エピローグ

 翌月。

 二人は再度、沢町を訪れた。

 生き生きとしていた向日葵は勢いを失い、代わりにコスモスとススキが青空に映え、風にそよぐ。

 家先には菊の花が色とりどり見える。

 鍾乳洞は受付を再開していた。

 駐車場に停まる車はまばらである。

 受付にいくと田川が二人を見て、大きく頭を下げた。

「お久しぶりです。田川さん、お元気でした?」

 九曜の言葉に嬉しそうに頷く。元気そうで何よりだ。

「神主さんは……?」

 表情から笑顔が消え、そっと顔を背ける。

 田川の話によると、あれから警察の捜査で、証拠を突き付けられ、罪を認めたのだという。

「今は様々な監視システムがあるからね。夜遅くに、神主さんの車が鍾乳洞を往復していたこと。また、駐車場か売店のあたりの監視カメラから石を運ぶ様子を突き止めたのだろう。それを突き付けられれば、流石に言い逃れも難しかったのかもしれない」

「悲しい事件でした」

「他人との縁は切ろうと思えば切れる。しかし、血縁は切れない。だから、一度できた溝は時には闇より深くなる」

 九曜はそう言葉を付け加えた。

 鍾乳洞はこの地域の財産として、現在は完全に役場の方で運営を行っているとのことだった。

「里美くんは?」

 実は雪上は彼に会うのを楽しみにしていた。

 今日が土曜日だったので、もしかしたら彼がいるかもしれないと思っていた。

「試験勉強に励んでいますよ」

 田川さんが頼もしそうにそう言った。

「試験勉強? 大学を受験することに決めたのですか?」

 雪上は驚いいた声を上げる。

「いえ、そうではないのですけど……役場の方で、募集があって、試験に受かれば職員になれるから、やってみないかって。大川さんに直接、そう話を聞いたみたいで」

「なるほど」

 九曜は頷く。雪上も納得した。確かに、今の里美にとってはそれが最良の選択なのかもしれない。

「この鍾乳洞が役場で完全に管理しているとなると、里美くんも試験に受かり、職員となれば仕事で関わることもあるでしょうし、今までの経験が彼の強みになりますね」

 雪上の言葉に、田川も自分の事に様に嬉しそうに頷く。

「ええ。私としても関わってくださる職員の方が顔見知りの方がいいものね」

 もともと頭の良い彼なら大丈夫だろうと思うと同時に、少しだけ会えなかったことは淋しく感じる。けれど、彼は彼で頑張っているのだろう。仕方ない。

 先ほど、鍾乳洞に来る前に社務所に寄った。

 ひっそりとしており、人の気配は全く感じられなかった。参拝客も、もう途絶えてしまった様だ。まるで蒼龍の伝承が息をひそめ全く何もなかったかの様に。

「中に入っていくかい?」

「はい。それが目的で伺いましたので」

「どうぞ」

 九曜が入場料を払おうとすると、田川は首を振った。

「大川さんから、お二人が来た時には、そのまま通す様にと言われていますよ」

「ですが」

「本当は、前回来ていただいて、あんな事になってね……わざわざもう一回、来てくれているんだから。それよりも、よかったら売店でなんかお土産買って行ってちょうだい」

「ありがとうございます」

 田川の笑顔に後押しされる様に、雪上と九曜は鍾乳洞の中へ進んでいく。

 鍾乳洞の中は一か月前、初めて中に入った時と何ら変わりなかった。ここで人が一人亡くなったというのに。でもよく考えてみると、人の命以上の歳月をかけてこの鍾乳洞は存在している。悠久の時の中で、人の一生なんて僅かなものだ。

 鍾乳洞の中は何一つかわらない。冷えた空気と、濡れた岩肌がそこにある。

 東子が倒れていた場所までくると、雪上は足を止めた。

「蒼龍の伝承はここで途絶えてしまうのでしょうか」

 先頭を歩いていた九曜は立ち止まり、雪上を振り返る。

「中国の故事で『蒼龍窟』を知っているか?」

「いいえ」

 蒼龍のすみかと言う意味だろうかと雪上は首を傾げる。

「蒼龍窟とは絶対真理のありかだという。蒼龍の、のどもとには珠があるそうだ。その珠を手に入れるためには命を捨てなければならないと……」

 確かそんな話だったと九曜がうろ覚えに話す。

――絶対真理。

 その言葉を聞いた時に、この鍾乳洞が悠久の歴史をつないできた存在であることが肌でまざまざと伝わって来るような気がした。

 雪上を含めた、誰もが答えや真理を求めてこの鍾乳洞に入って来る。もしかしたら、時が流れてまた、雪上達の様に蒼龍の伝承にスポットをあて、ここに来るものもいるかもしれない。

「東子さんは、ここで何かを見つけたのでしょうか?」

 雪上の言葉に答える声は無かった。

 

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蒼龍殺人事件 沙波 @nanashi_zyx

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