第2話 落ち着いたらどうにかなる話じゃない

 当然、喧嘩が疑われた。


 そりゃそうだ。

 特別仲が良いわけでもなさそうな男子生徒二人、女子生徒一人で男子生徒の一人がわけのわからない濡れ方をしている。この状態を見て「ああ、クソガキ共がじゃれ合ってたんだな」とはならないだろう。


 養護教諭は男Bにスペアのジャージを渡すなり、我々3人をバラバラに引き離し、軽い事情聴取を行った。

 他二人と比べてやけに丁寧に時間をかけて聴取されたのは、一目で実行犯だとバレたからかもしれなかった。


「いやぁ、ちょっと色々間違えまして、本人の了承を得ずに水を飲ませようとしてしまったんですよ。たまたま手元にピッチャーがあったので。うっかりうっかりえへへへへ」


 という誠実な返答が功を奏したのだろう。なんとか喧嘩の疑いは晴れ、生徒指導の井口に連絡が行くことだけは回避できた。


『なんで二人は短かったんだと思う? 理不尽すぎる😡💢』

『いや脈絡』

『事情聴取の話に決まってるだろ』

『とうとう捕まったのか』

『とうとう言うな』


 電波に乗って失礼極まりないことを曰うのは、誰あろう大槌である。


『軽い事件で、保険の先生にな』

『ああ、なんだ校内の話か。ならなんでも良いや』

『それはそれでどうなんだよ』

『お前の素行が悪いんだから仕方がないだろ』

『人をまるで不良みたいに言うんじゃないよ』

『「まるで」じゃなくて、ちゃんと不良だぞ』

『🤔🤔🤔🤔🤔🤔』

『心当りあるやつの返事じゃん……』

『記憶にございません』

『心当りあるやつの返事じゃん!!!』

『お、政権批判か? 左派か?』

『極右でもそんな飛躍しねぇよ』


 SNSに投稿したら軽く炎上しそうな会話内容はさておき、どうも大槌は暇を持て余しているようだった。


「構ってくれた幼馴染に対して『暇を持て余している』ってアンタ、傍若無人にも程度ってもんがあると思うわよ」


 ベッドに座って話すのは神原である。

 怪我人でも病人でもなく、男Bずぶ濡れ事件の犯人でもない。

 本当の付添いはこいつだけである。


「転生前は悪役令嬢だったんだから仕方ないだろ」

「前代未聞のクソ設定を付け足すのやめなさい?」

「クソ設定とか言うな。 探したらありそうだろうが」


 無闇に敵を作ってはいけない。

 人それぞれに、人それぞれの好きがあるのだ。

 いぇす、ダイバーシティ。


「幼馴染…? 大槌くんと?」


 男Bが口を開いて、そういえばこいつと話をする必要があったんだという事を思い出した。

 気心の知れた奴と一対一の会話をしてしまうのは昔からの悪い癖なのだが、直そうにもここ数年はまともに友人というものがいないことも手伝ってどうしようもない。

 人の波に揉まれながら、しかし人とは関わらない人生を送っているのだった。


「そうそう。家が近くてな、ちっちゃい頃からの付き合いなのさ」

「おっ、大槌くんって凄いね。誰とでもとっ、友達になれるんだね」


 おい、どういう意味だ。

 まるで普通の奴なら友達にならないみたいな言い方じゃないか。


「ねー、びっくりよねぇ。こんな一匹狼な不良とも友達になれるなんてねぇ」

「不良じゃない」

「一匹狼は否定しないんだ」

「『一匹狼』なんて不良にしか使わない単語なんだから、不良が否定された時点で同じことだろうが」

「わかんないわよ。アンタが食肉目イヌ科である可能性がまだ残ってるわ」

「自明って言葉知ってる?」


 失礼なやつである。

 お友達とつるむのがそんなに偉いとでも言いたいのか。


「『友達の数』ってほぼそのまま『動員できる仲間の数』を表すんだから、そりゃあ友達が多い方が偉いでしょ」

「「ぐっ」」


 ぐうの音が出かけたぜ…。

 なんかハモった気がしたが。

 だが神原、その理屈には重大な欠陥がある!


「それは友達がみんな対等な場合だろ。実際は数人のリーダー格を頂点にしたピラミッド構造なんだから、上位層は助けてもらえるかもしれないけど、それ以外の大半の奴らは何かあっても見捨てられるだけだ」

「ほほう」

「ぐっ」


 ぐうの音がでかけた音が聞こえたぜ。


「閑話休題」

「だからそれ露骨なんだって」

「こいつが大槌くんと幼馴染だと、何かあるの?」


 スルーかい?


「あ、いや、わ、悪いとかではないよ。ちょっと納得しただけ」

「納得? 何をだよ」

「そーよそーよ、気になる言い方しちゃって」

「お、お、お、大槌君なんだ。 君を紹介してくれたの」


 ん?


「もともと僕、お、大槌君に相談したんだ。 そしたら大槌君が、君を頼れって」

「君って…」

「あんたよあんた。こっち見んな」

「大槌君が言うなら信頼できると思って、き、君に声をかけたんだけど。普段大槌君と君が話してるところ見たことなかったも、ものだから」

「なるほど、なんで僕の相談がこんなクソ不良生徒に横流しされるんだと思ってたわけね」

「ぶん殴るぞ」「そ、そこまでは思ってないよ!」


 …どこまでは思ってたのかな?

 いや訊かないけどね。


「なるほど、その疑問が解消されたと」

「そ、そうそう。すごく信頼してるみたいだったから」

「『もしかして大槌君、実は裏ではすごい不良なのかな…?』って心配しちゃったわけね」

「ややこしいからお黙りなさい」


 読みにくくなるでしょうか。


 三人の会話とかそういえばどうやって書いてあったっけ?

 これまで読んだ小説を思い出そうにも、記憶力はあまり良い方ではなかった。


「信頼ねぇ」

「そう、すごくし、信頼してるように見えたよ。口ぶりとか」

「そうかいそうかい」

「うん。そうそう」

「ふぅーん」

「…ははは」

「ふふふ」


 なるほどなるほど。

 そこまで言うならまあしゃーない。


「わかった。話くらいは聞いてやらんでもない」

「ちょっろ」

「神原うるさい」


 本当にうるさい。


 別に嬉しいとかそんなこと思ってないし。

 普段あまり外でかかわらない幼馴染が自分の話をしていたからって、まったくもってどうでもいいことだし。

 衆目の前で乳首を透けさせてしまった手前、話くらいは聞いてやろうかなってだけだし。


 ということでそんな乳首透け被害者の方へと向き直り、精一杯の優しさをもって相談を受けてやろうとソファーへ深くかけなおした。


「さあ男Bよ、その相談とやらを申したまへよ」

「あ、村田です。ぼく…」

「よく自分のことだってわかったわね。怒っていいのよ?」

「あ、あ、大丈夫です」

「さあ村田よ、その相談とやらを申したまへよ」

「あんた…」


 まあまあ、よいではないか。

 有象無象の欠片だった男Bに、どうやら村田という人格があったらしいことが分かったのだからよいことではないか。


「ということで気を取り直して、村田君どうぞ」

「あ、あ、あの、蒲地先輩が、あ、化学部の先輩なんですけど、三年二組なんですけど、一昨日の夕方から音信不通で家にも帰ってないみたいなんですけど、あ、家は近いんですけど、僕の家から近いんですけど、最近すごい悩んでる感じで、でも訊いて良いのかわからなくて、遠回しに探り入れようとしたけどあんまり話してもらえなくて、昨日家に行ってみたんですけどお父さんもお兄さんも気にしてなくて、そういえば先輩あんまり家族と関係よくなかったの思い出して、いっつも遅くなるまで部活いる人で、一昨日は珍しく早く帰るなって思ってたんですけど、遊びに行くとも言ってなくて、昨日も今日も学校来てないらしくて、それで」

「待て待て待て待て」

「先輩何か危ない目に遭ってるんじゃないかって心配で、でも誰に相談していいかわからなくて、大槌君なら何とかしてくれるんじゃないかって思って、あ、一人でもあちこち探し回ってみたんですけど、そもそも先輩の行きそうなところとかよくわからなくって、」


 もう一度水をぶっかけてやろうか。







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愛より始めよ 湯屋街 茶漬 @monaka_tya3ke

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