料理人と半夢魔と。あるいは越境邂逅。

此木晶(しょう)

料理人と半夢魔と。あるいは、越境邂逅。

 あー、夢だなと思った。目が覚めてその場で。いや、夢の中で覚醒するってのも変な話だが、そうとしか言いようがなかったのだから仕方がない。かつ、夢だと確信したのもほぼ直感だ。これも、そう思ったからとしか言いようがない。まあ、いつの間にか見覚えのない場所、四角い、窓も扉もない部屋にいたらまず夢と思うか、自分の正気を疑うかだろう。で、俺は夢だと思った。理由は直感だが、すぐに正しいと証明された、と言っていいんだろうか。正直疑いだすと限がないんだが。そもそも俺はギルドの厨房でみたらし団子を作っていたはずなのだ。頼まれたのはよかったんだが、御所望だったのが、モチッでもカリッでもなくフワッとした食感というのが問題だった訳で、遅くまで厨房で試行錯誤をしていた。

 米粉に油を混ぜたり、焼き方を変えてみたりと色々手は尽くしてみたのだが、どうしても望んだ食感が出せない。いい加減行き詰まって、そこから先の記憶が曖昧という事はおそらくどこかで居眠りをしているってことなのだろう、現実の俺は。

 まあ、とにかくだ。

 部屋の中には俺のほかにもう一人いた。俺と同じように泡を食った様子を見せていたんで、多分同じような状況だったんだろう。ただ向こうはすぐに落ち着きを取り戻したみたいだった。

 男だと思う。線は細く、華奢ではあるが、服装―絹にしては光沢過度な―から判断すれば。ひょっとすると男装の麗人という可能性は否定できない。年齢は低そうだ。態度や纏う雰囲気に比べて幼い、男というよりも少年というべきなのだろう。鼻にシワを寄せこめかみを押さえている姿はいっそ可愛いと表現したくなる。

「一つ聞きたいんだけど」

 想像していたよりも低い声だった。それでも十分中性的な声だと思ったんだが。

「まあ、あくまで念のための一応の確認になる訳だけどね。あんた、吸血鬼みたいな人以外の何かって事はないよね?」

「当たり前だ人間以外の何に見えるってんだ」

「だよねぇ」

 妙な事を聞いてきた割にあっさりと受け止めて、なのに困惑とは違った意味で顔に憂鬱を刻んでいる。

「確かに夢が大本で全て繋がっているというのは認めるけどさ。だからと言って世界まで越境するってのはあまりにいい加減が過ぎると思うんだけどね」

 ブツブツと少年は呟いているが、俺にはさっぱり意味がわからない。が、俺よりは事情が分かっているんじゃないかという気がした。因みにこれも勘だ。

「何にいってんだ?」

「いやー、こっちの話。ちょっと世界の理不尽さ加減を嘆いていただけだから気にしなくていいよ」

「そうか。だったらこっちの質問に答えてもらおうか。あんた一体何者だ?」

 言いながら腰に下げた包丁を確認する。今更ながら目の前の少年の異常さに気付いたってのもある。良く考えれば、いや良く考えなくとも、この状況は色々とおかしい。夢を夢だと自覚する事はあっても、その中で明らかに他人と会話をするなんてのは普通ありえない。夢ってのはあくまで自分の心だけで構成される己の心の写し身だ。にも拘らずそれがあるとすれば魔術に囚われたか、その相手が夢に潜み悪夢を見せその苦しみを糧とするモンスターか、だ。

「俺? 俺はもり……じゃない。人畜無害な無印半夢魔だよ」

 動いていた。言ってしまえば、夢魔なんて一生に一度出会うかどうかの上位モンスターだ。とんでもねぇ。俺なんか十に一つも勝ち目などない相手だ。よりにもよってと思わなくもない。だが、為すがまままな板の鯉に成るつもりなどサラサラない。

 すれ違いざまに首に包丁を叩き込む。手応えはあったように思う。勢いを殺さずターン。もう一撃、頭蓋を叩き割るつもりで振り下ろす。空振り。夢魔の少年の姿はそこになかった。

「いいんだけどね。あんたの世界で夢魔ってのがどういう扱いなのか分からないからさ。それでも、いきなりというのは乱暴に過ぎるとは思うよ?」

 いっそ茫洋とさえ言ってもいい声音が後ろから届いた。振り返る。離れた、何故か部屋が広くなっている、場所に夢魔が同じように佇んでいた。もう一度構える。

「待った。ちょい待ち」

 夢魔は降参というように両手を挙げていた。

「痛めつけられて喜ぶ趣味も痛めつけて喜ぶ趣味も、生憎持ち合わせていないからね。出来ればそのままじっとしててもらえると嬉しいかな」

「勝手な言い草だな」

「自覚はあるけどね。特に危害を加える気もないから大目に見て欲しいってのが本音かなぁ。正直に言えば、あんたの攻撃に当たらない自信はあるけど、それをやるとしんどいからあまりやりたくないってのもあるけどね」

 構えを解く。敵意はないと判断。が、気は抜かない。敵意はなくとも害意を持つのは容易であるし、そうでなくともそうでなくともこの夢魔は得体が知れない。

「一応信用してやるよ。で、なんで夢魔がこんな所を目的もなくフラフラしてるんだ?」

「ふらふら、か。否定できないのが痛いよなぁ」

 苦笑いを浮かべる夢魔は酷く人間臭かった。

「月並みな言い方をすれば迷子な訳なんだけど」

「はぁ?」

 我ながら間抜けな声だった。負けず劣らず間抜けな表情をしていただろうと思う。いやでも、迷子だぜ、迷子。

「俺だって来たいと思って来た訳じゃないっての。手違いか間違いか勘違いかは知らないけどね。もしくは半信半疑なんだけどね、世界を越境している以上何処かの誰かの気の迷いかもね」

 大げさに肩を竦めて見せる。相変わらずこの夢魔が言っている意味がよく分からない。そもそも。

「世界を越境ってのはどういう意味だよ」

「要するに言ってしまえば俺とあんたは別の世界の住人って事だよ」

 何言ってやがるコイツは。俄かには信じられない事をぬかしやがった。

「信じてはもらえないと思うけどね。個人的には信じて貰えるととても有り難い訳だ」

「つまり何が言いたいんだ、あんたは」

「そうだね、あんたは俺に質問したろ。だからあんたも俺の質問に答えて欲しいね」

「いいぜ。言ってみろよ」

「あんたは誰だい?」

 どういう意味なのか、咀嚼するのに若干時間を要した。

「見たまんまだろ。料理人だ」

「あーー……。悪い、言い方が不味かった。何て言えばいいのかな。夢ってのはさ、根っこの部分で全てが繋がっているのさ。けど、世界まで違っているとなるとそう簡単に行き来なんてできやしない」

「で?」

「そうだね。例えば世界は丸いか、四角いか。魔法が当たり前かどうか。技術レベルは? その一つ一つの差異はささやか、かもしれないけれど、塵も積もれば山と為り、ズレは断層となって世界の間に横たわる。だから世界は繋がらない。ズレを埋めてやらない限り。いやそもそもズレがあることにさえ気付かないから繋がらないのかな?」

 勝手に自己完結した。いやだから、できたらもっと具体的に質問してくれないか?

「怖い顔しないで欲しいかな。こっちは逃げたくても逃げられもしないんだから」

 そうして夢魔は腕を組み、眉を寄せ『うーん』と唸るとやがてポンと掌をあわせた。

「よし、これにしよう」

 パチンと指を鳴らす夢魔。と、イスが二つ向かい合わせに現れた。ついでに小さなテーブルも。

 いや、今更驚きゃしないけどな、相手は夢の中なら何でもありの夢魔だし。

「一応半夢魔だからね。ま、取り敢えずはそこに座ってよ。話はそれからだ」

 促されて座るが、思いの外すわり心地の良いイスに驚きを抱く。何だこれ。体重かけると腰掛が沈むくせに、ただ沈むんじゃなくてその分きっちり反発してきやがる。これ一個欲しいかもとか思ってしまった。

「さっきの質問は置いておくとして改めていいかな? 話を聞かせて欲しいな」

「話? どんな。おとぎ話でもしろっていうのか」

「それはそれで面白いかもしれないけどね」

 苦笑いを浮かべつつ夢魔は続ける。正直な所を言おう。俺は目の前の夢魔に対しておかしな親近感を抱き始めていた。何がどうとは説明できないが、多分共感。まあ、それが夢魔の力によるものではないという保証はどこにもないのだが。

「あんたの日常を聞かせてもらえると嬉しいかな。例えばちょっとした冒険なんかの」

 はっ、いいだろう。どっちにしたところで、主導権はこの夢魔が持っている。このまま抵抗するというのも面白いかもしれないが、何故だろう素直にいう事を聞いてみようという気になった。

「いいだろう、話してやるよ」

「よろしく」

「口下手だからな。あまり期待するなよ」

 語りだすのは、とある地底都市に迷い込んだ時の事。

 思い出したことから話していくから時々時系列が入れ違い、夢魔がしょっちゅう『黄昏狼って何だ?』とか、『回復魔法の理屈は?』なんて感じで質問を入れてきたのでブツ切れも良いところのとても語り聞かせとしては及第点もやれないような代物だった。

 特に。

「そうか……、料理人なんだから料理はするよな。どんなものを作るんだ?」

 と聞いてきた時には直接関係ないにも拘らず思わず熱く語ってしまった。

 なんというか、つくづく俺って衝動に正直だなと思った。

 どうにかこうにか地底都市の脅威を撃破し、地上へ帰還した所まで辿り着いた。

「なかなか壮絶というか、大変だね。いつもそんな風なのかい?」

「いつもって訳じゃないけどな。俺は基本的に後方支援の料理人だから。それでも多かれ少なかれ、こんなノリなんだろうなぁ」

「あーそれは同情するべきなのかな?」

 なんて口にする夢魔にほっとけと言葉を送る。

「それは失礼。っと、何か飲むかい」

 言われてみれば喋り通しで少し声が掠れている。いや夢の中での時間やこういうダメージがどれほど現実に反映されるのか知らないが。

「確かに喉が渇いたな。けど、夢だろこれ」

「夢だからこそなんだけどね」

 パチンと音がしてテーブルの上にグラスが二つ。硝子を透かして黒い液体がなみなみと注がれているのが見て取れる。そして液体は絶えることなく泡をその内側から生み出し続けてる。

 勧められるままに口へと運んだ。途端、口の中といわず、唇や、歯、挙句舌の上で言葉にしがたい刺激が弾けた。

「ゲホッ! な、何だこれ、なあ、あんたこれ」

「あ、悪い。コーラってないんだっけか」

「コーラ? そういう名前か。つまりどういう飲み物なんだ?」

 あーそうきたかーと呟く夢魔。悪いね性分なんだよ。

「さっきの科白じゃないけれど、俺だって専門って言う訳じゃないからね。それこそ上手く説明なんか出来るかなんて保証もしないよ?」

「かまわねぇよ」

 もともと期待もしていないしな。ちょっとでも面白い話が聞ければ幸いって話だ。

 実際このコーラって飲み物もなれてみれば面白い感覚だ。これがそのまま再現できるとは思わないが、こういう感覚があると知っているだけで色々と考え方の幅は広がる。

 そんな感じで談話第二ラウンドへとなだれ込んだ。今度は特に何を話すというのでもなく、雑談の積み重ね、まあ主に料理について俺が夢魔に質問を出すというものになったが。

 色々聞いた。すぐには信じられないようなものも多くあったが、夢魔が作り出した現物(と言ってもいいのだろうか?)を目にしたら疑うのも無意味な話だ。

 特興味深かったのはカップラーメンだろうか。お湯を注ぐだけで食べられるようになるという発想が面白い。色々作り方がややこしいらしいので完全な再現は無理だろうが、似たような物が作れるとクエストの役に立ちそうだ。状況によっては火が使えなかったり、匂いも駄目だったりするので必ずとはいえないが、あれば便利だろう。クエストに弁当代わりにひっぱり出されることも減るだろうしな。

 で、一息ついたところで。

 俺は問う。疑問だったんだが、これ本気で雑談だぜ?

「で、これが一体どんな役に立つんだ?」

「初めにも言ったろ。夢は根本で繋がっている。けど、世界はズレという断層で隔たれていて。だけど、こうやって色々話をして、ズレを認識する事で多少なりとも修正がされるってことさ。こんな風に」

 何もなかったはずの場所に扉が出来た、あるいは現れた。

 夢魔が扉を引く。音もなく開き俺には真っ暗にしか見えない向こう側が見えた。

「お陰で迷子は無事に家に帰りつけそうだ。で、目が覚めたら、此処での事は文字通り夢の中の話になるから安心していいよ。朧で曖昧な、ね」

 言いたい事だけ言って夢魔は扉の向こうへと消えた、と思ったら上半身だけこちら側に突き出して続ける。

「ああそうだ。これがもし迷い込んだ理由だったりした日には誰かの正気を疑うか、気の迷いだと断定するかを決断しなきゃいけなくなる訳だけど気付いたからには伝えておく。米粉の生地を一度軽く蒸してから形にして焼いてみな。いい感じになると思うよ」

 パタンと扉が閉じられた。輪郭さえも薄くなり、イスともども跡形もなく消えうせた。

 はたして、目が覚めて曖昧模糊とした感覚を引き摺りながら夢魔の言葉に従うと、確かにカリッでもモチッでもないフワッとした口当たりの団子が焼きあがった。

 いつかあの夢魔にもう一度出会う機会があるなら、礼と一緒に伝えてやろう。きっと頭を抱えながら『本気でそうだったのかよ』とでもぼやくんじゃないだろうかと想像しながらそんなことを思う。

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