第17話 レジス新隊長
ギルドマスターのマクスウェルに呼び出されたレジスは、酒場を出て本部館の階段を上り、マスタールームのドアをノックした。
「どうぞ」という声を聞いてから室内に入ると、先にハルトマンとガーミンが応接椅子に座っているのが目に入った。
ハルトマンはともかくガーミンがマスタールームに居るのは珍しいなと思ったが、特に口には出さずに促されるまま椅子に座った。
「さて、君達を呼んだのは他でもない。
実は、ハルトマン隊長には第三部隊長の任を離れてもらうことになりました。ついては、君達二人のどちらかに新たな第三部隊長を務めて頂くことになる。
それについて、各々の考えを聞いておきたいと思い、こうして集まってもらったという訳です」
レジスは思わず「えっ?」と驚きの声を発した。ガーミンは声こそ出さなかったものの、その顔からは充分に驚いている様子が伝わって来る。
「なんで隊長がクビにならはるんですか? 今回の任務でも大活躍でしたし、指揮能力に疑問があるとも思えません。
今後のことどうこう以前に、まずはその辺りを説明して頂きたいモンですね」
ガーミンがやや険悪な声でマクスウェルに疑問を投げかける。ハルトマンとの付き合いはレジスよりも長く、ハルトマンを隊長として信頼しているのは側で見ていれば分かる。
相変わらずヘラヘラと笑っているが、その態度には「納得いかない」という空気が満ち満ちていた。
気持ちはレジスとて同じだ。
「僕もガーミンさんと同じ気持ちです」
レジスとガーミンの疑問に対し、マクスウェルは一つため息を吐いた。
「なるほど……。まあ、君達の気持ちも分かる。これから聞く話は、他言無用に願いますよ」
そこまで言って一呼吸置いたマクスウェルは、視線をレジスに向けて口を開いた。
「理由は、アイシャが戻って来たことです」
――!?
ハルトマンの離脱にアイシャが関係していると言われ、レジスの頭は瞬時に混乱した。そもそもアイシャが逃げて来たことは偶然のはずであり、タルミナスはアイシャの求めに応じて鬼人族の迎撃作戦を展開したはずだ。
だが、マクスウェルの口ぶりは、まるで「アイシャの帰還」があらかじめ決められていた事だと言わんばかりだ。
「元々このタルミナスは、アイシャの為に組織されたギルドです。レジス君は我がギルドがアイシャを見放すのではないかと心配していたようだが、それはあり得ない。
むしろ、我々の方こそアイシャの帰還を待ち望んでいたと言ってもいい」
レジスには益々訳が分からない。
アイシャがそれほどの重要人物ならば、なぜ何も知らない自分に世話役を任されているのかという疑問も湧いて来る。あるいは、何も知らないからこそ、かもしれないが……。
タルミナスがただの傭兵ギルドではないことは知っていたが、改めてタルミナスという組織の目的に疑問を抱かざるを得なかった。
「今回のハルトマン隊長の離脱は、私の特命によって単独で動いてもらうための措置です。彼の能力に不足があるわけではありません。
むしろ、彼以外に任せられる人間が居ないからこそ、とご理解下さい」
マクスウェルの話が終わり、沈黙が落ちる。
ガーミンは今聞いた話の意味を噛み砕いている風でもあり、単純にハルトマン離脱に不貞腐れている風でもあった。だが、レジスにはむしろアイシャについての疑問の方が大きい。
アイシャとは一体何者なのか……。
その時、ハルトマンが「今の話は忘れていいぞ」と言った。
レジスが驚いてハルトマンに顔を向けると、ハルトマンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「敢えて混乱させるようなことを言うとは、ボスも人が悪い」
「え……混乱?」
「お前たちを煙に巻こうとしてるのさ。普通に言っても納得しなさそうだったからな。
要するに、俺が単独任務を言い渡された。だから抜ける。それだけの話だ」
「ほっほっほ。バラされてしまいましたか」
マクスウェルにからかわれただけ、ということだろうか。少なくともハルトマンの言葉を信じれば、そういうことになる。
「難しいことは無い。アイシャはただの少女だ。これからもそのつもりで接してやればいい」
ハルトマンの言葉は、混乱したレジスの胸にストンと落ちた。
そうだ。アイシャが何者かなんて関係ない。自分はあの日出会ったアイシャに惹かれ、彼女と一緒に居たいと願った。今はただ、それだけでいい。
やがてガーミンが「はぁ~」と盛大なため息を吐いた。
「まあ、そういうことやったらしゃーないですね。隊長はレジスにやらせて下さい」
「ええ!? でも、ガーミンさんの方が経験も長いですし、何より僕なんかじゃ――」
「俺はええねん。そういう堅苦しい役目苦手やし。裏でコソコソやってる方が性に合ってますわ」
ガーミンの言葉の後半は、マクスウェルに当てたものだ。ガーミンらしいといえばガーミンらしい返答にマクスウェルやハルトマンも思わず苦笑した。
「では、レジス君を新たな第三部隊の隊長に任命する、ということでよろしいですな?」
「いや、ちょっ――」
「結構です。よろしゅうお願いしまっせ、
「ガーミンさん」
情けない声を出すレジスにガーミンがそっと耳打ちした。既にいつもの『レジスをからかう顔』に戻っている。
「隊長やったら、アイシャちゃんとながーく一緒に居れるで。打ち合わせやと言っては呼び出して、あ~んなコトやこ~んなコトまで……」
「な、何言ってんですか!」
「なっははははは。ほな、今後もよろしゅう頼んます」
そう言ってレジスの肩をポンポンと叩くと、ガーミンはマスタールームを退出して行った。
慌てて後を追いかけようとしたレジスだが、マクスウェルに呼び止められた。
「それでは、今後の隊長会議にはレジス君も出席してください。書類は後程受付へ届けさせますが、今後の第三部隊への仕事は受付のリエン君からレジス君宛てに通達されます。あとでリエン君にも挨拶しておきなさい」
「わ、わかりました」
「期待していますよ。レジス隊長」
レジスはマクスウェルとハルトマンに頭を下げてマスタールームを退出した。
事情はともかく、隊長として任されたからには、全力でやり切るしかない。そう顔に書いてあった。
ガーミンに続いてレジスも退出したマスタールームは、一時の嵐が去ったかのように静まり返った。その静寂を破って、ハルトマンがポツリと呟いた。
「まだ決断したわけでもないのに、外堀から埋めていこうというのは感心しませんな」
「ほっほっほ。年を取ると、何かと事を急いてしまうのですよ」
「我々の存在意義はともかく、どうするかはアイシャ次第だ。周りの大人たちが勝手に決めていい話ではない。
ナリマサからの手紙にもそう書いてあったでしょう」
ハルトマンの苦言をマクスウェルは涼しい顔で聞き流した。
老練な男のことだ。自分が突っ込んだ話をすれば、ハルトマンが必ず誤魔化しに入ると踏んでいたのだろう。
ハルトマンは椅子から立ち上がると、改まってマクスウェルに深々と頭を下げた。
「この度は部下の不始末でご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
「なんのなんの。彼が白状せずとも、いずれ我らの活動は帝国の知るところとなっていたでしょう。肝心なのはこれから、ですよ」
「しかし、総参謀長の諮問機関を引き受けさせられたと聞きました。内偵も入るでしょう。今までよりも動きにくくなることは確実です」
「だからこそ、君に単独で動いてもらうのです。幸い、彼も快く引き受けてくれた。今しばらくは、彼に参謀殿の目を引いておいてもらいましょう」
「不出来な部下で心配ではありますが……」
「何も心配は要りません。若者たちの前途に幸多からんことを祈るのみです」
そこまで言うと、マクスウェルは立ち上がって部屋の隅に置いてあるティーポットを取り上げ、「お茶でも?」と聞いた。
ハルトマンは首を横に振って答えた。
「私ももう行きます。しばらくの間、ヒヨッコ共を頼みます」
「ローグの導きのままに。ご無事をお祈りしております」
翌々日の朝、レジス・アイシャ・ガーミンの三人は、古都フエを出て北へ向かった。
歩きながらアイシャが「今回の仕事は?」と聞くと、レジスが「鹿狩」と答える。
「北のマラサイ近くの村からの依頼で、畑の作物を食い荒らす害獣を駆除して欲しいんだってさ」
「ふ~ん。楽しそうだね」
「まあ、報酬が安すぎて余ってた依頼だから、多分そんなに難しくは無いと思うよ」
ガーミンは、指で額を抑えながらゆっくりとした足取りで二人の後をついていく。だが、徐々に二人との差が開いていき、ついにガーミンは二人の後方から悲鳴を上げた。
「お~い。そんなスタスタ行かんと、もうちょっと休憩していこや」
「二日酔いだからって、すぐサボろうとしないで下さいよ。そんなに休憩ばっかしてちゃ、村に着く前に日が暮れてしまいますよ」
「厳しいなぁ、隊長さんは」
ガーミンの苦情を聞き流し、レジスは前に向き直った。
向かう先の空は晴れ渡っており、新生第三部隊の門出を祝福しているようにも見えた。
「じゃあ、行こうか」
第一章 (完)
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