かぐや姫の告白

帆尊歩

第1話  かぐや姫の告白


振り向くとそこには人形の頭が並んでいる。

劇団所有のパペットたちだ。

休憩中は見るのもいや。

半分は私が作ったんだけど。


だって指操りは、終始、中腰で腕を頭の上に上げていないといけないので、人形劇としてはかなりハードな方に入る。

この子たちを見ていると、そろそろ限界かなと思う。

いくら好きで入った世界とはいえ、さすがに体力が持たない。

まだギリギリ二十代なんだけれどね。


地元の元彼の幸太が連絡をよこしたのはそんなときだ。

夏の人形フェスタで、かぐや姫をやるから、帰ってこいと。

私は考える。

かぐや姫か、昔海外の劇団がかぐや姫をやったことがある。

それは感動的なラストだった。

あの最後の描写はとても良かったが、なかなか出来ない。

イヤ今の私なら出来るかもしれない。

そう思った途端、私は劇団を辞めていた。

実は指操りはではなく別の操りを考えていた。

それならあのかぐや姫のラストを演じられる。


地元に帰ると幸太がエントリーをすませ、あとは稽古をするだけだった。

有志十五人と言たってみんな高校の同級生だ。

この町は国内最大の人形フェスタを開催している。

その歴史四十年。

国内、海外問わず、プロアマ問わず、二、三百の劇団が五百公演位をやる。

期間、短いときで5日。

長いときは2週間というときもあった。

会場も市営劇場から公民館、学校の体育館まで三十カ所くらい。

そんな土地柄だから自然発生的に人形劇をしようなんてことになる。

まあそのせいで私も今の劇団に飛び込んだ。

まあ辞めたけど。


わたしが帰ると、その歓迎は半端なかった。

今回はアマチュアとしての参加だけれど、一応私はプロ劇団の団員。

それが参加するんだから。

おかげで、劇団を辞めてきたなんて言えなくなった。

まあそれはそのうち告白するとして、そこからの準備は人生最高の日々だった。

かぐや姫の脚本、演出、人形の準備、稽古、そして幸太との日々。

別に嫌いで別れたわけではない。

私が劇団に入るため上京したからだ。

そんな幸太との関係はみんな知っている、そんなの期待が見え隠れする。

仲間の一人が私に言った。

「お前かぐや姫みたいだな。東京から来てまた東京に帰るんだろ」劇団を辞めてきたから帰らない。

とは言えず、なんとなく茶を濁したけれど、これは私と幸太をくっつける陰謀だったことは後で知ることになる。


私はみんなに内緒で、かぐや姫のパペットを作った。

これも未練かな、なんて思う。

別に何に使うわけでもないのに。

未練と言えば、唯一の心配事は、辞めた劇団も毎年このフェスタに参加しているので、顔を合わせたら気まずいな、なんて思っていたら、このコロナで県外劇団が参加できなくなった、ちょっと胸をなでおろした私だったけれど、コロナでフェスタの規模縮小。

かぐや姫は四公演やる予定が、一公演になってしまった。


「なあ」と幸太。

「うん」稽古あとに一緒に帰ろうとしたときだ。

幸太の家とうちは方向が同じ。

「お前、かぐや姫終わったらどうする」

「どうするって?」そのとき私は悟った。

幸太は全て知っていて、私を呼んだんだって事に。

劇団での状態、プロとは名ばかりで、狭いワンルームでバイト三昧の日々。

「この町にいろよ」控えめに幸太が言う。

劇団辞めて、もうどこにも行くところがないんだよ。

と言えたら、どんなにスッキリするだろう。

でも言えなかった。

「うん、考えておく」それだけ言って私たちは別れた。



熱かった。


夏も熱かったけれど、たった一回の公演に掛ける私たちは、みんな三十路だというのに高校生のような、熱気で稽古に励んだ。

そして最後の見せ場。

かぐや姫が月に帰る所はびっくりするくらいうまくいき。

後は本番を迎えるだけになった。


「大変だ」仲間の一人が稽古場に駆け込んでくる。

「場所かえだ」みんな顔を見合わせる。

それもそのはず。

芝居の演出は舞台の大きさで変る。

今更場所替えなんて、これもコロナのせいだった。

でもそのせいで私たちは、さらに燃え上がった。



かぐやは、大成功のうちに終わったが、問題は燃え上がった炎が消えない。

うまくいったのに場所替えそのせいで感情がくすぶり続けた。

それは残暑にようだった。

そしてみんな来年もと心に誓ったのだった。


後片付けの時たまたま幸太と二人になった。

私はかぐや姫のパペットを手にかぶせる。

こんなつもりじゃなかったのにな。

「幸太さん。幸太さん」私は台の下から手だけを出して幸太に話し掛けた。

「わらわは。月に帰れなかったのじゃ」

「かぐや姫。だってさっき帰って行きましたよね」幸太はのりが良い。

「すべって転んで牛車から落ちたのじゃ」

「えーっ」

「だから、このまま幸太さんの側にいてもいいでおじゃるか」

「かぐや姫。おじゃるかなんて言わねーよ」

「いいでおじゃるか」もう一度言う。

幸太は大笑いして、言った。

「来年稽古を始めるとき、俺とお前もそうだけど、みんな言いそうだよな」

「なんて、おじゃるか」

「この冬の残暑は酷かった」

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かぐや姫の告白 帆尊歩 @hosonayumu

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