2-4 雑草話で道草を食う
「昨日、有沢さんから呼び出しのメッセージが俺に来た時、須藤さんも居たからさ。一緒に中庭に行ったんだけど……俺がちょっと有沢さんと喋って戻ってきたとき、この人雑草漁ってたんだよね。それはもう、もんのすごい形相で」
「いえあの、生物の授業で課題出されてたので。結構締め切り近くてですね」
礼華は頭をかきながら弁明する。これには少し、いやかなり言い訳したい。いつも雑草を漁っているわけではないのだ。
「期日までに課題の植物探して、採って来ないといけないんですよ。現物、レポートに貼らなきゃいけないし」
そう。昨日、中庭に着いた後。隠岐が「ちょっと用済ませてくるから、そこで待ってて」と言い残し、一瞬どこかへ居なくなったことは確かにあったものの。その中庭に雑草がわんさか生えているのを見て、これはチャンスだとひたすら雑草の種類をチェックしていたのである。
正直、隠岐が何をしに行ったのか、誰と何を話していたのかなど、全く気にしていなかった。
「途中でどっか行ったかと思ったら、一心不乱にそこらの雑草漁ってんだもん。びっくりしたよほんとに」
「だって、ホトケノザがなかなか見つからなくて……先輩方も同じ課題やってきたって先生から聞きましたけど、あれだけ難易度高くないですか?」
「あー、あれは確かに難しかったな。ムラサキケマンと間違えやすいし……あ、ちなみにムラサキケマンはホトケノザと違ってちょっと毒性あるから、気をつけたほうがいいよ」
「え、そんなに毒性ありましたっけ」
「いやまあ、口にしなければ大丈夫だけど」
「あ、じゃあ大丈夫ですね」
「……いやいやいや、ちょっと待って二人とも」
ストップと言わんばかりに右手を前に出しながら、出水がもう片方の手で頭を抱える。雑草の課題話に花を咲かせていた隠岐と礼華は、揃ってきょとんと彼に目を向けた。
「どした、恭介」
「どしたじゃないよ、あのね渉」呆れた色を声と表情に滲ませて、出水が大きくため息を吐く。
「女子から呼び出された場所に、別の女子一緒に連れてったの?」
「おう。何か問題ある?」
「いや全然問題大アリだよ」
首を傾げる隠岐に、出水がすかさず即座に突っ込む。
「もし告白の現場だったらどうする気だったのさ。もう修羅場だよ」
「あ? それはないだろ、あの人彼氏居るんだし。それに指定されたのが中庭ってのもさぁ」
隠岐がふと、嫌なことを思い出したかのように顔を顰めた。苦い色が、そこに広がる。
「俺、大っ嫌いなんだよね。色恋沙汰でダシにされんの」
「……ああまあうん、事情は分かったよ」
一拍おいて、出水が悟った顔でゆるゆると首を振る。
「そうか。
「そういうこと。場所が場所なだけに意図的なもん、感じるだろ」
何やら二人の間で、分かり合えるものがあったらしい。一方分かり合えなかった礼華は、「かぞく?」と眉を顰めた。
「あ、ごめん。大内くんってのは、さっき話してた有沢さんの彼氏だよ。彼、カゾクの次期部長なんだ。難しい方の『華』に一族の『族』で『華族』。聞いたことあるでしょ?」
「あ、なるほど。ありますあります」
出水の言葉に納得した礼華は、こくこくと頷いた。その名称なら、兄から聞いたことがある。
「昨日、案の定ちょっと離れた場所に居たんだよ、彼。なーんか、やたらチラチラこっち気にしてんなって。俺が有沢さんと話してる間」
言葉を切った隠岐が、わざとらしく口をへの字に曲げる。
「どうもめんどくさい匂いすんなと思って須藤さん呼ぼうとしたら、肝心の本人はこっちなんてそっちのけで雑草に夢中だしさぁ」
「ええ……すみません」
「いや、そもそも呼ぶなよそんなとこに。須藤さん、謝んなくていいから。全部渉が悪いから」
ちらりと横目で礼華を見遣る隠岐に、反射的に謝罪する礼華、そしてそんな光景にツッコむ出水。
「それより、話を戻そうか」出水が再び、スマホを伏せて机の上に置く。「結局結論としては、その白紙の栞が何なのか、未だに分かってないってことだよね?」
「おー、そーゆーこと」
先ほど机の上に放り出した白紙の栞を、隠岐が人差し指と中指の間に挟んでひらひらと振る。そんな彼に向け、出水が呆れた表情と視線を送った。
「君はほんとに相変わらずだね。どうせもう、何かは分かってるんだろ?」
「なんで?」
「あのね須藤さん」隠岐を無視した出水が、片手をメガホンのように口に当てて礼華に呼びかける。「こいつには本当に注意したほうがいい」
「注意?」
「そ。情報を小出しにして伝えて、相手の反応を観察して楽しんでるんだ。そういう喋り方をこいつがする時、本人にはもう大体謎が解けてる場合が多い」
そう言われてみればと、礼華はこの前の鞄事件の際のやり取りを思い出す。
「ああ……確かにそうですね」
「え、まさかもう被害に」
「被害って言うな、被害って」
「あ、大丈夫です。慣れてるので」
「……それは慣れちゃあ駄目だよね。渉、いったい何やったの?」
「いいや別に何も、いつも通りに」
「そのいつも通りが怖いんじゃないか」
軽くため息を吐いた後、「で?」と出水が目を細める。
「今の時点で、一体何が分かってるんだい」
「まあ待てよ、まだ話は終わってない」
「最初に言ったろ、順を追って説明するって」と笑顔を浮かべながら、隠岐が栞をひらりと振った。
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