繰り返す
「おはよう」
「おはよう」
ずっと体調を崩してた君が、元気そうだった。それだけで、嬉しくなった。電話でまた君の声を聞けて、僕は幸せになる。久しぶりに聞いた君の声は、元気があった。僕は安心して、なんだか涙がでそうになる。でもそれが恥ずかしくなってしまって。鏡に映る顔はほんのり赤くなってた。鏡の中の僕は、とっても嬉しそうだ。
「今日は一緒に行ける?」
「一緒に行こうさ。待ってるね」
鏡に映る姿は、彼女に見せられるような姿じゃなくて。髪はぼさぼさで、髭は少し伸びて不格好で。肌はカサカサしてて。髪を洗って、髭を剃って、顔を洗って。どうにか見られるような姿になったのを確認して家を出た。待ち合わせ場所には、君がいた。色のある世界に、見たことないくらい綺麗な君がいた。いつもの君が綺麗じゃないと言う意味じゃじゃなくて、いつも以上に。今の君が一番、綺麗だと思った。忘れることができない美しさを纏っていて。君の姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
「どうしたのさ?」
「いや、凄く綺麗で見惚れてた」
「そうやろ、今日は人生で一番だと思うくらい。化粧とかいろいろしたんさ。お前さんに喜んでもらうために」
「嬉しいよ。握ってもいいかな、手」
「手と言わず、触りたいだけ触っていいさ」
触りたいだけ、そうは言われても。大胆に触れることはできなくて。手を握って、髪を撫でて抱きしめて。最高に可愛い君を、最高に綺麗な君を。感じた。薄く花の香りがして、香りと共に君の記憶が脳裏に焼き付いた。
「そんなんでいいん?」
「あんまりここじゃ触れないよ。色々触りたいけどさ」
「意気地なしやなぁ。そこも好きやけどな」
僕の隣を歩く君は、僕に寄り掛かって。今まで触れたことのなかったところが触れて。君はわざとやっているんだろうか。大胆な君も悪くはないかなとは思う、好きだからっていうのもあるんだけど。この距離感が新鮮で、この時間が続けばいいと思うのに。僕の思いと裏腹に、時間は残酷にも進んでいく。楽しい時間は、光の速さで過ぎ去っていく。
「頑張るんやよ」
「君もね」
「お前さんの方が大変やと思うんさ」
「いつもだと思うけど」
「ちょい、近づいてくれん?」
「いいけど」
僕から彼女に近づいた。初めてのキスは彼女からだった。
「頑張るんやよ」
彼女は分かれ道を進んでいった。色あせた世界をただ一人で、地平線の向こうに消えていく。世界から色が消えていく。二人の世界が崩れていく。もう二度と同じ世界にはならない。記憶すら色あせて、錆びていく。二人で歩いた通学路は煌めいたのに。遠くに離れていく君は消えていって。世界は涙で塗りつぶされていく。キャンバスの線すらも流していく。真っ白なキャンバスが目の前に広がっていく。手に持ったスマホの画面には君から連絡が届いていた。
「さようなら、お前さんと会えて幸せやったよ」
1文字づつ画面から文字が消えて、最後の文字が画面から消えてから視界が反転する。あの日、君は。僕と分かれ道で別れてから。学校の屋上から飛び降りて死んだ。死に化粧を僕に見せて。世界から消えてしまった。会話の履歴だけが、君の存在した証。君と僕の、二人の記憶。色とりどりの思い出の、記憶。
腕時計の秒針は『キュルキュル』と音を立てて、歯車が僕の記憶を始まりに戻した。
世界の時間は進み、僕の記憶だけが戻る。死んだ君に会いたいとは願わない。君はもう死んでしまったから。触れることも、匂いを嗅ぐことも、見ることも、声を聞くこともできないけれど。
愛した君との記憶。愛する君のいた世界。それだけでいい、それ以外に何もいらない。君が死んでも、記憶が生きている。僕の中で君が生き続けている。君がいればいい。たとえ君の記憶しか残っていなくても。記憶のなかで生きている君を愛する。存在しない君を思い続ける。僕の愛は終わらない。君との恋は終わらない。何も終わらない。全ては巡る。色あせた記憶と共に。
またあの日の朝に───
「おはよう」
「おはよ」
問、そこに愛はありますか~あなたなら愛せますか?~ 幽美 有明 @yuubiariake
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