第4話 意外と呪文は使わない

 バス停に着くタイミングでバスも着いた。


 こういう時、一人で勝手に、ちょっと良いことが起こった気分になる。

 朝のニュースの星座占いで一位になった時のような、そんなささやかな良いことである。

 今日は立て続けに気に入らないことが起こる日だと思っていたので、これで少しはバランスが取れたことにでもしようかなどとぼんやり考えていた。


「なに、まだ拗ねてるわけ? 勝手に人増やして悪かったわよ」

はなから拗ねてねえ」

「じゃああんたもトークに交じりなさいよ、楽しいガールズトークに」

「ガールズトークならお二人でどうぞ」

「冷たいわねぇ」


 言い残すと、神原かんばらはまたかすがいの方へ向き直ってガールズトークとやらを始めた。

 交じれと言われても、通路を挟んで反対側にいる二人とどう話せというのか。

 今だって神原は、下校生でそこそこ人の多いバスの中で、中国雑技団さながらの体勢で通路を乗り越え話しかけてきたのだ。私立わたくしりつの小中学生たちが向けてくる好奇の眼差しには耐えられなかった。


(あ、ラウワンだったところスーパーになってる)


 バスはこの街の主要な公共交通機関だ。

 今日も元気に中央集権な令和の日本において、地方都市のベッドタウンとして発達したこの街の人口減少は止まるところを知らず、街中を走り回るバスの車窓からは衰退していく我が街の有り様が良く見えた。


 それでもかつては大都市圏の一部として大いに栄えた歴史のある街である。なんとか巻き返そうとお役所が努力したのだろう。今向かっているイオンモールは、そんな死にゆく街が最期に咲かせた大きな花のように街中から人を集める場所であった。


【――――まもなく終点です。お降りの際はお忘れ物の無いよう――――】


 無機質なアナウンスの音声とともに、バスはイオンモールのロータリーに乗り入れる。

 この街で、JR駅前と並ぶ最も先進的な場所に辿り着いたのだ。


「さあ着いた! 行くぜ行くぜ!!」


 とテンションがおかしい神原に引きずられるように店内に入った。

 イオンモールに入ることを入店と呼んで良いのだろうか。いつも考えるのだが。

 大型ショッピングセンターというか、複合型商業施設は果たして『店』なんだろうか。

 街中の商店街を軒並みシャッター街に変貌させたことから考えても、は商店街のような店の集合体としての性質の方が強いように感じるのだ。

 なので入店というよりは、


「入場………?」

「何の話?」

「あ、いや」


 鎹が突然尋ねてきた。声に出ていた事にここではじめて気付く。

 突然美人に顔を除かれると狼狽えるだろうが。

 やめたまえよ。


「どーせしょーもないこと考えてたんでしょうよ。ほら早く行こ」


 お前はもうちょっと興味を示せ。どんだけ店が楽しみなんだ。

 申し訳程度に歩幅だけ合わせ、もはやこちらに目線すらくれない神原に追いすがること以外に鎹から逃れる方法が思いつかなかった。


「おい、ギャル式決済はどうした」

「後払いに決まってるでしょ」

「せめて分割払いにしろ。着手金をよこしなさい」

「弁護士を雇った憶えはないわ」

「弁護士以外にも着手金はあるだろ」


 知らんけど。


 話しながらもこちらには目もくれず、神原は流れるようにエスカレーターへと歩いていく。

 初めて行くみたいな口ぶりだったのに一階には一切の意識を割かない。何階に店舗が入っているかまで事前に調べ尽くしているのかもしれない。

 どんだけ楽しみだったんだ。

 あまりにも無駄のない動きに圧倒され、振り切られ、あえなくキツめ美人との疑似デートが実現したのだった。


「行っちゃったわねぇ」

「行っちゃったなぁ」




 沈黙





 いや、しんどいしんどい。

 しんどいって。

 空気が息してない。

 空気が息してないって何だ。

 テンパるどころの騒ぎではなかった。

 そんなこちらの脳内を知ってか知らずか、鎹は当然のようにこんな提案をした。


「とりあえず、一旦お茶する?」


 さすが女子!!!!!!

 このまま地獄のウィンドウショッピングデートなどまっぴら御免なので本当に助る。

 お祭り状態の頭の中に体は全く追いつかず、あぁ…とか、うん…とか返事をしながら鎹について行く運びとなった。




 入ったのはコーヒーが飲める有名チェーン店だった。

 呪文詠唱のような注文だとか、フリーWi-Fiによる意識高い系ホイホイだとか、何かと話題に事欠かないあの喫茶店。

 要するにスタバである。


「チョコフラペチーノのトールで」


 鎹は意外にも、無難で手短な注文を行った。

 もっとこう、スチームミルクのマシマシミルクの…みたいなのを注文すると思っていたのに。


「それただのミルクじゃない?」


 たしかに。

 くそ、スタバ経験値の違いが牙を剥いてくる。

 何を隠そう、スタバなどという意識の高そうな場所には殆ど赴いたことがないのだ。


「ていうかそれ二郎系じゃね?」

「鎹さん、二郎系とか行くんだ」

「こっちのセリフよ、それ」

「たまにな、たまに」

「わかるわぁ、たまに食べたくなるのよね」

「そうそう」


 他愛ねぇーー!!と叫びたくなるような。

 天を仰ぎたくなるような。

 内容の薄さで時間だけを消化しているような。

 そんな会話であった。


 その後も、やれクラスメイトの誰それが誰それと付き合っただの別れただの、バスケ部のナントカ君がイケメンだの、妊娠して辞めた先輩がいるだの、サッカー部のなんちゃらさんが二股してるだの、そんなの知ってどうするんだという類の楽しいお話をしていた。

 というよりは一方的に聞いていた。


 ふむふむ。

 へえー。

 なるほどなあー。


 相槌は得意である。と思っている。

 さも何か興味がある事を聞いたかのような顔で、前述の三語をランダムに使えばよいのである。

 たまに質問をして相手の話したい話題が続くよう促したり、ごくたまに話を振られた際は軽い冗談を交えつつ早めに相手にターンを渡す。

 軽い冗談というのがだいたい「〇〇さんって誰だっけ?」になるのが最大の難点である。

 なんなら冗談として成立しているのは相手の中だけで、こちらは本当に思ったことを言っているだけなのだ。


「閑話休題」

「それ流行ってるの?」

「恋バナといえば大槌君よね」


 話題が変わってないじゃないか。

 休題しろよ、閑話はよぉ。


「昼休みの話の続きがしたいの」

「なるほど」


 いや、まあ、そうだろうとは思っていたけれど。

 仮にも進学校とは思えないような衝撃的なドロドロトークをいくつも聞いたせいで正直忘れていた。

 大槌って誰だっけ。


「私、塩町の近くでバイトしてるんだけどね」

「…うん?」


 我々が通う愛しの高校はバイト禁止である。

 バレたら最悪退学もありうる大問題発言なのだが、あまりにもあっさり耳に届くものだから脳みその方がおかしくなりそうだった。


「バイト終わってお店から出てきた所で大槌君とあの子を見たの」

「ほほー」

「でね、そんな時間に、そんな場所に大槌君がいることにも驚いたんだけど、一緒にいた女の子の方が意外過ぎて…」

「ああ」


 昼にも言っていたあいつだ。

 大槌と三人で同じ中学校出身の女子生徒。

 そんな奴は一人しかいない。


「それでね、あとをつけたのよ」

「まてまてまてまて」

「服装も怪しかったのよね。わざわざ別の学校のっぽい制服を着て、腕を組んで、悪い遊びをおぼえたばっかりの高校生カップルみたいに…」


 情報量過多である。

 見聞きした事象を時系列順に頭から全部話すの、オンナノコあるあるだよなぁ。などと思考がTwitter構文のようになるのを自覚しつつも、諦めとともに意識を脳みそまで戻してくる。

 主導権を握らねば。


「で、二人で産婦人科に入っていく所を見たわけか」

「…そういうことよ」


 鎹は話を遮られて不満そうだが、直接関係の無さそうな情報をドカドカ盛られても肝心の話に辿り着くまでに集中力が切れてしまうのだ。


(許してくれ…)


「その女子のことは勿論知ってるけど、そんなに仲が良くないというか、正直あんまり関わりたくないんだよな」

「あら、そうなの」


 どうでもいいとも言う。

 できることなら一度も接触しないまま一件落着まで漕ぎ着けたい。

 奴とはそういう間柄なのだ。


「とにかく、こっちとしては大槌が何やってるかにしか興味ないんだ。5W1Hの"Who"は大槌に限定してくれ」

「5W1Hて!国語の授業以外の場で初めて聞いたわ!」


 あっはっはっは!

 と快活に笑う鎹。

 ウケて何より。


「そうね、5W1Hね。でも、"What"も"Where"も"How"ももう言っちゃったし、"Why"はわからないし…」

「残るは"When"だよな」

「そうねぇ、"When"…。あれはいつ頃だったかしらね」


 ここで思案を巡らせる鎹の様子を見て、期待が外れたことをすぐに察した。

 あとはどれだけ外れているか、それで今後の大槌の人権が決まる。


「先月の頭。ゴールデンウィークだったと思うわよ」



 思わず天を仰いだ。



 人権剥奪である。



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