2-5 その栞の持つ意味は

「一昨日、有沢さんからこの栞を渡された後の話なんだけどさ。その後すぐ、大内から俺に連絡が来て」

「ほー? なんて?」

「『さっきゆいから渡されたものを、何も言わずに捨てて欲しい』って。……恭介お前さ、もう既に飽きてきてるだろ」

「ええ? なに、その言いがかり。とてつもなく真面目に聞いてるんだけど」

 椅子に深く腰掛け、姿勢良く座ったまま腕組みの態勢を取っていた出水が苦笑する。対する隠岐は、口をへの字に曲げてその長い足を組んだ。


「お前はさ、態度の差が分かりやすいの。興味のあること話してる時は、姿勢も前のめりになるんだよ」

「えっ、嘘。そんな分かりやすかった?」

 がばりと身を起こして目を丸くする出水に、隠岐が小さく舌打ちする。

「ほーら、やっぱ飽きてんじゃん」

「いや正直さ、他人の痴話喧嘩には興味ないんだよね。それは本人たちで解決するべきだよ。僕たち外野がとやかく言うことじゃない」

「正論だな」栞を眺めながら、隠岐が渇いた笑いを浮かべる。「だけどどうする? もしこれが、単なる痴話喧嘩に収まらない内容だったら」


 生徒会室の中に、一瞬の沈黙が漂う。眉を顰めて何かを考え出す出水に、その様子をじっと伺う隠岐、そして何が何だかさっぱりな礼華。そんな布陣の中、礼華は恐る恐る手を挙げた。


「あの、一つ質問してもいいですか」

「うん、どうぞ」

 先ほどまで一瞬物々しい雰囲気が流れていた割に隠岐の言葉の響きは柔らかく、礼華は少しほっとする。


「その……余計なお世話だったら申し訳ないんですが、その有沢さんと大内さん、今喧嘩中なんですか?」

 礼華の言葉に、隠岐と出水が顔を見合わせた。


「……そういえば、須藤さんって一年生だったね。忘れてた」

「既に貫禄あるからなー」

「隠岐先輩、それって褒めてないですよね?」

「褒めてる褒めてる、馴染んでるって意味だって」

「……言葉のチョイスに悪意感じるのは気のせいですか?」

「あ、バレた?」

「あのー、お二人さん。そろそろ僕もちょっといいかな」

 静かに片手をすいと挙げる出水の姿に、礼華と隠岐はすぐさま口をつぐんで「はい」と姿勢を正した。どうやら出水は、にこやかな表情や仕草の中にも静かな威圧感を感じさせる特技を持っているらしい。


「須藤さんのさっきの質問なんだけど、正しいかは分かんないけど噂にはなってるよ。有沢さんと大内くん、今喧嘩中らしいって。実際どうなのか、本人たちには聞いてないから何とも言えないけど」

「流石、うちの学年のドン。よく知ってんな」

「いやドンじゃないし、噂の裏付けはまだ取れてないけど」

「いーや、合ってるさ」

「……さてはその様子じゃ、事前に裏付け取ってあったね?」

 不敵な微笑みと共に言い切る隠岐を前に、出水の目が細められる。ついで彼の口からため息と共に、「また出たよ、渉の勿体ぶりが」という苦笑が漏れ出た。


「それで? いつ聞いたの」

「昨日、大内から連絡来た時。そもそもおかしな話でしょ、彼女が仮にも人に渡したものを『捨ててくれ』って直接言ってくるって」

「ま、確かにね」

 出水が肩を竦めながら相槌を打ち、その横で礼華も同時に無言で頷いた。

 そう、おかしな話なのだ。何もかも。


「だからまあ、当然の反応として聞いてみたわけ。『なんかあったの? 二人』って。そしたら、『実は昨日からずっと、喧嘩中で話せてないんだ』って答えが返ってきてさ」

「……いや、それさ。そもそもの話なんだけど、『この栞なに?』って聞けば、その栞の謎なんて一発だったんじゃないの?」

 出水の指摘は、もっともなものだったのだが。


「分かってないなー、恭介は」隠岐がひらりと栞を振る。「『何も聞くな』って二人の人間が言ってるものを、無理矢理聞き出そうなんて野暮だろ?」

 何を当たり前のことをと言わんばかりのその声色と態度に、出水が苦笑して「いや、違うでしょ」と首を振る。

「本当は面白がってるからでしょ。どうせ『答えを最初から聞くと面白くない』とか、そういう理由だろ?」

「おお……すごいなテレパスか?」

「やっぱりかい」

 苦笑いした出水が、「でも結局、全く事情が分からないね」と神妙な表情で腕を組んだ。


「いや、事情は分かるさ。これからね」

「これから? どうやって?」

 訳が分からないという表情で小さく驚きの声を上げる出水の横で、礼華はふと考え込む。


 計二人の人間が、『何も聞かずに捨てろ』と言う謎の真っ白な栞。『何も聞くな』と言うからには、栞には何らかの意味が発生するとみて間違いないだろう。なぜなら本当に意味がないのなら、わざわざ『何も聞くな』と言う意味もないのだから。


 そしてその発言の主の二人は恋人同士で、一昨日時点で今喧嘩中。互いに話せない状況なのだという。そこまで考えて、礼華は内心頭を抱えた。情報が少なすぎて、これ以上の判断ができない。


 何か他に、情報はないか。礼華は隠岐の指の間に挟まれた栞を見る。

 つるつるとした透明なフィルムで加工された、真っ白な栞。先ほどから隠岐の手の中で弄ばれているそれは、固そうに見えて意外としなやかに曲がるらしい。


 それに、と礼華は考える。今の時代、商品として売られている栞は竹や金属でできている物がほとんどで、こうしてプラスチックのようなフィルムで紙を加工しているものは売っていないはずだ。ハンドメイドや手作りのものだと見て、こちらも間違いない。

 と、すればだ。


「お、須藤さん何か分かった?」

 栞を眺めていただけだったのだが、目敏い隠岐に見つかってしまった。礼華は躊躇いつつ、渋々口を開く。


「分かったというか、試してみたいことが」

「何? 試してみたいことって」

 言ってみなよ、というテンションで、隠岐がにこりと微笑む。礼華は思った。

 この笑顔は、確信犯だ。

「……この学校、冷凍庫ってどこにありますか?」

「……冷凍庫?」

 怪訝そうな顔で眉を顰める出水の隣で、隠岐の笑みが深くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る