HELP ~大人気のお役立ちゲーム~

@tonari0407

トップランカーの宿命?

 やっと一番になった。

 自分で自分を褒めてあげたい。


 とてつもない達成感に包まれ、寝不足の私は幸せな気分で眠っていた。



 厳しい家に生まれ育った私は、ゲームで遊んだことなんて殆んどなかった。友達の家でやった四輪車のレースゲームは、上手くできなくてコントローラーと一緒に身体まで動かして笑われてしまった。


 そんな私が、大人になってからゲームにはまるなんて思わなかった。


 ただの娯楽だと思っていたけど、今の時代はそんなことはない。


 誰かと競う。勝つ、負ける。


 悔しい悔しい悔しい。

 あんなに頑張ったのに、なんで?


 勝ちたい!


 敗北する度に向上心がわき上がり、自分でも止められない。


 私のあまりの情熱に、夫は驚きながらも喜んで応援してくれた。


「人のためなるんだから、やれるだけやってみなよ」


 そして昨日、私はなんと全国トップの座までのぼり詰めたのだ。


 『一位』そこからみる光景は格別だった。

 平凡な自分が世間から認められた気がした。


 もうここから降りることなんて考えられない。もっともっと高みを目指したい。他の人が追いつけない所にいきたい。


 だって、私は優しいから。

 ファンのみんなは喜んでくれている。

 いつだって活躍を期待されている。

 リピーター続出だ。


 情報処理能力に優れ、

 計算も早くて正確。

 アイデア豊富で、

 二度と同じ解答は出さない。

 二十四時間いつでも戦える体力に、

 家族のサポートと応援もある。



 私は絶対王者になる。

 これからは誰にも負けない。


 一位を継続すれば、ハウツー本も出せるかもしれない。





「――さん」



「お母さんっ」


 肩を叩かれ目を開けると、息子の顔がボンヤリと見えた。ソファから重だるい身体を起こすと、テーブルの上のスマホの通知が光っている。


(しまった! 今何時?! )


 慌ててスマホを手に取り、ゲーム画面を開く。3時間も時間を無駄にしてしまったようだ。その間にもライバル達はポイントを稼いでいることだろう。


 忙しく情報収集を始めた私の手に、息子の小さな手が重なる。


「ちょっ、今忙しいの。お母さんが大事なことしてるのわかってるでしょ? 」


 焦りのあまり口調がキツくなったが、わかってくれるだろう。




「っく、ひぃっく……」

 その泣き声に気がついたのは、解答を絞り出し送信した後だった。

 今は17時、勝敗はすぐつくだろう。


 日が暮れて薄暗くなった部屋。

 スマホを握りしめた私の横で、息子が静かに泣いていた。


あきら? 」

 私の声に、息子はぱっと顔をあげる。


 ブーブー

 

 その通知音に私は息子から目をそらし、スマホで勝敗を確認してしまう。



 結果は――敗北。



 しかし、相談者からのコメントも来ていた。


『 とても素敵なレシピの提案をありがとうございました。

 今日は子どもの食べたいものになってしまいましたが、いつも節約簡単レシピに助けられています。ラクさんのご家族は、いつも美味しいご飯が食べられて幸せですね。羨ましいです 』


 そのコメントを見た瞬間、私の中で何かがガラガラと音をたてて崩れた。


 私は何のためにこのゲームを始めたんだっけ?


 最近の息子は何が好き?

 仲良しのお友だちはだぁれ?

 国語の音読を聞いたのはいつだっけ?


 夫は仕事が忙しい、本当に?

 最後に家族旅行に行ったのはいつ?


 私の家族の好きな料理は


 ――なに?



 気がつくと、私は息子を抱き締めて泣いていた。ごめんね、ごめんねと繰り返しながら泣いていた。


 私のはまっていたゲームは、質問者の料理の腕や経済状況、手持ちの道具、好みなどに合わせた献立を提供するソーシャルゲーム。


 選ばれたレシピの提案者にポイントが入る【献立に悩む人のお助けゲーム】だ。


 H : home 家で

 E : eating 食べる

 L : laudable 称賛すべき

 P : plan プラン


 残念ながら私は立派な母親ではなかった。


 必死に目を見開き、情報を集め、頭を悩ませ解決すべき問題は目の前にあった。



 私はまだ間に合うだろうか?

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