第16話 星に願いを(前)
♢
「……——はああ」
どっと力んでいた力が抜けていく気分だ。
仮眠室の硬いベットに思い切り頭から突っ込むと、鼻先にシーツが当たる。
「疲れた……もう何も出来ない……。」
とりあえず、最初のステージは幕を下ろした。
一番危惧していた祐介も何とか生き延びて、クリアする事が出来たようだ。
元々、『犯罪者を探せ』なんてお題で、祐介が脱落するわけが無いと理解していても、発表の瞬間は手に汗を握った。
なんせ、あの答えは僕も教えられていなかったのだ。
ラビリからインカムを通じて色々な指示が出たけれど、その中にこのゲームの回答は聞こえなかった。
「にしても、実際に見つけ出しちゃうとは……三人だけだったけど。」
監視室にはミリューとピエールが居たし、そもそも僕は寝ていたせいでどうなって、あのゲームをクリアしたのかは分からない。
ただ、僕……いや案内人を前にしても決して臆する事無く、正しく有ろうとしていたあの金髪の少女……。
きっと彼女があの参加者達を纏めたのだろう。
名前はなんだったか。
「凄いなぁ、僕にはあんな事出来ないや。」
初対面の人を相手に、正面から立ち向かうその姿はまさにヒーローのようだった。
彼女の正義感に、動かされた人は少なく無いのだろう。だから最後の一人を多数決で決めた時、誰も彼女が怪しいとは思わなかった。
多数決で決めるようにと、僕に指示を出したのはラビリだった。
きっと、監視室で見ていたピエールがそうラビリに言ったのだろう。
それを聞かされた時は内心、そんなあっさり決めていいの!?と焦ったものだ。
あのゲームで分かったのは、人から信頼されるというのは、中々に難しくそして単純だということ。
ちょっとの山場を、窮地を救ってくれた彼女が犯罪者なわけが無いと、あの場に居たほぼ全員がそう確信していた。
たかが三十分程度の付き合いで、そう思わせた。
あれはもはや才能だ。
人の上に立ち、導くという才能。
——それに比べて、僕は……。
なんて、自己嫌悪に浸っていると仮眠室の扉が開く。
コツンコツンと、硬い靴音が頭の中に響き渡る。
「花踏くん。お疲れ様。」
感情の無い、けれどどこか心を落ち着かせる声。
ゆっくりと起き上がり、ベットから降りる。
目の前に立っている儚くも気高い少女に僕はにこりと笑いかけた。
「……ラビリ。」
「まだ疲れているでしょうけれど、ミーティングの時間だから呼びに来たわ。それが終われば自室に戻れるから、あと少しの辛抱よ。」
「うん、分かった。……ラビリは疲れてない?大丈夫?」
愚問だったかもしれない。
顔色を一つも変えない彼女にこんな事を聞くのは。
自分よりも体力があって、気力があっていつだって完璧な彼女にそんな事を尋ねるのは。
それでも僕は、ラビリの事が何故だか心配になった。
顔色を変えないし、声のトーンも変わらないから何を考えているのかさっぱり理解出来ないけれど、ラビリだって立派な人間だ。
疲れる事だってあるだろう。
ラビリは僕の問いかけに目をぱちくりさせた後、「大丈夫よ。」と模範解答を口にする。
そりゃあそうだよな、と心の中で納得しようとしたその時、目の前の少女は「あ。」と何かを思い出したかのように声を零す。
「——やっぱり疲れが溜まっているようだわ。今日一日、貴方の傍で付きっきりだったのだもの。」
先程の発言から一転。
「え、いや、でもさっき疲れてないって……」
「いいえ。疲れたわ。疲れが溜まって溜まって、今にも倒れそうなくらいよ。」
「それ、すぐ寝た方がいいんじゃ……。」
ずいずいと迫ってくるラビリの気迫に気圧されるように、僕は窓際に追い込まれる。
「……あの、ラビリさん?」
その圧に、若干の恐怖を覚えながら彼女の名前を呼ぶ。
僕の目の前にいる美しい少女は無表情のまま、ゆっくりと手を伸ばした。
そして、次の瞬間。
「……あ、あの……ラビリ、さん?」
今度は恐怖から名前を呼んだ訳では無い。
その行動に、この現状に混乱しながら再び彼女の名前を呼ぶ。
「どうしたの、花踏くん。」
「これは……どういう状況でしょうか……?」
「どうもこうも、見れば分かるでしょう?それとも花踏くんはそれすらも理解できない、哀れな生き物なのかしら。」
罵倒は今日も健全だ。ということは、目の前にいる……いや、目の前で密着しているこの少女は本物のラビリだという事だ。
ラビリは両腕を大きく広げ、その小柄な手を僕の腰に回した。
俗に言う、ハグというやつだ。
「いや、分かるには分かる……けど、何で僕に抱きついてるのかなって……。」
「さっきも言ったでしょう?疲れているのよ、私は。つまり癒しが欲しいの。もしくは人肌が恋しいのよ。」
「それ、僕に抱きつく事でどうにか出来るの?」
思わず、そう問いかけるとラビリは間髪入れずに、ええと即答した。
服越しに、彼女の体温が伝わってくる。
暖かくて、柔らかくて、確かに疲れも吹き飛びそうだ。
気付けば無意識のうちに、僕も彼女の腰に手を回していた。
そうして二人で抱きしめ合って、その間には特に会話も無く静寂が包み込む。
言葉はいらない。
こうやって、傍にラビリがいると分かるだけで、心は満たされる。
「ひゅーひゅー!いやあ、いい感じの所とても悪いんだけど晩餐の支度が整ったよ二人とも!」
その耳障りな声にパッと扉の方を向くと、そこにはニマニマと気色悪い笑みを浮かべたピエールが立っていた。
「ぴ、ぴぴピエール!?な、何でここに!?」
「いやあ、ミリューに二人を呼ぶように伝えたんだけれど中々来ないからこうして様子を見に来たってわけさ!」
「ミリューに……?」
ラビリがおもむろに、スカートのポケットに手を入れる。
スマートフォンの明かりが青白く光り輝き、その中から情けない声が聞こえてきた。
「い、いやぁ……私が割り込むのも野暮かなぁと思いましてぇ……。あ、録音とかはしていないので安心して下さいね、花踏さん!二人がその後、ベッドであんな事やこんな事をしたとしても!この美少女AIミリューは、完全黙秘を貫きますから!」
「そういう問題じゃないよね!?っていうかいつからそこにいたの!?」
「そう、花踏くんは私とそういう爛れた関係になりたかったのね。」
「いや、違うよ!?ミリューの誤解だよ!?僕はそんなに自分に素直な男じゃないし!!やっぱりそういう事はこう……付き合ってから、じゃないと……」
「わー!花踏さんが純情可憐な乙女みたいな事言ってて気持ち悪いですー!」
おい、このAIを今すぐ抹消する方法を教えろ!
僕だって、自分のポリシーの一つや二つあるんだからな!!
と、いつの間にかそれまで凍っていた空気はいつもと変わらない空気に変わっていた。
ひりひりと肌に突き刺さる針のような痛みは、この和やかな空気に溶けて消えていく。
「ほらほら、寝たいのは分かるけれど腕によりをかけて作った料理が冷めてしまう!早く祝杯と行こうじゃないか!」
ピエールの言葉に、それもそうだな、と僕も賛成の意を示す。
今日の出来事を全て、飲み込めたわけじゃない。
大切な人を失った。
親友を裏切った。
人を殺すゲームの案内人として、プレイヤーを騙した。
その全部が、許されない事で。いつかその罰は下るのだろう。
それでも、今はこうして同じ道を歩く者達と共に居たい。
何より、彼女の傍で、もう少しだけ支えてあげたい。
だから、何処まで出来るか分からないけれど。
明日からの日々はまだ怖くて、深い闇の中にいるみたいに怖いけれど。
それでも、君がいるのなら。僕は自分が壊れるその日まで……。
ピエールの後に続いて、ラビリが歩き出す。
美しい闇を秘めた髪をゆらゆらと靡かせて。
「行きましょう、花踏くん。」
彼女は僕に声をかける。
美しくて、謎めいていて、何を考えているのか良く分からないけれど。
「——うん。行こう、ラビリ。」
僕は自分が壊れるその日まで、君の隣にいるよ。ラビリ。
そうして、波乱の一日目は終わりを告げる。
新しく始まる日の出と共に、新しいゲームが始まる。
これは、最後の一人になるまで終わる事の無いデスゲームなのだから。
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