第18話 閑話休題 酒持ってこーい


  片手で夕食の載ったお盆を持ったガーミンは、反対の手で部屋の扉をノックした。返事は無かったが、ガーミンは構わず扉を開ける。

 部屋の中にはぶすっとした顔で机に頬杖をついて退屈そうにしている少女が居た。ただの少女と違うのは、額に小さな角が生えていることだ。


「シュテンちゃ~ん。おじゃましますよ~」

「なんじゃ。今日はいつもの女は居らんのか」

「ちょっと変わってもらったんですよ。ご飯の間、すこーしお話したいなと思いまして」

「話すことなど無い」

「そんなん言わんと、オイシイご飯ですよ」

「後で食う。そこへ置いておけ」


 素っ気ない返事だが、部屋の隅に置かれた昼食の食器は空になっている。ちゃんと完食している所を見ると、口に合わないというわけではなさそうだ。


「ニヤニヤ笑いおって。何がおかしい。ニヤケ面」

「いやいや。僕は生まれつきこういう顔なんスよ。気にせんといて」


 それだけ言葉をかわすと、ガーミンは黙って食器を下げ、夕食の乗った盆を机に置いた。このまま扉を閉めれば、ガーミンの役目は終わりのはずだ。

 だが、ガーミンはそのままシュテンの目の前に座ると、ニコニコとシュテンの顔を眺めた。生身のシュテンは、人間で言えば十歳ほどの少女と変わらない体格をしており、傍目には少女が不審者に絡まれているようにすら見える。


 シュテンはジロリとガーミンを睨んだが、やがて諦めたようにため息を吐くと、盆に乗ったスプーンを取り上げた。


「食ったら、出て行けよ」

「どうもどうも。いや~それにしても、シュテンちゃんも辛い立場やねぇ」

「……お主はわらわなぶりに来たのか?」

「いやいや、とんでもない。ちょっとだけ、アイシャちゃんについて教えてほしいんですよ」

「アイシャ? ああ、あの戦奴の娘か。聞きたいことがあるのなら、妾ではなく本人に聞けば良かろう」

「いやいや。さすがにそれは……

 隊長達は何か怪しい感じやし、聞いても本当のことは答えてくれそうにないし……

 その点、シュテンちゃんなら教えてくれるかなって」

「それは残念じゃったな。妾も何も知らん。戦奴の管理は妾の役目では無かったからな」

「そうなんスか……」


 しばし沈黙。

 カチャカチャとシュテンが食器を動かす音だけが響く。

 不意にガーミンが話題を変えた。


「シュテンちゃんの世界ってどんな奴がおんの?」

「鬼人界は鬼人が住むところじゃ。その名の通り、鬼の一族が住んでおる」

「鬼の一族……ね。じゃあ、もしかして、鬼以外の一族が住む世界もあるってことかな?」

「何を今さら。現に貴様らはこの『獣人界』に住んでおるではないか」

「ソレ! そこの辺り、詳しく教えてくれへんかなぁ?」

「フン。何故妾がそこまで親切にせねばならんのだ」


 シュテンの態度はあくまでも素っ気ない。

 タルミナスの聞き取りにもこの調子だと聞いているが、だからと言って逃げ出す様子は見えないし、反抗する様子もない。

 あくまでも情報の提供を拒んでいるだけだと聞いた。


「つまり、何か見返りがあれば教えてくれるってこと?」

「ふむ……そうよな。プライマーを一つ寄越せ。そうすれば、質問に答えてやらんでもないぞ」


 シュテンが意地悪そうに笑う。元より、捕虜の身でプライマーを渡してもらえるはずがないとシュテン自身も分かって言っているのだろう。

 つまりは、何も教える気は無いということだ。


「あたたたた。それはちょっと厳しいかなぁ……」

「ならば、黙って下がれ。ほれ、食い終わったぞ」


 見れば、シュテンの食器は既に空になっている。

 こんな小さい体のどこに入るのかと思うが、大人一人分の食事をいつもペロリと平らげるそうだ。


「でも、プライマーなんかもらってどうするん? もう一回俺らと戦う?」

「ふん。もはやそれもどうでも良い。妾はただ、一族のかたきを一発ぶん殴ってやりたいだけよ」

「それって、どなた?」

「誰かは分からん。だが、この世界に必ず居る。必ず探し出してぶん殴る。妾がこうしてなぶり者になりながらも生きながらえているのは、ひとえにその為じゃ」


 ガーミンは少し安心した。

 もう自分達と敵対する意思は無いとシュテンの口からはっきり聞けたからだ。


「ほな、何か手掛かり教えてや。シュテンちゃんの代わりにその『かたき』ってのを俺が探したるわ」

「そんなことをして、お主に何の得がある」

「だから、色々教えてって言ってるやん」


 シュテンが再びジロリとガーミンを睨む。だが、子供のように小柄なシュテンに睨まれても正直迫力は無い。

 相も変わらずニコニコ笑っているガーミンに対し、シュテンは再びため息を吐いた。


「このままでは話しにくい。妾と話をしたいのならば、手土産に酒くらい持って来んか」

「いやいや、さすがに子供にお酒を飲ませるわけには……」

「たわけ! 妾は二十四じゃ。立派な大人じゃ」

「そうなん!?」

「鬼人族の体はお主ら猿人族ほど大きくならん。鬼人族の大人は皆、妾と同じくらいの体格をしとるわ」


 そう言われれば、確かにシュテンは小柄ではあるが骨格はしっかりしている。

 胸や腰回りも子供のそれではなく、言わば大人がそのまま小さくなった体型と言った方が正確かもしれない。


「ご……合法ちゃん?」

「ごうほ……? なんじゃと?」

「いや、こっちの話。しっかし、そうと分かれば、ちょっと待っててや」


 ガーミンがそう言って部屋を出ていく。

 ガーミンが戻ってくるまでの間、シュテンは珍しくそわそわしていた。やがてガーミンが部屋に戻って来た時、その口元は先ほどと違い嬉しそうに緩んでいた。


 ガーミンから大ぶりな陶器の杯を受け取ると、シュテンは勢いよく中身の半分ほどを飲み込んだ。

「かぁー」と気持ちよさげに息を吐くと、杯を見て目をキラキラさせている。


「おお、イケる口やね」

「久々の酒じゃからな。染みわたるわ。しかし、変わった酒じゃの」

「この辺でよく作ってる、もち米の焼酎やで。口に合わんかった?」

「いや、なかなか悪くない」


 そう言うと、シュテンはもう一度杯を口に運ぶ。

 心から美味そうに酒を飲むシュテンに、ガーミンは酒場からくすねて来た干しイカをそっと差し出した。シュテンもガーミンの意図を悟ってニヤリと笑う。


「なかなか気が利くではないか、ニヤケ面」

「せやろ? 楽しくお話しましょうよ」

「おお。とりあえず、おかわりじゃ」


 シュテンが上機嫌で空になった杯をガーミンに差し出す。ガーミンも杯を干すと、大ぶりな水差しから二つの杯に再び酒が注がれた。


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ビシニアンズゲート 藤瀬 慶久 @fujiseyoshihisa

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