第8話 断るといいよ

「11時に予約した駄猫ですがー」

 

 お店に到着したおじさんは、なんかこう子供たちがワラワラと遊んでいる店内に突入する。ざっと店内を見回すと結構な数のお客さんが入っている。午前11時だと、お店が開いてから時間がたっていないと思うのだが。


「いま担当営業が別のお客さん接客中なので、私が案内しますねー」


 車屋おなじみのグレーの鍵の入った箱を持って、店長が出てきた。うん、車が見れたらだれでもいいんだ、はよみせて。


「これですー」


 展示場に置いてあるシルバーのN-WGN、ターボなしのホンダセンシングLとかいうグレード。正直、国産車にほとんど興味がないので、それがいいのか悪いのかわからないが、ぱっと見て気に入った。


 となりのN-BOXよりだいぶん背が低いのがいい。おじさんはタテなのかヨコなのかわからない、分厚いお肉を焼いて食べるのは好きだが、タテの方が横よりだいぶん長いスーパーハイトワゴンは苦手なのだ。


 こけないあれ? だいじょうぶ? コテンっておなかみせたりしない? ヨーシヨシヨシってムツゴロウさんしなくても大丈夫?


「えーと、ホイルキャップに傷があるんですよ、どこだっけ?」


 店長が評価表を手に傷を探すもみつからない。おじさんも探すがみつからない。


「うん、みつからんならいいや、次行ってみようか」


 見つからない程度の傷とかないのと一緒である。


「えーと、スカッフプレートに傷が」

「この足で踏むかもしれないプラ部品の? この線傷?」

「ええ、そうですね」

「俺がのったら、三日で倍にする自信があるので、へいきへいき」


 日本人、中古車に厳しい、おじさんは猫だからね、気にしない。


「ナビは一番いいやつで、AppleCarPlay対応です」

「おお、ええやん」

「あ、どぞどぞ、エンジンかけてみてください」


 鍵を持ってたらボタン押したらかかるやつですね、ブレーキ踏んでオン! ぶるるん! うん3気筒のしょっぱい軽四の音だ。


「普通の軽四やな」

「めっちゃ普通の軽四です」


 内装はいい感じに安っぽいけど、へんに高級感を出そうとしてないのがよい、茶色と薄ベージュと白でこう、どっかで見たことある。ああうん、これはあれだわIKEAの家具。嫌いじゃない、安いけどしゃれててよい。外装もかおがよい、機嫌のわるい寝起きのタヌキみたいなフェイスがよい。


「安いなこれ」

「ええ、おととい値下げしたばかりで、値下げ前は133万でした」

「ああ、それで駄猫の検索の範囲にはいらなかったのか、車体120で探してたから」

「マイナーチェンジするので、試乗車につかえないんですよね」

「ああなるほど」


 ざっと見たところ、匂いまで含めてほぼ新車といっていい。うんいいなこれ。


「お客様の後にも何人か見たいという予約が入ってまして」

「ああ、断るといいよ、かわいそうだから」

「え?」

「いや、これ買うから、あとの人断り」

「えっ?」

「えっ?」


 もはやスナック感覚で軽四を買うおじさんであった。

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”ぽん太号”とゆく軽自動車生活 尾野灯 @Nukogensan

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