◆ 球団の巨象

「終わったよ」双眼鏡から目を外し、ゾウは言った。

 二トントラックが軽自動車に突っ込み、軽自動車は川の底に沈んでいった。それ以上先を見る必要はない。

 ゾウはデパートの屋上の手すりにもたれ、双眼鏡をライダースジャケットにしまった。フルフェイスのヘルメットは被っていなかった。視界の先では、戦隊モノのヒーローショーと、それに声援を送りながら手に汗握る子供たちの姿が映っていた。

「ミスター・Mは川の底」ゾウはボイスチェンジャーが内蔵されたイヤフォンマイクに囁く。「すべて計画通りだ」

「それを聞いて安心した」鼓膜に、百合餡の声が聞こえた。「ねえ、マコトだからミスター・Mって、何かなかったの? 選手名くらいあげてもよかったんじゃない?」

「こうなることがわかっていたのに? 考えるだけ無駄さ」

「それはそうだけど……」

「軽自動車からは、探偵を刺した包丁と、参議院議員を撃った拳銃が見つかる。それを持ってトライアウトに臨むようにと条件を出した。彼はそれを完遂しただろう。他に何を望む?」

「今夜の食事の相手」

「奇遇だな。私もそれを探していたところだ」

「和食のお店を予約しているの」百合餡は有名料亭の名前を口にする。

「驚いた。君からそんな高級料理店の名前を聞くなんて」

「あら、和食はお嫌い?」

「いいや。大好きだよ」

「十八時に集合ね」

「君にしては早いな。マリーンズの試合開始時刻と同じだ。料亭の個室にはテレビがあるんだね?」

 百合餡は少女のようにクスクスと笑う。「正解。ご褒美に、食事は私の奢りでいいよ」

「まだ続きがありそうだ」

 百合餡の笑みが見える気がした。「頼みたいことがあるの」

「そんなことだろうと思ったよ。それはプライベートな頼みかな? それとも〈球団〉の頼みかな?」

「どっちの方が好み?」

 ゾウは声を出さずに笑った。プライベートと仕事の区別など、あっただろうか。

 二人はしばらく談笑し、電話を切る。

 ヒーローショーはいつの間にか終わっていて、家族連れが帰っていく。ゾウはその群れに紛れ込む。

 

 

 

                                     了

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球団の虚像 京弾 @hagestatham

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