第17話 星に願いを(後)

♢


第一ゲームが終わり、俺とアリアは生き残る事が出来た。

通された階段を登った先には、第一ゲームと同じような空間が広がっている。

ただ違う点があるとすれば、この部屋にはもう一つの扉があるという点だ。

「鍵がかかっているな。まあ、そりゃそうか。」

「……見てください、祐介さん。あそこに何やら怪しげな箱があります。」

十五個の箱が壁に沿って横一列に置かれている。

十五個……つまりはここにいる人数分という訳だ。

アリアの言った通り、怪しくはあったが俺はその箱に近付いて、中身を覗く。


「これは……。」


中に入っていたのは、寝袋と簡単な食事だった。

袋に詰め込まれたパンや水、毛布も用意されている。

「これが俺たちの食事って事か?」

「そのようですね。幸いにも飢え死にしたり、寝不足で倒れる事は無さそうです。恐らく毒なども入っていないでしょう。死ぬのならゲームの中で、という事でしょうね。」

死ぬのなら、ゲームの中で。か。

そういえば、第一ゲームを脱落した田村さん達はあの後どうなったのだろうか。

あの場に取り残されて、そのまま餓死……なんて可能性もある。

彼らを思うと、自分が第一ゲームをクリアした事を素直に喜べない。

「なに、これ?わー!ご飯?私丁度お腹空いてたのよ〜!」

俺の後ろからひょこっと顔を覗かせたのは、希さんだった。

ご満悦な様子で、箱を一つ手に取り中を物色する。

「うそ、これだけ!?ビタミン剤とか栄養剤とか無いの〜!?こんな菓子パン食べたら肌荒れるじゃん〜!!……って、文句言っても仕方ないかあ……。」

「希さんはいつもサプリとか飲むんですか?」

「まあね〜!水商売だし、これでも体型とか色々気にしてるんだよ?祐介君はなんでも食べそうだよね!良い筋肉してるし、スポーツとかやってるの?」

「まあ、たまに身体を動かしたりはしますかね。あとは部活の助っ人とかで色んな所に借り出されたりはしてます」

なんて、希さんと二人で談笑していると横から痛い視線が突き刺さる。

誰を隠そう、あのアリアだった。


ムスッと頬を膨らませて、俺と希さんの様子を伺っている。

「随分と仲がよろしいんですね?」

心做しかいつもよりアリアの声に棘がある。

「そうー?あ、でも私は祐介君好きよ?話も面白いし、顔もかっこいいし。」

「の、希さん……!そうやってからかって……!あ、アリア。違うんだ希さんはその……弟と俺を重ねてるだけだから!」

「弟さん、ですか……そうですか……。」

何やらアリアの誤解は解けそうにない。

さっきまであんなに凛々しく、堂々としていた少女と同一人物だとは思えないくらいいじけているアリアを見て、何だか笑みが零れそうになった事は内緒にしておこう。


「さて……二人をからかうのはこの辺にしてっと。この様子じゃ、次のゲームが始まるまでには時間が掛かりそうね。」



何となくそんな気はしていたけれど、やっぱりアリアの事もからかってたのか。

と、当の本人は言われるまで気が付かなかったらしく、希さんの言葉に口を大きく開けている。

「私は向こうの方で休んでるわ。今日だけは祐介君の事、貴女に貸してあげる♡一応、ゲームをクリア出来たのは貴女がまとめてくれたお陰だしね。」

「か、貸しっ……!?!?な、ななな何を言ってるんですか……!?」

アリアの顔が真っ赤に染まっていく。一体アリアは何の想像をしていたのだろう。

希さんはアリアのコロコロと変わる表情が気に入ったらしく、くすりと笑みを零した。

「冗談よ。それに私、年上が好みだから。それじゃあね、二人とも。」

箱を持ち、希さんは部屋の角の方に歩いて行った。

残された俺とアリアは、互いに目を見つめ合う。

そこにこれと言った理由は無かった。ただ単純に、やりたい放題やって、そそくさと消えていった希さんに驚いた事と、残されたその場のなんとも言えない空気感に絆されただけだ。

真っ赤な茹でたこみたいに、耳まで赤くなったアリアに吊られるように、何故か俺まで耳が熱い。


「……わ!私達も休憩にしましょうか……!!」

「お、おう!そうだな!!丁度腹も減ったし!!」


先に目を逸らしたのはアリアだった。

そんな彼女に引っ張られるように俺も同意の意を示す。

アリアの箱と自分の箱、二つ分を持ち、俺達は空いているスペースに向かった。

特に帯は無いのだろうが、皆壁に沿って各自休憩をしている。

壁に寄りかかれるし、こんな大きな空間の中心はたしかに居心地が悪い。

俺とアリアも例に漏れず、空いている壁側に腰を下ろした。

「ふう。今日は色々あったし、よく寝れそうだ。」

「祐介さんは何処でも寝れる方なのですか?私は緊張して、寝付けそうにありませんが……。」

「俺だってまだ緊張してるさ。つーか、正直未だにこの現実を受け入れられて無い。」

俺は菓子パンの袋を開けて、アリアに渡す。

ありがとうございますと受け取ったアリアは、その菓子パンを口元に運んだ。

俺も自分の分のパンにかぶりつく。

「……そうですよね。私もです。こんな非現実的な事が、まさか自分の身に降り掛かって来るなんて思いもしませんでした。夢のようで、でも現実で……。」

肩を並べて俺とアリアは座る。

アリアの横顔は今までよりも少し幼く感じた。

その長いまつ毛が、瞳に影を落とす。

強く、気高いように思えたアリアもこうして見れば、ただの女子高生だ。


「祐介さん。このゲームに、正義はあるんでしょうか?」


ふと、アリアがそんな事を問いかける。

もしかしたらそれは質問や疑問では無くて、ただの独り言だったのかもしれない。

それでも俺は、その言葉の意味について考えてしまう。

大切な人を、先生を失ったから。

自分が生きているという事を素直に喜べないでいる、こんな弱気な俺に、何か出来ることはあるのだろうか。

他者を蹴落として、最後に一筋の光をこの手に収めても、そこには何も無いだろう。

ここにいるみんなも、希さんも、アリアも。

このゲームには最初から、幸せな結末なんてものは用意されていない。

あるのは、コーヒーのような後味の苦みだけだ。

そこに正義なんてものは無い。

少なくとも、今ここにいる俺は五人を見殺しにしてここにいる。

あの胡散臭い案内人の事を、責められる立場に俺は立っていない。

それでも。……それでも。望みは捨てきれない。希望を抱かずにはいられない。

アリアの問いかけに、俺はゆっくりと深く深呼吸をしてから答える。


「正義は……あるよ。少なくとも、今の俺にはアリアがヒーローに見える。だから、きっとあるはずなんだ。小さくても、弱々しくても。正義は、必ずある。」


俺は、強い眼差しでアリアを見つめた。

このゲームに誰よりも真剣に、堅実に、正しくあろうとする、一人の美しい金髪の少女を。

アリアは、そんな俺のセリフにきょとんと目を丸くさせた後、ぷっと息を吹き出した。

あははと、声を上げて笑うアリアの姿に今度は俺が目を丸くさせる。

「あ、アリア……さん?」

「あはは!……あ、すみません、つい……。でも、そんな真面目な顔で言われたら、笑ってしまいます、あはは!」

「俺、そんなに変な事言った、かな?」

「……いいえ。」

アリアは、物腰柔らかな笑顔を俺に向ける。

春に、少しずつ桜が咲くような、小さくも儚くて美しい微笑みで俺に告げた。


「思えば祐介さんは最初からずっと、私の味方でいてくれていますよね。初対面で、お互いの事も良く分からないのに。」


そう言われれば、確かにそうだ。

初めてアリアと言葉を交わした時、直感的に俺はこの少女は信頼出来ると、確信した。

事実、アリアはゲームの中で最も参加者達に敬意を払い、ゲームに真っ直ぐ向きあっていた。

その後ろ姿は、後光が差し込むみたいに眩くて、俺はそんなアリアをこの上なく信じてしまった。

アリアという少女について、俺はまだ何も知らない。

それでも、彼女が何事にもひたむきに頑張る、向日葵のような少女だと、俺は知っている。

太陽という、光に向かってただ実直に手を伸ばす少女だと。


「……なら、これから教えてよ。アリアの事。俺、もっとアリアの事を知りたいんだ。」


そんな言葉を彼女に投げかけると、アリアの顔はたちまち赤く染まっていく。

その姿はさながら、桃色の桜のようで。

アリアはぷいっと俺から顔を背けて、少し不機嫌そうな顔でボソッと呟く。

「……本当、祐介さんは天然タラシなんですね……。」

「アリア?今、何か言った?」

「い、いえ!!!……私の事、ですよね。何から聞きたいですか?」

「うーん。そうだなぁ。まずは……」


そうして、時間はゆっくりと過ぎていく。

二人は肩を並べて色々な話をした。

その話の殆どは、たわいの無い雑談で。

気が付いたら俺とアリアはそのまま二人で毛布をかけて眠ってしまっていた。


ゲームが始まって、まだ一日も経っていないけれど、俺は誰よりもアリアという少女をこの先も信じ続けると思う。

そんな事を胸の中に秘めながら、かくして。


——新たなブザーが響き渡った。

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ミスマッチ・デットエンド 桜部遥 @ksnami

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