Epilogue.医療隊


 戦場にいた。旅人族界エル・ノマドへの襲撃だ。


 緑豊かな山岳地帯に現れた機械獣ビスキウスの群れを探求者シーカーたちが迎え撃っている。


 共に戦線を支えている白髪の少年に久遠は声をかける。


「ウィズ、突っ込みすぎるな。時間を稼げ」

「了解です」


 髪を染めるのを止めたウィズはいつもの外套を纏い、その白色アンノウンの髪の下で、怜悧な翡翠色ヤーデの瞳を敵に向けた。


 見上げるほどに巨大な四足型の機械獣ビスキウスを相手どる久遠とウィズは苦戦を余儀なくされていた。


 相手の攻撃自体は鈍重なのだが、一撃一撃が重いのと、異常なまでの耐久力のせいで決め手に欠けている。


 ジリ貧の長期戦となってしまった挙げ句、久遠たちと共に配置された他の隊の大半がすでに救命石を発動させてしまっている。残り時間を考えても、急ぐ必要があった。


〈セツナも引き続き羽根で援護してくれ〉

〈了解!〉


 距離を置いて背後にいるセツナに、耳飾りピアスを通じて指示を与える。

 周囲を舞っている羽根から伝わる烽戈ふかによって身軽になった久遠とウィズは、地形すら変えてしまう機械獣ビスキウスの攻撃の嵐にひたすら耐え続けた。


「みんな、おまたせ! 助太刀するねっ!」


 やがて、耐えに耐えて待ち続けた者が、声も高らかに現れた。


 機械獣ビスキウスの巨体。そのさらに上空に現れた人影が、凄まじい威力を伴って拳を振るった。


 ぐらりと傾いだ漆黒の巨体が、地響きを立てて倒れる。

 辺り一帯を砂埃が包むのにも構わず、華麗に着地したその人影は隻腕を、倒れた機械獣ビスキウスに向けた。


 その掌から放たれた高火力の爆発に、久遠たちは視界と聴覚を奪われる。


「あれ? おかしいな——っと」


 あれほどの烽戈ふか術にも関わらず機能を停止せず、なおも暴れる機械獣ビスキウスから距離を取るように飛びすさった一人の少女が、久遠とウィズの近くに着地した。


「ごめんなさい、久遠兄! 倒せなかった! これ以上火力を上げると地形変わっちゃうけどどうする?」


 ようやく視界が戻ってきた久遠が、となりの少女を見る。

 一人だけ別行動を指示していたのだが、やはり問題はなかったようだ。怪我がないのはもちろん、別の戦場を抑えてきたばかりだというのに体力にも問題はなさそうで、あふれんばかりの烽戈ふかが身を包んでいた。


「やけに早かったな、那由」


 姉である千瀬の隊の一員であり、久遠の妹でもある那由だが、今は久遠たちと同じ主題の隊服を着ていた。


「久遠兄とセツナさんの隊での初陣だからね。はりきってるんだ、わたし!」


 もはや片腕を失っていることへの悲壮など微塵も感じさせない朗らかさで那由が言う。


「それは重畳だ。でも油断はするなよ」

「了解っ、隊長さん!」


 分かっているのか怪しい調子の那由だが、その実力は折り紙付きだ。今回の頑丈な機械獣ビスキウス相手にも見事勝利してくれるに違いなかった。


「那由はウィズと連携して機械獣ビスキウスを破壊しろ。ここ以外の戦場も優勢だ。返還される旅人族の大地を可能な限り傷つけないようにな」

「わかった! いこう、ウィズくん」

「了解です。おれの烽戈ふか術で攻撃の範囲を限定します。ナユ、くれぐれも先走らないでください」


 息の合った調子で飛び出していく年少組を見送る。


 今回の戦場は旅人族ノマドにとって聖域とされる霊山が巻き込まれているらしく、珍しいことに旅人族たちも積極的に参戦していた。

 機械獣ビスキウスを倒すだけでなく、土地を守って旅人族界に恩を売っておくのは、後々役立ってくれるだろう。


「……久遠くん。また悪い顔してるよ……」


 いつのまにか隣に来ていたセツナが、呆れ顔で言った。


「何の話だ? それより俺たちは二人で烽戈ふか球体が発動した連中を治療するぞ。片っ端から救って、俺たちの存在を上層部に認めさせてやる」


 医療隊結成を目標に掲げてからの久遠は、人が変わったかのように精力的に隊長として振る舞い続けている。

 もともと切れ者だった久遠が、いよいよ手段を選ばず目的を遂行しようとする様に、さしものセツナも戸惑いを隠せないでいるようだ。


 つい先日も「俺たちにはもっと火力のある探求者シーカーが必要だ。誰か引き込むぞ」と言い出した久遠は、セツナとウィズが学園でめぼしい人材を探っている中、なんと故郷の鬼族界エル・オウガから那由を連れてきたのだった。

 今は借り受けている状態だという那由だが、久遠は完全に自分たちの隊に引き込む算段を着々と進めているところだ。


 那由の隊長でもある千瀬と一体どのように交渉したのか不思議がるセツナとウィズを前に、久遠は不適に笑んだもので、ますますシエルに似てきているとセツナに言われる有り様だ。


「久遠くんに続いて、那由ちゃんまで千瀬さんの隊から引き抜くなんて……。さすがの私も申し訳なくなっちゃうなぁ」


 セツナが溜息交じりに小さく呟く声が聞こえた久遠だが、セツナが何を遠慮しているのか分からないといった心持ちだった。


「その程度のことで気後れしてどうする。医療隊を正式に認めさせるためにはまだまだ問題が山積みだ。使えるものは何でも使う覚悟でいろ」

「うん、まあ……そうよね」

「それにな、姉さんの隊はまだまだ戦力的に十分すぎるし、朱桐家には他にも猛者が大勢いるんだ。そもそも、あの姉さんが何の策もなく、自分の隊を衰退させるはずがない。絶対に何か考えがあって那由を貸し出しているはずだ。俺たちも無慈悲にいって丁度良い」


 姉と真っ向からやり合う気まんまんの久遠の前に、セツナもようやく腹が据わったように力強く頷いて見せた。


「うん! 那由ちゃんが入隊してくれたら心強いわよね」

「その意気だ」


 二人並んで迅速に患者の元へ駆け寄る。


「久遠くん、この患者さん、烽戈ふかの過剰供給で心臓が損傷しているわ。この前教えた通りに処置してみて」

「了解だ」


 最近では自らも医療を学んでいる久遠が、手際よく救命石のを解除して処置を始めた。


 セツナはそれを補佐しながら、鋭い眼差しで久遠の手際を見守る。


 ウィズと那由が戦う轟音が響いている。それを遠くに感じながら、久遠はセツナと共に極限の集中状態に飛び込んだ。


 ——絶対に助ける。帰ってこい。


 そんな強い想いにただただ突き動かされていた。






 ——ドクン。

 またひとつ、心臓が鼓動した。

 かつての奔流を忘れた穏やかさだ。それでいてあのころ以上の力強さで鼓動は繋がっていく。

 さながら、生きろと告げる声なき声だった。

 思わず笑みがこぼれた。

 どうやらこの身体は、今日も生きようとしてくれるらしい。


fin.

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ON-BEATER 葛史エン @enkzm

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