語られずの話

一 陰に生きる者―ファントム

 我は……何者か。


 名はファントム。

 人間共は、我のことをきまってそう呼ぶ。

 ゆえに、それが名だ。


 我は人間にあらず。

 されど、近い存在なり。

 根本は怪物。

 この場所に無数に存在する実験動物と同列。


「バイタル正常っと……。おーい、元気かー?」


 唯一違うところを上げるならば、意思疎通が取れる。

 他の怪物とは違い、人間をモデルにしているのだから当然だ。

 一日中吠える犬畜生よりかは、はるかに知性がある。


「……」


 が、しょせんは実験動物。

 現状を把握できるだけの頭の良さがあれど、それがなんになる。

 生まれてから死ぬまで、檻の中。


――――――――――


「おっ、おいっ! どうなってんだよっ!!」


 暗闇。

 赤々と部屋を照らす赤色灯。

 耳障りな警報音。

 部屋の外からは騒々しい足音。

 そしてこれは……銃声。


 なにかが起きている。


「ゲート、カイホウ」


 唐突に、檻が開いた。

 こんなことは、始めてだ。

 一瞬の躊躇。

 いかにも人間らしい。

 囚われた獣ならば、何も考えずに飛び出すはずだ。

 いや、或いは飼いならされた獣は外に出ない……か?


 なんにせよ、これを逃せば永遠に自由は手に入らない。


「……」


 我は、檻の外へ足を踏み出した。


――――――――――


 脆い。

 人間とは脆い。

 すぐに壊れる。

 こんな奴らが、我を閉じ込めていたというのか。


「……」


 足音。

 また、誰かが来た。

 そろそろ殺すのにも飽きたというのに。


「……」


 不思議なことに、若い男女が六人。

 ろくな武装もしていない。

 逆に怪しい。

 警戒。


「……」


 しかし、我の姿を捉えること能わず。

 しょせん人間なり。


「……」


 殺すか。


「……」


 いや。


 興味が湧いた。

 こいつらに。

 少しだけ、また会いたいという気持ちが芽生えた。

 こいつらならば、我の生に楽しみを与えられるかもしれない。

 だから、ちょっかいをかける。


「そこの少年少女よ」


――――――――――


「……来たな」


 予想通りだ。

 我ら姿を隠す者共を討つべく、再び彼らが来た。

 しばらくぶりの再会。

 我は珍しく……初めて興奮した。

 彼らには、我を満たしてくれるなにかがあるように思えた。

 それゆえ、ひたすらに待ったのだ。


――――――――――


「この戦いは、人生で一番楽しかったぞ」


 嘘偽りのない本心だ。

 我は初めて、笑うことができた。


 お世辞にもいい人生だとは言えないものだったが、最後にしてこれほど愉快なことがあろうとは。


 あぁ、より長く生きられれば。

 こいつらの仲間になれば。


「……」


 バカな。

 先程自分でも言ったとおり。


 我は怪物。

 手は取り合えない。


「……」


 もはや口が動かん。

 せめて、心の中で言わせてもらおう。


 さらばだ。

 勇敢な戦士よ。


 いつかまた……会お……う。

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【SSS(スペシャル・センス・サバイバー)】 〜欠けたなにかと埋め合わせるもの〜 砂漠の使徒 @461kuma

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