第15話 そして虹がかかるでしょう

「俺は君にプロポーズをしにきたんだが?」

 その言葉にライラは驚きを隠せなかった。そして同時に少しの苛立ちを覚えた。何よ今更。今までいくらでもチャンスはあったのに、なんで今なの?

「お断りするわ。」

 ライラは湧き立った少しの怒りに任せて相手の言葉を聞く前に断りの返事をした。

 そんなライラの態度はどこ吹く風、フリードリヒはいつも通りの何を考えているのか読みづらい調子で続ける。

「まあ、そう焦るなよ。少し話をしようじゃないか。その為に今まで待ってきたんだ。」

 待っていた、そう言われてライラは少し泣きそうになった。

 どうしてもっと早く、

 どうしてもっと深く、

 どうしてもっと素直に、

 私を愛しているならそうと言ってくれなかったのか。

 はっきり言ってフリードリヒからそんな感情を向けられているなんて微塵も感じたことがなかった。いつも飄々としていて、どこか遠くを見つめ、あちこちを転々とし、何を考えているのかよくわからない。

 時々ライラの元を訪れるのだって、国がらみの用事での名代か何かで、用事が済むとさっさと帰ってしまい、結局一つ所にとどまることはしなかった。

(どうせ政略的な何かなんでしょ?)

 ライラは疑心暗鬼だった。

「この前言っただろう?幼少が懐かしくなったって。」

 フリードリヒは唐突に先日ライラに謁見した際の言葉を引っ張ってきた。

「…言ったわね。それで、花嫁さがしが云々って。」

 ライラはその時を思い出しつつ答える。その時は目的を見透かそうとして失敗した悔しさが残ったと記憶している。

「そう、だからこうして花嫁を迎えに来たのさ。」

 そのフリードリヒの言動にライラは混乱した。

(何?今回の旅の目的がそれだって言いたいの?今まで散々汚い噂を聞いているはずのこの私を花嫁にですって?)

「まさかこんなに遠回りをするとは思ってもみなかったんだ、迎えに来るのが遅くなってすまない、こんな俺を許してくれると嬉しいんだが。」

 次々と甘い言葉を囁いてくるフリードリヒに、ライラは違和感と嫌悪感を覚えてきた。

「何よ、私はあなたにそんな事言われるような可哀想な子じゃないわ。何の感情もないくせにいかにも前から好きだったような事言わないでくださる?」

 ライラとフリードリヒは確かに幼馴染ではある。だが、特別思い出があるわけではない。

 と、ライラは記憶している。フリードリヒに好きになられる要素なんてなかったはずだ。

「心外だな。俺はずっと君のことを見ていたのに。」

 フリードリヒはすぐさま反論する。

 どういうことなのか理解できないという顔をするライラにフリードリヒは語り始める。

 ーある春の日、傷を作って座り込んでいたフリードリヒに、ライラが傷薬を持ってきて手当てをしてくれた時のこと。

「あの時、目の前に女神が現れたと思った。大袈裟じゃなくね。君の優しさに、俺は胸を打たれたよ。」

 それからというもの、フリードリヒはライラと仲良くしたいと思うようになった。そしてそれはいつしか恋心に変わっっていったのであるが、不幸にもライラの両親が亡くなったり、そのおかげでライラは国政を継がなくてはならなくなり、忙しくしていて、なかなか告白する機会を見つけられずにいた。

 そんな中、ライラ自身が荒んでいき、悪い噂を聞くようになり、両親からの反対にも合い、ますますライラに近づけなくなっていった。

 そして今度はフリードリヒが自棄になった。ライラの事を想いながら、身を固めろと周りからうるさく言われ、国を飛び出した。でも、国を飛び出したことで新たな発見をしたり、見識が広まったりしたことで、両親からは表立ってではないが、少し評価されるようになった。

 そうしてある程度の自由と知識とライラに会いに行く口実を手に入れた今、フリードリヒはここに立っているのだ。

 どこか心あらずと言われ続けてきたフリードリヒだが、本人はそりゃそうだろ、と思っていた。だって、歴訪する国々のどこにもライラはいないのだから。

「そんな昔のこと、忘れちゃったわ。」

 ライラはそっぽを向いて、フリードリヒの思い出を否定した。

 ライラはそもそも、優しいことで定評のある子供だった。でも、誰かに優しくすればするほど、そこに付け込んでくる生き物なのだ、男というものは。ということをやがて理解した。

 そして誰かに優しくすればする程、同性からも妬みを受け、結果孤立するということも知った。ライラは誰かに優しくすることをやめるしかなかった。

 ライラはその美貌ゆえに、苦労することも多かったが、その大半は周りからの妬み嫉みであったり、見た目だけで寄ってくる馬鹿のせいでもあった。

 やがて、身を守る為にあらゆる手段を尽くすようになり、思春期はひたすら自分を守ることに必死だった。それは、ライラにだって夢の一つくらいあったからである。

 『愛してくれる人と幸せな花嫁になりたい』

 そんなライラの願いは叶うことなく、自ら国政のために『犬』の制度を作り、自分の殻に閉じこもるようになった。

 夢を捨てたライラには、自分は汚れたものだという負い目があり、今更優しい言葉をかけられるのは苦痛でもあった。

(私を、見ないで…!)

 ライラは壊れていたが、それが異常だと気づいていなかったわけではない。今までしてきたことの全てを知っているはずのフリードリヒにそんなことを言われたら、どういう感情で対応していいのかわからなくなったのだ。

 

 一方のフリードリヒは、ライラの心の機微を敏感に感じ取っていた。

(辛かったのだろう。けど、今の君のしていることは周りも不幸にすると気づくべきだ。)

 フリードリヒは、ライラの全てを受け入れる覚悟でいた。

 悪い噂は山ほど聞いてきたし、実際に調査させて報告も目を通している。

 そして、目の前にいるのがヨシュアという動かぬ証拠だ。

 でも、だからこそ全てを受け入れて、今あるライラを真摯に受け止めようと思った。

 彼女もまたある種の被害者で、そろそろそこから解放されても良いのではないかと考えていたのだ。うら若き一人の少女が背負うにはあまりにも過酷な運命だった。自分が良き理解者となり、彼女の負担を分かち合えたら。今こそ、今度は自分がライラに手を差し伸べるべき時なのだと、フリードリヒは使命感さえ感じていた。

「馬鹿馬鹿しい、茶番は終わりよ、私は愛なんていらない!放っておいてよ‼︎」

 段々と混乱の中でヒートアップしていくライラの声のトーンからは、触れられたくないという明確な意思が見て取れた。自分自身に発生した矛盾の中で、何がなんだかわからなくなっているのだろう。そんなライラをフリードリヒはそっと抱きしめる。

「‼︎やめて!」

 咄嗟のことに、思い切りフリードリヒを突き飛ばしたが、フリードリヒはびくともしない。

 ライラは抗えない現状に、過去のフラッシュバックを起こした。

「嫌っ!」

 その場で泣き崩れるライラをフリードリヒは優しく介抱する。

「これからは俺が君を守る。君はもう怯えて暮らす必要はないんだよ。」

 優しく語りかけると、ライラは限界だったダムが崩壊したかのように泣いた。

 

 ヨシュアは目の前で起こる目まぐるしい展開について行けずにいた。

(フリードリヒの話ってのが実は女王への求愛?そんな素振りなかったけどな…。)

 でも、話の展開からしてフリードリヒの想いは長いものだったらしい。それはヨシュアがマリーを想う気持ちと同じだな、と感じていた。そして自分はこの場にいるのは場違いな気がしていて、退出を求めたが、フランツに却下されていた。

「貴方が今見ているのは、この国の悲劇であり現実です。そしてこの国の未来の最初の目撃者になるのも悪くないでしょう?」

 とのことだった。

 

 フランツは立会人としてこの場に留まっていた。何より長年仕えてきた主人が、やっと身を固める瞬間…ではなく想い人にようやく想いを伝えた瞬間だった。ライラに目をつけられた時はどうなることやら、と思っていたが、フランツもやっと大仕事を一つ終えることができる。

 『ライラの身辺に常に気を配れ。ライラに何かあったらお前の首が飛ぶからな。』

 そう申しつけられてしばらくの間、フリードリヒのいない間警護がわりに影から見ていたその時だった。ライラが暴漢に襲われていたのだ。

 自分の首が飛ぶのはまあいずれは仕方のない事だとしても、倫理的にこの状況は放っておけない。とりあえず暴漢を退治し、ライラを助け起こすと、何やらキラキラうるうるとした瞳でこちらを見つめていた。

 この展開は実にまずいのでは。

 そう思って固まっていたら、主人が帰ってきた。

「おい、フランツ。何してる?」

 ひとまずその声に反応してその場を後にした。これは私の意思ではなく主人の意思だと伝える暇もなく。

 その後発覚したのはやはりライラの思い違いだった。『たまたま居合わせたフランツが紳士的に助けてくれた』という感じになってしまい、その勘違いからライラの熱烈な歓迎を受けるハメになった。

 躱すことは問題ないので、のらりくらりとやってきたが、そろそろ貞操の危機を感じていたので、ここらで終わりになったことにホッとしている。

 

 ライラはひとしきり泣いた後、我に返ると、状況を把握した。

 

「お断りよ。」

 まだ涙声だが、はっきりとそうフリードリヒに告げた。

「理由を聞かせてもらおうか?」

 フリードリヒは納得できないという様子でそう返す。

「………私、が、もう、汚れてしまったから…。もう、元には、、戻れない……。」

 ぽつりぽつりと、ライラは返す。

 そんなことを気にして今のライラに告白できるはずもないのに、何を言っているのか。

「バカだな、君は。」

 あまりの愛おしさにフリードリヒは再びライラを抱き寄せた。

 ライラは抵抗しなかったが、やはりプロポーズに関しては断ると言い張った。

 フリードリヒは何度も説得を試みたが、やはり個人的に踏み切れないのだという。

「そうか。じゃあこの話は破談にして、この媚薬の秘密と解毒薬を国に持ち帰るとしよう。」

 フリードリヒは最終兵器を持ち出した。

 それを聞いたライラは寝耳に水で、一気に顔色が変わった。

「え?解毒薬?国に持ち帰るって何??」

 それを聞いたフリードリヒは、ニヤリとしながら、マリーの作った解毒薬を取り出した。

「君が使っているその媚薬とやら。実は毒薬であることが判明した。そしてその解毒薬を開発したのがそこにいるヨシュアの想い人であるマリーだ。もちろん彼女のことは知っているだろう?」

 そこまで聞いたライラはほとんどの事を理解した。

 ヨシュアがどうやって媚薬を持ち出したかまでは言及しなかったものの、マリー、ヨシュアとフリードリヒが結託していることまでは察した。賢さは健在だった。

「そう、それが目的だったわけね…。相変わらず抜け目のないこと。」

 ライラが悔しそうに呟く。

「もちろん最終的な目的は聞くまでもないが、最悪そうしようと思っていただけさ。で、どうする?」

 フリードリヒはさらりと脅しをかけている。

「私が首を縦に振らなければ秘密を暴露するって言っているの?恐ろしい男ね。そこまでして私の何が欲しいの?」

 ライラはだいぶ平静を取り戻していたが、あくまでも断ろうとする意思は変わっていないようだ。

「そうだな。君の隣にいる権利、かな。」

 ライラは目を白黒させた。

(ここまでしておいてそれだけ?裏が…)

「ちなみに裏はないからね?」

(!読まれた…。)

「……負けたわ。」

 フリードリヒはこれまで見せたことのない笑顔でこうライラに尋ねた。

「俺と結婚してくれる?」

 ライラはついに首を縦に振った。

 

 

 フランツとヨシュアは顔を見合わせた。

「ね。未来の目撃者になったでしょう?」

 フランツはいつになく嬉しそうだった。それは主人が想い人と結ばれた(半ば強引に)ことに対する喜びなのか、念願叶って自分も身を固められることに対する喜びなのかはわからなかったが。両方かもしれない。

 そしてヨシュアはライラからの謝罪と賠償金をもらい、城を辞することになった。

 もちろんそれで今までのことが全て水に流せるわけではなかったが、ひとまずヨシュアはなんでも良いから村へ飛んで帰りたかった。

 

 

 ライラに頼んで体調が万全でないヨシュアは、馬車を用意してもらい、できるだけ早い手段で村へ帰った。

 

「ただいま!」

 村へ着くと、マリーとアンナが入り口で待ってくれていた。ヨシュアは二人の元へと駆け寄る。

「おかえり、ヨシュア!」

「お帰り、お兄ちゃん!」

 三人はお互いを抱き止める。

「やっぱり痩せたね、ヨシュア。ちゃんとご飯食べないと。」

 マリーはやっと柵なく会えたヨシュアに涙する。

「ああ、心配かけてごめんな、マリー。これからは無茶しないようにするよ。」

 そう言ってヨシュアもやっと家族に会えたことに心から安堵し、涙する。

「お兄ちゃん、約束だからね!」

 アンナは険しい表情で兄であるヨシュアに告げる。アンナにももう離れたりしないよ、と約束した。

 ヨシュアは村に帰ったら一番にしようと決めていたことがあった。

「マリー。」

 ヨシュアは家に向かっている道中で、不意に足をとめ、マリーを呼び止めた。

 ん?と振り返ったマリーに、ヨシュアは全力で伝えた。

「俺と結婚してください‼︎」

 急な発言にマリーは一瞬、

「え?」

 と驚いたが、少し頬を染めた後、

「もちろん!」

 と返した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女王と甘い蜜毒 安倍川 きなこ @Kinacco75

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ