2-6 どうしてそこで冷凍庫

「冷凍庫なら、家庭科室と職員室と……あとは化学準備室に業務用のがあるかな。なんで?」

「オッケー了解。さすが次期会長、頼りになるう」隠岐がポケットからスマホを取り出しつつ、バシンと出水の背中を叩く。が、出水は動じる様子も全くなく、「痛ったいな」との満面の笑みと共に、隠岐に同じことをし返した。


「それに、僕はまだ次期会長じゃない」

「『まだ』って自分で言っちゃってんじゃん。ていうかお前、意外と力強いな」

「『やられた分、やり返せ』。いい言葉だよね、ほんとに」

 にこにこと屈託のない笑みを浮かべ、右手を軽く広げる出水。その姿に「分かった分かった、おっかない奴ばっかだなもう」と顔を顰め、隠岐はスマホに目を落とした。


「さっきの冷凍庫の話だけどさ、職員室はまずいかもだし、家庭科室も今は避けたほうがいいね、部員が居るから」

「はい」

 隠岐から横目で同意を求められ、礼華は真剣な表情で頷く。

「とすると……化学準備室か。今なら影山が居るだろうから、行けるかも。先に連絡入れとこ」

 ぼそりと呟くなり、彼はものすごい速度でスマホにフリック入力していく。

「影山さん?」

「化学部の奴。大抵、放課後は化学室に居る」

 画面に滑らす指の速度はそのままに、打てば響くように隠岐が答える。どうやら彼は話しながらスマホ操作もできる、器用なタイプらしい。礼華とは正反対だ。


「あのさ、二人とも。何か忘れてると思わない?」

 出水に軽く首を傾げられ、隠岐と礼華は顔を見合わせる。そして、二人して言った。

「忘れてること? なんだっけ」「なんでしたっけ」

「そもそもなんで冷凍庫の話になったのか、僕にも説明してくれないかな」

 そういえば、その話をしていなかったか。礼華が口を開こうとすると、「あ、大丈夫大丈夫」と隠岐が手で制してきた。


「少しは自分で考えさせた方がいい。なんせこの栞、そもそもはこいつ宛てに渡してくれって頼まれたものなんだから。当然、責任はこいつが持つべきだろ」

「そもそもじゃないよ、最初は君宛てに渡されたものだろ?」

「最終的にはお前にって言われたんだから、お前だろ」

「あの……お二人とも」

 これでは埒があきそうにもない。礼華が見かねて恐る恐る口を挟もうとすると、生徒会室の扉ががらりと開いた。


「こんちゃっすー、お邪魔しまあす」

「どうも、お邪魔します」

 朗らかな声と、落ち着いた穏やかな声。それぞれの声の持ち主の女生徒が二人、部屋の中に足を踏み入れ、目を丸くした。


「あれ? あなた、この前の」と驚きの声を上げたのは、艶やかなポニーテールの女子生徒で。

「ええと……あ! 須藤さん、だよね?」もう一人のショートカットの女生徒が、「思い出した」とぽんと手を叩いた。


「あ」

 その二人には、礼華にも最近見覚えがあったばかり。慌ててがたりと席を立ち、彼女はぺこりと頭を下げた。

国長くになが夏帆かほ先輩と坂東ばんどうのぞみ先輩、でしたよね。この前はありがとうございました」

「えっ」ポニーテールの方の女生徒――国長が、さらに目を丸くする。「私、この前自己紹介してたっけ?」

 この前とは、先日の昼休みに図書室の鍵を開けてもらっていたときのことだろう。彼女の言う通り、その時には名前を聞いていなかったが。

「あのあと、委員会紹介の時にお名前仰ってたので。図書委員のくだりで……」

「ああ、なるほど!」

 国長が意を得たとばかりに大きく頷いた。


「いやそれにしてもすごいね。ひょっとして今まで名前耳にした全員分、覚えちゃってるとか?」

「いえ、流石にそれはなかなか」礼華は苦笑しながら頬をかく。「印象に残った方だけです」

「ふえー、なんと」ぱっと破願した後、彼女は未だ座ったまま黙ってこちらを見ていた二人の男子に顔を向けた。「聞いた? 二人とも。私、印象に残ったんだって!」


「そりゃそんだけ常時ハイテンションじゃあね。うるさくて記憶にも残るでしょ」

「んだと隠岐コラ、ちょっと表出な?」

 頬杖を机につき、だらけた姿勢で軽口をたたく隠岐に向け、笑顔の国長がパキパキとその細い指を鳴らして見せる。「まあまあ二人とも」と割って入る出水の声をBGMに、礼華はもう一度、ショートカットの女生徒の方に軽く会釈をし直した。


「坂東先輩。この前はビラ、ありがとうございました」

「いやいやいや、こちらこそごめんねあの時はほんと」ぶんぶんと首を振り、坂東が柔らかく苦笑した。「あつばみの方でさ、『一年の間で須藤さんって子が有名らしいから絶対にビラ渡してこい』って言われてて。本人いなくてどうしようって思ってたとこに、みんな鞄の上にビラ置いてたから……」

「いえ、とんでもない。ビラいただけて嬉しかったです」首を振って少しだけ微笑んでから、礼華は「そういえば」とはたと気付いた。「先輩、調理部も兼部されてるって仰ってましたよね?」

 先日のあの鞄事件の時、近石たちから謝られたすぐ後のこと。礼華は彼女から、部活勧誘を受けていた。その際に彼女があつばみ――「あつまってバンドミュージック」という軽音楽同好会と、調理部を兼部していることを聞いていたのだ。


「え、うん」坂東が目をぱちくりと瞬かせる。「そうだけど、どうかした?」

「望ー! その紙、出してもらっていーい?」

「実は少し聞きたいことが」と礼華が口を開きかけた前で、どうやら隠岐とのひと悶着が終結したらしい国長がぶんぶんとこちらに向かって手を振ってきた。


「あ、すみません。大丈夫です」

「そう? ごめんね、ちょっと行ってくる」

 手で「どうぞ」と促す礼華に小さく手を合わせてから、坂東が「はいはい」と手に持っていた三枚ほどの紙を国長たちの前に差し出した。


「集めてきたよ、一年から三年までの持ち物リスト。これでラミネート加工すればいいんだっけ?」

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