食卓にて 6月13日

「主観的過ぎて話がわかりにくい」


 カボチャの煮付けを頬張りながら無駄に偉そうに片眉を上げてそう言い腐ったのは、現在我が家で我が手料理を振る舞われている男であった。

 つまり大槌であった。


 6月13日、午後8時6分の出来事である。


「八割がクラスメイトの悪口と俺への攻撃性の発露で構成されてるじゃねえか。なんで最後に人権失ってんだよ」

「うるさいぞ、豚め」

「剥奪するな。日本国憲法に優越すんな」

「ケチくさいこと言うなよ。人権の一つや二つ失ったくらいでギャーギャー騒ぐな」

「ヒューマンライツは唯一無二だ」

「そんな旧時代の常識を持ち出されても、令和の世に生きるこちらとしては反応に困る」

「令和の世でこそ許されないだろ、そんなやつ。ポリティカルにインコレクトネスじゃねえか」


 昨日の残りのぶり大根でリスみたいになりながらも、目前の愚か者は元気に基本的人権を主張していた。


「ともかくだ。お前の回想、一人称視点が過ぎるんだよ」

「晩飯食わせてもらっといてその言い草なのは、素直に尊敬するよ」

「まず、話に関係ない悪口が挟まりすぎてる。青春に親でも殺されたのかよ。悪口禁止だ」

「悪口が無くなったら、クラスメイトなんて風景でしかなくなるだろ。描写できなくなる」

「悪口を無くしたはずなのに悪口が出てくるのどうにかしろや」


 偉そうなことを言いながら、大槌は遠慮もなしに綺麗な三角食べを披露している。

 こちらも負けていられないので、とりあえず岩海苔を乗せた白米を一口パクつく。

 うまいうまい。


「あとな、モノマネが下手すぎる。特にかすがいの。あいつそんな喋り方しないだろ」

「まだ続くのかよ、その話」

神原かんばらの方はめちゃくちゃ特徴捉えてるのに、何だよその差は」

「似顔絵だってデフォルメするだろうが。特徴を捉えて、それを誇張するのが基本中の基本だろうが」

「存在しない特徴を誇張し始めたらもうほとんどザコシだろ」

「なんでだ。ザコシはちゃんと、よく見たらそれっぽいんだぞ」


 失礼極まりない話である。

 いや、ザコシ呼ばわりを失礼扱いすること自体がザコシに失礼なのだが。

 それはそれである。

 無遠慮にバクバク食べる大槌に対抗して、こちらも鰤を一切れ豪快にいった。


「ていうかな、大槌。話を逸らすんじゃないよ」

「なんだ、お前の性根がねじ曲がってるって話じゃないのか」

「顔面にぐーパンチきめるぞ。 …そうじゃなくて、元々はお前の話だっただろ」

「そうだっけかな」

「はぐらかすのが下手すぎる」

「(千鳥ノブ)」

「発音記号を付けるな。それ付けられると自動的に岡山弁だった事になるだろうが」

「あぁ〜↑^ このカボチャ、すっごくホクホクだなぁ〜↑^」

「水素の音みたいな発音もするな」

「このネタもいい加減古いけどな」

「そうだな。そして話を戻そうな」


 はぐらかす事に全力を注いでいる。

 更に質が悪いのが、それを非常にわざとらしくやっているところだ。

 文武両道だとか才色兼備だとか天才秀才大喝采だとか、信じられない事にそれらの言葉が似合ってしまう大槌である。本来の奴なら、それと気付かれる心配など一切無く、非常に自然に会話の流れを誘導できる筈だ。

 つまり、今こうして露骨にはぐらかすポーズをとっているのは、『この話をしたくない』というわかりやすいアピールをぶちかましてくれているのだ。


(まあ、だから詰めてるんだけども)


 触れられたくない話に触れるのは幼馴染の責務である。

 義務ですらある。

 お母さん許しませんよ!!!というやつだ。お母さんではないが。


「で、今日一日色々聞き回った情報をまとめるとだな」

「お前、こんな時間にそんなに米食ったらまた太るぞ。俺はスポーぐぁ!!」


 スポーツをしてるから大丈夫だとでも言いたいんだろうが、スポーツマンとしての寿命を少しでも長くしたいなら膝の皿は大切にするべきである。

 言葉は選ばないと、対面の奴の右足が飛んでくるかもしれないからな。

 軽くうずくまる大槌のつむじを眺めながら、問答無用で話を続ける。


「大槌、お前がここのところ毎日のように放課後デートしてる奴が誰かは把握したぞ」

「……」


 流石にこれは予想外だったのだろうか、驚いたような、困ったような顔が持ち上がる。


「昔あった事、忘れたわけじゃないよな? 場合によっては殺し合いになるぜ」

「……そうはならない筈だ。たぶん」

「何やってるかは言えないんだな?」

「まだ言えない。すまん」


 まだ。

 というからには、何か終わりか区切りのようなものが存在する事案ということだろうか。

 いや、事案ってなんだ。一介の男子高校生が何故秘匿性のある事案を抱えている。


 昨日久々に読み返した『偽物語』の毒がまだ残っているらしい。

 阿良々木くんもファイヤーシスターズも、この世には存在し得ないのだ。


 深読みに違いない。

 きっと単純に、我が怨敵と親睦を深めているだけだろう。

 それはそれで許せないが。


「……信じるよ」


 なんと言えば良いのか考えあぐねた末、こんな敗北宣言みたいな一言を絞り出した。

 大槌の瞳に佇む揺らがない意思のようなものに根負けした形だ。


 くそが。


 ここで一歩深く踏み込めない自分の弱さが非常に苛立たしい。


「助かるよ」

「飯も食ったし、どうする?」

「食器洗うよ」

「それは後でいい。部屋でスマブラしていくだろ?」

「……20本先取したら皿洗い免除?」

「50本で肩揉んでやるよ」

「じゃあ100本でキスしてもらおう」

「死ね」


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