献残屋と堅物そうなサラリーマン

@HasumiChouji

献残屋と堅物そうなサラリーマン

「先輩、いいんですか、あそこの人?」

 俺が入っている大学のサークルの落語研究会の後輩である関口リカは小声でそう訊いてきた。

 ここは、俺のバイト先の喫茶店の2F席。

 そして、近くの席には……店員がめったに来ないのをいい事に、店外から持ち込んだペットボトルの烏龍茶を飲んでるサラリーマン風の男が居た。

 テーブルに有るのは空になった最小サイズのカップ。

 やってる事はセコいのに、髪も服装もきっちししている。

 顔もマジメそうだ。何代か前の総理大臣に似てる気もする。

 そう云うヤツがセコい真似してるってのも……落語の小話でネタとして使えそうだな……。

「いいよ、今日は客として来てんだから」

 俺は、そう言った。

「あ、ところで、村山さんがやってた小話の中に出て来た『献残屋』って何ですか?」

「江戸時代に有った、賄賂をお金に換えてくれる店だよ」

「へっ?」

「例えば、誰かに賄賂を贈りたい奴は、その献残屋って店で、壺とか掛け軸とか、そう言った美術品を買う。もらった方は、献残屋に『売った』事にして、金に換える」

「い……いや……それって、いいんですか?」

「良くはないけど、金を直接やりとりしてる訳じゃないから……」

「ああ、だから……」

「そう、だから、あの小話では、そんな店だと知らなかった奴が掛け軸を買おうとして『お客様、不心得は困ります』って言われた訳だよ」

「説明するのも野暮ですけど……ちゃんと、お金を払って商品を買おうとしたのに、万引きでもした時みたいな事を言われた訳ですね」

 そんな話をしてる内に……セコいサラリーマンの姿が消えていた。


 俺とリカは、1時間ほど話した後、今日は客として来たバイト先を出ると……。

「あなた……ここの店員さんですよね?」

 外に出た途端に、中年ぐらいの男の声。

「えっ?」

「でも……今日は休みみたいですね?」

 あ……あの……そ……そんな……。

「おやおや、彼女を置いて自分だけ逃げる気ですか?」

 話し掛けてきたのは……例の身形みなりはいいのにセコい真似してたサラリーマン。

「休みの日なのに……何で、あんな事を言ったんですか? 仕事じゃないから言わなくてもいいでしょ? 何、考えてんですか? どうせバイトで、大した給料もらってないんでしょ?」

「何の事ですかッ⁉」

 勇気を振り絞って、そう言ったのは……俺ではなくリカだった。

 ゴッ。

 サラリーマンは、持っていた鞄でリカの頭を殴る。

 お……おい……中に……何が入ってるんだ?

 リカは悲鳴1つあげずに倒れた。

「ああああ……」

「『お客様、不心得は困ります』って、私に言ったんですよね? 私への嫌味ですよね? 何、考えてんですか?」

 それは……こっちが訊きたいよッ‼

「あのねえ……君みたいな非常識な人は……社会に出てから、やってけないよ。判ってる? 私は親切心で言ってあげてるんだよ」

 い……いや、待て……何考えてんですかはははは……。

 じょぼじょぼじょぼ〜ッ……。

「あのねえ、その齢でおもらしって、何考えてんの?」

 小便もらすわ、こんな訳わかんね〜状況。

 逃げ……逃げ……逃げ……駄目だ……え? 俺……いつの間に座り込んでたの?

 立たないと……立たないと……立た……駄目だ、立てない……走れない……歩くのも無理……逃げられ……。


 ……と、ここまで書いた時、この小説を思い付いた切っ掛けである、飲食禁止の公立図書館の読書室で、妙に臭いのキツいツマミを喰いながら、安い缶チューハイを飲んでやがった背は高いが妙に痩せてる初老の男の姿が……あれ? あの非常識な屑野郎、いつの間に、どこへ行った……。

 ん?

 俺の背後に誰か立ってるような……?

 あ……っ。

 振り向くと、そこには、背は高いが妙に痩せてる初老の男が、俺のノートPCの画面を妙に虚ろな目で凝視みつめてい……。

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