丈夫~、お姉ちゃんが居るから~、優は~、美月ちゃんを連れ出すことだけがんばれ~」
凛は、俺に顔を向けて、にひゃりと笑い。俺は、渇きを感じる喉で言った。
「……がんばるけど。今更だけど、俺、そんなことして…」
「ここに~、こうして~、どうして居られるか分かる~」
言葉途中で聞かれて、そういえばと思い。
「呼び出された日から~、私は~、あれや美月ちゃんのこと~、業者を雇って調べたの~」
「探偵ってやつ~」と、凛が言い。俺は、とても驚き。
「調べたら~、うん~、詳しくは言えないけど~、美月ちゃんの見合い相手は~、美月ちゃん以外の女性と~、複数交際してた~」
俺は、かあっと、胸の辺りが熱くなり。凛は、真面目な顔で、「クソ男だよ~」と言った。
「それで~、それを~、あれは知ってて見合いをさせるの~、まじで~、ぶっ壊さないとダメなんだよ~」
俺は、こくりと頷き。今更気づいたことを聞いた。
「……凛は、どうして、由比さんにここまでするの」
「私は~、私のファンを大事にしてるし~、それに~、美月ちゃんは~、昔の自分と重なる~、まあ~、私のほうが全然マシだけどね~」
凛の答えは、とても納得がいくもので。
俺は、やっぱりと思ってしまった。
「……家の為に、しんどかったの」
「優~、こないだも言ったけど~、しんどかったのは~、クソ親父に将来を決められてこと~、私は~、家族が大好きなんだから~、何でも出来るんだよ~」
そう言ったあと、凛は明るい笑みを見せ。
俺は、やっぱり、自分の姉は凄いひとだなと思った。
「そうだ~、翔太朗のモデルって~、雫なんだよ~」
唐突に思えることを言い。
凛は、普段より更に、ふにゃりと笑って続けた。
「私にとって~、スパダリは~、ずっと雫なんだよ~、今日だって~、私の為に有給とってくれて~、素晴らしいドライビングテクニックで~、京都につれて来てくれた~」
俺は、そうだったのかと思い。雫さんが、車で微妙に違うことを言っていたのを思い出した。
『今日は、仕方ないから来たの。私がいないと、凛は何をするか分からないから。本当に、もういい歳なんだから、いい加減落ち着いて欲しいんだけど』
雫さんに、申し訳ないと思い。運転は、とても荒かったと思った。
「……幸田さんは、雫さんの運転のせいで。何度も、トイレに行ってたんだと思う」
「ふたりはまだ慣れてないから~、帰る頃には慣れてるよ~」
「……今日、付き合わせて。凛は、何も思ないの」
「思わないよ~、だって~、私を止められるのは~、面倒を見られるのは~、雫だけだもん~、雫は~、私の面倒~、一生面倒見ないとダメなんだよ~、私に~、愛されちゃったからね~」
凛が、にこにこしながら言い。
俺は、とても驚き、思ったままを口にした。
「……その発言、執着系だよ」
「私は~、執着系なの自覚してる~、お互い様だよ~、雫は私が居ないと生きていけないもん~」
明るい、気の抜けた声で、凛がとんでもないことを言い。
突っ込む前に、とても固い表情を浮かべて言った。
「優、来た。立って」
俺は、「えっ」ともらして、凛に腕を持たれ席を立ち。
扉が外から開かれ、
「お待ちしていました。本日は、足を運んで頂き、ありがとうございます」
凛は、とてもよそいきの声で言ったあと。
開け放されたままの扉の前。固まっている、彼女の母親に頭を深く下げた。
「どういうこと。あなた、私を騙したの」
「騙してなんていません。どうぞ、席に着いて下さい。お話をはじめましょう」
凛が顔を上げて言い。彼女の母親は、ぎろりと俺たちをにらんで、背中を向けた。
「私の素性を特に調べもせず、ここに出向いたのでしょう。多額の融資をすると言われたから。経営する旅館、なかなか、経営が難しいようですね」
凛が、にやりと笑って言い。
彼女の母親が、こちらに振り向いた。
「メールのやりとりと、手紙にあった通り。私は、融資をしたいと思っています」
「私を、騙して、ここに呼び出したこと。許さない。美月には、高校を辞めさせて、家の為に働いてもらうことにするわ」
彼女の母親は、はっきりと言ったあと。なぜか、俺に顔を向けて、にやりと笑って続けた。
「美月には、似合いの婚約者が出来たから、そのひとについて海外に行かせるの。二度と、会うことは出来ないわ」
俺は、言われた言葉に、頭が白くなり。
両手に抱えたままだった、封筒を床に落としてしまった。
「優、大事なものだから、ちゃんと持っておいてって言ったのに」
凛が封筒を拾って、片手にし。俺の前、彼女の母親の前に立った。
「融資の条件は、美月ちゃんを自由にしろだ」
彼女の母親は、「はあっ?」と顔を歪め。凛は、ははっと、短く笑った。
「あんた、何、言ってんの。美月は、私が生かしてやった、私のものよ」
「お姉さんが、婚約していた旅館の支配人と駆け落ちして、美月ちゃんが産まれて。さぞ、くやしかったんだな」
彼女の母親が、顔をひきつらせ。
あっと思った瞬間、凛の頬を平手で叩いていた。
「婚約者が、お姉さんと駆け落ちして。ご両親が死んだあと、旅館の経営は上手くいかないくて。自分が無能だと思い知り、そんな時に、お姉さんに頼られて。さぞ、気分がよかっただろう」
凛は、一気に言葉を吐いたあと。また、頬を叩かれた。
「旦那さんが大病にかかり、お姉さんは金を借りにきたな。美月ちゃんを質にとり、金を貸して、二度と関わるな現れるなと言ったな。美月ちゃんを、お姉さんへの恨みを晴らすように、呪いをかけ続け支配したな」
「あんた!! 何、調べてんのよ!! 他人の家のこと、とやかく言わないで!!」
「一体、何十年前の、昼ドラだ。あんたが、美月ちゃんにしてきたこと、今の時代立派な犯罪だ。あんたは、犯罪者だ」
彼女の母親が腕を振り上げ、俺は間に合い。
「私に、優に、暴力を振るったな。警察沙汰にして、旅館の信用を地に落としてやろう」
間に入り、頬を叩かれた。俺は、凛に向いて、
「お姉ちゃん。もう、やめて」
十年前、言えなかったセリフを言い。
凛が、とても冷たく見える表情を、ふわりと崩した。
凛は、「ありがとう」と言い、俺の前に立って言った。
「この封筒の中に、一千万現金で入ってる。受け取るか、警察に通報されるか、選べ」
俺は、中身にとても驚き。封筒が床に落とされた。
「優、もう、これ以上汚いものは見ないでいいから。行きなさい」
「どこへ」と聞く前、
「お母さん。店員さんから、お母さんの大きな声がするって言われて…」
開け放されたままの扉の前に、彼女が居た。
彼女は、初めて見る、制服じゃない姿だった。
袖が長い着物、飾りがついたまとめた髪の毛。薄く化粧をした顔、瞳がとても大きくなっている。
俺は、固まっていたけれど、「行きなさい」と凛に背中を押され。
床を蹴り、彼女の母親の横を通り、彼女の手をとって。
後ろを振り返らずに、両足をただ動かした。
家屋を出て、施設を出た。彼女の手の柔らかさを感じながら、心臓がばくばくするのを感じながら、音を感じずに進み。
彼女が転び、一緒に地面に倒れた。
俺は、慌てて身体を起こして、彼女のそばに両ひざをつき。
言葉をかける前。
「……今、夢の中じゃないよね」
顔を下に向け、地面に横座りしている。彼女が、とても小さく言った。
「……ごめん。夢じゃなくて、……勝手に、迎えに来て」
凛は、ぶっ壊すと言っていたけれど。
俺は、みんなで、迎えに来たと思っていた。
「……ごめん。……関わらないでって、言われたのに。……腹が立つほど、嫌われてるのに」
俺は、「ごめん」と言い、思っていたままを口にした。
「勝手で、ごめん。俺は、由比さんと、関われなくなるのは嫌だ」
はっきり言ったあと、
「……やっぱり、夢だ。私に、都合が良すぎる」
少しして、彼女がぼそりと言い。ぽろぽろと、両目から涙をこぼしはじめた。
俺は、慌ててハンカチを伸ばして、彼女は受け取り顔を隠した。
その姿が、水族館に行ったときのようで。
「……もう、こうやって、目の前で泣くこと。絶対しないって思ってたのに。……迷惑ばっかりかけて、米原君に嫌われちゃう」
彼女が、かすれた声で言い。
俺は胸がぎゅっとなって、彼女の華奢な肩をつかんで言った。
「俺は、壁ドンされても、BLが好きすぎでも、怒ったら怖くても、目の前で泣いても、嫌わないから。迷惑なんかじゃないから」
少しして、
「……私、好きすぎるとは思わない」
彼女が、かすれているけれど、少しだけいつもどおりの声で言い。
俺は、頬が緩んで、
「好きすぎるよ。苦手な、俺からすれば」
そう言うと、彼女は瞳を大きくした顔を見せてくれた。
「由比さん。俺は、BLと凛の小説は、苦手なんだ」
俺は、どうなってもいいやと思い。彼女の涙が止まって良かったと思った。
第9話 俺の姉が〇〇〇で完璧美少女を奪還しに行った件 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます