2章 6/14
第1話 ビートボックスバトル勃発
グループワークとは、それ即ち虚無である。
『グループワークをする』という目的の為に、解決しない事が前提のバカでかいテーマが与えられ、なんの専門家でもない高校生達にあーだのこーだのと意見を出させ、最終的に結論など出るわけもなく、『難しい問題だね〜』とお茶を濁して評価も碌にせず、後にはグループワークの経験のみが残る。
得られたものをかかった時間で割ると獲得物の平均時間密度が求められることは我々の界隈で最早一般常識であるが、こと今日のグループワークで得られた経験の平均時間密度はほぼほぼ無に等しく、即ち虚無なのである。
ではどうしてそんなに得られる経験値が少ないのか。
思うに、それはグループワークに目的が無い事が根本的な原因である。それによって、グループ内の人間のパワーバランスがそのまま発言力や発言意欲に反映されるのだ。
先程も述べたように、高校の授業で行われるグループワークというのは『グループワークをすること』が究極の目的である。
何か解決したい共通の問題があれば、ある程度誰でも発言ができる空気感ができるかもしれないが、そんな理想は現実が許してくれない。
カッコつけたい男子とかわいこぶりたい女子が最も高い人権と発言権を有し、先生の巡回を敏感に察知して怒られないように上手く立ち回り、見かけ上は真面目にグループワークに取り組んでいるかのようなポーズをとりながらずっと雑談している。
しかしその実、気怠げなオーラを全身に纏ってグループ内に振り撒き、仲間内以外の発言はウンウンと親身に聞いているフリだけして決して採用せず、会議の主導権は手放さない。
そうやって好き勝手に会議を回しておいて、資料作成や発表は我々モブに丸投げするのだ。なんなら書面上の司会役すら誰か別のモブに担わせ、自分達は一切の責任を負わない。
サウイフモノニ、ワタシハナリタイ
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「目指すな目指すな、そんなもん」
「いや目指さないけどな、つい最後に付け足したくなって」
「わけわからん衝動に突き動かされてるわねぇ、あんた」
昼休み、相変わらず食堂の端で弁当を食っている。
目の前の神原に午前中のグループワークについての愚痴をたれ続けている内に、気づけば弁当を半分も食べてしまっていた。
「そんなに嫌かね、グループワーク。私は好きよ?」
「グループワークそのものというよりは、内容が気に入らん。なんだよあの虚無テーマはよ」
「これはもう愚痴で昼休みが潰れそうねぇ。…テーマは何だったのよ?」
「『中東の水資源枯渇問題について、我々が日本でできる支援は何だろう??』…だ」
「うわぁ、これまた虚無虚無しい」
「案の定というかなんというか、10班中3班で『日本で消費する水の量を削減する』っていう結論が出てたぞ」
「ありがちではある…。でも30%ってなかなかだわね。ウチって一応進学校だと思ってたんだけど」
「別にその班の全員がそれに同意したわけじゃないんだろうけどな」
要するに、全員結論などどうでもいいのだ。
どうでもいいから、苦し紛れに出たアホな案を精査しないし評価しないし、対案など出すわけがない。
「この煮玉子うまーーい」
「そういうことはもっと美味そうな顔で言いなさいな」
「気付いたら愚痴言ってるから、どうにか脳味噌から午前中の記憶を消したい」
「その仕事、煮玉子にはちょっと荷が重いんじゃない?」
「なんでだ! 我が母上が作る煮玉子めちゃくちゃ美味いんだぞ!」
「うわわけわからん地雷踏んだ」
「ほら!食え!母上の煮玉子ぉぉ!!」
「怖い怖い怖い!!」
無慈悲にも、煮玉子を詰め込まれる神原の口。
神原が何か言いたげにこちらを見つめている。
というか睨んでいる。
可哀想に、誰がこんな酷いことをしたんだろう。
「あんたよ、あんた!」
「食うの早いな」
「めちゃくちゃ美味かったわよクソッタレが」
「お口が悪うございますわよ〜」
「お口も悪くなるわ!!」
なんと、心が荒んでしまっているらしい。
可哀想なので冷凍唐揚げも恵んでやった。
「もががっ!!」
「たくさん食べて大きくお成り」
「もごごごーー!!!」
神原の叫びは食堂の喧騒に吸い込まれ、犯人以外に届くことはなかった。
がやがやがや
教室の喧騒は苦痛だが、食堂のそれは不思議とそう感じない。
眼前でもがく神原以外の存在が全て風景に徹しており、こちらに何の干渉力も干渉欲も持っていない。膨大な数の所属や思想が入り乱れ、人間の集合体としての力は全く行使される気配が無い。
心落ち着く雑音とはこのことである。
何ならここで寝泊まりできるまである。
「苦しんでる私を眺めてるとは思えないくらい穏やかな顔してるわよ、アンタ」
「食うの早いな」
「めちゃくちゃ美味しかったわよくそったれがっ!!」
「お口が悪うございますわよ〜」
「デジャヴュ!!!」
心落ち着く雑音とはこのことである。
手元の弁当は、知らぬ間にだいぶ食べ進んだようだ。残るはレタスと櫛型のトマト、そして明太ふりかけがふんだんにふりかかったご飯が少々。
煮卵だの唐揚げだの、メインのおかずを神原の口に放り込んだので当然ではあるのだが、自ら三角食べを放棄してしまったことに若干の後悔を覚えつつ、しかしそれでもなお美味い我が母の手弁当に改めて合掌した。
さあ、ではラストスパートをかけようかというタイミングで、背景としての役割を放棄した愚か者の気配がした。
2時方向、お誕生日席になるポテンシャルを秘めた例のゾーンである。
反射で竦めた自分の肩については無かったことにしつつ、そちらの方向に振り返った。
王の食事を邪魔するとは何たる不調法者か。
王ではないが。
「あの、ちょっとお願いがあるんだけど…」
(デジャヴュ!!!)
なんか記憶にある!
具体的には昨日の昼飯時にも同じ構図を見た記憶がある。
普通に弁当を食わせてくれ。
いや、もしかしたらこちらに話しかけているというのは勘違いかもしれない。
様子見という名の無視しかない。
現実逃避などというやつには神原と同じ目にあってもらおう。
「あ、あのっ、おれっおれっお、僕、化学部やってるんだけど…」
男子生徒からビートボックスバトルを仕掛けられた!!
ぶんつくぱーつく
レタスをむしゃり。
「部活の先輩が一昨日から音信不通で、あ、厳密には一昨日の夜からなんだけど、それで、探してたんだけど、あ、一人で探してたんだけど、それで見つからなくて、あ、もちろん学校が終わった後なんだけど、家に行っても最初先輩のお母さんが出てきて、朝学校行ったって言って、お兄さんがほっとけそんなのって言って、あ、大学生なんだけど、それで」
「まてまてまてまてまてまて」
喋るの下手か!!!!
つい反応しちゃったよ!!!
「あ、あ、あ」
「一旦落ち着こう。な?」
「あのっ、あのっ、あのっ」
相変わらずビートボックスをかましてくる男子生徒。
クラスで話し相手を一人も作れない程度のコミュニケーション能力ではどうすれば良いか思いつくはずもない。
神原に視線でヘルプを求めるしかなかった。
「…取り敢えず、お水でもあげたら?」
「あ、そうだ水だ」
「がぼがぼがぼ」
「予告無しで流し込むな!」
「落ち着くなら何でもいいだろ」
「もうちょっと他人を尊重しなさいよ」
「してるともさ」
「返事は良いけども」
「おうさ」
「やかましいわ」
「がぼがぼがぼ」
知らないうちに、謎の男子生徒は滝行でもしてきたのかと言いたくなるようなずぶ濡れ具合になっていた。
誰だ、こんな酷いことをしたのは!
「あんたよ、あんた」
「記憶にございません」
「げほっ、げほっ」
「お、落ち着いた?」
「すみません、取り乱しました」
「怒っても良いのよ?」
「怒られる筋合いは無いが?」
「私が怒るわよ?」
「あ、いえ、大丈夫です。すみません」
落ち着いたらしい。
改めて彼の方を見ると、どうにもぱっとしない優しそうな男子生徒だった。
男Bと名付けよう。
「で、もうこんなはしゃいじゃったから話くらい聞くけども。誰がどうしたって?」
「そうよそうよ、そんなびちょびちょで乳首浮き放題にされたんだから、相談事の1つや2つくらいしてから行きなさいな」
やめろよ、触れないようにしてたんだからさぁ。
神原の方を見やるがどこ吹く風といった顔である。
仕方がない、乳首透け代として相談を受けるしかないのか…!!
しかしその前に、言わなければならない事があるのであった。
「ひとまず、風邪引く前に保健室で着替えようか」
「ごめんなさいって言いなさい」
それは御免こうむる。
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