2-7 加工用のフィルムの用途

「ああ、どうぞどうぞ。そこの棚にシートとラミネーターがあるから、それ使って。使用者簿の使用目的欄とサインは僕が書いとく」

「げ。これ、生徒会関係者でも理由とかサインとか必要なの?」

 分かりやすく表情でも「めんどくさ」との意思を伝える国長に、出水が苦笑しながら頷いた。


「在庫の管理に必要だからね。一人で何枚も使われても困るから、その抑止も兼ねてるんだ」

 言葉を切り、彼はほんの少し渋い顔で続けた。

「ま、抑止になってるのか怪しいけど。基本的にみんなが使うのはA4のシートのはずなんだけど、昨日わざわざA3のシートを使った人がいてさ。まあ一枚だったから良かったんだけど……うちの学校ケチだからさ」

「なーるほどねえ。会計さんも大変だ」

 棚に歩み寄り、ラミネート加工用の機械をよっこいせと持ち上げた国長が、それを机の上に置く。


「はい、これ」

「お、ありがと出水」

 出水からラミネート用の透明フィルムの箱を受け取り、国長がA4用のフィルムを取り出す。その横に坂東が置いたA4用紙のプリントが、そこに近寄った礼華の目にも見えた。


【一年生の持ち物リスト】

・上履き(赤ライン)

・体育館履き

・制服(夏服、冬服。男女ともに学校指定)

・体育着(刺繍は赤字、ジャージ含む)

・白衣(刺繍は赤字)

・分子模型

・鞄(学校指定)

・教科書、副教材(学年共通。以下詳細)

 ……


 あとは細かな教科書や副教材の名称がずらりと並んでいた。数年間学習指導要領も特に変わっていないせいか、全部兄から貰った教材とも丸被りしていて、見飽きた礼華はそこで他の紙へと視線を移す。あとの二枚も似たようなもので、二年生と三年生の持ち物リストだった。


「このリスト、全学年分あるんですね」

「そうそう。この学校うっかりさんが多いから、忘れ物とか落とし物も多くてさ。このリスト使って学年毎に落とし物仕分けしとけば、ちょっとは分かりやすくなるかなって」

 国長が透明ファイルに紙を挟み込みながら、生徒会室の奥の方にある棚を指差す。そこには半透明な大きめのコンテナが、三つ並べて置いてあった。


「あそこにね、このリストそれぞれ貼っとこうと思って」

「なるほど、分かりやすくなりますね」

「でしょー? でも紙だからすぐベロンベロンになるだろうし。だから紙にラミネート加工して、頑丈にしとこうかと」

 ラミネーターのスイッチを押す国長を、礼華は坂東と共に見守る。機械に手を当てながら温度上昇を確かめようとする彼女の動きを見ていると、不意に横から肩をつつかれた。


「やっぱりあった、名前」

 こっちに来いと手招きされ、礼華が傍に寄っていくや否や、隠岐が小さな声で囁いた。その隣では訝し気な表情をした出水が腕組みしつつ、隠岐から差し出された名簿を見ている。

「名前……いつですか?」

「昨日書かれてる。タイミング的にもビンゴ」

「……なるほど。ここでこの栞が作られたかもってことね」

 出水が顔を上げ、隠岐が手の中で弄んでいる栞を見遣る。彼の言う通り、紙でプラスチックフィルムのような硬い加工ができるのは、ラミネート加工しか考えられない。


「ていうか、かもと言うより、ほぼ確定だと思うよ」

 隠岐が名簿を礼華に渡しながら肩を竦める。礼華が名簿を開いてみると、確かに昨日のラミネーター使用者欄に、『オオウチ』とカタカナでサインがしたためてあった。使用目的は『部活勧誘ポスターの加工のため』。全体的に文字が右肩上がりになる癖があるのか、文字が斜め気味になっている筆跡だ。


「ほぼ確定? なんで」

 出水の疑問に、隠岐が「さっきお前、自分で言ってたよ」と即座に返す。

「昨日、A3用紙用のラミネートフィルムを使った人間が誰かいたって、さっき言ってたろ? そいつが多分、大内だ」

「はい、一つ質問いいでしょうか隠岐先輩」

「はい早かった、どうぞ須藤さん」

 おどけた調子で礼華を手で指す隠岐に、礼華は使用者名簿をずいと差し出す。


「そもそもどうして、生徒はほとんどがA4用紙フィルムを使う前提なんですか?」

「ほうほう、前提の確認ね。いいでしょう、答え……」

「基本的にこのラミネーター、生徒が個人目的で使うのは駄目なんだ」出水が隠岐の手から栞を取り上げ、しげしげと観察する。「個人目的じゃなくて、部活とか同好会用のポスターとか、公的掲示物の作成の時だけいいよってことになってる。で、基本的に今の時期だと部活とか同好会用のポスターの加工が中心なんだけど、公平性のためにサイズはA4って決まっててね」

「おい渉、これ俺が答える流れだったよね?」

 隠岐の不満そうな声をバックに、礼華はついと考え込む。

 なるほど、確かに筋は通る。部活勧誘時において、掲示物は大きければ大きいほど人目を引くから、それを制限することで公平性を出しているということだろう。


「そうだったんですね……てことは、先生方が使うこともあるんですか?」

「須藤さんも真顔のまま、ナチュラルに俺の存在無視するのやめてくんない?」

「うん、あるよ。そもそも職員室じゃ場所取るから、ここに置かせてくれって言われてるだけらしいしね。何でも昔、先輩たちが『置くなら使わせてください』って言ったら、オッケーってことになって、それで生徒も使えるようになったらしいよ」

「ちなみに教師陣は自分たちの分のラミネートフィルムを職員室に持ってる。だから、ここに置いてある分を使うのは生徒たちだけってわけ」

 出水の横からすかさず口を挟んだ隠岐が、まだ機械の温度を確かめている国長の手元にあるフィルムを指さし、付け加えた。「これで情報は十分なはずだけど?」


 確かに、これで情報は十分だ。が、好奇心から聞いてみたいことが、まだ礼華にはあった。

「まだ一つ、単なる興味から聞いていいですか」

「いいよ。何?」

「どうして生徒はラミネートフィルムの使用を、そんなに制限されてるんですか?」

「そりゃもう明白な話だよ」隠岐が肩を竦める。「みんな嬉々としてやりたがるから、制限しなきゃ収集つかなくなるのが目に見えてると思われたんだろうね。ほら、あいつがいい例だ」


 呆れ声と共に、隠岐が自分の後ろをくいと指さす。その先では国長が、「わー! いつやってもなんか面白いよねえ、これ」とハイテンションな調子で声を上げていた――のだが。

「あっ、ちょっと馬鹿!」

 不意に顔色を変えた出水が、彼女達のもとへ駆け寄りかけた直後、「……う熱っつ!」という国長の声が聞こえてきた。


「夏帆、大丈夫!?」

「先輩、どうしました!?」

 慌てて礼華たちも駆け寄ると、国長が苦笑しながら首を振った。

「あ、ごめん全然大したことない。出来たやつ、すぐに触っちゃいけないの忘れてて……ははは」

「はははじゃないよ、結構な温度あるんだから。とりあえず保健室に」

「いやいや、そこまでじゃないって」

 出水の提案に、国長が「全然平気」と言いながら右手をひらひらと振って見せる。

 そもそもラミネーターは熱でラミネートフィルムの糊を溶かし、ローラーで圧縮しながら密着させて紙をコーティングする機械だ。その温度は最低でも百度はあり、加工直後のラミネートフィルムに触ると相当熱いだろう。


「こんなくらいで保健室行く方が恥ずかしいって。私の完全な不注意だしさあ」

「あの、でもせめて冷やした方が」

 いいのでは、と言いかけた礼華の横で、「あ、そしたらさ」と隠岐が手を挙げた。

「俺らこれから化学室に用あったから、氷でも貰ってくるよ。それなら保健室までわざわざ行く必要も無くなるし、いいっしょ?」

「ええ、でもマジでそこまででもないし、申し訳……」言いかけた国長が出水をちらりと見上げ、一瞬硬直してからこくこくと頷いた。「そ、そっちの方が助かるかな。ごめんだけど、お願いしてもいい?」


「りょっすー」ひらりと手を振り、隠岐が礼華の肩をつつく。「行こうか」

「え、あ……はい」出水から小さく口だけで「行ってらっしゃい」と言われたことに気づき、礼華は口をつぐんで隠岐の言葉に従った。

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落とし物探しは放課後に 瀬橋ゆか@『鎌倉硝子館』2巻発売中 @sehashi616

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