2-3 昨日あったことといえば

「……うん?」出水の顔に、困惑の色が滲む。「事前に聞いてたのと、話が違うね。どういうこと?」

「え、事前にご存知だったんですか?」

 礼華が驚いて声を上げると、出水は「うん、さっきちょっとね。詳細は全然聞いてないけど」と言いながらスマホの画面をタップした。


「えーと……あ、これだ。『お前に渡せって預かったものあるんだけど、今日の放課後時間あるか? あと』」

「お前なぁ」ため息混じりの隠岐の声が、出水の言葉を遮った。「人の送った文面、そのまま読み上げなくていいから」

「んん? 聞こえないな」スマホを片手でひらひらと振り、出水が微笑み顔のまま、机の上に頬杖をつく。「あーあ、君が早く結論から話してくれればな」


「まーた始まったよ。こいつさ、結構意外と短気なの」礼華に向けて、隠岐が声を潜めてひそひそと囁いた。「まだるっこしいのが嫌いな奴で」

「そ、そうなんですか……?」

 いったいこの二人はどういう関係なのだろうと思いつつ、礼華はとりあえずの相槌を打つ。気安い関係だろうというのは何となく分かるのだが。


「ほらほら、早く話さないと続き読むよ?」

「いや、それは普通にやめて? 俺のプライバシーはどこいった?」

 ……本当に、気安い関係なのだろうか。礼華は自分の観察力に自信が無くなって来た。


「……ま、君の遠回しな説明にももう慣れた。いいよ、君の思う順番で気の済むまで話すといい」

 しばらく隠岐と笑顔での無言の睨み合いをした出水が、スマホの画面を下にして、パタンと机の上に伏せる。やれやれといった様子で、彼は「どうぞ」と隠岐へ先を促した。


 そんな出水に、隠岐が「そりゃどうも」と返しつつニヤリと笑う。

「そう、こいつは妙な話でさ。順を追って説明するよ」

 そう前置きして、隠岐は語り始めた。


◇◇◇◇◇

 この話のおかしなところは幾つかあるんだけど、一番デカいのはあれかな……うんそうだ、昨日この栞を渡してきた時は「何も言わずに捨ててくれ」って言ってた奴が、今日になって急に「まだあの栞を持ってたら、やっぱり恭介に渡してくれ」って言い出したことかな。

 

 え? 何だよ恭介、お前いつも結論から話せってうるさいじゃん。……『必要な情報が抜けすぎてて訳分かんない』? 分かってるよ、これからちゃんと詳細話すっての。だからその圧のある笑顔やめてくんない? あと話の腰、最初っから折んないで。


 うん、はい、仕切り直し。とりあえず、時系列順に話してった方が分かりやすいかな。まずは昨日の話から。

 昨日の放課後にゴミ回収してたらさ、B組の有沢ありさわさんから連絡が来て、呼び出されたんだよね。すぐそこの中庭に。……ん? ああそうそう、調理部の次期部長の有沢さん。


 有沢さんとの面識? 去年あの人の彼氏ともどもクラス一緒だったから知ってるよ、元クラスメイト。


 でまあ、指定された場所に行ったら有沢さん本人がいたから、「何の用?」って聞いたわけ。そしたら「用ってほどじゃないんだけど、これ捨てといてくれない? 何も聞かずに」って言われてさ。そんで渡されたのが、この真っ白な栞だった。


「何も聞かずに」ってのが怪しいよな、ものすごく訳アリ感あるだろ? だから、「捨てといて」って言われたけど、「なんか面白そうだし、暫く持っといて考えるか」と思ったから、俺はこれをそのまま持ってて――ま、それが結局、結果オーライだったんだよね。今日の昼休みになってまた有沢さんが来て、「昨日渡したやつ、まだ持ってる?」って聞いてきたから。


 で、「持ってるけど」って答えたら、「そう。じゃあやっぱり捨てないで、あれは出水くんに渡しといて」って言われてさ。

 だから俺は今、恭介にこれを渡しに、わざわざ出向いてきてやったってわけ。


◇◇◇◇◇

「てことで」一気に話し終えた隠岐が、小さく一息、息を吐く。「昨日の放課後のあれは、そういう事情だったってこと。お分かり? 須藤さん」

「……?」

 急に話を振られ、はて何のことだろうかと礼華はしばし考え込む。昨日、何か特筆すべきことはあったろうか。


「渉、どうも須藤さんピンときてないみたいだよ」

「嘘でしょ? だって昨日居たじゃん現場。中庭、一緒に行ったよね?」

「……ああ」

 隠岐に念を押され、礼華の頭に記憶が蘇る。

「そういえば行きましたね、中庭」


 昨日の放課後、日課と化した隠岐のゴミ拾いの同行者として、確かに彼と共に中庭には行った。

 が、別に何かしらの目的があるからとも何とも言われず、ただ単に「次、中庭ね」と言って歩く隠岐に着いていっただけのこと。確かに「いつも見回りするのは校舎の中ばかりなのに、今日は珍しく外にも行くのだな」とは思ったものの、特に印象には残っていなかった。


「反応うっす……え、君、記憶力いいはずだよね?」

「中庭、ですよね」隠岐の言葉に、礼華は記憶を遡りながらううむと唸る。「すみません……雑草採取してた記憶しかないです」

「ああ……」隠岐がふと遠い目をして呟く。「そういやそうだった」


「え、ちょっと待って、何の話?」

「僕だけ状況飲み込めてないよね?」と苦笑する出水を前に、隠岐がこれ見よがしにため息を吐いた。

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