第15話 第1ステージ phase7
♢
それは、終わりを告げる鐘の音。
ブザーの音が響き渡り、現れた一人のうさぎはにたりと笑う。
『さて、それでは結果発表と参りましょうか。皆様が決めた犯罪者四人を、私に是非教えて下さい。』
変声機を使って声色を変えているせいで、目の前にいるこの怪しげな人物の正体は全く分からない。
体格的に男のような気もするが、もしも女だったとしてもこの状況を楽しんでいるという事に変わりは無い。
俺達が見つけられた犯罪者は、全部で三人だけだ。
会社の金を横領し、一つの企業を潰した田村さん。
自分が働いているアルバイト先のコンビニで窃盗を繰り返していた山中さん。
そして、自分の子供に暴力を働いた藤來さん。
後一人……その一人は、見つけられなかった。
黙り込む俺達に、案内人は不思議そうに首を傾げる。
『おや?おやおや?何故誰も答えてくれないのですか?時間はたっぷりとありましたよね?だと言うのに、何故答えが出ないのでしょう?』
案内人の言葉に、誰も答えられず沈黙を貫く中、すっと真っ直ぐに手を挙げたのは他ならぬアリアだった。
「確かに時間は与えられました。私達は田村さん、山中さん、藤來さんが犯罪者である事を突き止めました。しかし、私達は最後の一人を見つけ出せずにいます。ですので、貴方の質問にお答えする事が出来ません。」
アリアは包み隠さずにそう、案内人に告げた。
案内人はアリアの言葉を聞いて、何秒間か黙り込んだ後、はあと大きくため息を漏らす。
そして案内人は俺達参加者に、ある提案をした。
『なら、たった一度だけ猶予を上げましょう。今から貴方がたの名前をお読みします。この参加者の中で、一番怪しいと思う者の名前を読んだ時、挙手をして下さい。一人一回までです。』
「はあ!?んだよそれ!!なんでそんな多数決で決めなきゃいけねえんだよ!!」
真っ先に異議を唱えたのは巻島だった。
思えばこの男は、最初から案内人や俺達に突っかかってくる。
自分の思い通りにいかないと気が済まない太刀なのだろう。
「んな馬鹿げた事やってられっかよ!……あ、そうか。そうか、そうか!分かった!最後の犯罪者はてめぇだろ!!」
巻島は何を思い立ったのか、ある一人の人物に向かってビシッと指を指す。
それは、美しい金髪の髪をした華奢な少女だった。
指を向けられたアリアは、動揺する事も混乱する事も無く彼の言葉に疑問を呈す。
「……何故、そう思ったのかお聞きしても?」
「なに、簡単な話だ!てめぇは最初から自分がリーダーかのように俺達を仕切ってただろ!?それはてめぇ自身が犯罪者だって事を隠す為だったのさ!!!」
何の根拠も無い話だ。
しかし、彼の言葉を否定しうる証拠も、ここには無い。
巻島は嬉しそうに高笑いをしながら、案内人に口を出す。
「そういうこった!なあおい、さっさと始めろようさぎ頭!!!!これで四人だ!!!ステージクリアだな!!」
『まぁそう焦らずに。それでは一人ずつ名前を読み上げていきます。田村さん、山中さん、藤來さんは既に犯罪者として名前が上がっているのでこの御三方は除外します。では……』
そして案内人は一人ずつ名前を読み始めた。
その度に、心臓がバクバクと音を立てる。
怪しい点が無かった人達は誰も手を挙げる事無く、スムーズに次の名前が呼ばれる。
『続いて、木下希さん……挙手、二名。荒谷祐介さん……挙手零名。雛郷アリアさん……挙手一名。巻島雷千さん……挙手——七名。』
自信満々に、アリアの名前を呼ばれた時自信満々に手を挙げていた男は次の瞬間、絶望へと落とされる。
「……は?」
その場にいた半数の人間が、巻島の名前を呼ばれた時に挙手をしていたのだ。
俺とアリスは手を挙げることが出来なかった。
ただそれでも、他の皆が巻島の時に手を挙げたのは事実だ。
「おい……おい、おいおいおいおい!!おかしいだろ!なんで俺なんだよ!!!!」
顔を真っ赤にさせ、憤怒しながら巻島は案内人に近付く。
どうして、自分の時に皆が挙手をしたのか。どうして自分が最後の脱落者に選ばれたのか。
巻島は分からないのだろう。
犯罪を犯したという証言も証拠も無いのに、どうして、と。
だが、その理由はその場にいた誰もが分かっていた。理解出来ていないのは当の本人だけだった。
『ふはははは!ご自身は自覚していないようですねぇ??』
楽しげにそう笑う案内人。
そう。この頭のネジが無い奴にだって、どうしてこうなったのかは理解出来ているのだ。
案内人は、怒りで息を荒らげている巻島に告げた。
何故、というその問いかけに答えを導いた。
『——それは貴方が、この場にいる誰にも信用されていないからですよ。』
つまり、最後の多数決はそういう事だ。
最も怪しい人物。最も信用していない人物。最も凶悪で粗悪な人物。
この中で、それに一番当てはまる人物こそが、巻島だったというだけの話だ。
最初から、案内人に突っかかり、誰とも協力しないその姿勢。
そして決定的な決め手になったのは、ここまで纏め、皆を導いてきたアリアへの冒涜。
他の参加者達は、その時思ったのだろう。
——やっぱり、この人とは一緒に居たくない。
理由なんて、そんな単純で簡単なものだ。
気持ち悪いから一緒に居たくない。
怖いから一緒に居たくない。
気色悪いから一緒に居たくない。
気に触るから一緒に居たくない。
そうやって、集団の輪を乱す者は理由を付けて追い払われる。
今回の巻島のように。
彼に敗因があるとすれば、それはこの短い時間の中で己が信用出来る男だと指し示す事が出来なかった事だろう。
だがそれは、巻島が愚かだったから出来なかったという簡単な話じゃない。
人間なら誰だって、一人や二人気に食わない人間がいるだろう。
巻島の努力で、この現状を打破出来たかと問われれば、それはもしかしたら難しかったかもしれない。
少なくとも、目の前で頽れる巻島の小さくなる背中を見て、俺はそう感じた。
『では、ここで貴方がたの決めた犯罪者を挙げましょう。田村さん。山中さん。藤來さん。そして巻島さん。この四人は果たして本当に、犯罪を犯しているのか!?それとも本当は犯罪者では無いのか!!』
いよいよ、最初のステージも終盤に差し掛かる。
案内人は高々に声を上げ、弾む声でその場にいた全員に告げた。
『——では、スクリーンをご覧下さい!!!』
案内人の頭上にある大きなスクリーンには、青く『ゲームクリア』の文字と、赤い『ゲームオーバー』の文字が交互に映し出される。
何度も何度も交互に繰り返し映し出される二つの文字。
そのスクリーンを見つめる間、俺の心臓はバクバクとその鼓動を早める。
目の奥が痛くなりそうな演出。
その場にいた全員が息を飲んだ。
そして点滅は徐々に穏やかになっていく。
ゲームクリア
ゲームオーバー
ゲームクリア
ゲームオーバー
ゲームクリア
ゲーム……
——ゲームクリア。
最後にスクリーンに映っていたのは、青色の文字だった。
そこにはでかでかと、『ゲームクリア』の文字が確かに映し出されている。
汗を握った手の緊張が、少しずつほぐれていくのを感じた。
「勝った……のか……?」
いまいち現実味が無い。
しかし、目の前に書かれている文字は、俺やアリアの勝利を確定させていた。
『おめでとうございます!見事、四人の犯罪者を探し当てましたので、第一ステージ……クリアです!!』
案内人は嬉しそうな声で、そう俺達に告げた。
最後の巻島は、思い切り賭けだったけれどどうやら俺達はその賭けに勝ったようだ。
それまで背負っていた重たい荷物を下ろしたような開放感に、ゆっくりと胸を撫で下ろす。
そんな俺はアリアとぱっちり目が合って、アリアの元に駆け寄った。
「おめでとう、アリア。」
「こちらこそです、祐介さん。祐介さんがいなかったら、クリア出来ていませんでした。」
「買いかぶりすぎだよ。これは紛れもなく、アリアのおかげだ。ありがとうアリア。」
そうお礼を告げると、アリアの顔は淡くピンク色に染まる。
「そ、そんな風に言って頂けて……う、嬉しいです……」
アリアは褒められ慣れていないのだろうか。
アリアのように容姿の整った美少女なら、色々な褒め言葉を聞き慣れていると思っていたけれど。
二人で喜ぶのも束の間、案内人はパチパチと手を叩きながら、俺達に声を掛けた。
『ではこれにて、第一ステージは閉幕となります!勝ち残った方は、右手にある階段から上に上がってください!負けた方は……この場から出られません。』
それは、案内人が現れた扉の真隣にある鉄の扉だった。
いつの間にかその扉は開かれており、薄暗い闇の中に階段が見える。
「まっ、待ってくれよ!お、俺は何もしていない!何もしてない!!!無実なんだ、本当だ!信じてくれ!!!!」
ステージに立つ案内人の足元に、巻島は駆け寄り縋り付く。
それは所謂命乞いだった。
「俺を見逃してくれたら、何だって言う事を聞いてやる!だから……だから、見逃してくれよ!な!?いいだろ!?!?」
必死にそう、案内人に懇願する。
巻島は血相を変えて、ぷるぷると震える肩で案内人に提案した。
案内人はそんな巻島を数秒程見下した後、はあ、とため息を漏らす。
『無実、ですか……。巻島雷千。中高ともに、クラスメイトへの暴行、恐喝。中学の時、貴方がいじめていた生徒はそのまま命を断ちました。これが本当に……無実だと??』
巻島はぴたりと動きを止める。
何となく、風貌からそうかもしれないと感じてはいたけれど。
やっぱり巻島は虐めを行っていた。しかも相手を自殺に追い込むまで……。
ああ確かに、これは立派な犯罪だ。子供だからと少年法に守られているだけで。
——間違いなく、彼は犯罪者だ。
彼の懇願に、耳を傾ける者は誰もいなかった。
間違いなく、この男は許されてはならないから。
巻島に向けられるのは、嫌悪の視線。
彼という男への侮蔑の目。
それに耐えきれなくなった巻島は、くるりと俺達参加者の方を向き、顔を真っ赤にさせて怒鳴り散らした。
「何が……何が悪い!?あいつみてぇなゴミは死んで当然だろ!?俺に逆らって、刃向かう奴は死ぬのが当たり前なんだよ!!!目障りで、気に食わねぇ奴に天罰を下して何が悪い!!!俺に逆らう奴は全員死ねばいいんだよ!!」
この男には反省する気も、自ら命を絶った人への後悔も無い。
自分が絶対的強者であり、逆らう者には罰を下す。
それがこの男の在り方であり、そうやって生きてきた。
だからきっと、巻島には誰も手を貸さない。耳を傾けない。
その場にいた者の多くは、そんな巻島の姿を見てきっとこう思っただろう。
——こんなクズ、死んで当然だ。
彼は言った。『逆らったから天罰を下した』と。
ならこれもまた、そんな彼への天罰だ。
だから俺を含めた他の参加者達は、巻島から目線を逸らす。
そんな中、ただ一人だけどうしようもない男に真っ直ぐな視線を送る者がいた。
そして、凛とした彼女は恐るる事無く巻島に言う。
「貴方は決して、神でも悪魔でもありません。貴方は人間です。どんな理由があっても、どんな感情があっても、人が人を殺す事はあってはならないのです。誰かを死に追いやったのなら、その報いは必ず受けるべきだと私は思います。——巻島さん。私は決して、人が死ぬ事を良しとしません。ですから、巻島さんは生きて、その罪を贖うべきだと思っています。……これが、命懸けのゲームでなければ、私は貴方に手を差し出していたでしょう。」
でも。これはゲームだ。命を懸けたデスゲーム。
そこに勝者が存在するように、敗者もまた存在する。
——巻島が、そうであるように。
「私は貴方を見殺しにする。ですから私もまた、その罰を受けるでしょう。その時は、思う存分、私の事を貶して下さい。それまでは……私は、このゲームで足掻いてみせます。」
アリアは巻島に向かって深深と頭を下げる。
それが、彼女なりの誠意だった。
そんなアリアの在り方に、巻島は言葉も出ないままその場に立ち尽くす。
『では勝者の皆さんは階段を上がって下さい!』
案内人にしたがって、俺達は階段を上る。
憐れな四人を、置き去りにして。
階段を上る間、誰も後ろを振り返ることは無かった。
その背中に待っている光景に恐怖して。
その背中に置いてきた者たちを想像して。
その背中に残っている絶望に目を逸らして。
——俺達は、次のステージに向かった。
脱落者
田村正門
山中透
藤來紀子
巻島雷千
生存者残り——十五人。
第一ステージ終了。翌日より、第二ステージ開始。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます