2. 学園の惡し王
「ミカ様」
西日さす空き教室は王子が快適に暮らすためのほとんどがが備わっている。寝転がる用に天蓋付きのベッド、ソファ、果てはハンモックまでがそこにあり、隙間を埋めるようにびしりと植物が茂る。噂には聞いていたが随分自由にやっているらしい。これで寮長も務めているそうだから、寮室など実に思い思いだろう。
「妖精王子としての、大魔法存在として在って頂かないと。怠け者と呼ばれるのはわたくし、嫌です」
「どうやらお前は御国の正義の為、ここへ来たらしい」
王子は此方に一瞥もくれずぴかぴかの夕焼けの中微睡を堪能している。そして偉そうに(しかし偉いのだが)、「いいか、」と説きだした。
「サボタージュという言葉が世にはある。俺が実践して悪いわけなかろうが」
お淑やかにやっているとは期待しないまでもここまで傍若無人とは。聞けば授業もそぞろ、この教室か両室で寝ているばかり。王室にいた方がよほど勤勉だったことを指摘すれば、「俺は悪し王の子だぞ」と言い訳ばかり言う。これで成績も悪ければとうとう阿呆として国へ送り返せるものの、これでも一端の王子であり、頭脳明晰、魔力とあれば国を跨いで一番の出来であるから尚更始末が悪い。西の国はなかなか此方の大陸の情報に疎いため、それを良いことにやりたい放題である。
「御入学おめでとう、せいぜいお前も俺のように好きにやるといい」
嗚呼、ミカ様と目が合わない。
「お前と呼ばないでとお伝えしたはずだわ」
「"お前"は悪し王に物申すか!」けらけらと笑う。
「まだ、王じゃないもの」
「それでも、そうなる」
ミカ様はようやくその怠惰な上体を起こし、ふるりと身震いをすると黒黒とした翅がまたたきをしながら広がった。彼はずっと学園で翅をしまっているらしい。他の妖精族にはない、王の血族にだけ残る気高い妖精の翅。黒とは人間にとって闇を意味し、悪をも指す。けれども、そんな物差しには測れない美しさがそこにある。私は幼い頃からそれを眺めるのが好きだった。あなたが悪いものでないこと、どう言ったら伝わるかとずっとずっと考えている。
「なあ、」
王子が何かを言いかけた、その時。ガラガラと引き戸が鳴った。
私が振り向くより早く、ミカ様が翅を仕舞うより早く、人影はミカ様に駆け寄り、そして言う。
「なんて美しいのかしら!」
私が触れたことのない黒にその人影は手を伸ばす。少女だった。撫でてその肌触りを確かめてうっとりとした音色で微笑んだ。その両手には黒の鱗粉がうっすりと付いていて私は小さく悲鳴をあげる。ミカ様と、目が合わない。ミカ様はその少女を見ていたからだ。
「誰だ」
ギラリとその目が少女を睨める。少女は微動だにしない。強い視線をもろともせず、一歩下がってお辞儀をした。
「私、アンナと申します。でもきっと大事なのはこちらの名前。中つ国の乙女と言えばお分かり?」
乙女、中つ国の乙女。
乙女によって、乙女によって。
西の惡し王朝日に沈む。
しかし、でも、だって、その乙女はつまり、私のはずなのに。
中つ国のララ iz @12is_iz
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