第10話 動き出す者たち
魔導研究が盛んで魔導具の発祥地でもあるアンダルシア連合王国は、先王の死によって幼い息子のアルフレッドが王となるが、それを支えるはずの王家は改革派の王兄派閥と保守派の王弟派閥の二つに割れてしまう。
王兄エドワードは先王が進めた改革路線を推し進めるべきだと主張したが、王弟パトリックは改革を一時的に中断するべきだと主張した。
その当時のアンダルシア連合王国は、魔導列車や魔導機関が誕生して近代国家としての歩みを急速に進めていたが、都市部に富人が集まり地方は疲弊しかかっていた。
当然、都市部に住まう宮廷貴族のみが利益を享受する現状は、地方貴族としては面白くない。何よりも宮廷貴族と結託した商会が莫大な利益を貪る現状は我慢ならなかった。
そして王兄派が、魔石鉱山に関する地方貴族の参入に莫大な税を課す新規開拓法案を議会に提出したことで、王弟派閥の不満は大爆発して内戦へと突入してしまう。
その結果、五年にも渡って内戦が繰り広げられて連合王国は荒廃し、国内経済が破綻寸前にまで追い込まれてしまった。
(王弟は馬鹿なことをしたわ)
手枷を嵌められて船室に押し込めている若い女――ローゼマリー・オルグレン元侯爵令嬢は、あの内乱について考えていた。
王兄派に与していたローゼマリーの邸宅に王弟軍がやって来たのは、王兄であるエドワードが決戦で破れた二日後のことであった。
彼らは王兄派に属していた貴族宅に押し入ると、金になりそうな物を強奪して回ったのだが、実際に回収できた金など戦費の足しにもならない微々たる物でしかなかった。
宮廷貴族が利益を享受して贅沢に耽っているなどと言っていたが、実際に宮廷貴族の懐に入った額など働いた給料分しかなく、地方貴族の方が実際は贅沢だったと言えるだろう。
莫大な富が集まっていると言われた都市部だが、実際は鉄道網の整備や近代化に向けた魔導具工場の建設などで使用されており、溜め込まれてなどいなかった。
(パトリック殿下はこれからどうするのかしら)
元々王弟派閥を構成する貴族は武官が多く、蜂起した際には二ヶ月もあれば王兄派閥など一掃できると豪語していた。
だが結果は五年だ。五年掛かって辛うじて勝利を得たが、彼らが得た物は何もない。ただ膨大な犠牲を払って王兄派閥を一掃しただけで、金を得るどころか未来まで破壊した。
せっかく整備した鉄道網は寸断され、各地に建設されていた工場も内戦により破壊。立て直そうにも資金もなければ協力する者はもはや殆どいない。
商会や魔導技師たちは内戦を恐れて国外に退避してしまったからだ。
そもそも王弟派閥に呼び戻す資金もなければ、立て直す手腕を持ち合わせている者もいない。
アンダルシア連合王国が今後、確実に周辺諸国から遅れを取るであろうことは間違いなかった。
(はぁ……そんなことより今は人物の心配よね)
ローゼマリーは国のことよりも自分自身のことに意識を向ける。
勝利によって得るものが何も無かった王弟派は、王兄派閥に属していた貴族の大半を奴隷として売り払うことにしたのだ。
(元貴族だから多少はマシだとは思いたいけれど……こればかりは分からないわよね)
基本的に元貴族の奴隷というのは重宝される傾向にある。
読み書き計算ができて、礼儀作法も学んでいるので使用人としても文官としても使い道があるからだ。
しかし、中には性奴隷として扱われる場合もある。特に元貴族ともなれば高級娼婦としての需要もあるため、そういった趣味を持つ者たちにとっては喉から手が出るほど欲しい人材であった。
(どうか変な買い手に当たりませんように)
薄暗い船室でそう祈ったローゼマリーはその後、到着した港街で馬車に移されて大勢の奴隷と共にある商会へと運ばれていった。
◆ヴェストファーレン◆
貧乏な子爵家に生まれたローレンツ・ボウマンにとって、総督府で仕事をすることは憧れに近かった。
何しろレーゲンスブルク全体を管理する仕事はまさにエリート職だったからである。
しかし猛勉強の果てに役人となった彼を待ち受けていたには、想像とはかけ離れた現実であった。
賄賂や癒着は当たり前で、金で平然と犯罪を揉み消す役人たち。
着服や中抜きなどは当然で、まともな役人など殆どいない。
あまりの惨状に嫌気が差した彼は、総督府から地方へと自ら移動を願って出て行ったが、地方でもそれは変わらないどころか寧ろ地方の方が酷い有様だった。
代官による搾取はあらゆる物に及び、時にそれは若い娘にも及ぶ。
当然、上が腐っていれば下も腐っていき、役人たちも同じようなことをやり始める。
そんなどうにもならない現状に浸かり切っていた頃、新たな領主が赴任してきた。
「そういえばあの女、最近見ないな」
「冷たくされたんで逃げたんじゃないか?」
まだ昼だというのに酒を飲みながら話す同僚たちの会話を聞いて、ローレンツはそういえばそんな女がいたなと思い出す。
新領主が赴任してきてすぐに行政府にやって来たその女は、確か何かの資料を要求していたが、役人たちが適当にあしらったら来なくなっていた。
(新領主と聞いて少しは期待したが、結局は同じか。どうにもならないな)
失望をよそに酒盛りを続ける同僚たちを横目に、ローレンツは溜息を吐いて自分の仕事に戻る。
(本当に腐りそうだ。俺も同じように生きてみようかな)
そう思いながらもそんな度胸もないローレンツは、今日も一人真面目に働くのであった。
同じ頃、旧市街を縄張りとする犯罪組織『黒い獅子』のボスであるミヒャエル・エッシェンバッハは、新しい領主について調べていた。
「そうか。特に変わった様子は何も無いと」
「はい。犯罪を取り締まる様子などは今のところ一切ありません。それとこれが新領主と一緒にやって来た戦力です」
部下の報告を聞いたミヒャエルは、渡された書類に目を通して目を丸くする。
「おいおい、あまりに女が多くないか?何かの間違いだろう」
「しっかり調べました。親衛隊二十名に第一遊撃騎士団百二十名が新領主の戦力で、騎士団は全員女でした」
何かの冗談かと疑いたくなる報告だったが、部下があまりにも必死に言うので事実なのだろうと判断した。
(油断させる為の罠か?いや、帝国本国ではこれが常識ということもあるのか?)
レーゲンスブルクではあり得ない非常識さに頭を抱えたくなるミヒャエルだったが、部下の前で取り乱すわけにもいかず平静を保つ努力をする。
(これは調査する必要があるな)
そう考えたミヒャエルはすぐに部下たちに指示を出した。
「徹底的に調査しろ。下手に刺激したらドラゴンだったなんてオチは勘弁だからな。わかったな」
これまで通り仕事が行えるかどうかはこの調査結果次第だと考えたミヒャエルは、気を引き締める。
油断すれば死ぬ。それがレーゲンスブルクという土地だということを骨身に染みるほど理解していたからである。
◆領主邸 執務室◆
ベルが鳴ったので執務室に入った老執事長――クラウス・アーレントは、新たな領主となったマリアに一礼してから用件を聞く。
すると彼女は一枚の手紙を眺めながら訪ねて来た。
「そなたは先代領主の代から執事長だったと聞いた。レーゲンスブルクには詳しいな?」
「ある程度のことは存じておりますが、何か知りたいことでもございましたか?」
「ヴィアベル商会のドミニクという男から手紙が来た。どんな商会だ?」
それを聞いたクラウスはなるほど、と思いながら答える。
「まず基本な知識として、レーゲンスブルクに存在する商会は犯罪組織ノイモントの傘下にあるか、ヴィアベル商会の傘下にあるかのどちらかで御座います」
まずは基本的なことから説明するクラウスに、マリアは黙って耳を傾ける。
「ノイモント傘下の商会はあらゆる犯罪に手を染めながら利益を上げていますが、ヴィアベル商会は国外との取り引きを牛耳ることで利益を上げています。こちらは犯罪とまでは行かないものの、ぎりぎり違法に近い商売をしております」
「なるほどな。それで何を扱っているのだ?」
「ヴィアベル商会の主力は香辛料や農産物ですが、外国の奴隷も扱っております。また、最近は魔導具も取り扱うようになったとか」
それを聞いてマリアはふむ、と考える仕草をするが、付き合いの短いクラウスは彼女が何を考えているのか分からなかった。
「……この商会長、誠実な人間かな」
「商売に関してはやり手と聞いています。人柄については会ったことがありませんので分かりかねます」
クラウスの言葉に納得したのか、マリアは手紙を封筒に戻して執務机に置く。
そして改めてクラウスを見て口を開いた。
「良く分かった。下がっていいぞ」
そう言われてクラウスは執務室を後にする。
(やはり何を考えているのか理解出来ない。儂もそろそろ引退するべきかな)
仕えるべき主が理解出来ないのではどうしようもないと思い始めたクラウスは、自身の引退時期について考え始めていた。
(少なくとも前代官とは違うようだ。リアンナ殿にある程度引き継いだら、隠居して妻と共に静かに過ごすのも良いかもしれぬな)
そんなことを考えながら控室に戻ったクラウスは、椅子に腰掛けて再び書類に目を通し始めたのだった。
帝国魔導戦記 黒いたぬき @haragurotanuki
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