7 感動してても見逃しません

 魔国の首都……魔都のメインストリートは整然と区画整理をされていて、歩く人々はそれなりに多く、立ち並ぶ商店に出入りをしていた。

 その光景を、私は馬車の中からこっそり眺めた。

 リデルは周到に馬車を用意してくれていて、目立つ服装を気にせず場所を移動できる。

 千草とアルバートは使用人として別の馬車だ。


「初めて来たのはわかるんですが、そんなに楽しいですかねえ……」

 

 つまり今私はリデルと二人きりである。

 引きつった顔をするリデルに、私は笑顔で答えた。

 

「もちろんよ! ずっと見てみたかった風景が現実にあったら笑顔になるでしょう!」


 ゲーム画面の背景としてずっと眺めていたものが実際に匂いと音と一緒に味わえるのは幸せなことなのだ。


「ねえ、広場の前を通れないかしら! あそこには魔界の英雄や歴代の王様の像が建っているんでしょう? 有名な観光地だと聞いたわ!」


 どうせ後で自分の足で見に行くつもりだけれど、せっかくなら通って欲しい。

 わくわくと期待に満ちた顔でリデルを振り返ると、彼はなぜか苦しそうな顔をした。


「よく知ってますね、それなら、もうすぐ通り過ぎますよ」


 私は少し引っかかったけれど、もうすぐといわれたので窓にかじりつく。

 リデルの言うとおり、ざわざわとした人混みの中から、素晴らしい石畳で舗装された広場が見えた。

 嬉々として眺めていた私は、しかし違和を覚える。


 背景イラストにあった通り、多くの石像が並んでいた。

 遠くに見える神殿前に建っているのは、魔界を守護したと伝えられるカーライル神だ。そこから、魔国を守護してきた英雄達の像が並んでいるのが。ゲーム内での説明だ。

 馬車がある道路から見える範囲にあるのは、最も新しい英雄である今代の王様バラクのはずだ。

 ゲーム内の魔国の王バラク・ロヴスランは、人界でいうところの獣人だ。

 獅子の耳と尻尾を持った青年であり、ゲーム内では、魔国を統一した有史以来最も偉大な王として讃えられた。

 ビジュアルもエモシオンファンタジー恒例の「なぜここに力を入れた」という獅子耳長身イケメンの立ち絵が付けられていた。公式絵師様筆が走ってるぅ! と私も拍手した。

 その素晴らしい王っぷりには多くの勇者が国民を名乗ったものだ。

 予想通り、魔王バラクの石像が建っていた。


 だけど私はその隣に、別の像も見つける。

 頭頂部に一対の真っ直ぐ伸びた角を持った美しい女性だ。石像なので色彩はわからないが、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 既視感を覚えた私は眉を寄せる。


「ねえ、バラク王の隣にある像は誰かしら」

「なんでお会いになられたこともないのに、バラク王と知って……ああ、そうかあなたは未来を知っておられたんですな」

 

 リデルは重々しいため息をついて納得を見せた後、すでに通り過ぎた広場を目で追った。


「あなたが見たのは、おそらくルルティス様ですよ。十年前に魔国宮廷に現れて、予言の力によって魔国を平定しその功績を讃えられた結果、民衆の熱い要望によって立てられたんです」


 ルルティス、と聞いて思いだした私は、驚きに目を見開いた。


「カーライル神殿の巫女長ルルティス……?」

「人間界では随分秘された神だと思うとりましたが、カーライル神と神殿の存在までご存じとは思いませんでしたな。もう驚くのもおかしいですかね」


 疲れたように苦笑するリデルに、私は肩をすくめて見せる。


「私もすべて知っているわけではないわ。あなたに事前に話した通り、私が知っているのは数ある道筋の中で、一番確実に魔神討伐に繋がる道筋だけなの」

「ルルティス様も、似たような事をおっしゃっとりましたわ」


 その言葉で、私は目を細める。

 リデルは見透かそうとでもするように私を覗き込む。

 

「プレイヤーというのは、破滅の未来を変えようとしている者のことだと思っておりましたが、違いますのやろか」


 「破滅の未来」という単語に、私は表情は変えないようにしながら、めまぐるしく思考する。

 やはり、腹心をやんわり引き離したのは、こちらを探るのが目的だったかと納得した。

 リデルはまだ私を信用していない。それはおそらく私がプレイヤーだからだ。

 現状リデルがどの立場に居るかわからない。

 敵か、味方か。有益か、害悪か。

 もしこの場にアルバートが居たなら様子を見るべきだと言うだろう。

 けれど私にとってリデルというキャラクターを知っていて、ここでも彼と付き合ってきた。

 全部が全部同じではないけれど、彼の本質は変わっていないように思える。

 だから私は慎重に質問に応じた。


「私はすこし違うわね。魔神によって破滅するこの世界が、魔神に勝てる道筋に導くために働いてきたつもりよ。あなたはそれが不満かしら?」

「いいや、この魔国は遠からず行き詰る事は、魔族全員が多かれ少なかれ思っている事です。カーライル神の預言を頼りにバラク王も模索して来たんですからね」 


 この魔界は、魔国という一つの国を旗頭に様々な種族が集まった国家だ。 

 彼らが信仰するのは、カーライル神。人界ではイーディスの影に隠れてしまっている男神だ。彼が残した預言のために、バラク王は長年人界に行く手段を研究させて、密かに人界へ入り込み、勇者と聖剣を探していたのだ。その役割を負ったのがリデルである。

 ……というのがゲームの背景だ。


 今回はその中に「プレイヤー」を探す任務が入っていたというわけだろう。

 にしても、リデルがプレイヤーという単語を知っていたことから、バラクがプレイヤーかと予想していたけど、様子が少し違うようだ。

 

「もしかして、プレイヤーという単語を教えたのは、ルルティスかしら?」

「……私は直接聞いたことはありません。ただかつてバラク王から、ルルティスが自称していたと聴きました。ゆえに神に繋がる特別な予言者達がそう名乗るものではないかと王は考えておりましたよ」


 なるほどね。と私はもう遠ざかってしまったルルティス像を横目で見る。

 リデルは話柄を変えた。

  

「ともあれ、こちらの常識を知らんあなた方に、すぐに謁見は無理です。準備を整える間に、講師を付けますので、失礼のない程度に作法を覚えといてください。退屈でしたらある程度街を見て回ってええですから」

「ほんと!?」

「え、ええ……でも人族とほとんど変わらん人種がいるとはいえ、目立つようなことはやめてくださいよ。常識の範囲内に収めてください」


 よっしゃ言質取れた! 頭を悩ませる必要がなくて助かるぞ!

 喰い気味に確認する私にリデルは顔を引きつらせて一応釘を刺された。

 もちろんだとも。うきうきしつつ、私は馬車の揺れに身を任せたのだ。


 

 *


 

 私達が滞在することになったのは、リデルの屋敷だった。高い塀に囲まれた大きな平屋で中には中庭や池もあった。

 ゲームで知ってたけどリデルは結構な重鎮として重用されているのだ。

 なにせゲーム設定では王様直属の事務官だからな。しかもかなりのお偉いさん。

 もちろん、部屋もたっぷりあって、私達はアルバートや千草、私がつれてきた使用人達も含めて泊まれる分だけの部屋を気前よく貸してもらった。 


 部屋に落ち着いた私は、早速アルバート達を集めて、リデルから聞いた話を伝えた。


「と、いう訳でバラク王と謁見するまで自由時間になりました。その間に情報収集をして状況を把握したい。バラク王は油断ならない相手よ。なにも下準備無しに会ったらたちまち呑まれるわ」

「ではどういたしますか」

「情報が欲しいわ。この国のこと。バラク王のこと、なによりルルティスのことを」


 この国は私が知っている魔国の知識と違う。だから、その違いを明確にしたいのだ。

 やるべき事は一杯である。

 千草もまた、しっかりと頷いて言った。


「主殿は城に入るために、勉学が必要であるからな。動けない分、我らで手分けして情報を集めよう」

「え、もちろん私も合流するわよ」


 千草はうさ耳をぴんとさせて驚いた。が、私としては何をというものである。


「だ、だが高貴な者に対する作法は」

「それくらいで諦めるつもりはないわ! 謁見でぼろを出さないのと同じくらい、魔界観光は! 絶対に! 外せないのよ!」


 私が力説すると、千草は大丈夫かと心配そうにオロオロする。アルバートはすっと仕方なさそうな顔をしながら言った。


「彼女はやると決めた事は曲げないからな。特に好きなものがらみには異様なほどの力を発揮する」


 異様とは失敬な。馬の前ににんじんをぶら下げられるように、ご褒美が見えればやる気が満ちあふれるだけだもの。

 

「まあ、それはともかく。みんなで思いっきり遊んできてちょうだい?」


 にっこり微笑んで提案すると、アルバート達はそれぞれに呆れたような顔をしつつ、頭を下げてくれた。

 

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悪役令嬢は今日も華麗に暗躍する 追放後も推しのために悪党として支援します! 道草家守 @mitikusa

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