食欲処理係十七号

登美川ステファニイ

飢えた獣たち

「めぇ~~」

 自分の口からあふれ出るものを止める事が出来なかった。乱暴に千切られる体。調味料を浴びせられ、ガブリと噛みつかれる感触。包丁が体に差し込まれすっぱりと切り取られていくヒヤリとした感覚。僕の体で、彼らは食欲を処理している。

「ひひっ、こいつフカフカしてるだけあって最高の口当たりだな」

「ああ、それにしっとりとして適度なもちもち感がある。食べ応えもあるしソースとの相性も抜群だ」

「何言ってる。焼きそばを挟んでみろよ。これこそご馳走って感じだ」

 薄暗い体育倉庫室で、彼らは思い思いに僕の体を貪っていく。そう、文字通りに貪っているのだ。僕は床に押し倒され手足を抑えられ、かれこれ一時間近く彼らに体を食べられ続けている。一時間の食べ放題コースじゃないんだぞ。当店、ラストオーダーです。さすがにこれは困ってしまう。

「お、お願い! もう堪忍して! 明日の分も残しておかないと!」

 必死で叫ぶ僕の顔を見て、三人の学生さんはにやりと笑った。

「へへへ、明日なんかあると思ってるのかい?」

「お前はここで全部食っちまうよ。何せこんなにうまいんだからな……」

「そうそう。残ったらタッパーに詰めて持って帰るよ。うちのポチにも一口食わせてやりたい」

「ひぃえぇ~僕は人間用に作られているからペットへの餌やりには向かないよ~もちもちの生地がのどに詰まる可能性もあるよ~」

「何だって? そいつはよくないな。じゃあ俺達だけで楽しむとするか……ひひひ」

 そう言って彼らの食事は続いた。僕はその間何もできずにただ食べられるだけだった。しかし、それが僕の仕事なのだ。

 食欲処理係十七号。それが僕だ。近年問題となっている貧困家庭での食事の問題……栄養の不足、カロリーの不足、栄養の偏った食事、そういった問題を解決するために僕は生み出された。

 僕の体はふかふかのお饅頭のような生地で出来ている。内部には原子力電池が埋め込まれていて常に発熱し最適な生地の温度を保っている。食べられた肉体は、通常は栄養タブレットを摂取して再生する。でも空気中の微量な有機物からも肉体を再生することができるので、災害などが起きた地域での活動も行なう事が出来る。

 そんな僕だけど、まずは学校への配備が実施された。小学生の時の食生活の乱れや不足は影響が大きく、一生涯に渡る影響をもたらすこともある。だから小学生の食欲を満たすため、僕は公立ケルベロス小学校に配備されたんだ。

 ところが……さっき見てもらったように、ここの児童というのはちょっとたちが悪い。僕で食欲を満たすのはいいんだけど、それはどちらかというと生存の欲求に根差すものではなく、僕という反撃のできない弱者、奪われるがままのか弱い存在への嗜虐性によるものだったんだ。

 かと言って僕は抵抗する術を持たない。反撃しようにもふかふかの饅頭の体では、体当たりしてもパンチしてもフカフカするだけだからね。

「へへ、見ろよこの生地。一番奥までしっとりして手に吸い付いてきやがる……」

「あぁ、めぇ~! 僕の生地は食欲研究所で十年間研究した末に辿り着いた特製生地なのぉ~」

「どおりでいい生地してやがる……おっと、じゃあこの辺りにバターを塗って食わせてもらおうかな」

「俺はずんだ餡を挟んで食うぜ」

「めぇ~! 僕の生地は和洋中のいずれにも合うように絶妙の調整がされてるんだめぇ~」

 僕は生地を一気にむしり取られた反動で、体がビクビクと魚のようにはねてしまう。その様子を楽しむように彼らは僕の体をなおも貪っていく。まずい。このままじゃ明日の分がなくなってしまう。

「ちょっと、あんたたち! 何隠れて食べてるの!」

 ガラリと体育倉庫室の扉が開かれ、逆光の中に浮かぶシルエット。そう、まぎれもなく奴さ。めぇ~!

「げっ! 委員長!」

「何でここが分かったんだ!」

 腹ペコ三人衆は僕を食べる手を止め、現れた委員長に狼狽する。助かった。ありがてえ、ありがてえ。めぇ~。

「十七号君が控室にいないと思ったら、あんたたち三人までいない。だったらあんたたちが十七号君をいじめてるってことくらいすぐ思いつくでしょ! まったくもう!」

 委員長は腹ペコ三人衆を睨みつけながら言った。委員長の目に映るのは食事の後……散乱する僕の生地やソースなどで汚れたマットレス。僕は自分の恥部を見られるような思いがした。

「い、いじめてなんかねえよ……なあ?」

「ああ、そうだぜ。俺達はちょっと……有り余る食欲を処理してもらってたんだ……ひひ」

「そうさ。こいつはその為にいる。違うかい、委員長?」

 下品な笑みを浮かべながら腹ペコ三人衆は言った。反省の色なんかない。こいつらの頭にあるのは如何にして僕を食いつくすかって事だけなんだ、きっと。

「十七号君は確かに私たちの食欲を処理するためにいる……でもちゃんと節度を持って食べないといけないでしょ! 何よ、マットに押し倒して寄ってたかって三人で……! 恥を知りなさい!」

「ちっ……しょうがねえ。今日の所はこのくらいにしといてやるぜ、十七号」

「今度こそたっぷりと味わってやるぜ。特濃ソースでな」

「ひひ、楽しみに待ってな」

 腹ペコ三人衆は捨て台詞を吐いて去っていった。良かった……ひとまず今日は助かった。これ以上食べられたら再生できなくなってお払い箱にされるところだった。

「あ、ありがとうめぇ~。 これ以上食べられたら大変なことになってたかも?」

「そう、良かった。まだ標準体積の半分以上は残っている……再生は十分に可能よ」

 委員長の手を借りて僕は立ち上がる。やれやれ。随分乱暴に千切られたり齧られたりしたから再生した後で表面を均しておかないと。

「困ったものね、彼らの食欲にも……」

「そうだね。しかも彼らは特にお腹が空いているんじゃなくて、ただ単に僕を食べるのを楽しんでいるだけ……本来の目的から外れてる」

「あら、そう? 食事には楽しみという目的もあるわ。例えば、こんな風にね!」

 ボゴォ!

 僕の胸に委員長の手がめり込み、一気に背中まで突き抜ける。

「め、めぇ~! な、なにを、するんだ……」

 委員長は僕の胸に腕を突っ込んだまま、優し気な笑みを浮かべ答えた。

「あなたの生地のうちで最もおいしいのは最深部のこの位置……彼らは表面ばかりを食べていたけれど、ふふっ……何もわかってないのね。所詮は子供……」

 そう言い、委員長は僕の胸に突っ込んだ腕を引き寄せ、抉り取った僕の生地をムッシャムッシャ食べ始めた。

「ボフォォ! これよたまらないわ! 最高の食感! あなたの最深部だけを切り取ってプール一杯にしたいわ! そして私は進む……食欲のオールで、この完璧な食べ物の海を渡り最高の食事体験に至る……!」

 恍惚とした様子で委員長は僕の生地を食べていた。めぇ~。ここにまともなやつはいないのか。

 僕は貪られることに慣れるだろうか。慣れなければならない。それが使命だもの。地獄の猟犬にも似た大勢の小学生を相手に、僕は頑張ります。めぇ~。


 とっぴんぱらりのぷう。

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