第6話 未練を咲かせよう

「本当に大丈夫かな?」


 三途の川へ向かいながら、オレはカイにいてみた。


「できるかどうかはわからないが、他に方法はないんだ。やるしかないだろ」


 言葉は控えめだけど、表情は自信に満ちている。


 河川敷で花火とわかったのはいいけど、再び途方に暮れた。まだ春だし、しかも昼間だ。どうやって見せればいいんだろう。悩んでいるオレをよそに、カイがまた何か書き出した。今度は絵だ。書きながら作戦を教えてくれた。

 そしてふたりで地を蹴り、空へ羽ばたいたんだ。


 三途の川に着いた。よかった、まだ夏花ちゃんはいる。ふたりで夏花ちゃんの近くへ行った。カイの右手が、夏花ちゃんの頭をつかむ。ワシに掴まれたように、夏花ちゃんの顔がおびえた。


「目を閉じて」


 オレの声を聞いて、夏花ちゃんがきゅっと目を閉じた。

 カイの左目のひとみが黒く光る。力を使う時、悪魔は左目が光る。天使はその逆だ。


「目、開けろ」


 頭から手を離してカイが言った。それでも夏花ちゃんは目を閉じたままじっとして動かない。


「大丈夫。開けていいよ」


 オレの声でようやく目を開けた。そして、驚いたように辺りを見回す。


「すごい、暗い……。夜になってる」


 幻影の技。悪魔が得意とする技の一つで、ひとに幻を見せることができる。たぶん今、カイは夏花ちゃんに夜を見せている。


「もっと上級になれば、花火が上がってるところくらい見せられるんだけどな」


 そうつぶやいて、カイは離れたところへ飛んでき、宙に浮いたまま止まった。カイが飛んでいくのを見てから、夏花ちゃんのほうへ向き直る。


「今から花火、見せるからね」


 夏花ちゃんはオレとカイを交互に見つめる。


 オレも準備をしよう。立ち上がり、片手を前に伸ばす。少しだけ力を入れながら、空気をでるようにゆっくりと手を横に動かす。すると手をかざしたところから光が蛍のように集まり、形が作られていく。最後までいき、それが手に落ちた。これがオレ愛用の武器、弓だ。


 遠くでカイも同じように武器を出している。ただ違うのは、光が集まるのではなく、黒い煙のようなものが集まりながら作られていく。カイの武器はやりみたいなものだけど、先がとがってなくて棒のような形をしている。


 ……って、武器って言うと変だな。今から花火を見せるのに。


 夏花ちゃんを見ると、もう怯えてなくて、興味津々という顔でオレを見ている。目が合い、笑顔を送った。もじもじしながら、照れたように笑い返してくれた。何か訊きたそうだ。オレもいろいろ話したいけど、もう時間がない。


「ライス! やっていいぞ!」

「オッケー!」


 カイの呼ぶ声が聞こえ、返事をした。それからもう一度夏花ちゃんを見て、ウインクをして見せる。


「始まるよ」


 カイのいるほうに弓を向け、大きく弦を引いた。蛍のような光が集まり、弓に矢が現れる。


「行くよ!」


 弦を放す。矢が流れ星のように尾を引きながら輝き、まっすぐ飛んでいく。

 待ち構えるカイが棒を振り払う。すると、棒から黒光りする稲妻が放たれた。


 光の矢と闇の稲妻がぶつかり合い、ぱっと光が開いて散った。


 朝だからよく見えないけど、夜に見える夏花ちゃんの目なら、きっときれいに映っているだろう。色こそカラフルではないが、空に咲く花火が。


「たくさん行くよー!」


 弓を引き、矢を出す。そのまま力を入れていると矢がさらに増えていき、五、六本の束になる。一気に離すと、それぞれの矢が光をまとい、四方へ飛んでゆく。


 多すぎたかな? 心配をよそにカイが棒を大きく振る。するとさっきのような稲妻が枝分かれして四方へ走り、矢に当たって相殺する。


 おみごと。六つの花火が次々咲いた。


「きれい……」


 夏花ちゃんの声が聞こえた。見ると形がほとんど見えなくなって、胸の辺りで丸い魂が光り輝いている。未練が晴れ、川を渡れるようになったのだろう。


「よーし! 最後、大きいの行くよ!」


 うんと力を込めて、弓を引く。見せたい。最期に。


 空に咲く、大きな大きな一輪の花!


 飛ばした矢が大きく開いた。昼間でもよくわかった。そして光が蛍火となって上や下に漂い、別れを告げ、消えていく。


 隣にいる夏花ちゃんを見た。けど、もうその姿はどこにもなかった。三途の川を渡って、ったのだろう。

 最後の花火が見られたかどうかはわからない。けれども、さっき耳元で確かに聞こえた。


 ――ありがとう。


「どういたしまして。さようなら」


 三途の川の向こう岸を見ながら、オレは言った。

 心地よい風が吹き抜ける。桜の花びらが風に乗って、ひらひらと飛んできた。いつの間にか、川原に一本だけある桜の木が花を咲かせていた。風が吹く度にきれいに舞い、散っていく……。


 ゴンッ!


「いったー!」


 突然、頭を棒でたたかれた。振り返ると、やっぱりカイだ。


「なんだよあの最後の一発は! 本気でやっただろ!」


 怒っている。確かに最後の一発はうんと力込めちゃったし、大きかったな。夏花ちゃんのことばっかりで、カイのことあんまり考えてなかった。


「いやー、つい乗りで」

「なんだよ、乗りって……」


 カイがあきれ顔で言いながら、オレの横を見て、対岸を見た。


「逝ったのか? あいつ」

「うん。ちゃんと渡れたよ。ありがとうって」

「へぇ」


 そう言って、背伸びをした。


「徹朝出勤にもほどがあるな。早く帰って寝よ」


 もう翼を広げて飛び立とうとしている。


「あっ、待ってカイ! 夕飯、食べに行っていい?」

「はぁ?」


 きつくにらまれた。今日は多いな、カイに睨まれるの。そのまま断られると思ったけど、カイがちょっと考えてから言った。


「ま、食材持ってくるなら来てもいいが」

「やった! 絶対行くね!」


 いつもは、お前に食わせる飯はないって反対するのに。こういう時はカイの家に食料がない時だ。


 こうしてカイと別れた。さて、オレはもうひと頑張り! そう思って、うんと背伸びをした。

 風が吹き、また桜の花びらがここまで飛んでくる。風に身を任せゆっくりと舞う花びらの行く先に、白く光る魂がほうほうとたたずんでいた。



   *



 ところで、次の仕事へ行く前に、オレの心残りを晴らしておこうかな?

 ちなみにこれからのことは、美談嫌いなカイには内緒――。



   *



 オレはとある一軒家の前に立ち、呼び鈴を押す。しばらくするとガチャリとドアが開いた。


「どちら様で……?」


 中から女の人が出てきた。けれども辺りを見回して、首を傾げる。

 今オレは、彼女の目の前にいる。けれども翼を現しているから、彼女の目にオレは見えないのだろう。


「……あっ」


 彼女は不審がりながら、ドアを閉めようとした。けれどもふと足下を見て、動きを止める。

 彼女のひとみに映ったのは、玄関先に置かれた一輪のヒマワリ。

 彼女は身をかがめ、その花に手を伸ばす。震える指先でそっと持ち上げて、柔らかく花を包む。


「もしかして、……夏花?」


 彼女は自分の口にした言葉にはっとし、辺りをきょろきょろと見回した。家の前だけでなく、空を。澄み渡った青空の中、虚空を見渡す。


 ふと思った。これはオレ、うそを作ったことになるのかな?


 でも、言い訳っぽくなるかもしれないけれど、オレは玄関にヒマワリを置いただけ。それをどう受け取るかは、彼女しだいだ。


「オレができるのはここまでです。本当にあなたを救えるのは、あなただけですから」


 姿が見えなければ、声も聞こえない。それでもオレはそう言い残して、飛び立とうとした。翼の羽ばたきがそよ風となって、彼女の髪を揺らす。


「待って……」


 地面を蹴ろうとした時、不意に声が掛かった。彼女の目から、一筋、涙が流れる。胸に抱いたヒマワリを、きゅっと柔らかく握りしめている。


「ありがとう……」


 そう言って、彼女は笑った。

 オレは悪魔のように心は読めないから、彼女が何を思ったのかは知らない。それでもオレの目には、温かい笑顔が見えた。それを見て、自然とオレも微笑みを浮かべていた。


 地を離れ、翼を大きく羽ばたかせる。

 生まれた風が、胸のヒマワリを揺らし、彼女の涙をさらっていった。




   〈終わり〉

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天使と悪魔の未練晴らし 宮草はつか @miyakusa

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