第14話 反転

 あれから二週間余りが経ち、ヨシュアは順調に回復しつつあった。

 まだ全快したわけではないが、死ぬのでは、という不安に駆られることは無くなった。

 少しずつ食事を摂ってみているが、マリーからの援助が大きく得られていること、そして解毒剤で少しずつではあるが解毒されていることなどからあまり負担を感じることなく食べることができ、吐き戻すことはほとんどなくなった。

 それだけのことでも、自分は健康になったなと思える程にはヨシュアは危険な状態にあったといえた。

 ヨシュアは光を見ていた。このまま健康状態を戻し、城を辞して故郷に戻り、マリーとアンナを幸せにしたいという光を。

 しかしそこには影があった。ライラがこのまま自分を見逃してくれるだろうか、という不安の影だった。

 ヨシュアがそんな光と影の間を彷徨っているとき、ライラは不可思議に思っていた。

 最近ヨシュアを見張らせている監視から、目立った情報が入ってこないのだ。以前は体調が悪そうだとか、頻繁に食事を吐き戻しているとか、そんな悪い情報がひっきりなしに入ってきていた。最近それが全くないのだ。もはや恒例行事だからわざわざ報告に上がってこないのか、それとも?ライラは疑問だったが、そんな細かい事を確認するほど暇でもなかった。

 所詮ヨシュアもただの犬の一人。替えはいくらでもいる。ライラはそう割り切って気に留めることを一旦やめた。

 それよりも片付ける政務は今日も山積みだ。でもしばらく忙しすぎて誰も呼んでいない。

 確認ついでにヨシュアちゃんと久しぶりに戯れるのもいいかもしれない。ライラは名案を思いついたとばかりに今日の政務が片付いたらヨシュアを呼ぶことにした。

 

 

 フリードリヒは城下にいた。町で情報収集をしつつ、ある物を探していた。

(ヨシュアからは悪い報告は聞いていないし、順調かな…?)

 マリーからの薬は順調にヨシュアを回復させているらしい。マリーの凄さを改めて感じる。何かあったらすぐに知らせてくれとマリーからは依頼を受けている為、常にヨシュアの体調には気を配っている。故にフランツには城に残ってもらうよう頼んである。フリードリヒは町角であるものを見つけると、満足げに頷いた。

 フリードリヒは舞台は整ったと確信した。あとはライラの機嫌次第。その時を待つことにした。

 

 

 久しぶりにヨシュアの前にライラからの使いがやってきた。

 ヨシュアは驚かなかったが、ついに決戦の時が来たと覚悟を決めた。

(フリードリヒは何をするつもりなんだ…?)

 そういえば話があるから、としか聞いていない。何の話だとか、突っ込んだことは聞けないまま首を縦に振ってしまった。媚薬を再び飲むことはないような話はしていたが、あの横暴な女王をどう説得したらその結末に至れるのか、ヨシュアには想像がつかなかった。

 もし失敗して一生を城で過ごすしかなくなったら。それこそヨシュアは死にたかった。

 そう考えると、マリーからの薬を見つめつつ、マリーとアンナの顔を精一杯思い出して、後悔しないよう時を過ごした。

 

 

 夜が来て、ヨシュアは使いに連れられていつもの通りにライラの部屋を訪れた。

 相変わらず少しだけ灯りが漏れていて、部屋の中は薄暗い。フランツを通してフリードリヒには連絡が行っているはずだが、まだ来ていないようだ。とりあえず怪しまれないよういつも通りに振る舞う。

 部屋に入ると、ライラはすっかりその気なのか、ヨシュアの肩に腕を回してきた。

「こないだひどく雨が降ったでしょ?そのせいで私、疲れてるの。ヨシュアちゃんなら、きっと癒してくれると思って。ふふ、いいでしょ?」

 ライラはそう言うとヨシュアにしなだれかかってみせる。

「そこまでにしてもらおうか、ライラ?」

 その声の主は、いつぞやマリーが現れたドアから不意に現れた。

「何なの、放蕩息子さん?私の楽しみを邪魔しないでいただける?」

 そう嫌味たっぷりに告げられたフリードリヒは少し不満げに灯りの元へやってきた。

「まあ、そう邪険にするなよ。とりあえずヨシュアはこっちへ渡してもらおうか?」

 それを聞いたライラは、ヨシュアを一目見て、

「なあに、あなたたちそういうことなの?」

 と言い放った。

 フリードリヒははあ、とため息をひとつついて、

「変な誤解をするなよ。あくまでもヨシュアはクライアントの一人だ。俺は俺の為にしか動かんさ。」

 とライラに返した。

 二人の言葉の応酬は少しの間続いたが、そのせいでライラの腕が解け、ヨシュアは身動きが取れる状態になった。すかさずそこへ影に待機していたフランツからこっちへ来るように、と指示が入る。相変わらず抜け目ないコンビである。

 それに気づいたライラが、この件に関してフランツさえも動いていると理解し、激昂する。

「どういうこと?私の可愛いワンちゃんに手を出そうっていうの?国際問題になさるおつもりかしら?」

 ライラも不機嫌ながらも、我を忘れる程愚かではない。かといって、フランツにこの場を見られたことがとても嫌だった。知られていたとは思う。ただ、その場に居合わせられたことは今までなかった。だから敢えてこれ以上踏み込んで欲しくなくて、国際問題というワードを出すことで手出し無用にしたかった。

 しかし、フリードリヒはこう続けた。

「国際問題?とんでもない。俺はただ君と真剣に話ができる機会を待っていただけさ。」

 ライラはますます苛立った。

「話?私はあなたと話すことなんて何もないわ。興が削がれたわ、今日はみんな帰ってよ!」

 しかし取り乱しつつあるライラにフリードリヒは冷静に続ける。

「わかった、でも最後に一言だけ言わせてくれないか?」

 ライラはこれまでにない感情に突き動かされ、パニックを起こしかけていたため、つい言ってしまったのだ。

「何よ!」

 と。

 この一言がライラの命運を分けたと言える。

 フリードリヒは意気揚々とライラに宣言した。

「俺は君にプロポーズをしに来たんだが?」

 と。

「…え?」

 ヨシュアとライラは同時に驚いた。フランツだけが眉ひとつ動かさなかった。 

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