エピソード十一

 めでたいことに、僕の冒険の大枠はこれでおしまい。離島に着いてからの僕の行動なんて高が知れているから、以降の大部分は個人で補完してもらいたい。だってそうだろう? 語るまでもないことだ。豪邸のホールで完全防備の迷彩服を着込んで待ち構え、癖を消すためにぎこちなく動きつつ、ボイスチェンジャーを仕込んで声も変え、豪邸生活に馴染んで生気を取り戻しつつある漂流後の自分に、真相のヒントを与えるだけだ。その後にはただ、豪邸を舞台にした冴里とのアバンチュールが待っている。

 今思えば、迷彩男の話す内容よりもむしろ、素顔を晒すことが出来ない怪しげな人物が登場するということ自体が、この冒険を巡る謎の最大の手掛かりだったといえるのではないだろうか。未来の僕は、過去の僕からその姿を隠すことによって、巧みに敵と味方を両方とも演じていたのだ。勿論その最終目的は歴史の辻褄を合わせることにあったわけで、過去の僕が苦しもうが楽しもうが全ては味気ない既知の出来事であり、そういう意味において、自作自演というにはあまりにも虚しい代物だった。

 ともあれかくもあれ、僕を巡る因果の鎖はこれにて無事に繋がった。真っ直ぐに流れる時間の上で、螺旋を描くように同じ時空を二周し、平行世界を掠めるようにしながら無事に元の世界へ着地する。実時間にして十三日間(三年前への一時的なタイムスリップは除外)、体感時間にして四十日以上を経て、僕の小さな冒険は幕を下ろしたのだ。

 なので、ここからは冴里の物語ということになる。

 結果から先に言うと、冴里は無事に狭い時間の中から脱出出来た。閉鎖した世界で自縄自縛になっていた梢という生き方から脱却し、新しい時間の中に自らの可能性を転置した。

 小難しい話は止そう。具体的に何が起こったのかわからないと話にならない。

 離島に向かった面子の中に当然のように冴里も入っていたけれど、よく思い出して欲しい。僕が実際に漂流を経験した後、離島での生活六日目にヘリコプターが到着した時、そこに未来の冴里(冴里にしてみると『過去の冴里』)なんて果たしていただろうか?

 答えは否だ。僕があの島で出会ったのは、軽佻浮薄なパイロット、長身痩躯の金髪女性、堂に入った若社長、ロボットみたいな全身迷彩男、この四人だけだ。

 迷彩男が未来の僕であることが明らかになったけれど、同行した未来の冴里は、一体どこで何をしていたんだろうか。

 考えてみると、この時この島には三人の僕(加賀見さんはグレーだけど)と三人の冴里がいたことになる。パイロットを除けば僕と冴里しかいないなんて、あまりにも常軌を逸した会合だ。……そしてまたここで重要なのは、加賀見さんと梢さんを除いた二つのカップル間で、外見の差異は殆ど存在しないということ。

 十日以上に渡る漂流を終えた直後であれば、過去の僕と冴里はあまりにもみすぼらしく変わっていたはずだ。頬は削げて窶れ、筋肉は衰え、髪はぼさぼさに痛み、服も皮膚も垢じみて鼻をつくような匂いにまみれていた。けれど、彼らには再生のための六日間が与えられている。バランスの取れた食事、適度な運動、清潔な居住環境……申し分の無い生活を送る中で、二人は活力と共に本来の体つきを取り戻す。隠しようがないのは若干伸びた髪と汚れきったフリーパスくらいのもので、それ以外は漂流前と遜色ない。

 冴里が豪邸に辿り着いた時、『道理で漂流生活が辛いわけね』とぼやいたのもそれが原因である。つまり彼女は漂流後の自分と対面した時、相手が普段とほぼ変わらぬ血色の良さそうな顔をしているのを見て(しかもそれを漂流直後と勘違いし)、漂流は所詮大したことがないものと高を括ってしまったのだ。それが冴里の誤算であって、彼女がボート一つで外洋に置き去りにされるという暴挙を容認した遠因にもなるわけだ。そして、あの感嘆が演技でなく本心から出たものであったということになれば、彼女は当時、漂流の規模を知らなかったということになり、即ち、『同じ歴史を何度も繰り返す円環の事実も無かった』ということになる。

 逆に言えば、円環を崩すためには、冴里に漂流の辛さを誤認させる必要があり、そのために僕達は、二人が既に離島に漂着したことを知りながら、十二日目までヘリコプターを飛ばすことが出来なかったのだ。

 そして、離島で冴里を漂流後の冴里と対面させた。

 ……そう、要するに僕と迷彩男がホールで話している間、冴里も同じようにもう一人の自分と対峙していたわけ。

 冴里は僕と異なる時間を移動しているので、過去の冴里とか未来の冴里と言ってもややこしいだけだ。わかりやすく二者を区別するため、ボディーガードの冴里とロングスカートの冴里という呼び方をここでも踏襲しよう。過去の僕と一緒に漂流を終え、爛れた豪邸生活を送ったのが前者、未来の僕の辻褄合わせに付き合わされ、だいぶ打ち解けてきたのが後者だ。また、冴里の中では前者が未来、後者が過去である。

さて、この二人には、先に挙げた髪の長さやフリーパスの汚れという時間要因による差異だけでなく、もっと根本的な違いがあるのだけれど、お気付きだろうか。

 まず、普通に考えれば服装ということになる。黒尽くめで忍者のような格好をしているボディーガードの冴里に対して、ロングスカートの冴里の方は一般女性のするような穏やかな着こなしを好む。ちなみに島に向かった時も、さして特徴的でないラフな出で立ちだった。ロングスカートの冴里と呼んでいる割に膝丈のプリーツスカートだったりして、説明が煩雑になるので詳細は省く。けれどもこの違いは、趣味の違いというより出自の違いを表していると見るべきだ。何しろボディーガードの冴里は、肌身離さぬと自分で説明したはずのカメラを始め、一切の荷物を持っていない。斟酌すべき理由がありそうだと思わないか?

 もう一つは、怪談話が得意か否かという点だ。ボディーガードの冴里は怖い話を苦手としていた。それも、大の苦手だと言って過言でない。救難ボートの中で、彼女にしてみれば自作自演でタネも割れている撮影者不明の写真(僕と冴里と伊地知の三人が写っているやつ)を見て、恐れることなど何も無いはずなのに、その場の雰囲気に釣られて一人で怯えるほどなのだから筋金入りだ。また、誰もいない豪邸を前に、幽霊屋敷より殺人事件の現場としての館の方がましだという心情も吐露している。一方、ロングスカートの冴里は、怖い話が好きかどうかという僕のストレートな問いかけに対し、好きでも嫌いでもなく、得意でも苦手でもないと返答し、事実、コインロッカーに赤ん坊の死体が入っているという怪談めいた話を自ら偽作しさえした。

 この差異は服装の差異とは別に、非常に重要な意味を孕んでいるのではないかと僕は考えた。何しろ、怖い話が得意かどうかなどという、僕の冒険において全く重要とは思えない部分で、冴里が性格を偽る理由など一つも無いからだ。つまりこれは、純然たる二者の違いであると考えられ、ボディーガードの冴里とロングスカートの冴里がであることの証左だとも言えるのだ。

 ここでいう別人というのは、つまり平行世界の冴里という意味だ。平行世界の自分は、必ずしも今の世界の自分と同じ精神構造をしていない。これは、最初の方で紹介した僕だらけの三十人集会の事例でも明らかだろう。奇声を上げようと考えた八番目の僕と、あえて奇声を上げることなく黙っていようとした八番目の僕。集会で奇声が上がったかどうか、という僅かな違いから生まれた二人の僕は、どちらも同じだけの時間を生きた僕でありながら、別々の行動をとった。ありうべき僕というのは、僕が自分自身だと固く信じている『この僕』だけではないのだ。

 冴里の場合、それが『怪談話が苦手か得意か』という部分で齟齬となって現れた。そんなのは、ほんの些細なきっかけでどうとでも変わる代物だ。核となる本質的な性格を揺さぶらない範囲で、ありうべき冴里が立ち現れる。

 では、時間と世界を隔てた二人の冴里がいるとして、一体何が変わるんだろうか。ボディーガードの冴里とロングスカートの冴里が二人揃い、円環から脱するためにとるべき冴えたやり方とは何だろう。

 答えは明白。推理小説なんかだと使い古された感もあるあれだ。

 そう、入れ替わりトリック。

 何しろこの二人は、多少の誤差はあるものの正真正銘の同一人物だ。一卵性双生児など目ではない。服や持ち物をそっくり替えてしまえば、見た目で区別出来る要素は完全に消える。

 そもそも、この入れ替わりで騙す相手は過去の僕だけであり、その僕は離島にもう一人冴里がいることを知らない。二人の冴里を前にすれば入れ替わりの懸念をするかもしれないけど、一度席を外して戻って来た冴里が別の世界の冴里になっているなんて想像するはずがなかった。

 ちょっと頭がこんがらがったかもしれないけど、要はこういうことだ。

『離島から僕と一緒にヘリコプターで脱出したのは、ボディーガードの冴里ではなく、ロングスカートの冴里である!』

 豪邸の一室で待機していたロングスカートの冴里は、カメラを始めとする持ち物を全て外し、ボディーガードの冴里から受け取った黒尽くめの格好に着替え、髪の結わえ方を変えた。梢さんという心強い味方もいたことだし、多少のメイクで調節すれば完璧な変装が可能だったろう。そして、何食わぬ顔で迷彩男との対話を終えた僕の前に現れる。それが、あの時の冴里なのだ。

 思えば確かに、小さな違和感はあった。例えば、戻って来た冴里は少し険のある表情をしていたけれど、それは自分が仲間外れにされて機嫌を損ねていたのでなしに、僕に作戦がバレやしないかと緊張していたため顔が強張ってしまっていたんだろう(勿論、冴里には事前に絶対に大丈夫だから気にするな、と言ってはあった)。僕にしても、冴里と手を繋いでも何故か心が落ち着かない、と冗談めかして些細な異常を訴えている。これは、ボディーガードの冴里が僕と熱烈な関係にあったのに対し、ロングスカートの冴里がまだ最後の一線を越えていなかったため、二人の間に若干の温度差が生じてしまったからだ。また、彼女は不安がる僕に、

『大丈夫よ……。今度は私があなたを守ってあげるから、安心して。何しろあなたは私の運命の人なんだから』

 と、口を滑らせている。『今度は』も何も、ボディーガードの冴里なら、元々僕を守ってくれるという話だったではないか。ロングスカートの冴里なら、駅で拳銃を突きつけられていたところを僕に救われたというエピソードを引き摺っていたと考えられなくもない。この後で僕のボディーガードを買って出ることを意識するあまり、ついぼろを出したというわけだ。それに何より、道中で冴里が披露した怪談(ロッカーの中に嬰児のミイラが云々)こそ、彼女がロングスカートの方の冴里であるという明白な証拠だった。

 もっと言うと、フリーパスの劣化具合を確認すれば一番わかりやすいはずだ。ロングスカートの冴里は漂流生活をしていない分だけちゃちな腕輪の劣化が穏やかであり、過去の僕の目に触れれば一目で違いがわかってしまっただろう。……だから逆に、出来る限りパスを僕の目から隠すよう、ホテルのスイートルームで口を酸っぱくして言っておいた。

 黒尽くめになったロングスカートの冴里は、何も気付かない僕と一緒にあの日の遊園地に戻り、スパイごっこに興じた挙句、狂言発砲騒ぎで、昔の僕に合流する。ここで注意すべきなのは、この昔の僕というのが『ボディーガードの冴里』に助けられた『この僕』の昔の姿ではない、ということだ。僕が戻ってきたのが平行世界だったことに留意して欲しい。その僕は、『ロングスカートの冴里』がボディーガードの役を担って助けた『ありうべき僕』の姿であって、僕自身でない。そしてここで出会う『ありうべき僕』こそが、ロングスカートの冴里の本当のパートナーだ。

 つまり、僕と冴里は旅の行程の半分だけ世界をずらすことで、円環を脱出した。全てのありうべき僕が二人の冴里に出会い、玉突き的に平行世界を行き来して、全てのありうべき冴里が二人の僕に出会い、玉突き的に自らの世界を放棄した。

 四次元、とはつまりそういうことだ。上下、左右、前後という三方向への移動を超越した、世界というもう一つの軸を移動する。……それがタイムスリップの本質だったのだ。

 きちんと順を追って考えてみよう。時系列があやふやなのに順を追うも何もないけれど、因果を上手く繋いでみる。

 まず、ボディーガードの冴里。彼女はある日、幼い梢ちゃんを連れて遊園地に遊びに来た。その帰り際、謎の女性に拳銃を向けられ、危ないところを僕に助けられる。ちなみにここでいう僕は、この僕でないから仮に『僕A』としよう。彼女は『僕A』に一連の仕上げを付き合わされ、説明を受けながら孤島に連れて行かれる。そこでもう一人の冴里(ロングスカートとは別人)と入れ替わり、『過去の僕A』と合流して平行世界に降り立つ。狂言発砲の中、過去の僕(僕Aではなく、この僕)にボディーガードを申し入れ、漂流生活に入る。離島に着くと、そこでロングスカートの冴里と入れ替わり、迷彩服を来た未来の僕と合流して冒険のゴール。つまり、この冴里が本当に僕と一緒にいたのは、最後の漂流部分だけだ。

 また、視点をこの僕に移してみよう。僕は遊園地内で『僕A』の発砲に出くわし、ボディーガードの冴里に助けられ、漂流生活に入る。離島に着くと、そこでロングスカートの冴里と合流し、過去の平行世界へ降り立つ。狂言発砲で『過去の僕B』とロングスカートの冴里を合流させ、漂流させる。家への帰り際にロングスカートの冴里の危機を救い、一連の仕上げに付き合わせ、説明をしながら孤島に連れて行く。そこで、ボディーガードの冴里と合流して冒険のゴールとなる。

 さらに、ロングスカートの冴里の場合。彼女はある日、幼い梢ちゃんを連れて遊園地に遊びに来た。その帰り際、謎の女性に拳銃を向けられ、危ないところを僕に助けられる。ちなみにここでいう僕は、『この僕』だ。彼女は僕に一連の仕上げを付き合わされ、説明を受けながら孤島に連れて行かれる。そこでボディーガードの冴里と入れ替わり、過去の僕と合流して平行世界に降り立つ。狂言発砲の中、『過去の僕B』にボディーガードを申し入れ、漂流生活に入る。離島に着くと、そこでもう一人の冴里と入れ替わり、迷彩服を着た『未来の僕B』と合流して冒険のゴールとなる。つまり、この冴里が本当に僕と一緒にいたのは、漂流以外の部分だけだ。

 おわかりだろうか? この調子で、僕と冴里の物語は延々と続けられる。僕を主体にすれば、三人の僕と二人の冴里が、冴里を主体にすれば三人の冴里と二人の僕が、その物語に関与してくる。僕という歯車と冴里という歯車がお互いがっちりかみ合って、かたかたと運命を回している風に考えればいいのかもしれない。いくつの歯が用意されているか、それはわからない。三つの世界の僕と冴里が一つずつ順繰りにパートナーを交換しただけかもしれない。あるいは、無限に連鎖する平行世界をドミノ倒しのように突き進んでいくのかも。

 それを観察する術は誰にもないんだ。

 一つだけわかることは、世界を超越した円環を作り出すことによって、冴里は一つの世界で歴史を繰り返す小さな円環から完全に脱したということ……。


 過去の僕にコインロッカーの鍵を手渡し、役目をすっかり終えた僕は、ガスマスクとヘルメットを外して冴里の部屋へ急行した。ホールでマスク越しにわずかの間再会した、良く知る冴里の仕草が脳に絡み付いていた。着替え中に駆け込むわけにもいかず、二階の客間の前でやきもきしていると、中から梢さんと冴里が現れた。

「冴里!」

 感激のあまり抱きつきたくなったが、ふと思いとどまる。

 黒尽くめのスタイルだったので間違えそうになったが、こちらは連れて来たばかりのロングスカートの方なのだ。同一人物だけあって、そっくりと言うのも馬鹿らしいほど似ている。一瞬で僕の当惑を読み取ったのか、彼女はくすりと笑った。

「私も、そんな風に切なく求められるようになるのかしら。楽しみだわ」

 どちらからとなく握手をした。この冴里も、別の僕と一緒になる運命にある。きっとそうだ。

「じゃあ、元気で。お幸せに」

「そっちこそ。もう一人の私を泣かせたりしないでね」

 二人は、荷物を纏めるために当時の僕達の使っていた部屋へ向かって去って行った。

 僕は、高鳴る鼓動を抑え、ノックもせずに扉を開けた。

 大きな鏡越しに目が合った。当たり前の話だけれど、冴里は傍から見る限り、すっかりロングスカートの冴里になっていた。服装だけでなく、これまでの時間移動の遍歴を記録するカメラも預かり受けている。

 まるで、自分とは別の誰かに生まれ変わるための儀式であるかのようだ。

 この冴里とは、随分と久しぶりに言葉を交わす気がする。

「予言は当たった?」

 目元にわずかな緊張を滲ませつつ、冴里が問う。

「予言?」

「忘れたの? 『あなたはどうせ近いうちに、私を選ぶことになるわ』」

「……ああ、それか。最初から結末を知っていたんだから、ズルじゃないか」

 言葉と共に、後ろ手で扉を閉める。

「そうかしら」

「そうだよ」

 ようやく、冴里は振り向いた。真正面から視線が交差する。

「……おかしいわね。たった五分離れていた間に、あなたは随分と凛々しくなって戻って来た。本当に素敵になったわ」

 僕は思わず口元を緩める。

「何しろ五分で出来る人助けをして来たからね。王子様に会いたがっていたお姫様をかどわかして、運命の出会いって奴を演出してやったのさ」

「そんな馬鹿な手に引っ掛かる人なんているかしら」

「大丈夫。話題の王子様は『女がくらっとくる口説き文句』を読みこなしてマスターしてるはずだから」

「……やっぱり読んでたわけね」

「あ」

「何?」

「後ろ、今、誰か通った」

「え」

 思わず体を捩って背後を確認する強張った冴里の表情を見て、僕はにやりと頬を吊り上げる。

 僕の表情から悪戯を悟った冴里が、少し決まりの悪そうな、それでいて怒ったような顔になり、それから小首を傾げて笑った。唇が艶っぽく言葉を紡ぎ出す。

「おかえりなさい」

 僕は自分より背の高い彼女の体を強く抱き締めて、小さく呟いた。

「……ただいま」



 こんなところでどうだろう。後は全て君の腕に掛かっていると言って良い。いやいや、これは比喩でも何でもなく。

 昔から、『未来の僕に頼まれた』という協力者が現れるたびに不思議に思っていたんだ。一体、って。この奇妙な冒険の間は特に疑問だった。互いに関係性を持たない協力者がどんどん現れて、場合によっては対立していたりする。未来の僕ってのはどういうコネクションを持っているんだろう。

 その謎が解けたのは、例の冴里の件を聞いた時だった。そう、梢という名前の彼女が、何故か冴里と言う名前で呼ばれている、という話だ。

 注意深く聞いてくれたらわかったと思うけど、僕の協力者は冴里の名前だけは最初から知っているんだ。真実ちゃんの方は僕から名前を出すまでは知らないのに。……で、冴里っていうのが本名じゃないと聞いて、ぴんと来た。だからだ。だから知ってたんだ。

 そう、未来の僕は、関係者の名前を匿名にした上で、多くの人間に協力を依頼していたんだ。その過程で、冴里という名前だけ偽名だから、現実の方でも使用されてしまった。まあ、これも卵が先か鶏が先か、という議論になってしまうけどね。

 もうわかっただろう? つまり、全ての協力者に通底する未来の僕の情報伝達手段というのが、なんだよ!

 これが、わざわざ僕がこの物語を誰かに語りたがった本当の理由さ。

 調べるまで全然知らなかったけど、僕が生まれる前に社会現象まで巻き起こした異例のルポらしいよ。大変だったんだって。肯定派と否定派が真っ向からぶつかって、コペンハーゲン解釈だ、いや単なるオカルトだ、いやいや全部デマだ、と毎週のようにテレビで侃侃諤諤の論争が行われて、二番煎じ三番煎じの自称タイムトラベラーまで続々現れ、海沿いの遊園地では僕達を装って係員を騙す遊びがブームになって、巷では『すみません、今、西暦何年ですか?』が流行語になる始末。何しろ本家である僕がメディアに登場しなかったから、全国的なタイムトラベルムーブメントは一過的に廃れていったけど、各地に根強いファンを残すことになったんだね。それが例えば、海浜地区に新しい遊園地を建設しようという計画になったり、僕達を助けるために船舶免許をとって遊園地に勤めようという決意になったり、ひいては、どうしても僕には真実ちゃんと一緒に幸せになってもらいたいという狂信的な思い入れになったりしたわけだ。

 言ってしまえば、この冒険の全てが、僕のためのお芝居みたいなものだったんだ。台本は君が書いたルポ。科白はそれなりに決まっているけれど、アバウトでも大丈夫。日時や場所は伏せられているけれど、特定しようと思えば出来ないこともない。遊園地に銃撃戦の音響効果さえあれば、舞台装置は整ったも同然。ただ、加賀見さんの豪邸のある島が事前に突き止められなかったのは幸運だった。熱狂的ファンが居座ってもおかしくないからね。

 執筆する上で君に頼みたいのは、以下の三点だ。

 一つ目。これはさっき言った通り。他の名前はどんな仮名でもいいけど、『冴里』という名前だけは、本当にそう名乗ったことを断った上で掲載して欲しい。

 二つ目。本のタイトルは、SF小説好きの僕が絶対に手にとらないような感じにして欲しい。昔、タイムトラベルものの古典SFを読み漁ってた時期があるから、間違ってもそれに引っ掛からないように。歴史変わっちゃうからね。時間関係の言葉はNGだな。

 三つ目。物語の結末は綺麗につけておいて欲しい。僕が、今現在、生きている途中だということもあって、微妙な問題も数多いからね。……とりあえず、豪邸内の客間で僕と冴里が抱き合ったシーンで終わっておけばいいんじゃないかな。。誰もあんな微妙な齟齬に気付く人いないから大丈夫。物語はハッピーエンドにしなきゃ、ね。あんな真相載せたら、どうしようもないくらいに現実味がなくなっちゃうし。

 よし、こんなもんでいいだろう。これでいつ元の時世に戻っても大丈夫だ。ちょっと競馬で一儲けする暇があればいいけど。

 ああ、最後に君の方からも一つだけ質問を受け付けるよ。

 ……もしも僕に娘が生まれたら何という名前を付けるかって? なんだかナンセンスな質問だな。まるでお見合いをしているみたいだ。

 君だってもうわかっているんだろう? 僕の娘は、僕の子供の頃の写真を見て一目惚れし、学校でそれにそっくりな子に出会って驚愕するのさ。失恋することが最初からわかっているのに、悲しい恋に焦がれて眠れぬ夜を過ごし、気を紛らすために大して好きでもない男と付き合って身を削ったりする。愚かしくも儚い物語だね。

 ……名前は、秘密にしておこう。こんなところで真実を口にすることは出来ないからね。

 そうだ。母親はバリバリのキャリアウーマン、雑誌記者をやっていたりするのも悪くないと思わないか?


 ……ねえ、君はどう思う?

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四次元目を、始めます 今迫直弥 @hatohatoyama

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